12:父のペースに巻き込まれる。
ワインセラーを出て玄関ホールに向かう途中で、行きには気付かなかった少女の肖像画が目に入った。
「――――あ、可愛い」
つるりと漏れ出てしまったその言葉に、慌てて口を塞いだが、時すでに遅しだった。
一瞬、肩をビクリと揺らしたレンブラント様が、柔らかな声で「ありがとう」と答えた。
表情は、見えない。
噂だけは聞いていた、幼くして亡くなったレンブラント様の双子の妹。
「さぁ、急ごうか。お父上が待っている」
「はい」
レンブラント様が触れられたくない過去であり、私も触れたくない過去である。
私たちは、いつかそのことについて話し合わなければいけないと思うものの、向き合うのが怖い。
今日、父が口を滑らせてしまわないかも、怖い。
レンブラント様に丁重にエスコートされつつ馬車を降りると、玄関をバーンと開けて父が私たちを出迎えた。
「なんでトイレに行ってるときに到着するかなぁ!?」
「知らないわよ。ただいま」
「おかえり。そして、ようこそおいでくださいました、ファルハーレン公爵」
「メーヴィス伯爵、先日は――――」
レンブラント様が騎士の礼をとりながら、挨拶というか謝罪をしようとしたところで、父が「ワハハハ」と笑いだし、挨拶は屋敷の中でしましょうかと言った。
「どうぞ、おかけください」
「失礼します」
サロンに入り、レンブラント様と父が座ったところで、父の横に私も座った。
「うん? クリステル、こっち側なの?」
「はい?」
「恋人の隣に座りたいとかさぁ」
「そういうのはいいので、話を」
レンブラント様が何を話しに来たかは察しがついているはずなのに、こういった空気を出すのは父の悪いところだと思う。
「本日は、急な訪問をお許しいただきありがとうございます。こちら、ささやかなものではありますが、お受け取りいただけますでしょうか」
レンブラント様の執事が包装したワイン二本を我が家の執事に渡し、我が家の執事から父へと渡った。
彼には好きなもので大丈夫だとは言ったものの、実は少しドキドキしている。
「おぉっ! 白ワインですか。ふむ……これは初めて見ました。どのようなものですか?」
「両親の隠居先にある小さなワイナリーのものなのですが、海辺に近いので非常にミネラル豊かで柑橘の香りが豊かなものです。お嬢様から海のものが好きだとお伺いしたので、シーンに合わせて飲みやすいよう、辛口のものと、やや甘口のものを」
「ふむむむむむ。今すぐ飲みたい……が、我慢かな? ハハハ」
ケタケタと笑いながらも、ボトルやラベルを眼光鋭くじっくり見ているので、これはかなり気になっているもよう。
レンブラント様もそれがわかったようでホッとしていた。
「早速、夜にいただきますね」
「チーズにもよく合いますので、ぜひ」
「さて、前置きはそれくらいにして。本題に入ろうかね。ここからは未来の息子として話しても?」
「もちろんだすっ」
――――噛んだわね。
わかりやすく居住まいを正すレンブラント様。緊張がこちらにも伝わってくるけど、たぶん五分後には緊張していたことを後悔しそうだ。
だって、相手は父なのだから。
「ブフッ、んんっ! いやぁ、今朝は目玉が飛び出るほど驚いたよ。なんせ、昨日デートから早めに帰ったクリステルから記事の差し止めは貴卿が行っていると聞いていたからね」
「っ……その件に関しましては、私の不徳の致すところだと理解しております。配慮が不足しておりました」
「で、で! なんで差し止めなかったんだい!?」
――――あ。
お父様、早くも貴族の振りが面倒になったわね。
「朝イチで、笑い死にするかと思ったのは久しぶりだよ! いやもぉ、今もずっと笑いそうなんだけどね! 下着まで破れるって、どんな転け方したらそうなるんだい! うはははははは!」
「えっと……?」
父が椅子の手摺りをバンバンと叩いて大笑いしている様子を、レンブラント様はポカーンと見つめていた。
完全に父のペースになってしまっている。
このパターン、話が長くなるのよね……。




