11 抵抗(1)
帰りの電車の中で、佳純は事の仔細を隼人に話した。地下鉄に乗って移動する人間など、最早誰もいない。ロボットは、通常地下鉄を利用しない。2人きり、シートに並んで腰掛けて、暗い窓ガラスの外を時折流れていく照明を見ながら会話する。
「飲料水をやめるのは良いが、それじゃ、果物だって同じだろ。寧ろ、蓄積されて高濃度になっているかも知れない。」
話を聞いて、隼人が呟く。
「飲料水の再生システムも壊れているらしいの。放射能もそうだけど、飲料水は菌に汚染されている可能性がある。この上、酷い食中毒でも起こしたら、それこそ命を縮める。」
「成る程。でもどうするんだ?原子力設備にロボットは近付けるだろうが、直すのは困難だ。」
「うん。どんなトラブルが発生しているのか知らないけど、綾音だって、被害を食い止めようと努力した筈だし、それでもできない事を私が考えた所で、良いアイデアが浮かぶとは思えない。」
「それなら、別のアプローチか…」
隼人は考え込む。
「直せないなら、止められないかな。緊急停止措置はマニュアルにあるでしょ?」
「あるだろうけど、稼働させるのがタスクになっているロボット達だ。彼等を説得しようとすれば、話が辻達の耳にも入るだろう。」
「だったら、タスクを書き換えてしまえば良い。」
佳純の瞳が強い意志を持っているのを確かめてから、隼人が口を開く。
「密かにやるなら、佳純の実験室にあるインストーラーを使ってだが、高速増殖炉のオペレーターが何人居るか分からないぞ。」
「それは、隼人が調べてよ。」
隼人が鼻で笑う。
「その上、非番のオペレーターを研究所まで連れて来るのも、俺の役目って事だろ?」
「そうね。よく分かってるじゃない。…X―DAYを決めて、その時が来たら、オペレーターが全員、緊急停止の作業を始める様にタスクを改ざんする。それ以降は、作業放棄ね。」
「それで原子炉は停止しても、既に漏れ出してしまった放射性物質はどうにもならないぞ。」
佳純は浮かない顔になる。
「それは、オノゴロの中じゃどうしようもない。せめて、これ以上放射性物質が漏れ出ない様にするだけ。生き残っている人達の内部被曝は避けられない。」
セシウムは、カリウムを体内に取り込む機能によって人体に取り込まれてしまう。放射性同位体セシウム137による体内からの被曝に人は晒され続け、健康が蝕まれていく。
「せめて、飲料水は1度沸騰させてから飲む様に、勝手にビラを作って、そこら中に貼り出そう。菌による病気は防げるだろう。」
「高速増殖炉は、中枢エリアの地下にあるって綾音が言ってた。きっと1番被曝リスクが高いのは、中枢エリアに居る綾音達なのに、あそこに居続けるつもりなのかしら。」
「慌てて別の場所に移れば、理由を知らない人間達が勘繰る。興味本位で原因を探ろうとした人間が原子炉を見付けたら、残っている人間は僅かだとしても、どんな事態になるか分からない。だから彼女等は、覚悟してあそこに居座っているんじゃないのか。」
「そうかも。…もう、すっかり諦めている感じだった。」
佳純は、自分達の姿が映る地下鉄の窓を寂しそうに見つめた。
佳純が隼人と一緒に再び中枢エリアを訪れたのは、半年後の事だった。その日も、建物の前には目つきの悪い女が3人、ブラブラしながら周囲を監視している。佳純は躊躇う素振りも見せず、大股で女達に近付く。
「おい、止まれ!」
大柄の女が、佳純の進路に立ちふさがる。
「あんた達のボスに会いに来た。『佳純が来た』と伝えて頂戴。」
胸を張って、大柄な女を見上げる。
「アポは取ってあるのか。」
「そんなの無い。第一、こんなスカスカの世界で、アポが必要なんて滑稽じゃない。」
大柄な女は、同僚を振り返る。
「おい、伝えてやれ。『佳純』って婆さんが表に来ているって。」
指示された女が建物の中に消えるのを見届けると、大女は佳純の少し後ろに立つ隼人に向き直る。
「お前は、ここから動くな。」今度は佳純に問い掛ける。「こいつは?」
「あたしのパートナーのロボット。何もしないから、安心して。」
大女は鼻で笑う。
「パートナー?人間が消えちまったからって、ロボットがお相手かい。子作りもできない婆さんなら、お似合いか。」
残ったもう1人の女が、下品な笑い声をあげる。
「そうよ、私達は良い仲なの。」佳純は隼人の腕を取る。「2人の間を引き裂くなんて無粋な真似はせず、一緒に通してくれるわよね。」
