14 エデンを描く(3)
ロボットとしての佳純が目覚め、研究所の中で彼女と一緒に過ごして来た記憶を持つ隼人が起動すると、その日以降、川崎は姿を消した。隼人と佳純、それにムサシ達3人を合わせた5人で過ごす日々に変わった。日がな1日、彼等は研究所から外に出て、どこからか見付けて来たボロボロのボールを使って公園で草野球の真似事をしたり、研究所の食堂に座ってお喋りをして過ごす。夜になれば、研究所の部屋を整理して、1人1人が自分の部屋と決めた場所で、持ち込んだエネルギーベースに乗って眠る。
春の陽気に誘われて、その日はオノゴロの街へと散歩に出る。少し足を伸ばして、いつもは行かない中枢エリアの近くまで歩いて行く。オノゴロ内の清掃を担当する清掃ロボットと何度もすれ違う。
「もう、ごみを出す人間は存在しないから、こんなに沢山の清掃ロボットは要らないな。」
すれ違った清掃ロボットの後ろ姿を見送りながら隼人が呟く。
「もう、人間はいないって言い切れるの?」
並んで歩く佳純が応える。
「俺と佳純がいない間に何十年も経っているらしいから、もう生きている可能性は低いだろう。」隼人は後ろを歩くムサシ達3人を振り返る。「なあ、そうだよな。」
「ああ、俺達が起動してから30年以上経っている。」ムサシが応える。「その間、1人も人間を見た事が無い。」
「お前とは違うハヤトが、オノゴロ中、人間を探し回った。」ノリオが補足する。「虱潰しに探し回ったが、見付けられなかった。」
「そう。」今度は佳純が呟く。「放射能の影響が続いているから、人間が生きていられる可能性は殆どゼロね。…まだ、高速増殖炉は稼働しているのよね?」
「そうじゃないか?」
自信が持てず、隼人はムサシ達を振り返るが、誰も答えない。
「何とか、停められないかな。」
佳純は思案顔になる。
「放射能が心配か?」
横から隼人が問い掛ける。
「ロボットには高濃度放射能でなければ、大した影響はないでしょうけど、事故が怖い。重大な事故が起きれば、オノゴロは終わりだから。」
「なら停めてしまおう。原子炉のオペレーターロボット達にも相談しよう。誰も利用しない地下鉄は廃止して、オノゴロで稼働するロボットの数を見直せば、太陽光発電だけで賄えるだろう。」
「オペレーターは、私達の言う事なんか聞いてくれるかしら。」
「大丈夫。同じレベルの頭脳を持った仲間だ。話し合えば理解し合える。」
「そうだね。」カズが口を挟む。「ハヤトは良い事言う。僕等はみんなお互い分かり合えるさ。」
「そうなったら、夜間は停電よ。太陽光発電はあっても、蓄電システムが無い。昼間寝て充電して、夜間、真っ暗な中で散歩する?」
何だか佳純は楽しそうだ。
「散歩は良いが、エネルギーを必要とする物は、何も使えない。」隼人は、真面目な顔で応える。「…どうだろう、今の24時間サイクルの生活を48時間サイクルに変更しては?」
「どう言う事?」
「1日目の昼間活動したら、次の日の昼間を充電に充てる。このサイクルにすれば、活動できる時間は半分になるけれど、制約なく活動できる。永遠の命がある我々ならそれでいいと思うが、どうだろう。」
「そうね。」
佳純は直ぐに同意する。
「君達はどうだ?」
隼人はムサシ達に問い掛ける。
「構わない。」「良いんじゃない?」「任せる。」
「それなら」3人の返事を聞いて、佳純が目を輝かせる。「やる事ができた。遊んでいられないじゃない。」
「嬉しそうだな。」
「そりゃ、研究が無くなっちゃったから、退屈していたところだったの。オノゴロの中を私達ロボットが主人公の世界に作り替えましょ。」
「僕等が生きていく世界だ。」
カズが天を仰いで声を上げる。
「そうね。…でも、私達、生きてるって言えるのかしら。」
「生きているさ。」隼人は胸を張る。「佳純は、生命の定義をどう考えている?」
「それね…、はっきり決まったものは無い。でしょ?」
佳純は意味有り気に隼人を見る。
