13 残るべき者(1)
「小笠原が亡くなった後、まず、お前のデータを修正した。」
203実験室で隼人と向き合って、川崎はどういう経緯で今の隼人が残っているのか詳しく説明する。
「お前の中に20代のデータをインストールし直し、研究員としての記憶と小笠原に関する記憶にマスキングを掛けた。その上で、ソフトエンジニアとしてのスキルと架空の記憶を、小笠原の望んだ様に設定し直した。マスキングは、研究所に関わるちょっとした刺激をきっかけに外れる様に工夫してな。」
川崎は意地悪そうな笑みを零す。
「そうか、お前か。お前が、こんなややこしい事態を作った張本人か。なんでそんな事をした。最初から研究員のままの俺を復活させれば良かっただろ。」
「これは、小笠原が望んだ世界だ。そうやって、のほほんと野付崎が毎日暮らしていくのをあいつは望んでいた。…だけど、俺はそんなの許せない。小笠原がどんな強い愛情でお前の事を想い、どれだけ苦労してお前を存在させ続けたのか。お前はそれを、ちゃんと受け止めなければいけないんだ!」
興奮し掛けた気持ちを静める様に、川崎は1度話すのをやめると、深呼吸する。
「俺は、賭けをすると決めた。お前を、昔の自分も小笠原の事も忘れた状態で復活させる。もし、お前が思い出す事無く生活を続けられたなら、小笠原の勝ちだ。でも、何かの拍子にマスキングが外れて過去を思い出し、お前がこうなった経緯を知りたがり、小笠原の復活を望めば、俺の勝ちだ。」
「箱崎は、そう言う風に佳純と賭けをしたのか。」
「箱崎じゃない!今の俺は川崎だ。」
「どうでも良い。お前はそう約束したって言うんだな。」
「…いや、小笠原には何も話していない。俺が勝手に決めた事だ。」
「それじゃあ、賭けになっていないだろ。」
「良いんだ!小笠原は、お前がこんな悲惨な過去に気付きもしないで、能天気に暮らす事を望んだ。俺は、お前がちゃんと過去を認識して、もがいて、もがいて、苦しんだ末に小笠原を求める事を選んだ。俺の夢が現実になれば…、お前が現実の前に打ちひしがれれば、俺の勝ちだ。」
「賭けだと言うにはフェアじゃない。お前、俺が確実に研究所跡を見付ける様に細工したろ。」
「さぁて、何の話だ?」
川崎は惚けたつもりかも知れないが、口元がニヤついている。
「研究所跡への入り口のドアだ。俺の住まいと出勤場所を工夫して、地下鉄駅への連絡通路が通勤経路上になる様にした上で、あのドアに注意がいくよう、俺の頭にインプットしたんだろ。」
川崎が声を上げて笑う。
「それで賭けなんて言えるか、イカサマだ。必ず俺が研究所跡を見付けて、記憶を呼び覚ます様に仕組まれているじゃないか。」
「そうか、それは失敬。」川崎は笑いながら話す。「でも、どうだ?小笠原を思い出したのは迷惑だったか?ずっと忘れたまま、呑気に暮らして居たかったか?」
「気に入らないが、お前が仕掛けた罠にはまって、俺はお前の望み通りになった訳だ。これで満足か。」
「お前が自分を人間と勘違いする様にして、その状態のままで小笠原の遺志を実現するために、俺はえらい苦労したんだ。お前が毎日楽しく暮らせる様に、次の日の昼食と仕事内容を考えて、前日の内にお前や、お前の食事仲間のエネルギーベースに繋がっているインストーラーにバーチャルのデータを転送しておくんだ。それは、夜の間にエネルギーベースを通してお前達の中にインストールされる。組み込まれたデータに沿って行動しているなんて、思いもしなかっただろ。ほんと、大変だった。10日違うイベントを考えた所でネタが尽きた。それからは、昼食は1週間間隔でサイクルだ。仕事は前日の内容を忘れさせて、同じ事をサイクルさせる様にしたよ。」川崎は苦笑いを浮かべる。「だが、それから30年だ。…いいか、分かるか?30年だぞ。その間、俺は気が狂わん程、待ったんだ。忍耐強く、思いっきり叫びたいのを我慢して、お前が…、お前が思い出す日をな!」
「良かったじゃないか。」
隼人はあっさりと言い返す。
「いや、まだだ。まだ、終わりじゃない。もう1つある。俺の望みはもう1つある。」
川崎は、ロボットのインストーラーの操作盤に手を伸ばす。暫く操作して、モニターにファイルを1つ表示させる。
「見ろ。」
言われるまま、隼人はモニターに近付き覗き込む。『小笠原佳純』と題されたフォルダの中には、セーブした日が違うデータが2つ並んでいる。
「古い方のデータは、20代の小笠原だ。お前が飛行機事故で亡くなった直後に取った脳内データを元に、俺がロボットデータに変換したものだ。新しい方は、ここで小笠原が亡くなる前に、俺が説得して採取した脳内データを変換したものだ。」
