12 書き割りの楽園(4)
「私が居なくなった後、もしもの時、この装置を使える人が居ないと困るじゃない。だから、使える様になってもらいます。」
佳純は、箱崎に脳内データの変換ソフトと、インストーラーの使い方を教え始めた。操作に慣れてもらうため、隼人の仲間として持ち込んだロボット3体へのインストールは、箱崎の役目となった。
体格の良いリーダータイプのロボットの名前は、カッコ良く『ムサシ』。理性的なインテリタイプのロボットは、佳純の父親の名前を取って、『ノリオ』。陽気な青年のロボットは、佳純の「何となく」のイメージで『カズ』と名付けられた。
佳純の注文通りにするには、隼人の仲間になる3体のロボットのパーソナリティ設定と、ロボット用オプションで用意されている知識データの中から、必要な物をインストールしなければならない。その上、隼人に3体のロボットを仲間と認識するよう、架空の記憶を作って、隼人にインストールする必要もある。
「箱崎君だけじゃなくて、隼人にもロボットにインストールできる様になってもらった方が良いから、ソフトエンジニアの基本スキルデータをインストールしてあげて。もう、ここの研究員じゃないから、どこか適当な場所に彼の住まいも用意したい。」
そうやって、気乗りしない箱崎が、佳純の我儘に付き合って、隼人の新しい生活の準備を進めている内にも、佳純は少しずつ、でも確実に衰えていった。既に杖無しでは歩けなくなっている。彼女は箱崎を信用して、ロボットへのインストール作業は全て彼に任せ、歩き回る事を避けて自分の執務室に籠って顔も見せなくなった。
箱崎は、重たいロボットの躯体を1人で順番にエネルギーベースの上に乗せて、3体の仲間に必要なインストールを終える。最後に隼人をエネルギーベースの上に乗せて、3体のロボットを仲間と認識する様に、架空の記憶をインストールする。設定が完了した新しい隼人のデータのバックアップをパソコンに保存しようと、パソコンの中にある隼人のフォルダを開いた時だった。箱崎は、そこに最近保存されたデータがあるのに気付く。保存の日付は、進めていた佳純の脳内データ採取の途中で隼人の姿が見えなくなった頃だ。
箱崎は、インストーラーのモニター画面を凝視したまま、椅子から立ち上がる。やりかけのバックアップ作業を投げ出して203実験室を飛び出すと、階段を駆け上あがり、佳純の執務室に飛び込んだ。
彼女は、ソファに深々と座り、眠っている様だ。
「小笠原。」
佳純の脇に立ち、箱崎は呼び掛ける。起きない。
「おい、小笠原。」
肩を揺すりながら、もう1度声を掛ける。佳純は、皺だらけの瞼を重たそうに持ち上げる。
「あら、何?」
箱崎は立ったまま佳純を見下ろす。
「…小笠原、お前、野付崎のデータを20代の頃のデータに書き換えたと言ったよな。」
「何?怖い顔してる。」
「ちょっと、来い。」
箱崎は、やせ細った佳純の腕を引っ張り、強引に起こす。仕方なく、ノロノロと佳純は起き上がり、心許ない足取りで傍に置いた杖を手にすると、箱崎に引っ張られて行く。今の彼女の足では、階段は危ない。遠回りになるが、廊下を反対側に行って、エレベーターで階下に降りる。なかなか足の進まない佳純に苛立ちながらも、203実験室まで佳純を連れて来ると、インストーラーの前まで連れて行き、モニターに表示されているファイルを指差す。
「これ、こいつの中身を書き換える前のデータだろ?今の小笠原がロボットとして生き返って、一緒に暮らしていくのを望んでいた野付崎だよな?そうだろ?」
早口で捲し立てる箱崎の言葉を聞きながら、佳純は沈んだ表情で黙っている。