「そうだが、生物学者なら、こう言う。1つ、外界と仕切られている。2つ、代謝を行なう。3つ、自分の複製を作る。…生物は細胞でできているから、外界と隔てているのは、細胞膜だが、俺達は人工皮膚だ。大きく捉えれば、仕切られているって言えるだろう。代謝だが、エネルギー消費や物質の出し入れだと捉えるなら、俺達は電気エネルギーと取り入れて、消費している。メンテナンスで潤滑油だって取り入れる。3番目の複製だが、オノゴロの中では、物質が限られるからできないが、元の世界なら、ロボットがロボットを生産する事だってできる。」
「でもそれじゃ、自分自身で自分のコピーを作っている事にはならないわ。」
「そう、同じ様な理由で生物学者はウイルスを生物と見做さない。でも、じゃあ、ウイルスは物質か?同じ立ち位置に俺達は居る。NASAのアストロバイオロジー研究所は…」
不意にカズがクスクスと笑う。驚いて、隼人は喋るのをやめる。
「血は争えないって言うのかな。」カズは半分笑いながら話す。「同じ生物の定義を僕等と一緒に生活していたハヤトも持ち出したよ。」
「そりゃ、そうだろ。元は同じ人間なんだから。もう1人の俺は、その時なんと言っていた?」
「結局、僕等ロボットも生きているって認めてくれたよ。」
隼人は満足気に頷く。
「でも、同じハヤトなのに、僕には、あの時のハヤトと、今のハヤトは全然違う人間に見えるよ。」
「カズの言っている隼人も、この躯体に入っていたんだよな?それじゃ、見た目は一緒だろ?」
「うん。だけど、こんな言い方、悪いかも知れないけど、あっちのハヤトは僕等ロボットを見下していた様に感じた。自分自身がその仲間だって認めたくないって言うのかな。そんな拒否反応が丸わかりだった。」
「そうだったのか…。」
「そりゃ、元々の出発点の違いに起因するんじゃないかな。」黙って聞いていたノリオが物知り顔で話し始める。「あっちのハヤトは、ずっと自分は人間だと思い込んでいたんだ。それを急に実はロボットだって言われても、直ぐには受け入れられないだろ。こっちのハヤトは、もうすっかり承知しているって言うか、ロボットとして生きていこうって覚悟ができているからじゃないか。」
「俺は、元々、佳純の研究対象として生まれた。謂わば暫定的な存在。目標になる人間、隼人が過去に存在して、それにどこまで近づけられるか試す実験体に過ぎないと、目覚めた時から佳純に宣告されていたからね。妙に肩肘張った所が無いんだと思う。」
「でも、今は、あなたが私にとっての大事な隼人。」
佳純が笑顔を隼人に向ける。
「佳純と仲間と、ここで暮らしていけるさ。」
隼人は日射しの中で微笑む。
「箱崎君が言ってた、ロシアでアンチエリスが開発されて、外界に散布されたって、あれ、本当かしら。きっと100年か、遅くとも500年くらいすれば、オノゴロの外に出られるんじゃない?」
「そうしたら、俺達は、ロボットの生産工場を復活させ、自分達の手で仲間を増やすんだ。生物は、終わりなき進化を続けるもの。俺達も、俺達の手でロボットを研究し、進化させて行こう。それでこそ、本当に生きている事になる。」
「でも、人間も地球に残っているでしょ?私達を理解してくれるかしら。」
「拒否反応があるだろうね。今の内から、他国のコロニーとのコミュニケーションを試みるのはどうだろう。やり取りをしている内に、俺達の存在が当たり前になっていく様に。」
「元々人間だったハヤトが全面に出て」ノリオは声を上げる。「経緯を説明してくれれば、上手くいくんじゃないか。」
「他のコロニーでも、佳純の開発した変換装置を欲しがる筈さ。何しろ、不死身の体が手に入るんだから。」
隼人は、笑顔で応えた。
