12 書き割りの楽園(1)
隼人にムサシ達と川崎を加えた5人は、隼人の勤務先のオフィスに集まった。皆が揃うと、誰とも知れない男が残したパソコン内のデータから読み出した事と、203実験室に残されていた佳純の実験記録を合わせて総合的に分かった内容だと言って、川崎が話し始める。それは、オノゴロが建設された経緯から、オノゴロの中で支配階層が台頭し、人間が互いに争い殺し合い、数を減らしていく歴史だった。
「つまり、今もこのオノゴロの外側には、白い粉にしか見えない殺戮者がそこら中に存在して、世界中、コロニー以外に人が住める場所は無いって訳だ。それなのに、ここに避難した人間達は助け合って生き延びる道を捨て、欲望をぶつけ合って破滅の道を進んだ。」
川崎は、長い物語の最後をそう言って締め括った。
「佳純は…?結局、佳純はどうなったんだ?」
それまで黙って話を聞いていた隼人は、川崎が口を閉じると直ぐに迫る。
「今話しただろ、このオノゴロの中で年を重ね、最期は放射能にやられたのさ。」
「今のお前の話の中じゃ、佳純は俺と一緒に…、何だかピンとこないが、俺じゃない俺と一緒に暮らしていて、自身もロボットとして再生するつもりだったんだろ?だったら、何故、今ここに居ないんだ。」
「…お前、そんなに恋人だった女の事が気になるか。」
「当たり前だ!今の話なら、佳純だって被害者じゃないか。その上、ずっと俺を思ってくれていたんだぞ。」
興奮気味に話す隼人を川崎は冷めた目で見つめる。
「残された資料からは、それ以上分からない。」
川崎は事務的に言い放つ。隼人は眉間に皺を寄せて黙り込む。
「…ハヤト、そのカスミって人が生まれ変わったロボットを探すのが望みか?」ノリオがおずおずと口を挟む。「俺達が探すぞ。」
「そんな事言って、大丈夫かい?」
横からカズが心配そうにノリオを覗き込む。
「大丈夫、大丈夫。」答えたのはムサシの方だ。「俺達に任せておけ。」
意味なく自信満々なムサシの態度にも、カズは疑いの視線を向ける。
「オノゴロ全体で2千体のロボットがいる。」ノリオは冷静に話し出す。「その内、女性型躯体のロボットが大まかに半分だったとして、千体。俺達3人で手分けするとして、1人当たり3百体余りだ。その内、さらに半分くらいは、遊休状態で眠っているだろう。今回の内容から、眠っている躯体だからと言って除外する訳に行かないが、動いている躯体を探し回らなくて済む分、やり易い筈だ。やってできない数じゃない。」
「まあ、そうだね。」
カズも同意する。
「それよりも」川崎が口を挟む。「野付崎は、小笠原からの動画メッセージを持っていただろ?」
「え?」急に名前を呼ばれて、隼人は顔を上げる。「…ああ、研究所で見付けた。」
「その中で何て言っていた?」
「この世界はあなたのために用意されたもの」隼人は床に視線を落として呟く。「この世界を楽しんでくれとも言っていた。」隼人は視線を上げて、川崎達を見回す。「つまり、佳純は、俺を残して、自分は生まれ変わらなかったって事か?」
「…そう言う事だろうな。」
川崎は小さく頷く。
「何だよ…」
隼人はまた俯く。
「ハヤト、ロボットを探さなくて良いのか?」
ノリオが隼人の顔を覗き込む。
「そうか…、そうだ。」
隼人はゆっくりと椅子から立ち上がり、再び川崎達を見回す。
「よし、俺達に任せておけ。」
ノリオは見るからに気合十分だ。
「俺を佳純が復活させてくれたなら、今度は俺が佳純を復活させてやる番じゃないか!」
元気良く隼人は言い放つが、皆、黙って隼人を見ているだけで誰も反応しない。
「確か、実験室のパソコンに佳純の脳内データも残っていた。あれを使えば、佳純が復活できる筈だ。」
203実験室のエネルギーベースの上に横たわっていたのは、女性型のロボットだった。あれは、佳純が暗に復活させてくれと訴えている様なものじゃないか。
「なあ、手を貸してくれ。」
隼人がノリオに訴える。思いと違う方向に話が進んで、ノリオは戸惑うばかりだ。ムサシとカズも互いに顔を見合わせる。
「そりゃ、手伝うが」気不味そうにムサシが口を開く。「俺達はロボットのデータインストールなんてやった事ないから、どこまで役に立つか…」
「俺が手伝おう。」
川崎が声を上げる。
「ああ、そうだな。」ノリオが冷静に分析する。「ソフト絡みの話なら、カワサキが適任だろう。」
「そうか。頼む。」
隼人は川崎に頭を下げる。
「明日から取りかかろう。今日の内に準備を進めておくから安心してくれ。」
川崎はそう言って小さく微笑んだ。
翌日、隼人は203実験室へと向かう。川崎が先に実験室で待っていた。部屋に入るなり、隼人はエネルギーベースの上に横たわる女性型のロボットに近寄る。
痩せた体形の若い女性を模したロボット。目鼻立ちがはっきりしているのは、きっと万人受けを狙っての事だろう。だがそれは、隼人の中に残っている佳純の姿とはかけ離れている。彼女はもっと小柄な、日本人らしい狸顔をしていて幼く見えた。
「なあ」隼人は、インストーラーの前に立つ川崎を振り返る。「他に女性型のロボットが残っていないか探しても良いか?」
川崎は、制御盤の盤面から目を上げて、隼人を見る。
「何か、そのロボットに問題でもあるのか?」
川崎の声は何故か非難めいて聞こえる。探すとなると厄介だ。手間を掛けたくないのだろう。
「別にこのロボットに不都合がある訳じゃないが」隼人は視線をロボットの顔に戻す。「この顔は、どうも…」
「その顔は嫌いか?」
「そうじゃない。佳純とはあまりに違い過ぎている。佳純として生き返るなら、元の佳純に近い存在じゃなけりゃおかしいだろ。」
川崎の返事がない。不安になった隼人は、再び川崎を振り返る。彼は、隼人を見つめたまま立っている。
「面倒か?」
「いや、そうじゃない。探せば、女性型の遊休ロボットは他にもあるし、その中には野付崎が許せる程度に似ている躯体もあるだろう。だが、その作業をする前にはっきりさせておきたい。お前は一体、どんな未来を作りたいんだ?」
急に話がデカくなって、隼人は答えに窮する。一体、川崎は何が言いたいんだ?
