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12 書き割りの楽園(2)

 ロボットとして生まれ変わった箱崎は、同じくロボットの隼人(はやと)の求めに応じて、年老いた佳純(かすみ)の脳内データの読み取りに協力した。若い頃の佳純の脳内データ取りを行なった経験が箱崎にはあるから、要領を思い出せば作業は順調に進んだ。佳純のデータ取りを始めて1週間が過ぎた頃だった。データ取り作業のために、朝、4階の備品(びひん)置き場にやって来た箱崎は、佳純だけがMRIに向かってぼんやりと立っているのを見付けた。

「あれ?野付崎(のつけざき)は?」

 箱崎は周囲を見回しながら問い掛ける。

「うん、ちょっとね。メンテナンスが必要だから、寝かせてある。今日は2人で進めましょ。」

 箱崎は、何だか変に思いながらも、それ以上()う事をしなかった。佳純のデータを取るだけなら、箱崎1人で充分だ。

 だが、それはその日だけじゃなかった。次の日も佳純1人だ。箱崎は何だか、その話題に触れてはいけない気がして、(がら)にもなく黙って作業する。佳純も()えて話そうとせずに黙ってデータ採取に(のぞ)んでいる。だが、その日の昼食時、流石(さすが)(こら)え切れなくなった箱崎は話題を振った。

「今日も野付崎(のつけざき)()ないんだな。」

「うん。何だか躯体(くたい)がおかしいのよ。()ぐに(なお)らないかも知れない。(しばら)くはあなただけでやってもらわなけりゃならないけど、良い?」

「それは(かま)わないが、一体どこがおかしいんだ?」

「うん…、良く分かんない。」

 これは、ロボットの専門家でもない佳純なのだから仕方(しかた)ない。もしかすると、重大な故障を引き起こしているのかも知れない。そうなったら、2度とあの躯体(くたい)は起動しない事だってあり()る。佳純がどれほど落胆(らくたん)するか。佳純もロボットになって、(ようや)く2人は本当に平穏(へいおん)な日々を手にするところだったのに。

「見せてみろ。小笠原が分からないものを、俺で分かるとは限らないが、2人の頭があれば、何か対策が考えられるかも知れない。」箱崎は食堂の椅子(いす)から立ち上がる。「今、あいつはどこに居る?」

「…ううん、良いの。」

 佳純は消えそうな声で首を振る。

「何だよ、水臭(みずくさ)いな。大丈夫だって、どんな状態になってたって騒がないから。」

 箱崎は最悪の状態を想像した。何か不慮(ふりょ)の事故で躯体(くたい)がバラバラになったりしていないだろうか。もしかすると、胴部が(つぶ)れ、中のCPUや記憶媒体(ばいたい)が復元不可能になっているかも知れない。もしそうなら、2日前まで元気に稼働していた隼人のデータは取り出せない。2度と同じ隼人は再生できない。

 でも、過去にバックアップしたロボットとしての隼人のデータがある。隼人が(まった)く復活できない(わけ)じゃない。

「そうじゃない。…そうじゃないの。」

 佳純は椅子の上で身を縮めて、テーブルの上を見つめたまま、箱崎を見ようともしない。

「なんだ?何があった。」

 2人の間に、何か深刻(しんこく)な事態が発生したのではないかと察した箱崎は、他に(だれ)が居る(わけ)でもないのに、上体を(かが)めて佳純に顔を近付け、声を(ひそ)めた。佳純はテーブルを見つめたまま黙っている。()()めても仕方(しかた)ない。箱崎も身を(かが)めたまま、佳純の返事を待つ。

「付いて来て。」

 早口にそう言うなり、席を立って佳純は歩き出す。小さな声だったので、よく聞き取れなかったが、箱崎は(あわ)てて彼女の後から付いて行く。

 隼人の執務室(しつむしつ)だった122号室にエネルギーベースを()え付けて、隼人はそこで寝起きしていた。しかし、佳純が箱崎を連れて行ったのは203実験室で、そこにあるエネルギーベースの上に隼人の躯体(くたい)が横たわっている。箱崎はそろそろと近づいて、寝ている隼人を見下ろす。一見したところ、特に異常は見られない。静かに寝ているだけだ。元電源が切られている。故障は内部で起きているのだろうか。

