14 エデンを描く(2)
人間佳純の最期は、苦痛の中だった。研究所の食堂に、箱崎がベッドを持ち込んで佳純を寝かし、ロボットである箱崎は、すぐ横にエネルギーベースをロボット達に運ばせて据え、充電時間を2時間おきに中断する設定にして、1日中看病する。
重苦しい夜が明け、朝日が食堂の窓から射し込む。ろくに眠れない長い夜よりも、日射しが入る日中の方が、気持ちの面で佳純は楽だ。7時5分前、箱崎が起きる。
「調子はどうだ?」
箱崎はゆっくり佳純に近付いて声を掛ける。
「別に変わらない。」
「そうか。」
箱崎は、注意深く佳純の体の下に手を入れ、床ずれ防止のために、ゆっくりと体の向きを変えさせる。体の向きが戻ってしまわない様に、隙間にクッションを入れる。
「何か食べられそうか?」
目を閉じたまま、佳純は小さく首を振り、弱々しい笑みを浮かべる。佳純が物を食べなくなって、もう3日になる。昨日から水分も摂らなくなった。
「何か必要な事があれば言えよ。」
箱崎は傍らの椅子に腰かける。ロボットである箱崎は、この椅子に座り、自分のエネルギー補給の時間になるまで、彼女の看病を続ける。
「あのね…、箱崎君に謝らなきゃ。」
佳純は微かに目を開けて、か細い声を上げる。
「何だ、無駄に喋るな。」
佳純は小さく首を振る。
「言っておかなきゃならないの。あなたがボロボロになって、この研究所に戻って来たとき、私、あなたをロボットにした。…結局、そのせいで、こんな厄介な役目を1人でやらせる事になっちゃって。…御免なさい。そんなつもりは無かったの。」
「馬鹿。自分で選んでロボットに生まれ変わったんだ。むしろ感謝している。」
「でも、私の我儘で、隼人を眠らせちゃったし、その後の事まで…」
「良い、良い。」箱崎は椅子から立ち、佳純に近付くと、彼女の言葉を遮る。「俺はそんな事、気にしていない。寧ろ、こうやってお前の面倒を見られるのが嬉しいんだ。冗談じゃないぞ、本当だ。」
佳純は目を閉じ、笑顔を浮かべる。
「…やっぱり、嘘が下手ね。」
「馬鹿、嘘じゃないって。お前が我儘なのは、今始まった事じゃないだろ。若い頃からずっとだ。それを承知で、俺はお前の傍に居るんだ。お前とこうして2人っきりで居られる事が幸せなんだ。本当だぞ。だから、気にするな。もっと甘えろ。もっと甘えて良いんだぞ。」
目を閉じた佳純の顔は穏やかだ。何か苦しみから解放された様な…
「小笠原?」
佳純は反応しない。
「おい、小笠原?」箱崎は恐る恐る彼女の肩に手を掛ける。「おい、寝ているのか?…おい、…おい!」
両手で彼女の肩を掴み揺さぶるが、反応しない。慌てて彼女の胸に耳を当て、箱崎はその時が来たのを悟る。
白髪のぼさぼさの髪に、皺だらけで痩せて折れそうな体…。人目を憚る必要はない。最早、佳純は拒まない。箱崎は、初めて佳純を思いっきり抱き締めた。
遺体が清掃ロボットに見付かれば、処理場へと運ばれてしまう。研究所の中には清掃ロボットが入って来ないから、ここに置いてある限りは安全だ。箱崎は、彼女が隼人の仲間として用意した3体のロボットに別のタスクを与えて、夜間に起動させる。箱崎は、彼等を研究所の5階に連れて行く。
「これは?」
食堂に置かれたベッドの上の遺体を見下ろして、ムサシが問い掛ける。彼等にとって、人間の遺体を見るのは初めてだ。動かないと言う点で充電中のロボットと変わらない。
「俺の大事な人の遺体だ。」箱崎が怖い顔で睨む。「これから、この遺体を埋葬する。良いか、丁寧に扱え。それに、大声を出すな。黙って作業しろ。」
言われたムサシは黙ったまま、大きく1つ頷く。
大きな柔らかい毛布を用意して、食堂の床に広げる。
「良いか、ゆっくり慎重に。」
4人はベッドから佳純の遺体を持ち上げて、毛布の上へと移す。持ち上げられた彼女の左手が垂れ下がり、指からリングが抜け落ちる。微かな金属音を響かせて、床をリングが転がる。気付いた箱崎は、毛布に遺体を置いた後、転がったリングを探し出して、拾い上げる。
金色に輝くリング。箱崎は、リングを部屋の照明に照らしてみる。黄金色をしているが、どうやら金では無い様だ。一点の曇りも、傷もなく、輝くリング。死に際まで身に付けているのだから、佳純にとって大切なものなのだろう。試しに自分の指に嵌めてみる。男のロボットの指でも、少し緩いくらいだ。男物のリング、佳純がこんな物を隠し持っていたなんて知らなかった。
これに、佳純はどんな思い入れがあったのか知らないが、如何にも安物のリングだ。人間隼人との関係はないだろう。大方、ロボットの隼人にでもプレゼントしようと思って持っていたのじゃないだろうか。隼人のためなんて勿体ない。それなら俺が貰う。
箱崎は、それを佳純の形見にすると決めた。
夜の街路を4人で亡骸を包んだ毛布を担ぎ、公園まで運ぶ。街路には誰も通らない。一定間隔で続く街灯が、葬列を見送ってくれている。公園にある人間箱崎の墓の隣に穴を掘り、亡骸を埋める。その上に大きな実験機材を置き直して、『実験中』の張り紙をするのも忘れない。
箱崎は3体のロボットをもう1度眠らせて、隼人の仲間という設定に戻した後、誰もいなくなった研究所の食堂で何もせずに過ごす。そうして1週間が過ぎた時、彼は動き出した。
隼人のデータを書き換えて、彼の住まいを決めると、3体のロボットを今度は隼人の仲間として起動させ、隼人の体とエネルギーベースを彼の住まいとなる場所まで運搬させる。研究所の中を整理して、佳純の執務室と実験室のパソコンのファイルに隼人に対するトラップを仕掛けたら、箱崎自身は川崎と名前を変えて、隼人の仕事の同僚に収まった。




