10 ユニバース25(2)
支配者の交代による研究所への影響は少なかった。元々、どさくさに紛れてオノゴロに入り込んだ様な物だ。オノゴロの市民に研究所は認識されていなかったし、研究員の方も一般市民と距離を置いていた。オノゴロの中が物騒になってきたと感じた研究員達は、地上にあった出入口を塞いでしまい、地下鉄連絡通路に非常用に設けた目立たないドアを常用に変えた。半ば隠棲している市民と同じ様に、食事の調達など、外部へ出なければならない用事は、オノゴロの実務を担っているAIロボットに頼り、極力、研究所の外に出ない様になった。
研究所に軟禁されている様な生活が続く。家族で避難している者はまだ良い。独り者は、やる事も無い。1度は無駄だとやめた研究を再開してみたりして、どうにか気を紛らわしている。それにしても、必要な資材が手に入らない状態ではやれる事は限られ、研究に熱中できる筈も無かった。
1人、佳純だけが粛々と研究を進めていた。彼女は、実験室と執務室の往復で1日を過ごす。ロボットさえあれば、後は電力を供給してもらえれば研究を続けられる。幸い、電力は安定している。AIロボットへの脳内データ変換ソフトは、既に6回バージョンアップを行なった。その度隼人にインストールし直して出来栄えを試している。
「ただいま。」
203実験室の佳純の元に隼人が戻って来る。
「おかえり。どこ行って来たの?」
佳純は7回目の改良を検討する手を止めずに返事する。
「中枢エリアまで行って来た。」
隼人は、エネルギーベースの上に腰掛ける。
「随分遠くまで行って来たのね。最近は物騒なんじゃない?」
「大丈夫。ロボットに手を出す人は居ないよ。」
「そうは言っても、人間かロボットかなんて、簡単に見分けつかないじゃない。」
「あそこを牛耳っている連中は、怪しいとなれば身ぐるみ剥いで首元のIDナンバーを確認するから、ロボットならすぐ分かるさ。それ以上何かされる事はない。男だろうと女だろうとお構いなしにそうするから、人間は気を付けた方が良い。女性の場合、人間だと気付かないふりして、わざと裸にしているらしいから相当危ない。」
「酷いものね。でも、それは若い人の場合でしょ?私みたいなお婆さんは、見ただけでロボットじゃないと分かるでしょうけど、そうじゃなくても、身ぐるみ剥ごうとはしないでしょ。」
佳純は乾いた笑い声をあげる。
「そうとも限らない。人の趣味ってのは千差万別だから。油断しない方が良い。」
佳純は思わず手を止め、隼人に視線を飛ばす。隼人は口元に微かに笑みを湛えて、佳純を見ている。
「それは、どうも。」佳純は作業に戻る。「隼人は、その変わった趣味の1人って事かしら。」
「1人じゃ何もできないけど」隼人はエネルギーベースから降りて、ゆっくりと佳純に近付く。「仲間で力を合わせれば、何とかなるもんだ。オノゴロの中で貴金属を見付ける事はまず無理だけど。」
問い掛けを無視して一体何の話を始めたのだと思いながらも、佳純は作業をしながら黙っている。
「オノゴロに避難する時に、金目の物を持ち込んだ人間はいくらでもいるだろうが、どこかに厳重に隠してしまっている。こんな物騒になってしまったら猶更だ。それなら、何か代わりになる物は無いかと、俺1人で考え込んでいても良い答えは出て来ない。そこで、ロボットの仲間に相談したんだ。そうしたら、パイプの端材はどうだって言うんだ。」
隼人は作業する佳純の隣に来て、机の上に腰掛ける。
「最初は、それじゃ駄目だって即座に思ったよ。だけど、そうじゃない、ちゃんと形を整えるんだって話で、試しに作ってやるって言うんだ。パイプ材を細く切って、角を落として、外側に丸みをつけて、光沢が出る様にバフ掛けした物を作って見せてくれたんだ。それが意外に綺麗だった。でも、それをそのまま貰って来たんじゃ、自分は何もしていない。1から自分で全部やらなきゃ意味がない。それで教えてもらいながら、自分でやったんだ。切って、削って、磨いて…真鍮は、そりゃ、金に比べたら足元にも及ばない。でも、見掛けはそれなりに輝いてくれる。」
隼人はズボンのポケットに手を突っ込んで、黄金色に光る小さな指輪を取り出す。
「もうすぐ、佳純の誕生日だったね。少し早いけど、話の流れで今の方が良いと思ったんだ。佳純に惚れている奴も居るって、ちゃんと認識して欲しいからね。…ほら、手を出して。」
何だか、ちゃんと理解できない内に、促されるまま佳純は自分の手を出す。隼人は、磨いた真鍮のリングを彼女の薬指に通す。サイズが合わず、指の付け根まで入ってもクルクル回ってしまう。
「いやあ、ユルユルだ。このサイズが1番細い配管だったんだ。格好良く決めたかったのに、これじゃ台無しだ、御免。でも、誕生日おめでとう。」
隼人は照れ隠しに、おかしいくらい大きな声を上げて笑う。
本物の隼人なら、歳のいった小母さん相手に、こんな洒落た事などやろうと考えもしないだろう。また、失敗だ。
手元に引き寄せた自分の薬指にある、スカスカして収まりの悪いリングを見下ろして、佳純は困った顔で寂しい笑みを浮かべた。
