表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/31

10 ユニバース25(2)

 支配者の交代による研究所への影響は少なかった。元々(もともと)、どさくさに(まぎ)れてオノゴロに入り込んだ(よう)な物だ。オノゴロの市民に研究所は認識されていなかったし、研究員の方も一般市民と距離を置いていた。オノゴロの中が物騒(ぶっそう)になってきたと感じた研究員達は、地上にあった出入口を(ふさ)いでしまい、地下鉄連絡通路に非常用に設けた目立(めだ)たないドアを常用に変えた。(なか)隠棲(いんせい)している市民と同じ(よう)に、食事の調達など、外部へ出なければならない用事は、オノゴロの実務を(にな)っているAIロボットに頼り、極力(きょくりょく)、研究所の外に出ない(よう)になった。

 研究所に軟禁(なんきん)されている様な生活が続く。家族で避難している者はまだ良い。(ひと)(もの)は、やる事も無い。1度は無駄(むだ)だとやめた研究を再開してみたりして、どうにか気を(まぎ)らわしている。それにしても、必要な資材が手に入らない状態ではやれる事は限られ、研究に熱中できる(はず)も無かった。

 1人、佳純(かすみ)だけが粛々(しゅくしゅく)と研究を進めていた。彼女は、実験室と執務室(しつむしつ)の往復で1日を過ごす。ロボットさえあれば、(あと)は電力を供給してもらえれば研究を続けられる。(さいわ)い、電力は安定している。AIロボットへの脳内データ変換ソフトは、(すで)に6回バージョンアップを行なった。その(たび)隼人(はやと)にインストールし直して出来栄(できば)えを(ため)している。

「ただいま。」

 203実験室の佳純の元に隼人が戻って来る。

「おかえり。どこ行って来たの?」

 佳純は7回目の改良を検討する手を止めずに返事する。

中枢(ちゅうすう)エリアまで行って来た。」

 隼人は、エネルギーベースの上に腰掛ける。

随分(ずいぶん)遠くまで行って来たのね。最近は物騒(ぶっそう)なんじゃない?」

「大丈夫。ロボットに手を出す人は()ないよ。」

「そうは言っても、人間かロボットかなんて、簡単に見分けつかないじゃない。」

「あそこを牛耳(ぎゅうじ)っている連中は、(あや)しいとなれば身ぐるみ()いで首元のIDナンバーを確認するから、ロボットならすぐ分かるさ。それ以上何かされる事はない。男だろうと女だろうとお(かま)いなしにそうするから、人間は気を付けた方が良い。女性の場合、人間だと気付(きづ)かないふりして、わざと(はだか)にしているらしいから相当危ない。」

(ひど)いものね。でも、それは若い人の場合でしょ?私みたいなお(ばあ)さんは、見ただけでロボットじゃないと分かるでしょうけど、そうじゃなくても、身ぐるみ()ごうとはしないでしょ。」

 佳純は乾いた笑い声をあげる。

「そうとも限らない。人の趣味ってのは千差万別(せんざばんべつ)だから。油断しない方が良い。」

 佳純は思わず手を止め、隼人に視線を飛ばす。隼人は口元に(かす)かに()みを(たた)えて、佳純を見ている。

「それは、どうも。」佳純は作業に戻る。「隼人は、その変わった趣味の1人って事かしら。」

「1人じゃ何もできないけど」隼人はエネルギーベースから降りて、ゆっくりと佳純に近付く。「仲間で力を合わせれば、何とかなるもんだ。オノゴロの中で貴金属(ききんぞく)を見付ける事はまず無理だけど。」

 問い掛けを無視して一体何の話を始めたのだと思いながらも、佳純は作業をしながら黙っている。

「オノゴロに避難する時に、金目(かねめ)の物を持ち込んだ人間はいくらでもいるだろうが、どこかに厳重(げんじゅう)に隠してしまっている。こんな物騒(ぶっそう)になってしまったら猶更(なおさら)だ。それなら、何か代わりになる物は無いかと、俺1人で考え込んでいても良い答えは出て来ない。そこで、ロボットの仲間に相談したんだ。そうしたら、パイプの端材(はざい)はどうだって言うんだ。」