D-3地区の食料集積所にカートを引いた食糧配給ロボットがやって来る。淡い黄色の作業服は、役目を示す目印だ。人間が居なくなった今、このタスクを担い続けているのは、この地区を担当する2人だけになってしまった。実際には食料を必要とする人間は存在しない。ロボットは、空のステンレスバットをカートに積み重ねてやって来る。食料集積所には、早朝に朝食と昼食用として持ち込んだ同じ形のステンレスバットが、彼が置いて行った姿のまま置かれている。この味気ない容器の入れ替え作業を、彼はオノゴロで人間の生活が始まって以来ずっと続けている。気が遠くなるくらい長い時間を同じ事の繰り返しに費やしてきたが、一度だってやめようと考えた事は無い。
集積所の前で、カートが勝手に動き出さない様に手動ブレーキを掛けたら、容器の入れ替え作業に取り掛かる。
「お役目、お疲れ様。」
男の声だ。バットを3つ重ねてカートから持ち上げた所で、ロボットの動きが止まる。彼はバットを両手で抱えたまま、首を振り、体を捩って、声の主を探す。見れば、集積所の隣の縁石の上に、男が1人腰掛けている。川崎だ。勿論、食糧配給ロボットは、川崎を知らない。
「ああ、どうも。」食糧配給ロボットは、バットを路上に仮置きしながら川崎に挨拶をする。「何年振りだろうねぇ、そんな風にねぎらいの言葉を掛けてもらうのは。…あんた、ここで何しているんだい?」
川崎は、徐に腰を上げる。
「ロボットを探しているんだが…、食糧配給ロボットのカズミって知らないかい?」
「カズミぃ?」食糧配給ロボットは、斜め上を見上げながら思案顔になる。「女性型のロボットかい。いやぁ、知らないなぁ。その人は、本当に食糧配給ロボットなのかい?」
「ああ。昔一緒に仕事をしていたんだ。」
「あ、じゃあ、あんたも元は食糧配給ロボットかい。今は違うタスクで動いているんだろ?」
「まあ…、そんなところだ。あの頃、随分世話になったから、また一緒に何かできたらと思っているんだ。」
「あ~、そりゃ、残念だ。食糧配給ロボットとして今でも活動しているのは、俺と俺の相棒の2人だけになっちゃった。そのカズミってロボットは、休眠状態になってるか、他のタスクに転用されているだろうよ。IDナンバーは分からないのかい?」
「残念だが、愛称しか知らない。」
「そりゃ、探すのは難しいんじゃないかなぁ。」
川崎は下を向いて、薄っすらと笑みを浮かべる。
「まあ、そうだろうな…。」
食糧配給ロボットが不思議そうな顔をする。
「あんた、今どんなタスクで稼働してるんだい?昔の仲間と一緒に働こうなんて、そんな勝手ができるのかい?」
「ああ。」川崎は、食糧配給ロボットに笑顔を見せる。「俺はちょっと特殊なんだ。外から設定されるタスクに縛られていない。自分でどうするか決められるんだ。」
食糧配給ロボットの眉間に皺が寄る。
「タスクに縛られていない?それって、タスクが設定されていないって事かい?それじゃ、何をするかはどうやって決めるんだい?」
「自分の意思だよ。君達にもある。小さな物事なら、自分でどうするか判断して行動しているだろ?それを1から全部、自分で行なうんだ。」
それでも、ロボットは首を傾げる。
「そんな事できるのかい?何をやるか決まっているから、それに照らし合わせて判断できるんじゃないのかい?」
「ん~、どう言ったら良いかな。」川崎は顔をしかめる。「それをタスクに求めるんじゃないんだ。自分の感情、自分がどうしたいかって言う気持ちが基準になるんだよ。だから、馬鹿げた行動もしてしまうけどね。1+1は、誰にとっても2が正解なのに、それを認めたくなかったり、わざと引き算にしてみたり。」
「へぇ~、そんな事できるのかねぇ…。」
食糧配給ロボットは、興味がないのか、路上に降ろしてあったバットの山を抱え上げて、作業に戻る。
「愛すべきコンプレックス。」
川崎は食糧配給ロボットの働きぶりを見守りながら呟く。
「えぇ、何?」
食糧配給ロボットは、作業をしながら訊き返す。
「いや、何でも無い。俺とあんたの間には大きな隔たりがあるんだ。分かっていても、それをどうやって埋めて良いのか、俺には見当もつかない。それじゃ、俺はこれで失礼するよ。作業頑張って。」
作業を続けるロボットに向けて右手を上げて挨拶した後、川崎はその場を後にした。
了




