↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/43

13 残るべき者(3)

 実験室の中は、佳純(かすみ)が人間として生きていた頃と変わっていない。中央にロボットのエネルギーベースとインストーラーの操作盤が据(す)えられている。佳純の視線は、エネルギーベースの上に横たわるロボットで釘付(くぎづ)けになった。

 隼人(はやと)!

 佳純は、小走(こばし)りにエネルギーベースに近寄り、生前(せいぜん)見慣れていた凹凸(おうとつ)の少ない日本人的な顔を見下ろす。恐(おそ)る恐る手を伸ばし、その頬(ほお)にそっと触れる。隼人と川崎は、黙って彼女の様子を暫(しばら)く見守った。

 佳純は我(われ)に返り、恥ずかしそうに隼人と川崎を振り返る。

「御察(おさっ)しの通り、それが本当の野付崎(のつけざき)だ。小笠原が良く知っている野付崎だろ?」

 川崎は佳純に微笑(ほほえ)みかける。

 それじゃ、やっぱりあの男は偽物(にせもの)。

 隼人と名乗(なの)った男を見る佳純の視線がきつくなる。

「いやいや、こいつも野付崎だ。」その様子に気付いて、川崎が慌ててフォローする。「俺がこのロボットにインストールしたんだから、間違いない。」

「なんで?ここに隼人のロボットがあるのに、なんでそんな事したの。」

 今度は、非難(ひなん)の矛先(ほこさき)が川崎に向く。

「それを今から話すのさ。」

「さっき話したじゃないか。」脇(わき)から隼人と名乗った男が割り込む。「佳純は20代の自分はもう自分じゃない、別人だと言った。同じ事が俺にも言えるだろ。今の佳純にとっての俺は、人間として生きていた時代の俺じゃない。この世界で佳純と一緒に暮らし、その時の佳純を愛していた俺が、今の佳純に必要なんだ。だから、今(いま)目の前に寝ているロボットには、その時の俺がインストールされている。」

「小笠原がどうしても消去できなかった、あの野付崎さ。」

 川崎が補足する。

「これから、佳純はその隼人と一緒に生きていく。20代の生まれ変わりの俺はここまでだ。だから、そのロボットは本来の俺に返して、別のロボットに乗り換えたのさ。後はそのロボットを起動すれば良い。」

「小笠原、心の準備は良いか?久(ひさ)し振(ぶ)りの対面だ。」

 面白(おもしろ)そうに川崎が煽(あお)る。

 ちょっと、何、急に。やだ、待って!

 佳純は俄(にわ)かに落ち着きを失(な)くす。

「え?まだ、起こさないで!ちょっとどこかに鏡ないの?私どんな顔しているか確かめたい!」

「トイレに鏡がある。好きなだけ見て来れば良い。」

 川崎が笑っている。

「ちょっと待っててよ。私が居(い)ない間に起動したら承知しないからね!」

 佳純は川崎を睨(にら)み据(す)えて叫ぶと、駆(か)け足で実験室を出て行こうとする。ドアを開(あ)けた先の通路にムサシ達3人が立っている。佳純はぶつかりそうになって、慌(あわ)てて立ち止まると、ムサシ達を見上げる。

「あ、あなた達…」

「ああ、その人が小笠原佳純さんだ。」

 その様子を見た川崎が、ムサシ達に呼び掛ける。

「どうも、ムサシと言います。」「ノリオです、よろしく。」「お初(はつ)にお目にかかります。」

 3人の挨拶(あいさつ)に、佳純は1人1人丁寧(ていねい)に頭を下げる。

「あなたが、我々を作ってくれたんですね。」代表して、ノリオが話し掛ける。「ありがとうございます。今、こうしてやり甲斐(がい)のあるタスクを持っていられるのも、カスミさんのおかげです。」

「そんな…、私は、ただ、隼人の事を考えていただけ。ちょっと、御免(ごめん)、後(あと)でね。」

 佳純は3人を振り払(はら)い、通路を駆(か)けて行く。

 佳純の後ろ姿を見送ってから、3人は203実験室に足を踏み入れた。

「話はできたのかい?」

 カズが隼人と名乗(なの)る男に近付く。

「ああ、たぶん、話したいと思っていた事は話せたと思う。」

「じゃあ、もう良いのか?」

 今度は、ムサシが問(と)い掛ける。

「待ってくれ。最後に佳純に挨拶(あいさつ)をしてからにしたい。」

「じゃ、戻(もど)って来るのを待つよ。」

 カズが男に微笑(ほほえ)む。

「すまないな。」

 男ばかり5人、待っていてもなかなか佳純は戻って来ない。

「佳純って、そんなに見た目を気にするタイプだったかな。」

 隼人と名乗る男が呟(つぶや)く。

「お前の知っている小笠原とは違う。」川崎はニヤついている。「1度は70過ぎまで生きたんだ。見た目に騙(だま)されるな。」

 5人は誰(だれ)も文句(もんく)を言わずにひたすら待つ。心配になるくらい時間が過ぎた後で、佳純は腕を組みながら、納得のいかない顔をしてトボトボと帰って来た。何処(どこ)かで見付けて来たのだろう、一方の手には、ヘアブラシが握(にぎ)られている。

 なんか納得いかない。私がこんなバタ臭(くさ)い顔?

