12 書き割りの楽園(3)
翌日から遊休ロボット探しを始めた。オノゴロの中に避難した人間の数が少なかったから、準備はしたが結局稼働させなかったロボットの躯体が、何百体も残っている。佳純と箱崎は、手近なロボットターミナルを手始めに適当な躯体を探し始めた。悩みに悩んだ挙句、夫々に特徴が違う3体を選んだ。それを、稼働しているロボットの力を借りて研究所に運び込んだ。
「これは、体のがっちりしたスポーツマンタイプ。」佳純は、203実験室の床に寝かせた3体のロボットの中でひと際大きな躯体のロボットの前に立って見下ろす。「ロボット同士のトラブルなんて有り得ないと思うけど、万一、何かあった時に頼りになる。隼人は力が強い訳じゃないから、その点をサポートしてくれる仲間が必要よね。…そうねぇ、でも性格は粗野じゃなくて、気の優しい力持ちにしましょ。」
佳純は隣に並べて寝かせてある小柄なロボットに視線を移す。
「これは、年下のムードメーカー。何でも眉間に皺を寄せて考えちゃう隼人には、ポジティブ思考で場を和ませる存在が必要な筈。」
佳純は、1人悦に入って、ほくそ笑む。更に隣の痩身のロボットの前に移動して見下ろす。
「これは、知的なエリートタイプ。論理的な会話ができる様にしましょ。1人は隼人と同じタイプの人間が居ないと、話を分かってくれる人が居なくて、ストレスになっちゃうかも知れないから。」
「おいおい」佳純の様子を黙って見ていた箱崎が口を挟む。「それなら、俺で充分だろ。神経生理学の話は、付け焼刃じゃ対応できないぞ。」
「それは良いの。」佳純は言下に箱崎の意見を退ける。「隼人にはもう、そう言う研究させないから。」
「ま…、今更、人間を研究してもしょうがないからな。」
「そ。これからは、ロボットの仕事に関わってもらわなくっちゃ。だって、ロボットの楽園になるのよ。」
「じゃ、俺も、一緒にロボットに関する研究をするか。」
「研究なんて大それた事を。それこそ、付け焼刃でできるものじゃないでしょ。でも、仲間を増やすための仕事をしてもらいたい。」
「うん…。」
「取り敢えず、3人も居れば良いかな、」
「なんだ、男ばかりじゃないか。1人くらい女性が居ないとおかしくないか?」
「ううん…、それは、駄目。」
「なんだ、やきもちか?」
佳純は応えずに、ロボットを見下ろしている。冗談のつもりで言ったのに、予想外の反応で箱崎は戸惑う。
「ロボット同士じゃ恋愛感情なんか生まれないのかも知れないけど、どうしても嫌なの。」
「傍に小笠原が居れば問題ないだろ。野付崎だって惚れてるんだから。」
箱崎は投げ遣りに言い捨てる。
「ううん。私はロボットにならない。隼人の中の私に関する記憶もマスキングしちゃったから。隼人は、ロボットに関するエンジニアとして、仲間達と楽しい毎日を送るの。」
「今寝てる野付崎の頭の中を改ざんしたって言うのか?そんな事できるのか?」
「結局、インストーラーでロボットにパーソナリティ設定と知識・記憶をインストールする操作だから、一部の記憶を削るのもできるわ。」
「そうじゃない。そこじゃなくて、折角、野付崎にロボットとしての楽園を作ってやろうというのに、オリジナルの野付崎じゃなけりゃ、意味がないだろ。」
「居なくなった私を思ってくれる隼人が居てくれれば、ほんとにうれしい。…でもね、それは私の勝手な思い。恋人が死んでしまって苦しむ思いなんか、隼人にさせたくない。」
抑え切れない感情が、箱崎の中に湧き上がる。
「だったら、お前もロボットに生まれ変わって、傍に居てやれば良いだけだろ!昨日まで、若い頃の自分をロボットで復活させるつもりでいたじゃないか。」
