10 ユニバース25(4)
足元が怪しくなってきた佳純を気遣いながら、隼人は佳純を中枢エリアに連れて行く。オノゴロが閉ざされた直後、研究所から街に出れば見掛けた、所在無げに街路をぶらつく住人の姿は消えた。出合うのは、公共業務を担ったロボットばかりだ。本部が置かれていると思しき建物の前に人影が見える。佳純と隼人が歩いて行くと、3人の目つきの悪い女達が寄って来て、佳純の前に立ちはだかる。
「お前、なんだ。」
最初から喧嘩腰の言葉が飛んでくる。そんなものに佳純は屈しない。女達の目つきに負けない鋭さで、佳純が女達を睨み付ける。
「あんた達の頭に話があって来た。」
「その男は?」
中でも飛び抜けて大柄な女が、隣に立つ隼人を睨み付ける。
「俺はロボットだ。」佳純の肩をポンポンと叩く。「この人の付き添いだ。」
「何の用だ。言ってみろ。」
意外にも女達は門前払いにしない。
「大変な事が起きている。それを知らせに来た。」
女達の不躾な物言いが伝染したのか、佳純は唾を飛ばしながら話す。
「大変な事ってなんだ?」
「今は言えない。それをあんた達にも教えるべきかを判断するのは、あんた達の頭だ。」
大女が佳純に顔を近付けて睨む。1歩も引かずに佳純も睨み返す。
「おい、こいつの身体検査をしろ。こっちのロボットもだ。」
残った2人の女は、夫々、佳純と隼人の体を服の上から撫で回す。
「中に入れるのは、お前だけだ。こいつはここまでだ。」
身体検査にパスすると、そう宣言して、2人の女が佳純を挟んで建物の中に連れて行く。隼人は心配する素振りも見せずに、建物に消えていく佳純の姿を見送る。佳純は、会議室の様な飾り気の無い、寒々とした部屋に通された。監視に女が1人残り、もう1人が彼女等のトップに報告に行く。どれだけ待たされるかと思ったが、ものの10分程で3人の女が姿を現す。1列になって入って来た3人の女。中央の女に佳純の目が釘付けになる。辻綾音だ。佳純自身が年老いた様に、綾音も暫く見ない間に老けた。すっと背筋は伸びているが、顔も、手も皴だらけ。だが、気の強そうな顔立ちは昔のままだ。
「おや、訪問者だと聞いたけど、佳純だとは意外。」
会議室で待っていた者の顔を見るなり、綾音は嬉しそうに声を上げる。
「それは、こっちも同じ。」
佳純の体から力が抜ける。
「その様子だと、まだ元気そうね。」
「綾音が居なくなって、心配したんだから。」
綾音は鼻で笑う。
「そう?少しは行方を探してくれたのかしら。」
「すっかり痩せちゃったじゃない。ちゃんと食べられてる。」
「お互い歳を取ったわね。…あんたの大切なロボットは元気?」
「ええ。ここに入る手前で止められてしまったから、私が帰るのを外で待っていてくれてる。」
「そう。…それで、何を話しに来たの?昔話だったら今すぐ帰ってもらうけど。」
「えっと…」佳純は自分の前に立ち並ぶ3人の女性の顔を見回す。「あなたが1番偉い人なの?」
「不思議?もう腕力で押し切る世界は終わったの。」
「そう。それなら話が早いわ。今、オノゴロで大変な事が起きているのよ。知ってる?」
綾音は彼女の左右に立つ女達に目くばせする。
「どこかで私達を追い落とそうとしている連中が動いているのかしら。気にしなくて良いわ、無駄な事。」
「そうじゃない。配布されている飲料水を調べたらセシウムを検出した。あなたなら、これが問題なのは分かるでしょ。」
綾音はフッと鼻で笑う。
「ええ、分かるわ。それで、どうしろと言うの?」
「どうしろじゃないでしょ。」佳純は声を張り上げる。「仮にもあなた達がオノゴロの支配者なら、住民を守る義務がある筈よ。」
「そうね…、あんたにそんな事言われるなんて、想像もしていなかった。私達は事態を把握している。最大限の努力をしている。」
「事態?…一体何が起きているの?」
綾音は答えずに目を閉じる。佳純の胸が俄かにざわつき始める。
「綾音、答えて。私にできる事なら手伝うから。」
綾音は目を開けると、佳純を見つめて静かに口を開く。
「佳純にできる事は無い。研究所に帰って余生を楽しみなさい。もう長くないんだから。」
「もう長くないって、それ、歳のせい?違うわね。私が検出したセシウムってセシウム137じゃないの?そうでしょ?こんな放射性同位体が入った水を飲まされていたら、そりゃ、長く生きられない。でも、それはあんたも同じでしょ。」