「もっと、何て言うか、丸っこい顔の方が私っぽくない?」

 実験室に入って来るなり、男達を見回す。

「充分綺麗(きれい)だよ。」

 隼人と名乗(なの)った男は、歯の浮きそうな事を言う。

 私の質問の答えになってない。

「そんなに思い通りに顔かたちが選べるわけじゃない。」川崎が不満そうな佳純の表情を見て補足する。「それでも、野付崎(のつけざき)が…、あくまで20代の頃の野付崎ではあるが、1番しっくりする躯体(くたい)を選んだんだ。」

「なんか、鼻が高いのって、慣れてないって言うか、自分の持っているイメージは、もっと地味(じみ)な感じなんだけどな…」

 男達は皆(みな)、曖昧(あいまい)な笑顔をしている。

「ま、兎(と)に角(かく)、今はそれで勘弁(かんべん)してくれ。」川崎は笑いながら話す。「この先、オノゴロの中で生活していて、もっと自分なりにぴったりする躯体(くたい)があったら、野付崎に言って、乗り替えさせてもらえ。」

「うーん、なんか、これで隼人と再会するのは気が進まないけど、しょうがないのかぁ。」

「そんな事が考えられるなら」隼人と名乗った男が笑顔で言う。「大丈夫だな。もう、この世界でロボットとしてやっていける。」

「ロボットとして生活するのに覚悟がいるの?」

 隣からカズが突っ込む。

「覚悟と言うか…、いや、やっぱり覚悟かもな。人間にとっては必要な事が必要でなくなり、必要なかった事が必要になる。例(たと)えば、3度の食事の代わりに夜間の充電が必要だとか。だから、ああ、俺はもう人間じゃないんだって、最初は思うな。」

「ふーん、成(な)る程(ほど)ね。」

「それよりも、小笠原。」真剣(しんけん)な顔に戻り、川崎が話す。「大事な話が、野付崎からあるんだ。聞いてくれるか?」

 佳純はその言葉に身構(みがま)える。

「え?何?」

 隼人を名乗る男が佳純に歩み寄る。尚(なお)の事、佳純は身構える。

「君と一緒に暮(く)らしていた隼人が目を醒(さ)ますから、その前に俺は居なくなるよ。いつまでもお幸せに。」

「どういう事?…居なくなるって、まさか。」

 男は頷(うなず)く。

「俺は、自分自身を抹消(まっしょう)する。」

「え?何で、何で?」

「世の中に同じ人間は2人存在してはいけない。…佳純だって、20代の自分が存在したら、嫌(いや)だろ。」

「嫌だけど、だからって、居なくなる事ないじゃない。上手(うま)く棲(す)み分けられない?」

 男は苦笑(にがわら)いを浮かべて、首を振る。

「そう簡単な話じゃない。佳純を愛し、愛される人間は、1人居れば充分だ。」

「またいつか会えるわよね?データは残すんでしょ?」

「いや、永遠にお別れだ。」

「そんな、何で?」

 男は、後ろに立つムサシ達を振り返る。

「良いぞ、行こう。連れて行ってくれ。」

 ムサシ達3人と男は、実験室から出て行く。

「ちょっと、どうするつもり?」

 引き留(と)めようとする佳純の腕を川崎が掴(つか)む。

「小笠原は、眠っている野付崎の覚醒(かくせい)に立ち会ってもらわなきゃ。」

「あの人、どうなっちゃうの?」今度は川崎に食い下がる。「なんでデータも残さないの?」

「それが、あいつの望みだ。きっと、それが小笠原への感謝の気持ちの表明なんだろう。」

「どうして?私、自分の作った世界で、隼人がどうやって暮らしていたか、もっと聞きたいのに。」

「だからさ。きっと小笠原はそう言うだろうと思ったから、あいつは、何もかも全部無かった事にしようと決めたんだ。最初あいつに言われた時には、俺もびっくりしたよ。」

 どういう事?意味分かんない。

 佳純を引き留(と)める川崎の顔を見上げる。さっきまで陽気にしていた川崎が、何故(なぜ)か真剣な顔で遠くを見ている。

「さあ、起動しよう。運命の再会だ。」

 川崎はそっと佳純の腕を離すと、インストーラーの操作盤(そうさばん)に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。