「うん、そうだけど…、気付いちゃったから、やめた。私は隼人をロボットとして復活させたから分かる。今の彼、人間だった頃の彼と容貌が違うでしょ?」
「そりゃまあ、既成のロボットだ。野付崎に似せて作ったわけじゃないからな。つまり…どういう事だ?」
「私の場合、ソフトの開発をしながら、中身が本物の隼人に近付く様にしていったから、最初は違う顔、形でも違和感がなかった。でも、今の隼人と暮らす様になって、それが私の隼人になって、ある時、ふと思ったの。私が愛しているのは、思い出の中に生きている本当の隼人?それとも、目の前にいる見慣れたロボットの隼人?って。…私は怖いの。こんな老いさらばえた私は、彼の中に残れない。もし、今の私がロボットになって隼人と一緒に暮らしたら、きっと彼は、ロボットの私を愛してくれる。でもそれは、私じゃない。彼の中の私は、目の前にいる、若い、本物とはまるで見た目が違う私に取って代わられていく…。じゃあ、いっそ何も知らない若い頃の隼人と私のデータでロボットを残したら?今の私は何処にも存在しなくなる。それはそれでも構わないと思ってた…。でも、違うの。彼が愛するのは誰?若かった頃の私とも、まるで違う私。」
「それでも小笠原だろ。中身は、紛れもなく小笠原なんだ。野付崎がお前を愛してくれるんだ。」
佳純は首を振る。
「私、自分じゃない自分に嫉妬している。こんなお婆さんでも一緒に居てくれた隼人を、もう誰にも渡さない。これからは、恋愛なんか関係ない世界で楽しく生きてもらうの。」
「そんなの…、そんなの駄目だ!」
思わず箱崎は大声を出す。急に血相を変えて叫ぶ箱崎を、驚きの余り動けなくなった佳純が怯えた目で見る。
「済まない。」我に返った箱崎は照れ隠しに笑顔を見せる。「つまり、その…、お互い好きな者同士が、そんな格好で何も無かった事になっちゃうのは、悲劇だろ。お前達は良いよ、野付崎は記憶をなくしちゃうんだし、小笠原はいなくなっちゃうんだから。でも、俺は?俺はどうすれば良い。全部知っていて、この先、呑気に暮らす野付崎と付き合って行かなきゃならないんだぜ。…こっちの身にもなってくれよ。」
情けない言葉しか出て来ない自分が悔しい。
「御免なさい。」
謝られると、尚の事、自分が惨めだ。
「そんな…、だけど、本当に俺に悪いって思うなら、1つ、俺の要望を聞いてくれ。」
佳純は箱崎を見つめる。
「途中まで取った今の小笠原の脳内データ、最後までちゃんと取らせてくれ。」
「それで、何するつもり?」
佳純は警戒する。
「取っておくだけだ。小笠原が生きていた証だ。若い頃の脳内データがあるのは知っている。でも、そこから苦労して、…野付崎への思いを…貫いて、野付崎を復活させて、この俺にまで永遠の命を与えてくれた軌跡は、そうしなきゃ、どこにも残らないじゃないか。」
「パソコンの中に実験記録が保存してある。」
「そう言う事じゃない!思いだ!こんなクソみたいな世界で必死になって挫けずに生きて来た人間、小笠原の生きた証だよ!」
真面目な顔で聞いていた佳純が思わず吹き出す。
「何だか、たいそうな話ね。」
「そ、そう言う風に聞こえたか?」箱崎はまた笑顔で誤魔化す。「でも俺は、それって大切だと思うんだ。」
佳純は小さく溜息をつく。
「良いよ、分かった。その代わり、箱崎君には心労掛けちゃうかも知れないけど、私の思い通りにさせてくれる?」
「ああ…、もうしょうがないな。」
何で俺は笑っているんだろう。
佳純に笑顔を見せながら、箱崎はそう思った。