佳純の目は綾音を睨み付ける。
「良いから、帰りなさい。」
「このまま、私を帰したら、ある事ない事言いふらすわよ。」
「もう、人間は僅かしか残っていないわ。佳純の話を聞いて動く人間なんて、もういない。」
「それなら、私に真相を話したところで問題ないじゃない。役に立たないかも知れないけど、黙って協力してあげる。」
綾音は肩を揺する程の溜息をつくと、彼女の左右に立つ女性に向かって話し始める。
「この人は大丈夫。こんな言い方をしているけど、頭は良い。馬鹿な真似はしないから、話しても良いかしら。既に感付かれてしまった以上、彼女の頭と行動力があれば、いずれ知られてしまうでしょうし。」
両脇の女性はいずれも言葉少なく同意を示す。綾音は再び佳純に視線を向ける。
「オノゴロは自給自足できるコロニーとして建設された。食料もエネルギーも全て壁の中で完結できる仕組みを作った。それがどれだけ大変な事か想像できる?」
佳純は綾音を睨み付けたまま答えない。
「食料は肉を諦めた。このエリアで鳥や豚を育てても、人間の消費ペースに間に合わない。タンパク質は、豆に頼る事にした。じゃあ、エネルギーは?全て電気で賄うとしたけれど、太陽光発電設備では、贅沢にエネルギーを浪費する現代人の生活を賄い切れない。丁度、実用試験のために、政府が製造を指示した小型高速増殖炉があった。オノゴロ建設を進める責任者は、渡りに船とそれに跳び付いた訳。今もこの中枢エリアの地下で、稼働している。」
「そんな物、一体誰が承認したの?増殖炉って、運用技術が未完成じゃない。」
「エリスの脅威が迫っている中よ。多少のリスクは止むを得ないとされたのでしょう。それに、普通の原子炉ではなく燃料となるプルトニウムを作り出せる増殖炉でないと、閉じたこの世界で稼働し続けられないじゃない。その甲斐あって、今までエネルギーに不自由する事は無かった。ある意味正解だったのでしょう。でも、事故が起こった。」
「…放射能が漏れたのね。」
「オノゴロを建設した人達は、もしかしたら20年しない内に、増殖炉に不具合が生じる事態もあり得ると想定していたかも知れないけど、まさか壁の中に閉じ込められた人間達が、互いに殺し合う事態は想像していなかった。こうして事故が起きた時には、増殖炉に対応できる知識や技術を持った技術者は、もう誰も残っていない。」
「ロボットは?増殖炉を動かすロボットが居るんでしょ?」
「彼等はオペレーター。定期的なメンテナンスや小さなトラブルなら対応できるけれど、マニュアルに無い様な、予測できない事故には対応できない。飲料水の精製システムも同じ。既にロボット達では対応できない不具合が発生している。」
「…望みは?望みは無いの?」
「今話した通りよ。」
「諦めたら終わりじゃない。望みは待っていても駄目、自分で作り出すものよ。」
「あんたの、あのロボットの様にはいかない。」
「そうじゃない。考えて考えて考えて、できる事をやるの!」
「そうしているわ。あんたに説教されなくても分かっている!」
綾音はプイと顔を逸らし、スタスタと出て行く。
「待ちなさい!綾音、オノゴロの支配者でしょ?ここに住む人間を見捨てるつもり!」
追いすがろうとする佳純を、門から一緒に来た警備の女が背後から羽交い絞めにする。
「綾音!逃げるの?考えるだけの頭を持っている筈でしょ!」
綾音とお付きの女達は会議室から消えた。警護の女ともみ合っても意味がない。佳純は抗うのをやめる。
「あんた達は知ってたの?」
佳純を羽交い絞めにしている女は答えない。
「このままじゃ、みんな死ぬ運命なのよ。」
「ああ、知っている。」女は力を抜いて佳純を解放すると、彼女と向き合う。「だけど、お互い殺し合うよりもマシだ。私達はみんな、やってきた事の罰を受けるんだ。」
「それは、あんた達はそうかも知れない。でも、争わずにただ平穏だけを望んでる一般人まで巻き込むのは違うでしょ!」
筋肉質の女を恐れもせずに、佳純は声を張る。
「同じだ。」女は佳純の態度にも感情を動かさず、静かに言い放つ。「大多数の人間を壁の外に置き去りにして、自分だけ助かろうとした。同じ人殺しだ。」
佳純は奥歯を噛み締めて押し黙る。その瞳は女を睨み上げている。女に腕を掴まれ、佳純は建物の外で待つ隼人の所に連れ戻された。




