13 残るべき者(3)
実験室の中は、佳純が人間として生きていた頃と変わっていない。中央にロボットのエネルギーベースとインストーラーの操作盤が据えられている。佳純の視線は、エネルギーベースの上に横たわるロボットで釘付けになった。
隼人!
佳純は、小走りにエネルギーベースに近寄り、生前見慣れていた凹凸の少ない日本人的な顔を見下ろす。恐る恐る手を伸ばし、その頬にそっと触れる。隼人と川崎は、黙って彼女の様子を暫く見守った。
佳純は我に返り、恥ずかしそうに隼人と川崎を振り返る。
「御察しの通り、それが本当の野付崎だ。小笠原が良く知っている野付崎だろ?」
川崎は佳純に微笑みかける。
それじゃ、やっぱりあの男は偽物。
隼人と名乗った男を見る佳純の視線がきつくなる。
「いやいや、こいつも野付崎だ。」その様子に気付いて、川崎が慌ててフォローする。「俺がこのロボットにインストールしたんだから、間違いない。」
「なんで?ここに隼人のロボットがあるのに、なんでそんな事したの。」
今度は、非難の矛先が川崎に向く。
「それを今から話すのさ。」
「さっき話したじゃないか。」脇から隼人と名乗った男が割り込む。「佳純は20代の自分はもう自分じゃない、別人だと言った。同じ事が俺にも言えるだろ。今の佳純にとっての俺は、人間として生きていた時代の俺じゃない。この世界で佳純と一緒に暮らし、その時の佳純を愛していた俺が、今の佳純に必要なんだ。だから、今目の前に寝ているロボットには、その時の俺がインストールされている。」
「小笠原がどうしても消去できなかった、あの野付崎さ。」
川崎が補足する。
「これから、佳純はその隼人と一緒に生きていく。20代の生まれ変わりの俺はここまでだ。だから、そのロボットは本来の俺に返して、別のロボットに乗り換えたのさ。後はそのロボットを起動すれば良い。」
「小笠原、心の準備は良いか?久し振りの対面だ。」
面白そうに川崎が煽る。
ちょっと、何、急に。やだ、待って!
佳純は俄かに落ち着きを失くす。
「え?まだ、起こさないで!ちょっとどこかに鏡ないの?私どんな顔しているか確かめたい!」
「トイレに鏡がある。好きなだけ見て来れば良い。」
川崎が笑っている。
「ちょっと待っててよ。私が居ない間に起動したら承知しないからね!」
佳純は川崎を睨み据えて叫ぶと、駆け足で実験室を出て行こうとする。ドアを開けた先の通路にムサシ達3人が立っている。佳純はぶつかりそうになって、慌てて立ち止まると、ムサシ達を見上げる。
「あ、あなた達…」
「ああ、その人が小笠原佳純さんだ。」
その様子を見た川崎が、ムサシ達に呼び掛ける。
「どうも、ムサシと言います。」「ノリオです、よろしく。」「お初にお目にかかります。」
3人の挨拶に、佳純は1人1人丁寧に頭を下げる。
「あなたが、我々を作ってくれたんですね。」代表して、ノリオが話し掛ける。「ありがとうございます。今、こうしてやり甲斐のあるタスクを持っていられるのも、カスミさんのおかげです。」
「そんな…、私は、ただ、隼人の事を考えていただけ。ちょっと、御免、後でね。」
佳純は3人を振り払い、通路を駆けて行く。
佳純の後ろ姿を見送ってから、3人は203実験室に足を踏み入れた。
「話はできたのかい?」
カズが隼人と名乗る男に近付く。
「ああ、たぶん、話したいと思っていた事は話せたと思う。」
「じゃあ、もう良いのか?」
今度は、ムサシが問い掛ける。
「待ってくれ。最後に佳純に挨拶をしてからにしたい。」
「じゃ、戻って来るのを待つよ。」
カズが男に微笑む。
「すまないな。」
男ばかり5人、待っていてもなかなか佳純は戻って来ない。
「佳純って、そんなに見た目を気にするタイプだったかな。」
隼人と名乗る男が呟く。
「お前の知っている小笠原とは違う。」川崎はニヤついている。「1度は70過ぎまで生きたんだ。見た目に騙されるな。」
5人は誰も文句を言わずにひたすら待つ。心配になるくらい時間が過ぎた後で、佳純は腕を組みながら、納得のいかない顔をしてトボトボと帰って来た。何処かで見付けて来たのだろう、一方の手には、ヘアブラシが握られている。
なんか納得いかない。私がこんなバタ臭い顔?
