11 抵抗(3)
箱崎の脳内のデータ取りをするには、極微細MRI装置が必要だ。203実験室には、ロボット用のエネルギーベースと、インストーラーを設置してしまい、MRI装置は運び出してしまった。だが、研究所の外に運び出した記憶は無い。研究所の何処かに移設され、眠っている筈だ。3人で手分けして探す程の手間を掛けなくても、目に付く大型の装置なんて置き場所が限られる。案の定、備品置き場として使っていた4階に据え付けられている。幸い、そのまま使えそうだ。203実験室にあった脳内データを保存してあるパソコンを持って行って接続し、箱崎の脳内ニューロンの読み取り作業が4階備品置き場でスタートした。
箱崎の容態は、日々悪くなっていく。脳内データの取得が済む頃には、体中から発せられる痛みで、箱崎は四六時中苦しんでいた。医者は居ない。鎮痛剤になりそうな薬も無い。彼は最上階の所長室を病室代わりにして寝込み、佳純と隼人に看取られて息を引き取った。
オノゴロ内に、亡くなった人間を葬る施設は無い。人間が亡くなれば、清掃ロボットが遺体を運び去ってしまう。家族が葬儀をして埋葬したいと言ったとしても、ロボット達に無理だと一蹴されるだけだ。清掃ロボット相手に人情が無いと食って掛かる者も居たが、力勝負になればロボットには適わない。形見の品だけ残して、遺体は再処理施設に運ばれる。そこでどんな処理がされるのかを、ロボット達はけっして話さない。人が亡くなると、ロボット達の手で遺体が勝手に運び出されてしまう事実がオノゴロの住人達に知れ渡ると、清掃ロボットに見付からない内に、家族で密かに遺体を埋葬してしまう例が発生する様になった。それでもロボット達は、公園や裏庭の土の表面に何か埋めた跡を見付けると、土を掘り返してまで遺体を運び去ってしまう。やがてオノゴロ内の社会荒廃が進むと、人々は清掃ロボットに抗う事すら諦めてしまった。
箱崎も清掃ロボットに見付かれば、有無を言わさず再処理施設行きだ。幸い研究所内は、清掃ロボットの活動範囲から意図的に外されている。本来の目的は研究を邪魔されないためだったが、このおかげで、箱崎の遺体が研究所の中にある限り運び去られる危険はない。佳純と隼人は相談し、隼人に夜間活動の日を設定し、ロボット達が充電のために寝ている深夜に、近くの公園の隅に箱崎の亡骸を埋めた。その上には実験機材を置いて、『実験中』と張り紙をした。
とびっきりの男前を希望した箱崎の望みを叶えるために、佳純と隼人はロボット達から遊休機として眠っているロボットの在り処を教えてもらった。その中から、箱崎が思い描く男前ならこんな容姿だろうと思う男性型躯体を研究所に持ち込み、箱崎の脳内データを変換してインストールした。
目覚めたロボットの箱崎は、長身の躯体を鏡に映して一応満足した様だ。ロボットには必要ないのに、度の入っていない眼鏡をどこからか見付けて来て、それを掛けてカッコつける。容姿が変わったら、喋り方までどこか気取っている。
稼働した箱崎には、人間だった自分の遺体が埋まっている場所を教えた。
「ここに、俺が埋まっているって?」
箱崎は哀しい様な、情けない様な顔になる。彼は実験機材が置かれた下の地面を、背中を丸めて暫く見つめていた。
佳純にとって、人間箱崎の姿は他人事ではなかった。頻繁にめまいが彼女を襲う様になり、その頻度と程度が徐々に悪化していく。彼女は、自分が亡くなった後の事を決めなければならなくなった。
ある日、遂に佳純は隼人に告げた。
「私がそう長くないのは、隼人にも分かっているわよね。」
「大丈夫、病は気から。そんな弱気な事を考えるから、病気になってしまう。」
佳純は首を振る。