「書き換えた事を俺に教えた時、お前、もう元に戻せない様な話をしなかったか?だけど、ここにちゃんとバックアップが取ってあるんじゃないのか?」
詰問する箱崎を見ようともせず、佳純は黙り込む。か細い、今にも崩れ落ちてしまいそうな佳純の姿を見て、箱崎の勢いは削がれる。
「何故だ…」
箱崎は唸る様に何とか声を絞り出す。
「馬鹿でしょ?」消えそうな佳純の声が震えている。「自分は死んでいく。あの世には何にも持って行けないのに、いざ、隼人のデータを書き換えようとした時に、今までの隼人を無かった事には、どうしてもできなくて。」
佳純は、視線をモニター画面からエネルギーベースの上に横たわる隼人に移す。
「みっともないよね。もう、自分は死んでいくつもりになったって言うのに、こんなお婆さんの傍に居てくれた人が忘れられないなんて。ケリをつけて、隼人には私なんかいない世界で、明るくのびのび生きて欲しいって思ってるのに、やっぱり自分を好きでいてくれた隼人が恋しい…」
佳純は、箱崎に背中を向けて俯き、目元を拭う。痩せさらばえた背中を見つめて、箱崎は奥歯を噛み締める。
「…なあ、小笠原」箱崎は静かに話す。「1つ提案があるんだ。」
佳純はちらりと箱崎を振り返るが、すぐまた背中を向ける。
「そんなに自分を好きでいてくれた野付崎が忘れられないなら、この先、永遠の人生を謳歌するこいつに、メッセージを残してやらないか?」
「メッセージなんて…」佳純は箱崎に背中を向けたまま話す。「私の事、憶えていない人に向かって意味無いじゃない。」
「こいつには意味が無い。でも、小笠原にとっちゃ、意味があるだろ。残った野付崎はこの人誰だろうって思うだけだ。でも、お前が苦労して野付崎のためを思って作る世界だ。一言くらい相手に伝えても良いじゃないか?」
佳純は背中を向けたまま、黙っている。拒んでいない。そんな事したくないのなら、直ぐに否定しただろう。そういう性格だ。箱崎は根気よく、時間をかけて説得し、結局短いながらもメッセージを残す事を了解させた。
箱崎は直ぐに撮影の準備をした。弱り切った佳純は、彼女の執務室に待たせておいて、彼女の気が変わらない内にと急いで撮影準備をする。
箱崎が佳純を迎えに行くと、彼女はソファの上でうたた寝をしている。
「小笠原…、小笠原。」
少し強引に彼女を起こす。意識が朦朧としているのか、薄っすらと目を開ける。
「さあ、準備ができたから、一緒に来てくれ。」
彼女が起き上がるのを手伝い、彼女のペースに合わせてエレベーターに向かう。5階の所長室に行くと、応接セットのソファの前にカメラを載せた三脚が据えられている。それを見た佳純の足が部屋の入り口で止まる。
「さ、中に入って。」
箱崎は、彼女の背中に手を添える。
「…本当に撮るの?」
不安そうな顔を箱崎に向ける。
「そうさ。小笠原の思いを記録に残すんだ。死ぬ間際になって後悔しても遅いだろ?今、撮っておけば、後で取っておくのも捨てるのも、どっちだってできるから。」
箱崎は微笑んで見せる。促されるまま、佳純は室内にノロノロと足を踏み入れる。
「あ、研究員証は写らない方が良いから外そう。」
箱崎は、佳純の首から研究員証を外し、ドアの脇にあるフックに吊るす。彼女をソファに座らせ、杖を被写界から遠ざけたら、カメラの背後に立つ。
「良いかい?何を話すか決めたか?」
「え…、何を話せば良いか分からない。」
「大丈夫。思いついたまま話せば良いさ。撮り直しは何度だってできるから。」
「え、本当に撮るの?」
「今更何言ってるんだ。さ、回すよ。」
「え、ちょっと…」
箱崎は、彼女の戸惑いなどお構いなしに、カメラの録画スイッチを押した。