川崎は説明し終わると、モニター画面を見ている隼人の顔を振り返り、意味有り気な薄笑いを浮かべる。
「お前は、どっちの小笠原を復活させたい。どっちの小笠原と、この先一緒に暮らしていきたい。さあ、選べ。」
隼人は、モニター画面と川崎の表情を交互に見ながら考える。川崎は気味の悪い薄ら笑いを浮かべたまま、隼人の様子を楽しんでいる。
「こっちだ。」
隼人は、新しい方のデータを指差す。
「ほう…。」川崎の顔から笑みが消える。「どうしてこっちを選んだ。お前の知っている小笠原は、20代だろ?」
「1番の理由は、古いデータの佳純は、この前までの俺と同じだ。一体何が起きてこんな狭い空間に閉じ込められているのか、どうして自分の体がロボットになっているのかを理解せずに復活する。その事実を突き付けられるショックは大きい。大き過ぎる。俺はそんな思いを佳純にさせたくない。」
「でも良いのか?こっちの小笠原は、お婆ちゃんだ。若い姿のロボットにインストールすれば、見た目は若いかも知れないが、中身は年寄りだ。言動はお前よりずっと老けているかも知れないぞ。」
「構わない。それで良い。俺を生き返らせてくれたのは、こっちの佳純だ。だから俺は、こっちの佳純を生き返らせたい。」
「そうか。」
川崎は満足そうに満面の笑みを零す。
「よし!俺の願った通りだ。」川崎は椅子から立ち上がり、両腕を天井に向けて突き上げる。「これで俺の完全勝利だ!」
隼人は、突然の川崎の行動に驚いて後ずさる。
「何でだ?俺が新しい方のデータを選ぶと、どうしてお前の勝利なんだ。」
川崎は冷たい視線を隼人に向ける。
「分からないなら良い。俺の勝手な自己満足だ。お前は黙っていろ。…どれだけ長い間、この時を待っていたか。もうあれから30年…、いや、もっと経っている。もう、どのくらい前の事かも分からなくなっちまった!」
紅潮した表情で喜びを爆発させる川崎を、訳が分からない隼人は呆然と見ていた。
「この女性型の躯体はお前が用意したのか?」
一時の熱狂が去った後、落ち着きを取り戻した川崎に対して、隼人は、エネルギーベースの上の躯体を指し示す。
「それ以外に誰ができる。他にも女性型の躯体はあるぞ。探しに行くか?」
隼人は躯体を見て黙り込む。
「小笠原に少しでも似ている躯体を探そうと言うのなら、やめておいた方が良い。」脇から川崎が忠告する。「そんな事を、どこまでやっても正解は無い。例えば、この躯体よりも少しでも小笠原に近い躯体を見付けられたとする。その小笠原と一緒に過ごす内に、『ああ、ここが違う』、『小笠原なら、こうじゃなかった』と、違う所ばかり数える羽目に陥る。」
「そんな事は分かっている。それでも、自分で納得したいんだ。安易に決めてしまいたくない。」
「勝手にしろ。俺は手伝わないぞ。」
オノゴロ中、人間を求めて隅々まで探索した隼人だ。どこに行けば、遊休のロボット躯体が眠っているかは知っている。隼人は1週間探し回って、203実験室に置いてあった躯体よりも背の低い、丸みのある躯体を選んだ。
「これで良いんだな?」
203実験室に、ムサシ達3人の仲間の力を借りて運び込まれた躯体を見て、川崎が念を押す。隼人は黙って頷く。
川崎は、佳純のデータをインストールする準備を開始する。その様子を見ていた隼人が川崎の後ろから声を掛ける。
「すまない、…実は、1つお願いがあるんだ。」
「ん?」
川崎は隼人を振り返る。隼人が思い詰めた顔をしているのに気付いて、川崎は作業を止めて、隼人に向き直る。
「お前を罠に嵌めて、苦しめた相手だ。」川崎は口角を上げて、薄ら笑いを見せる。「俺の事が憎いんじゃないのか。」
「確かにそれはそうだが、これはお前にしか頼めない。」
川崎の表情は苦笑いに変わり、首を小さく横に振る。
「何だよ。そう正直に言われると、突っ込みようが無いじゃないか。」
「ああ、それだけ大事な相談だ。」
「一体なんだ。」
「復活したら、俺は佳純と話す。色々話したい事があるから。」
「そりゃ、そうだろ。けど、その先、時間はたっぷりあるんだ。焦って話さなくても大丈夫だ。」
真剣な隼人に対して、川崎はふざけた態度のままだ。
「いや、最初の会話が終わったら、俺をインストールし直してくれないか。」
川崎の顔つきが変わる。
「…どういう事だ。」
「良いから、そうしてくれ。」
「何故だ。理由を言え。」
「これから、佳純のインストールの作業をするんだろ?その間に追い追い話す。今、全部話せと言われても、上手く説明できる自信がない。」
「ふん…、まだ了解した訳じゃない。詳しく聞いてから判断だ。」
「分かった。」
「まずは、こっちだな。」
川崎はインストーラーの操作盤に向き直ると、作業の続きに取りかかった。