「無理よ。人間には寿命があるの。例え健康だったとしても、100年生きられる人は稀でしょ。」
「君はその稀な人間になれる。それに箱崎が言っていたじゃないか。ロシアがアンチエリスの開発に成功したって。」
箱崎は、統一党がオノゴロを支配する前、エリス対策を他のコロニーと連携して進めようと考えていた。交渉のために中枢エリアへ何度も出掛けていたから、他国のコロニーから入る情報を耳にする機会を得ていた。箱崎が言う所に依れば、ロシアのコロニーに避難した化学者が、エリスと結合して、エリスの能力を封じられる物質の合成に成功したそうだ。更にその化合物は、紫外線によって結合したエリスを分解する能力を持つ。ロシア人は用心深く、世界中がエリス対策に忙殺されている最中でも、他国の攻撃に備えて、既存のICBMの発射サイロに繋がった形でコロニーを建設していた。ICBMの弾頭にアンチエリスを詰め込んで打ち上げ、空中で爆発させて、地上に散布したらしい。空から地上に降り注いだアンチエリスは、そこに存在するエリスと結合する。太陽の光が当たれば、分解→別のエリスとの結合を繰り返して、エリスを駆除してくれる筈だ。アンチエリスの分子構造の情報は、ロシアのコロニーから世界に開示され、その頃既にドイツをはじめとする先進国のコロニーで合成が始まっていた。
「でも、アンチエリスは、自分では増殖できないんでしょ?紫外線に当たらなければ、エリスを分解する事もできないし。人間が地上で再び暮らせる様になるのは、気が遠くなる程先の事でしょ。」
隼人は押し黙る。彼にも想像できる。地表面に存在するエリスの駆除は、各国がアンチエリスを量産すれば、十数年で駆除できるかも知れない。それでも、海水に流れ込んで深海に沈んだり、植物の根が地中でエリスに変化したものは取り残される。これらを含めて完全に除去しようとしたら、百年でも到底終わらないだろう。
「これから先は、オノゴロから人間が消えてロボットの楽園になる。」佳純は隼人を説得しにかかる。「もう、人間のために食料を確保し、配布する必要は無くなる。水の浄化システムや空気の循環システムに問題があっても、気にしなくて良い。ロボットがロボットのために働き、支え合っていく社会を作ってね。箱崎が戻って来てくれて良かった。隼人は独りじゃない。箱崎と楽しく暮らしてね。」
隼人はやおら佳純の両肩を掴む。
「何言ってるんだ。そこに佳純も居なきゃ駄目だろ。」
「でも、私は…」
「佳純もロボットになって、一緒に生きるんだよ!」
「私の身代わりなんて…」
「駄目だ!佳純は何で俺をロボットとして生き返らせたんだ?」
佳純は、必死で訴える隼人を見つめる。
「…御免なさい。また、私、自分の思いばかりで、隼人の気持ちを考えていなかった。」
佳純は目を伏せる。佳純の両肩を握る隼人の腕から力が抜ける。
「今の佳純の脳内データからロボットを作ろう。」
「私が2人いたら、おかしいから、ロボットにインストールするのは、私が死んでからにして。それまでは、本物の私が居るから良いでしょ?」
「ああ。だけど、今の佳純の脳を持ったロボットじゃないと意味がない。直ぐにでも、佳純の脳内データを読み取ろう。」
「…分かった。それじゃ、明日から始めましょ。」
「箱崎にも手伝ってもらおう。俺が話して来る。」
言うなり、隼人は佳純の肩から手を離し、箱崎を探しに実験室を出て行く。
話を聞いた箱崎は、2つ返事で了解した。
「何だか、おかしいな。研究員だった俺達が、みんなロボットになるなんて。辻もどこかで生きていないかな。仲間に入れてやるのに。」
呑気な性格、よく言えばポジティブ思考と言えなくもない箱崎が居るだけで、ともすると考え過ぎる隼人と佳純は救われる。