「もっと、何て言うか、丸っこい顔の方が私っぽくない?」
実験室に入って来るなり、男達を見回す。
「充分綺麗だよ。」
隼人と名乗った男は、歯の浮きそうな事を言う。
私の質問の答えになってない。
「そんなに思い通りに顔かたちが選べるわけじゃない。」川崎が不満そうな佳純の表情を見て補足する。「それでも、野付崎が…、あくまで20代の頃の野付崎ではあるが、1番しっくりする躯体を選んだんだ。」
「なんか、鼻が高いのって、慣れてないって言うか、自分の持っているイメージは、もっと地味な感じなんだけどな…」
男達は皆、曖昧な笑顔をしている。
「ま、兎に角、今はそれで勘弁してくれ。」川崎は笑いながら話す。「この先、オノゴロの中で生活していて、もっと自分なりにぴったりする躯体があったら、野付崎に言って、乗り替えさせてもらえ。」
「うーん、なんか、これで隼人と再会するのは気が進まないけど、しょうがないのかぁ。」
「そんな事が考えられるなら」隼人と名乗った男が笑顔で言う。「大丈夫だな。もう、この世界でロボットとしてやっていける。」
「ロボットとして生活するのに覚悟がいるの?」
隣からカズが突っ込む。
「覚悟と言うか…、いや、やっぱり覚悟かもな。人間にとっては必要な事が必要でなくなり、必要なかった事が必要になる。例えば、3度の食事の代わりに夜間の充電が必要だとか。だから、ああ、俺はもう人間じゃないんだって、最初は思うな。」
「ふーん、成る程ね。」
「それよりも、小笠原。」真剣な顔に戻り、川崎が話す。「大事な話が、野付崎からあるんだ。聞いてくれるか?」
佳純はその言葉に身構える。
「え?何?」
隼人を名乗る男が佳純に歩み寄る。尚の事、佳純は身構える。
「君と一緒に暮らしていた隼人が目を醒ますから、その前に俺は居なくなるよ。いつまでもお幸せに。」
「どういう事?…居なくなるって、まさか。」
男は頷く。
「俺は、自分自身を抹消する。」
「え?何で、何で?」
「世の中に同じ人間は2人存在してはいけない。…佳純だって、20代の自分が存在したら、嫌だろ。」
「嫌だけど、だからって、居なくなる事ないじゃない。上手く棲み分けられない?」
男は苦笑いを浮かべて、首を振る。
「そう簡単な話じゃない。佳純を愛し、愛される人間は、1人居れば充分だ。」
「またいつか会えるわよね?データは残すんでしょ?」
「いや、永遠にお別れだ。」
「そんな、何で?」
男は、後ろに立つムサシ達を振り返る。
「良いぞ、行こう。連れて行ってくれ。」
ムサシ達3人と男は、実験室から出て行く。
「ちょっと、どうするつもり?」
引き留めようとする佳純の腕を川崎が掴む。
「小笠原は、眠っている野付崎の覚醒に立ち会ってもらわなきゃ。」
「あの人、どうなっちゃうの?」今度は川崎に食い下がる。「なんでデータも残さないの?」
「それが、あいつの望みだ。きっと、それが小笠原への感謝の気持ちの表明なんだろう。」
「どうして?私、自分の作った世界で、隼人がどうやって暮らしていたか、もっと聞きたいのに。」
「だからさ。きっと小笠原はそう言うだろうと思ったから、あいつは、何もかも全部無かった事にしようと決めたんだ。最初あいつに言われた時には、俺もびっくりしたよ。」
どういう事?意味分かんない。
佳純を引き留める川崎の顔を見上げる。さっきまで陽気にしていた川崎が、何故か真剣な顔で遠くを見ている。
「さあ、起動しよう。運命の再会だ。」
川崎はそっと佳純の腕を離すと、インストーラーの操作盤に向かった。




