14:乗り越えられると思っていた
笑いすぎて喉が渇いたのだろう。父がカップをカタカタカタカタと震わせながら、どうにかこうにか紅茶を飲んでいた。
「それにクリステルもそこの方向は気にしていないしね。君の名声に傷が付くことしか心配してないよ。ね?」
「ええ、まぁ」
レンブラント様がへにょりと眉を下げ見つめてきた。
「愛想を尽かされるのではないかと、ヒヤヒヤしていた。君の将来を奪ったし、ずっと騎士団に縛り付けたままだ……」
「自分でものを考えられないとでも? きっかけはどうあれ、全て自分で決めたことです。流石に怒りますよ?」
「違うんだ、そういう意味ではない! すまない!」
そこでまたもや父の笑い声。
いい加減にして欲しい。
「んぶふふふふ。もしかして、間違いで釣書が届いたのに気付いてたのに、受理した?」
「っ!」
ビクリと身体を揺らしたあと、レンブラント様の瞳が私と父を何度も行き来していた。
明らかにイエスの反応だった。
心臓が緩やかに止まって行くような感覚。
「…………時期的に、あの夜会用だと直ぐに気付きました。封筒も同封されていた書類も港の警備依頼だったので。封入間違いなのを承知で、返事を出しました」
なぜ、承知で? 贖罪? それとも? さっきのそういう意味じゃないってもしかして――。
「騎士団に留めておきたいだけなのなら、そう言って下されば良かったじゃないですか!」
ひょんな出逢いだったし、婚約も急だった。でも、両思いになれていると思っていた。
お互いに恋心を抱いていると思っていた。
いろいろ話し合わないといけないこと、伝えなきゃいけないことはあるけれど、私たちなら乗り越えられると思っていた。
未熟な娘が恋に恋するような、幻想だったのだろうか。
そう思うと、この場にいるのが恥ずかしくなった。
「違う! いや違わないが……違うんだ…………待ってくれ!」
気が付けば、サロンを飛び出していた。
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おや? 拗れそうな空気が――と思った瞬間に、見事に拗れた。
明らかにクリステル大好きオーラを出しているというのにね。
娘は少し頭でっかちなところがあるせいか、恋や愛に少し疎いところがある。
妻が早くに死んでしまって、あの子にそういったところを教えてあげられる者がいなかったせいなのだろうか?
顔面蒼白で走り去るクリステルの背中を見送った。
「っ、あの、メーヴィス伯爵、お嬢様と二人きりで話す許可をいただけますでしょうか」
おやおや、こちらも顔面蒼白だ。
「んー? 駄目。君も娘も頭に血が上りきってるだろう? 話にならないよ。今の君はきっと余計なことまで口を滑らせる。そして、珍しく興奮しきりの娘には、君の本心は届かない」
「しかし」
「今日は帰りなさい」
今回のこととは別の問題でも、娘は心に影を落としている。
親同士では随分と前に話が付いていることであっても、子どもたち同士では知り得ないだろう。
幼かった娘にも、苦しんでいた彼にも話せることではなかったから。
「帰りなさい。明日も仕事だろう? 娘は必ず出勤するから」
「大変失礼いたしました」
レンブラントくんは、とてもいい子だと思う。
今すぐクリステルを追いかけたいだろうに、膝の上で拳を握りしめて耐え、ちゃんと私に視線を向けている。
さっきまでの焦りは直ぐに消し、貴族の顔に素早く戻しているところは流石と言える。
彼は私と同じタイプなのだろう。
気にしないところは気にしなさすぎて、どえらいポカをする。
そんなところに親近感が湧いている。
「明日の帰りは遅くなって構わないよ」
「お気遣い、感謝いたします」
レンブラントくんが、深々と礼をして帰っていった。
さてさて、恋する娘の様子でも見に行くかなぁ。




