11 抵抗(2)
佳純と隼人が研究所に軟禁された時、まだ数名残っていた研究員達は、他の建物に強制的に移住させられた。
「殺さないの?」
研究所まで連れて行かれる途中で、佳純は大女の警護隊長に問い掛けた。彼女は冷たい目で見下ろす。
「あたし達は人を殺さない。他の連中が散々やってきた愚行からの反省だ。」
「放射性物質をまき散らして、緩やかに大量殺戮をしている人達がきれい事を言うのね。」
佳純の憎まれ口は完全に無視された。
研究所は2人きりの牢獄になった。やって来るのは、佳純に食べ物を持って来る食糧配給ロボットだけ。地下通路に繋がる研究所の出入り口には、腕の太い警護隊員の女が交替で見張りについている。
そのままどれだけ放置されていただろう。数か月だった様にも、何年も過ぎた様にも思える。ある日、1人の男が忍び込んで来た。長く伸びた白髪だらけの口髭をたくわえ、埃と垢まみれの髪の毛が長く伸びた仙人の様な風貌をした男。変わり過ぎていて直ぐに分からなかったが、箱崎だ。研究所に居た頃は小太りだったが、すっかり痩せ衰えている。老人の様に足元もおぼつかない。
「ああ、やっぱり小笠原だったか。」
佳純の顔を見るなり、箱崎は吐き出す様に言葉にしながら、その場に崩れ落ちる。
「…箱崎君よね?どうしたの?研究所の中まで、良く入って来れたわね。」
正直、箱崎がまだ生きているとは思っていなかった。権力闘争に加わるタイプではないが、統一党がオノゴロを支配していた頃、健全な男性が彼等に見付かれば、ただじゃすまないと噂されていた。
「ああ。」箱崎は自嘲気味に薄笑いを浮かべ、床の上に座り直す。「地下通路のドアから入って来たが、何かあったのか?」
「まあ、いろいろと…。入口を警備している人間は居なかった?」
「いや、そんなもん見なかった。」
「私達、オノゴロの支配者に囚われて、ここに閉じ込められているのよ。逃げ出さない様に出入口に見張りが居る筈なんだけど、どうしたのかしら。」
「オノゴロの支配者って、中枢エリアに居た連中か?」
「ええ、なんと綾音が組織のトップになってた。」
「へえ、そうなんだ。…あそこはもう空っぽだ。いつの間にか誰も居なくなったらしい。支配者面していた連中の姿が最近見えなくなったから、僕はここに戻って来る気になったんだ。」
「そうだったの。じゃ、今は自由に動けるのね。」
辻綾音はどうしただろう。高速増殖炉は中枢エリアの真下にあると言っていた。事故で放射能漏れがあったのなら、中枢エリアは、強い放射能が残っている場所だ。そんな所に居続ければ、結果は想像できる。綾音はそれも覚悟していたのか。
「小笠原は、ずっとここに居たのか?」
「ええ。箱崎君はこれまでどうしていたの?」
「統一党が支配していた頃、こんな所に研究員が固まっていたら、いずれ見付かって処分されると思ったから、こっそり研究所を出た後、暫くは1人で見付からない場所に隠れていたんだ。」
言葉を切ると、箱崎は激しく咳込む。隼人がコップに水を入れて、箱崎の目の前に差し出す。箱崎は、コップを差し出す隼人の顔を見上げる。
「大丈夫、蒸留してあるから。お腹を壊す心配はないわ。」
箱崎の心情を察して、佳純が言葉を付け加える。
「あ?ああ、知ってる。飲料水が菌で汚染されている可能性があるって張り紙が、街中にしてあったから。」
箱崎は隼人の手からコップを受け取ると、1口飲んだ後で、もう1度大きく咳込む。咳をする度に手に持ったコップが揺れ、いっぱいに入っていた水の半分は零れてしまった。
「隠れていれば安全だが、食料の確保が難しい。それで、食糧配給ロボットの制服を手に入れて、ロボットに紛れ込んでいたんだ。」
「お前、どうやって制服を手に入れた。」横から隼人が口を挟む。「ロボットから奪ったのか。」
箱崎は改めて隼人に視線を向ける。
「そうじゃない。食糧配給ロボットと親しくなって、お願いして制服を調達してもらったんだ。潜り込んでからは、そのロボットと一緒に行動していた。ロボットは、髪も髭も伸びないし、食事も、トイレも行かないから、それを見咎められない様にするのが大変だったよ。だが、その代わり、飯は苦も無く確保できた。」箱崎は隼人をまじまじと見つめる。「…これ、小笠原が研究していた…」
「そう、野付崎隼人よ。」
「そうか、ずっと一緒にいるんだな…」箱崎は立っている隼人の頭から足のつま先まで見回す。「どのくらい、その…本人なんだ?」
「私の知る限り、中身は完璧なつもり。外見は、お世辞にも同じとは言えないけど。」
佳純は箱崎に微笑む。
「完璧?なら、厭味ったらしい所とか、やけに上から目線な所なんかも再現できているのか?」
「そう、そう。」
佳純は声を上げて笑う。隼人は無表情のまま黙っている。
「そうか。それじゃ、小笠原は寂しくなかったんだ。勝てないな。…僕は、最近体調が最悪だ。いろんな所に異常が出て、もう長く動けそうにない…。そうなっら、なんだかここが恋しくなっちまって、食糧配給のロボット仲間に別れを告げて舞い戻って来たんだ。」
「体の調子が悪いのは、たぶん、内部被曝のせいよ。」
「何?物騒な事言うじゃないか。それ、どういう事だ。」
佳純は、箱崎に彼女が気付いた放射能漏れから、研究所に軟禁されるまでの経緯を話して聞かせた。箱崎は俯いて、最後まで黙って話を聴いた。
「そうか。それなら、僕の体の中はできものだらけだな。そう判ってしまえば、死ぬ覚悟ができるかも知れない…。」
すっかり意気消沈している。
「馬鹿な事言わないで。これは自分との闘いでもあるんだから。」
「小笠原は元気だな、僕より数か月年上の癖に。そうか、できものは若い者の方が成長が早いからな。」
箱崎の疲れた顔に笑みが浮かぶ。
「そうかもね。しぶとく生き残ってやるんだから。」
佳純も笑って見せる。
「そうだ…。AIロボットに人間の脳内データを変換してインストールするのは、どのロボットにもできるのか?」
「ええ、オノゴロの中にあるロボットは、1体ずつ違うパーソナリティ設定と知識をインストールできる様に設計された大容量のデータ領域を持つタイプだから可能よ。」
「それなら、僕の脳内データを取ってくれよ。」
「え?」
「それで、僕が死んだら、脳内データをロボットにインストールして、ロボットの僕を復活させてくれ。そうすれば」箱崎は隼人を指差す。「こいつみたいに、ずっと生きられるんだろ?」
「ええ…そうね。」
「人間としちゃ中途半端に終わっちゃうけど、その後、ロボットとして人生全うできるなら、それもありだよな。」
へへへと箱崎は乾いた笑い声を上げる。
「箱崎、こっちの世界だって、楽じゃないぞ。」
隼人は冷めた声で言う。
「ふん、それはそうだろ。どうせロボットになるなら、今の僕に似たタイプじゃなくて、カッコイイ躯体にしてくれよ。高身長は絶対だ。」
箱崎は隼人にニヤリと笑って見せた。