「馬鹿を言うな。」大女は、真面目腐った顔で佳純を見下ろす。「ロボットなど、通すものか。」
「アンリ。」
建物の中に消えた女が戻って来て、大女に呼び掛ける。大女は首だけ捻って、呼んだ女を振り返る。
「お会いになるそうだ。」
「よし、連れて行ってやれ。」
建物から出てきた女は、入り口に立ったまま、腕を振って佳純を呼ぶ。大女は片腕を前に出し、隼人の胸に手を当てて動きを制する。
じゃあね。
佳純は声を出さずに唇だけ動かすと、隼人と組んでいた腕を解き、玄関へ向かう。通されたのは、この前と同じ無機質な会議室だ。待たされる事も無く、直ぐに辻綾音が姿を現す。今日は1人で供の女はいない。佳純と綾音が向かい合い、玄関から案内して来た女が佳純の背後に立つ。
「今度は何を言いに来た。この前の話の続きなら、聞く気は無いぞ。」
「最初からそんな言い方、随分冷たいじゃない。」
フンと鼻から息を吐いて、綾音は腕組みをする。
「オノゴロの環境中に拡散してしまった放射性物質を、今更どうにもできないのは判る。でも、これ以上増えない様に、リスクを減らす努力はできるんじゃない?」
「ん?」
綾音は少し関心を示す。佳純はしてやったりとばかり、話を続ける。
「高速増殖炉を稼働し続ける限り、事故の危険性が付き纏う。1万人の住民を想定した建設時には、それだけの電力が必要だったのでしょうけど、今はその50分の1…いえ、きっと100分の1しか住んでいない。だったら、AIロボットの稼働個体数を絞って、消費電力を抑えれば、原子力に頼る必要ないんじゃない?あ、太陽光発電だけじゃ、夜や外が雨の日にはどうするんだって言いたいんでしょ?原子力に頼るくらいだもの、蓄電システムは導入されていないのよね。夜は暗くても良いじゃない。ロボットは2交代制にして、片方の班が昼間エネルギーベースで充電すればどう?それに…」
佳純が話している最中に、会議室の照明が消える。昼間でも窓に面していない会議室の中に差す光は、ドアに嵌められたガラス窓のその先、廊下の窓から差し込んだ日光の僅かな反射光だけだ。
「なんだ?」
佳純の背後で警備の女が声を上げる。綾音も消えた天井の照明を見上げている。薄暗がりの中で、佳純だけがほくそ笑む。
「御免なさい。勝手に計画を実行させてもらった。」
「どういう事だ。」
「高速増殖炉を緊急停止したの。発電と負荷のバランスが崩れて、電力供給回路が自動的に遮断されたんでしょ。今、オノゴロ内は全停電になってる。」
「あんたが仕組んだのか。」
薄暗がりの中で綾音の瞳が光っている。
「ねえ、協力するから、原子力に頼らないオノゴロを作りましょうよ。」
綾音が声を上げて笑う。その不気味な声に佳純の表情が凍り付く。
「協力?そんな必要は無い。」綾音は声を張る。「自分達で復旧できる。」
「発電システム担当のロボットは、緊急遮断後に全て活動を停止する様にタスクを改ざんしてあるわ。」佳純も負けじと声を張る。「私の協力なしには、復旧はできない。」
「そうか。でも大丈夫だ。」綾音は不敵な笑みを浮かべる。「原子炉の再立ち上げに時間は必要だが、復旧できる。発電システム担当のロボットに何か細工されているのは、既に把握していた。」
佳純が思わず身を乗り出す。
「あんた、ロボットにインストールできる設備を持っているのが、自分だけだと思っていたの?」綾音は鼻で笑う。「遊休機として眠っていたAIロボットに発電システムオペレーションのタスクをインストール済みよ。バックアップ策はできているわ。彼等を起こして担当させれば、高速増殖炉は問題なく再稼働できる。…それよりも、一体誰がどんな悪さを企んでいるのか知りたかったから、改ざんされたロボット達はそのままにしておいたって訳。まさかあんたが張本人だったなんて!…想像通りね。」
綾音は堪え切れず、大声を出して笑う。佳純は悔しい顔を綾音に見せたまま、警護の女に拘束される。
「このまま高速増殖炉を使い続ければ、必ずまた事故が起きる!金属ナトリウムなんてまともに扱えないわ!」
「もう、今更でしょ?1度文明を手にしてしまった人間は、例えそれが破滅の道だと分かっていても、石器時代に戻る事なんてできないのよ。」
「綾音だけじゃない!犠牲になるのは綾音だけじゃないんだから!」
必死で叫ぶ佳純が、引き摺られて会議室から連れ出される。建物の外では、警護部隊に配属されたロボットによって隼人も捕縛され、電源を切られた。2人は、研究所へと連れ戻され、そこに軟禁された。