腕力で権力を手に入れた支配者達だったが、オノゴロの権力構造は安定しなかった。自由気ままに権力を振るえば恨みを買う。それをまた腕力で黙らせるのだが、それで遺恨が消える訳ではない。その上、同じ腕力に自信がある連中の中には、あいつにできるのなら俺にもチャンスはあると思う奴が山程居る。統一党と言う支配者達の組織名とは裏腹に、彼等が一枚岩になる事などあり得ない。
それでも、表面上は盤石な支配体制が数年続いた。権力者に擦り寄る男と女、それに虐げられる事を諦められる者が表の世界に残り、弱い者、争いを避ける者はコソコソと陰に隠れて暮らす様になった。抗う気力のある者達は命を奪われ、清掃ロボットによって跡形も無く片付けられた。
研究所の中に閉じ籠った研究員達の感覚はどんどん鈍くなった。最早、今日が何日で、何が起きていようがどうでもよく思えてくる。中には、現状を打破しなければならないと義憤に燃えて仲間と支配者組織に挑む者も居たが、いつの間にか姿が見えなくなっただけで、何も変わらなかった。
佳純は、相変らずAIロボットの隼人と2人で過ごしていた。もうバージョンアップの回数を記録するのもやめてしまったが、漸く本物の隼人らしくなった感触がある。皮肉にも、それはそれで彼女を悩まし始めていた。
今目の前にいる隼人は、自分の知っている隼人に限りなく近い。だが、それで良いのだろうか。自分が知っている隼人が、真の隼人の姿だったとは限らない。人は他人に見せない部分を必ず持っている。それはロボットの隼人には反映されていない。そもそも、自分の思い描く隼人像すら当てにならない。隼人が亡くなってから既に30年近くになる。その間に、自分の中の隼人を理想化してしまってないか。
ロボットの隼人と過ごしていても、頭の片隅からその考えが離れない。つくづく研究者としての性分が嫌になる。自分の思い通りの隼人を取り戻せたのだ。なぜもっと手放しに喜ぶ事ができないのだろう。
「俺は、この機械の中にあるデータから生まれたんだな。」
隼人は、目の前のインストーラーに繋がった、タワー型パソコンを見ながら呟く。モニター画面には、隼人の脳内データの入ったファイルが表示されている。
ロボットの隼人には、全て隠さずに伝えてある。自分がロボットである事も、佳純の恋人のデータを元に人格をインストールしている事も。
「自分がオリジナルでないのは嫌?」
佳純は隼人の顔色を窺う。
「気にしているのは、俺より佳純の方じゃないか?」
隼人は悪戯っぽい眼を佳純に向ける。
「そうでもない。」
佳純は、パソコンの画面に視線を移す。
「なぁ、これ、逆の操作はできないのか?」
「え?どういう事?」
「だから、今の俺の機械データを人の脳のデータに変換する事。」
「えっと…、理屈の上では可能な筈。やったところで、生身の人間の脳を弄る手段が無いから、検証できないけど。」
「ふーん。…じゃ、少なくとも、俺の今のデータを保存して、他のロボットに移植する事は可能だろ?」
「そりゃ、私の作った装置を使わなくても、普通にできる。…でも、何でそんな事言うの?自分の分身が欲しくなった?」
「分身と言えば、そうかも知れない。もし、俺が故障したら、佳純はどうする?」
「変な事言わないで。隼人はずっと私と一緒。」
「良いから聞いてくれ。佳純が今みたいに、俺とずっと一緒に居たいと思ってくれるなら、俺が壊れたら、また俺を作るだろ?そうだよな。」
佳純は警戒しながら、ゆっくりと頷く。
「俺の前にも、改良途中の俺が存在したんだろ?だったら、俺の後の俺も、存在して当然だ。でもな、それじゃ嫌だ。」
「だから、言ったじゃない。次の隼人なんか考えていない…」
早口に言い訳を口走る佳純の口に、隼人は人差し指を当てる。
「良いから聞いてくれ。そう言う事じゃない。」隼人は、佳純の口からそっと人差し指を離す。「俺が壊れた後、次の俺が現れるのは一向に構わない。」隼人は指でパソコン画面のファイルを指差す。「だが、佳純はこのデータを使ってインストールするつもりだろ。それじゃ駄目だ。俺が今こうして佳純と過ごしている時間の記憶は、無くなっちまうじゃないか。」
隼人は笑顔を作って佳純を見つめる。佳純は隼人を見つめた後、自分の手に視線を落とす。
「こんな小母さんと過ごした日々の記憶が大事?」
「大事だ。」
「狭い実験室で暮らす、変わり映えのしない毎日じゃない。」
「それが、佳純と俺の大切な記憶だ。」
「…私、隼人の気持ちを考えていなかった。御免なさい。」
「そんな事ないさ。今、俺の話をちゃんと聞いてくれた。それで良い。…なあ、俺の機械データと一緒に、今の佳純の脳内データも取り直さないか?」
「え?」佳純は驚いて、顔を上げる。「なんでよ。私のデータはここに有るじゃない。」
佳純はモニター画面に映る自分の脳内データのファイルを指差す。
「俺と同じだ。それは20代の佳純のデータだ。今の俺を苦労して生み出して、そして好きでいてくれるのは、今の佳純だろ。」
「やだやだ!良いわよ、そんなの残さなくて。私が死んだら、それでお終い。それで良いんだから。」
「そうじゃない、そうじゃないよ。」
「だーめ!隼人のデータは残しましょ。」
どれだけ、隼人が説得しても、佳純は今の隼人の機械データだけ保存して、自分の脳内データを取り直そうとはしなかった。




