10 ユニバース25(3)
更に10年が過ぎた。いまだ統一党と称する暴力集団がオノゴロを支配している。過去に1度、統一党を倒そうと準備をしている者達の動きが発覚した。その時、統一党の連中は、怪しい人物を徹底的に殲滅した。法も秩序も無い。統一党のトップに怪しいと判断されれば、それは、抹殺される運命を意味した。その事件以降、統一党に所属しない男性は全て目を付けられ、少しでもおかしなところがあれば、その場で処分される様になった。彼等の行動を咎められる者は居ない。彼等はその状況に酔っていた。
統一党自身も安定していなかった。上層部の人間達は好きなだけ女を囲い、勝手気ままに他の者をこき使う。些細な事で互いに争い、抗争に発展した。トップに就いた者は、早ければ数か月、長くても数年で次の者に追い落とされ、この世から姿を消した。
他に残っているのは、こそこそと隠れる事しかできない男達と、男がその気にならない女達。こんな事がずっと続いていく様に見えた時、抵抗する気配の無かった女達が立ち上がった。統一党の奴等に媚びを売っていると思われた女達も同調して行動を起こす。統一党の男達は、自分達に対抗しそうな男達が居なくなって油断していた。用意周到に準備した女達に寝首を掻かれて、彼等は皆殺しにされた。
今度は強い女達が支配する世界が出現した。彼女等は、形だけにしても統一党の様な1つの纏まった組織を形成できなかった。常に2つ以上のグループが対立し、男達よりも陰湿に、凄惨に削り合った。どちらかの勢力が倒れ、残ったグループがオノゴロの支配権を手に入れたとしても、直ぐに内部対立が表面化し、争い合う事を繰り返した。
こうして気付いてみれば、オノゴロに避難してから20年が過ぎている。最初2千人居た避難者は、権力闘争の中で数を減らした。最早正確に人数を調べる事など不可能だが、恐らく10分の1以下になっているだろう。中央に居座る強い女達を除いて、残っているのは、関わり合いを避て、こそこそと隠れて生活する者ばかりだ。
研究所の中は荒れていた。食料の供給をロボットに頼っていたが、ロボットが持ってくる食料の量と回数がどんどんと減る。耐えかねて、家族のある者は研究所を見限り出て行った。独身の男達はフットワークの軽さを生かして、専ら自分で食料調達に出掛ける。建物の外をうろつけば危険を伴う。出たまま帰らない者が増えていく。こうして主だった研究所の男達は、いつの間にか姿を消した。箱崎もそうした男の1人だった。辻綾音は、女達が決起した際、それに参加して研究所を後にした。彼女もそれきり消息が分からない。
佳純はロボットの隼人と研究所の実験室に留まっていた。不足する食料は、隼人が中枢エリアまで出て行って、何をどうするのか教えてくれないが、工面して帰って来る。隼人に自分の機械データを保存してくれと言われてから、脳内データ変換ソフトの研究をやめてしまった。佳純と隼人は、人気がすっかり無くなった研究所の建物の中で、ひっそりと2人の時間を過ごしている。
日の当たる場所は貴重だ。地下にある実験室に籠りっぱなしではビタミンDが不足するし、精神的にも蝕まれる。一時は研究員達のたまり場になっていた最上階の食堂に行き、日なたに椅子を持ち出して座り、隼人と並んで過ごすのが日課になっている。隼人は建物の外に出掛けては、何かしら見付けて来て、その時の話のネタにしてくれる。
その日は、黄色くて丸い柑橘類の実を手に入れて来て、佳純の目の前に差し出した。掌から零れそうな程大きな丸い実は、午後の日射しを受けて、黄色く輝いている。
「あら、珍しい。何の実?」
背もたれを倒して、椅子に寝そべっていた佳純は、それを見てゆっくりと上体を起こす。運動不足の上、年齢の影響もあり、佳純の身体はすっかり弱っている。
「さあ。A-5地区は植物栽培地区なんだ。最近、人口が減ったから、採れる野菜類はだぶつき気味らしい。この実は、通常、中枢エリアの人間にしか供給されていなかったそうだが、今は余っているから持って行って良いって、ロボット仲間から分けて貰った。」