 隼人は作業する佳純の隣に来て、机の上に腰掛(こしか)ける。

「最初は、それじゃ駄目(だめ)だって即座(そくざ)に思ったよ。だけど、そうじゃない、ちゃんと形を整えるんだって話で、(ため)しに作ってやるって言うんだ。パイプ材を細く切って、角を落として、外側に丸みをつけて、光沢(こうたく)が出る(よう)にバフ掛けした物を作って見せてくれたんだ。それが意外に綺麗(きれい)だった。でも、それをそのまま(もら)って来たんじゃ、自分は何もしていない。1から自分で全部やらなきゃ意味がない。それで教えてもらいながら、自分でやったんだ。切って、(けず)って、(みが)いて…真鍮(しんちゅう)は、そりゃ、(きん)に比べたら足元にも(およ)ばない。でも、見掛けはそれなりに輝いてくれる。」

 隼人はズボンのポケットに手を突っ込んで、黄金色(こがねいろ)に光る小さな指輪を取り出す。

「もうすぐ、佳純の誕生日だったね。少し早いけど、話の流れで今の方が良いと思ったんだ。佳純に()れている(やつ)()るって、ちゃんと認識して欲しいからね。…ほら、手を出して。」

 何だか、ちゃんと理解できない(うち)に、(うなが)されるまま佳純は自分の手を出す。隼人は、(みが)いた真鍮(しんちゅう)のリングを彼女の薬指に通す。サイズが合わず、指の付け根まで入ってもクルクル回ってしまう。

「いやあ、ユルユルだ。このサイズが1番細い配管だったんだ。格好良(かっこよ)く決めたかったのに、これじゃ台無(だいな)しだ、御免(ごめん)。でも、誕生日おめでとう。」

 隼人は()れ隠しに、おかしいくらい大きな声を上げて笑う。

 本物の隼人なら、(とし)のいった小母(おば)さん相手に、こんな洒落(しゃれ)た事などやろうと考えもしないだろう。また、失敗だ。

 手元に引き寄せた自分の薬指にある、スカスカして収まりの悪いリングを見下ろして、佳純は困った顔で(さみ)しい()みを浮かべた。


 腕力で権力を手に入れた支配者達だったが、オノゴロの権力構造は安定しなかった。自由気ままに権力を振るえば(うら)みを買う。それをまた腕力で黙らせるのだが、それで遺恨(いこん)が消える(わけ)ではない。その上、同じ腕力に自信がある連中の中には、あいつにできるのなら俺にもチャンスはあると思う(やつ)山程(やまほど)()る。統一党と言う支配者達の組織名とは裏腹(うらはら)に、彼等が一枚岩(いちまいいわ)になる事などあり()ない。

 それでも、表面上は盤石(ばんじゃく)な支配体制が数年続いた。権力者に()り寄る男と女、それに(しいた)げられる事を(あきら)められる者が表の世界に残り、弱い者、(あらそ)いを避ける者はコソコソと(かげ)に隠れて暮らす(よう)になった。(あらが)う気力のある者達は命を奪われ、清掃ロボットによって跡形(あとかた)も無く片付(かたづ)けられた。

 研究所の中に閉じ(こも)った研究員達の感覚はどんどん(にぶ)くなった。最早(もはや)、今日が何日で、何が起きていようがどうでもよく思えてくる。中には、現状を打破しなければならないと義憤(ぎふん)に燃えて仲間と支配者組織に(いど)む者も()たが、いつの間にか姿が見えなくなっただけで、何も変わらなかった。

 佳純は、相変(あいかわ)らずAIロボットの隼人と2人で過ごしていた。もうバージョンアップの回数を記録するのもやめてしまったが、(ようや)く本物の隼人らしくなった感触がある。皮肉(ひにく)にも、それはそれで彼女を悩まし始めていた。

 今目の前にいる隼人は、自分の知っている隼人に限りなく近い。だが、それで良いのだろうか。自分が知っている隼人が、(しん)の隼人の姿だったとは限らない。人は他人に見せない部分を必ず持っている。それはロボットの隼人には反映されていない。そもそも、自分の思い(えが)く隼人像すら当てにならない。隼人が()くなってから(すで)に30年近くになる。その間に、自分の中の隼人を理想化してしまってないか。