「未来って言われても…。」
「お前が、小笠原を復活させたいって言い出したのは、単なる思い付きなのか?」川崎の声は隼人を責めている。「小笠原がお前を復活させてくれたから、お礼に今度は小笠原を復活する。そんな単純な話に過ぎないのかって言っているんだ!」
そう言われてしまうと、答えられない。隼人自身、そのくらいの気持ちだった様に思えてくる。佳純がここに居たら、少しは自分の気持ちも晴れる、2人なら楽しいに違いない。考えているのは、そのくらいだ。
答えずにいる隼人を見る川崎の顔に、怒りの表情が露わになっていく。
「小笠原がどれだけ強い意志でお前の復活を実現し、何も知らないお前を残すまでにどれだけ辛い思いをしてきたと思ってるんだ。」
「…そんな事言われたってだな。」一方的に非難される状態に、隼人もついつい怒りがこみあげてくる。ズカズカと大股で川崎に歩み寄る。「俺は、これまで何も知らなかったんだ。昨日初めてお前からあんな話を聞かされて、それで佳純の気持ちが分かってないとか言われたって、無理に決まってるだろ!」
2人は怒った顔のまま睨み合う。
「…なら、聞かせてやる。何で、お前が何も知らないのか。何故、小笠原はロボットにならなかったか…。」
そうだ。それがずっと引っかかっている。
「何だよ、お前」隼人は、手頃な椅子を引き寄せると、どっかりと腰を下ろす。「昨日、それを話してくれれば良かったじゃないか。何故、隠していた。」
「小笠原の実験資料に残っていたのは、昨日話した所までだ。これから話すそれ以降の話は、俺が知っている事だ。それに」川崎も制御盤の前の椅子に腰かける。「昨日の話を聞いて、お前がどう反応するのか、知りたかったからでもある。」
「なんだ、それ。俺を試したのか。」
「全部知ってしまう前に、お前に選択権を与えたつもりだ。これから話す、色々な事情にお前が惑わされずに、自分の気持ちだけで素直に選択ができる様にな。そしてお前は、小笠原を復活させる道を選んだ。これから話す話を聞いたら、お前がどうするかも興味がある。」
「勝手な事を言うな!」
隼人が椅子から腰を浮かせる。
「俺の本来の名前は川崎じゃない。箱崎だ。」
隼人の動きが止まる。浮かせた腰がゆっくりと椅子に戻る。
「お前…、箱崎だって?でも…」
隼人が川崎を指差す。
「お前の知っている箱崎とは似ても似つかないって言いたいんだろ。確かに今の俺は、痩せて背の高い神経質そうな外見をしている。元々の冴えない見た目の箱崎とはまるで違う。だが、俺はロボットだ。外見をオリジナルに似させなかっただけだ。お前だってそうだろ。自覚しているか?」
隼人ははっとして、自分の頬を手で撫ぜる。川崎は薄っすらと笑みを浮かべる。
「背格好だけは、昔の野付崎のままだ。だが、その顔、かっこ良過ぎだろ。お前自身はどう捉えていたか知らないが、元の人間だったお前は、もっとだらしない顔だった。」
「酷いな…。」
「小笠原は、お前を美化したかったんだろうよ。仕方ない、死んでから随分経っていたからな。」
「お前はそうやって、俺をイジメて楽しいか。」
「そうだな…、楽しいかも知れん。お前のその、呑気そうな顔を見ていると、イライラさせられるんだ。」
「ロボット同士で殴り合いでもするか?ロボットでも個体識別し易い様にキャラクター付けがされているじゃないか。お前の躯体と俺の躯体、力勝負なら、どっちの方が上の設定になっているのか、試してみるか。」
「いや、やめておく。それより話だ。昨日話した内容は、お前が拾って来たパソコンの中身と、小笠原の実験資料から読み取ったって言ったが、拾って来たパソコンが開けられたって言うのは嘘だ。俺自身が経験して知っている事を付け加えただけだ。俺にはパソコンのセキュリティを破るスキルなんて無い。この先の話は俺しか知らない。それを、お前にだけ聞かせたかった。昨日話さなかったのは、そういう事だ。…良いか、最後まで、しっかり聞け。」
川崎は、隼人に向けて上体を前屈みにすると、物語を始めた。