「そうなの。こんな物まで権力者は独占していたのね。狭い箱庭の中で偉そうにしていても、滑稽なだけなのに。」
「人の価値観はいろいろだ。佳純には悪いが、俺みたいにロボットの中へ人間の価値観を植え付けてしまうのは、きっと危険な行為なんだよ。もし、異常者の脳内データを持ってしまったロボットが生まれたら、オノゴロを破壊し尽くしてしまうかも知れない。」
「そんな心配しなくても、生身の人間達のせいでもう半分そうなってる。今更心配しても無駄よ。」
「切ったら食べるかい?」
「ええ、そうね。権力者の味を味わってみようかしら。」
隼人は片頬だけ吊り上げて笑顔を作ると、果実を空中に軽く放り上げながら、その場を後にする。佳純は近くのテーブルに置かれた金属容器から、水をグラスの半分まで注ぎ、1口含む。途端、彼女は眉間に皺を寄せ、持っているグラスを掲げて、太陽の光に透かす。
「ねえ、隼人。」佳純は声を張る。「このポットに入っているの、飲料水じゃないの?」
「え?どれ?」
佳純の背後から鼻歌混じりに、剥きかけの果実を手にした隼人が戻って来る。佳純は眉間に皺を寄せたまま、無言でテーブルの上の容器を指差す。隼人は指し示された容器を持ち上げて仔細に観察し、容器の口から匂いまで嗅いでみる。
「いつもと同じ飲料水用のリユースポットだよ。異常は無いと思うが。」
「変な味。何か入っているんじゃない?」
「まさか。…でも、分析に掛けてみた方が良いかもな。」
佳純は飲むのをやめ、グラスをテーブルに置いた。隼人が剥いてくれた果実を食し、きっとこれは、グレープフルーツに違いない。いや、日本でグレープフルーツは育つのかしら?と、すっかり話は謎の果実の話題に移ってしまった。けれど後になり、再び水分が欲しくなった時になって、佳純は水の成分を確かめてみる気になった。
飲料水は、食糧配給ロボットがブロック毎に設けられた食料集配所に運んで来る、専用のステンレスでできた通いの容器に入っている。佳純の分は、いつも隼人が研究所の中まで運んで来てくれる。
特定の容器が汚れていた可能性もある。佳純は食堂に置いて来てしまった容器をわざわざ取りに戻り、さっき異変を感じた容器と、それ以外の容器の2つを用意し、夫々の中から水を取って、成分分析を行なう。
味の正体は、たんぱく質だ。容器に関係なく、どちらの水サンプルからも同じ結果が出る。水は限外濾過して再生されている筈なのに、この結果は浄水が不充分だと告げている。
「全く何なの。これじゃ、病人が出てもおかしくないじゃない。」
佳純は苛立ち、独り言を呟く。
これじゃ、安心して水が飲めない。さっき食べた果実を沢山貰って来てくれないか、隼人にお願いしてみよう。
そう思いながら、同時に行なった元素分析の結果を見て、佳純の動きが止まる。グラフに示された特徴的なピーク波長から元素を調べる。セシウムだ。
セシウム?なぜ、そんな元素が水の中に?
「隼人!」
佳純は椅子から立ち上がり、声を上げる。そんな大声を出さなくても、隼人ならば直ぐ後ろで佳純の様子を見守っている。立ち上がって佳純の脇に立つ。
「お願い、中枢エリアに連れて行って。」
「危ない。権力者が女性に変わったから、いきなり暴力を振るわれる事は無いと思うけど、目立つ行動をとれば、どんな目にあうか分からない。」
「行動には気を付けるから連れてって。行かなきゃいけないの。」
「何か分かったんだ。」
「セシウムが検出された。」
余計な事を言わず、佳純はそれだけ伝える。ロボットとは言え、彼も研究員の脳にあった知識を受け継いでいる。通常では、そんな元素が検出できる程、水に含まれていないのは承知している。まして、飲料水は注意深く処理されている筈だ。
「行って何をする気だ?」
「大丈夫、今の権力者に事実を伝えて、対処をお願いするだけだから。」
隼人は、佳純の瞳の奥を覗き込む。佳純は真っ直ぐに隼人の視線を受けとめる。
「…分かった、行こう。中枢エリア近くの駅まで地下鉄で行けばすぐだ。」




