14 エデンを描く(1)
「もう1人の隼人の最期って、どうなっちゃうの?」
インストーラーを操作して、ロボットの起動を行なう川崎の後ろで椅子に座り、佳純が問いかける。
「想像できるだろ。メモリー内のデータを全て消去されて、遊休ロボットのたまり場でストックされるか、解体されて、リサイクル資材になる。」
「人間の形してるから、きっとそんな場面、見ない方が良いよね。」
「俺達は、人間としての意識を持っているから、見ない方が良いだろ。最初からロボットとして生まれた者が、そう言う所を見てどう思うのかは想像できないけど。」
「後で、ムサシ君達に聞いてみようかな。」
「やめとけ。何でも首を突っ込むのは悪い癖だ。」
佳純は不満そうな顔になる。
「ね、私の最期ってどんなだったの?」
「え?」
「人間だった私の最期。それ知ってるの、箱崎君だけでしょ。私自身ですら、それ以前の脳内データが元になっているから、最期の瞬間の事は記憶にないじゃない。ね、どんなだった?」
「どんなって…。別に話す様な事は無い。普通だ。」
「普通ってどういうのが普通なのよ。私、きっと体中に腫瘍ができちゃったでしょう?随分苦しんだんじゃない?」
「そんなの聞いてどうする。」
「良いじゃない。自分自身の事だから、構わないでしょ。気にしないで、赤裸々に語ってくれて良いよ。」
「語る様な事じゃない。」
「詰まんないなぁ。少しくらい、何か話してよ。」
川崎は、不機嫌そうに溜息をつく。
「放射能の影響で、きっと白血病も発症していたんだと思う。」川崎は投げやりに話す。「医者じゃないから、詳しい事は分からない。…随分辛そうだった。」
「そうかぁ。」佳純は天井を見上げる。「私の遺体、処分してくれたんだよね?」
「ああ…。」
「ありがとう。御免ね、迷惑かけちゃったね。」
「良いさ。」
「お婆ちゃんのシモの世話だけじゃなくて、亡骸まで始末しなきゃならないなんて、そりゃ、反抗したくもなるか。」
「あのな、小笠原。」川崎の声が弱々しくなる。「お前に確認もせずにこんな形にして済まない。」
「ほんと、騙された。」
「済まない。…怒ってるか?」
川崎は、操作パネルの方を向いたまま、背後の佳純を振り返ろうともしない。
「ううん、厄介なお願いを押しつけちゃったのは私だし。こうなっちゃったら、こうなっちゃったで、覚悟ができた。」
「俺、ちゃんと野付崎が呑気に暮らす世界を作ったんだぜ。」
「うん、さっき、怪しい男の姿をした隼人に聞いた。」
「でも、俺はお前に復活して欲しかったんだ。…あの時、もう野付崎は書き換えられて眠ってて、俺じゃお前を説得しきれないと思ったから、お前に言わずに準備を進めたんだ。」
「あの時って?」
「お前のデータ取りを再開した時。」
「ああ、そうね。」
「結局、野付崎じゃなきゃ、駄目だって。だから、野付崎にお前の復活を選択させたんだ。」
「随分、面倒な事したじゃない。こうやって私を生まれ変わらせるつもりだったなら、直接そうすれば良かったのに。」
「だから、それじゃ、お前は納得しないだろ。…お前との約束もあったし。」
「一応、気にしてくれたんだ。ありがと。」
「俺の話はここまでだ。…それより、野付崎だ。」川崎の声に力が戻る。「起動したら、直ぐに起こしてしまって良いんだよな。小笠原は、昨日起動設定して、今朝目覚める様にしたけど。」
「うん。こうなったら、早く会いたい。でも、私って分かってもらえるかな?幻滅されちゃったらどうしよう。」
「なに、乙女みたいな事言ってるんだ。」
「乙女だもん。こんなピチピチの肌のお婆ちゃんは居ないでしょ。」
川崎は鼻で笑う。
「そろそろ、目覚めるぞ。」
「え!」
佳純は椅子から立ち上がり、エネルギーベースの上の隼人に注目する。
隼人がゆっくりと目を開け、上体を起こす。周囲を見回し、操作盤の向こうに川崎と佳純を見付けると、無表情に見つめたまま動きを止める。
無理もない。彼にしてみれば、年老いた佳純の脳内データを採取する日々の続きが今だ。川崎を箱崎と認識できても、佳純は見知らぬ女性型のロボットが居るとしか認識しない。
「野付崎、おはよう。」
川崎が声を掛ける。隼人は表情を変えず、黙って二人を見ている。反応が無いから、何か異常が起きているんじゃないかと不安を覚えるくらい間が空いてから、徐に隼人が口を開く。
「俺は、何故ここで寝ているんだ?」
「そうか、お前、自分の執務室に据えられたエネルギーベースの上で寝起きしていたもんな。お前、30年以上寝ていたって言ったら、直ぐに理解できるか?」
「無理だ。」隼人は顔をしかめる。「どういう事だ?」
「話せば長くなる。それに、俺が話すべきじゃないだろ。」川崎は、隣で身を縮めている佳純を見遣る。「それよりも、感動の再会だ。俺の隣に居るのが、小笠原佳純だ。」
隼人の視線が佳純に向けられる。佳純は俯き加減に、盗み見る様に隼人を見ている。
「生まれ変わったのか?」
隼人はエネルギーベースから降り、ゆっくりと佳純に近付く。
「あの…、変でしょ?」
隼人は、無言で彼女の両手を取る。
「こんな顔、私らしくないよね。でも、私みたいな特徴のない姿かたちのロボットなんて無いから…」
「佳純」隼人が彼女の言葉を遮る。「ロボットになれて良かった。」
佳純は目を伏せ、黙り込む。隼人は、彼女の両手を離すと、彼女を抱きしめる。
その光景を見ていた川崎は、そっとインストーラーの椅子から立ち上がる。2人だけの世界に浸る隼人と佳純をその場に残して、実験室から外に出た。
「小笠原を愛する男は、1人居れば充分さ。」
川崎は通路を歩きながら呟く。自分の左手を見る。その薬指には、真鍮のリングが光っている。そのまま階段を上がって、彼は地下鉄連絡通路の出口へと向かった。