「どこが悪いんだ?」

 箱崎は、仰向(あおむ)けでは見えない背中や後頭部にダメージがあるかも知れないと、体を持ち上げて、下を(のぞ)き込む。

「別にどこも悪くない。」

「?」

 箱崎は隼人の体を静かに元の(よう)に寝かせると、彼女を振り返る。佳純は思い詰めた顔で目を合わそうとしない。

「どうせ分かっちゃうし、箱崎君には、私が()なくなった後を(たく)さなきゃならないから話すね。…隼人の中身を入れ替えた。」

「え?」

 言いたい事が今1つ理解できない。箱崎は佳純と隼人の躯体(くたい)を交互に見る。

「今眠っている隼人には、20代の、今の状況を何も知らない隼人の脳内データをインストールしてある。」

「…おい、それじゃ、ここで小笠原と()らしてきた記憶が無いじゃ…」

 箱崎は、なんとなく佳純の気持ちを察する。佳純は自分が死んだ後、年老いた自分と暮らした記憶など持っていない隼人に残って欲しいのだ。

「私が()くなったら、亡骸(なきがら)は清掃ロボットに処理してもらって。それが済んでから、隼人を起動させてくれるかな。」

「おい…、でもそれじゃ、野付崎(のつけざき)の気持ちはどうなる。この前まで、あいつは今の小笠原と一緒にロボットとして生きる事を望んでいたんだぞ。」

 佳純は箱崎と視線を合わさない。(ほお)をひくつかせて黙っている。

「お前、今、自分の脳内データを採取しているじゃないか。それは、ロボットになって野付崎(のつけざき)と一緒に暮らすためじゃないのかよ。」

「…あれは、もう良い。隼人のデータを書き換えちゃったから、私の脳内データを取る必要は無い。」

「何だよ、勝手過ぎるだろ。」

 箱崎は言葉を()き捨てる。佳純はブルブルと激しく首を横に振る。

「そんなの駄目(だめ)なのよ。ここでの暗くて悲惨(ひさん)な暮らしなんか、ロボットとして楽しい未来を過ごす隼人には必要ない。ううん、有っちゃいけない。だから、私の存在も消さなけりゃならない。今の私じゃなくて、若かった私のデータが入ったロボットと、未来だけ見つめて生きてくれなきゃ駄目。」

 箱崎は大きく息を吐く。

「お前、本当にそれを野付崎(のつけざき)が望むと思っているのか。」

「箱崎君には、(そん)な役をお願いしなきゃならなくて申し(わけ)ないと思ってる。でも、私が死んだ後に隼人を起動しないと意味が無いから、どうしても、あなたにお願いするしかないの。御免(ごめん)堪忍(かんにん)して。」

 佳純は悲痛な表情で頭を下げる。箱崎は再び溜息(ためいき)をつく。

「小笠原がこんな面倒臭(めんどくさ)い性格だとは知らなかったよ。」

「愛すべきコンプレックス…。」

 佳純は小さく(つぶや)く。

「え?何?」

「人間って変な生き物でしょ。1+1=2って分かってるのに、それを認めたくなかったり、わざと引き算をして間違(まちが)えてみたり…。私もそういう存在だから。」

「それじゃ、今回やった事も、間違っていると理解しているのか。」

「間違っているって言うか…、私にだけ正解。…御免(ごめん)。」

 どうしたものだろう。今となっては、消えてしまった隼人の望みよりも、今生きている佳純の望みの方が大事とも言える。いや、そんな建前(たてまえ)はよそう。箱崎にとって、隼人の気持ちなどどうでも良い。大切なのは、佳純の気持ちだけだ。

「遊休ロボットから何体か選んで、隼人の友達も作ろうと思う。」佳純は小さい声でぼそぼそ(しゃべ)る。「箱崎君と若い私との3人だけじゃ(さみ)しいでしょ。だから、明日からは、私の脳内データ取りじゃなくて、その準備を始めたい。」

「…分かった。」箱崎は力なく返事する。「だが、明日からにしてくれ。今日はもう少し考えたい。」

 佳純は最後まで箱崎と目を合わさずに、小さく(うなず)いた。


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