 ロボットの隼人と過ごしていても、頭の片隅(かたすみ)からその考えが離れない。つくづく研究者としての性分(しょうぶん)が嫌になる。自分の思い通りの隼人を取り戻せたのだ。なぜもっと手放しに喜ぶ事ができないのだろう。

「俺は、この機械の中にあるデータから生まれたんだな。」

 隼人は、目の前のインストーラーに(つな)がった、タワー型パソコンを見ながら(つぶや)く。モニター画面には、隼人の脳内データの入ったファイルが表示されている。

 ロボットの隼人には、(すべ)て隠さずに伝えてある。自分がロボットである事も、佳純の恋人のデータを元に人格をインストールしている事も。

「自分がオリジナルでないのは嫌?」

 佳純は隼人の顔色を(うかが)う。

「気にしているのは、俺より佳純の方じゃないか?」

 隼人は悪戯(いたずら)っぽい眼を佳純に向ける。

「そうでもない。」

 佳純は、パソコンの画面に視線を移す。

「なぁ、これ、逆の操作はできないのか?」

「え?どういう事?」

「だから、今の俺の機械データを人の脳のデータに変換する事。」

「えっと…、理屈の上では可能な(はず)。やったところで、生身(なまみ)の人間の脳を(いじ)る手段が無いから、検証できないけど。」

「ふーん。…じゃ、少なくとも、俺の今のデータを保存して、他のロボットに移植(いしょく)する事は可能だろ?」

「そりゃ、私の作った装置を使わなくても、普通にできる。…でも、何でそんな事言うの?自分の分身が欲しくなった?」

「分身と言えば、そうかも知れない。もし、俺が故障したら、佳純はどうする?」

「変な事言わないで。隼人はずっと私と一緒。」

「良いから聞いてくれ。佳純が今みたいに、俺とずっと一緒に居たいと思ってくれるなら、俺が壊れたら、また俺を作るだろ?そうだよな。」

 佳純は警戒しながら、ゆっくりと(うなず)く。

「俺の前にも、改良途中の俺が存在したんだろ?だったら、俺の後の俺も、存在して当然だ。でもな、それじゃ(いや)だ。」

「だから、言ったじゃない。次の隼人なんか考えていない…」

 早口に言い(わけ)を口走る佳純の口に、隼人は人差し指を当てる。

「良いから聞いてくれ。そう言う事じゃない。」隼人は、佳純の口からそっと人差し指を離す。「俺が壊れた後、次の俺が現れるのは一向(いっこう)(かま)わない。」隼人は指でパソコン画面のファイルを指差(ゆびさ)す。「だが、佳純はこのデータを使ってインストールするつもりだろ。それじゃ駄目(だめ)だ。俺が今こうして佳純と過ごしている時間の記憶は、無くなっちまうじゃないか。」

 隼人は笑顔を作って佳純を見つめる。佳純は隼人を見つめた後、自分の手に視線を落とす。

「こんな小母(おば)さんと過ごした日々の記憶が大事?」

「大事だ。」

「狭い実験室で()らす、変わり()えのしない毎日じゃない。」

「それが、佳純と俺の大切な記憶だ。」

「…私、隼人の気持ちを考えていなかった。御免(ごめん)なさい。」

「そんな事ないさ。今、俺の話をちゃんと聞いてくれた。それで良い。…なあ、俺の機械データと一緒に、今の佳純の脳内データも取り直さないか?」

「え?」佳純は驚いて、顔を上げる。「なんでよ。私のデータはここに有るじゃない。」

 佳純はモニター画面に(うつ)る自分の脳内データのファイルを指差す。

「俺と同じだ。それは20代の佳純のデータだ。今の俺を苦労して()み出して、そして好きでいてくれるのは、今の佳純だろ。」

「やだやだ!良いわよ、そんなの残さなくて。私が死んだら、それでお(しま)い。それで良いんだから。」

「そうじゃない、そうじゃないよ。」

「だーめ!隼人のデータは残しましょ。」

 どれだけ、隼人が説得しても、佳純は今の隼人の機械データだけ保存して、自分の脳内データを取り直そうとはしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