99 黒炎の不死鳥
ヤン「お母様!」
ケンショーホテル最上階のスイートルーム。厳重な扉を無理やりこじ開けられ、随分と見通しのよくなった部屋で、一人の少女が3人組に攫われようとしていた。
大柄なユッケがヤンの両親を拘束し、ワンがヤンを抱えている。少し不満そうな顔している響生が警備員を無力化させた辺りで、ワンが口を開いた。
ワン「初めまして、ヒマズー公国の国王様。俺たちは、【黒炎の不死鳥】だ!」
国王「な、なんだねその子供じみた名前は!? 娘を返したまえ。今ならまだ、重い刑罰にはならない」
王妃「お願いです! ヤンを――一人娘を返してくださいませんか? 私たちの大事な家族なんです!」
ワン「ええ、ええ。わかるぞ、お前ら。安心しろ、ヤンは返してやる」
国王「ほ、本当かね!?」
ワン「ただし、返すのはそれなりの条件を飲んでもらおうか」
国王「……金か」
ワン「そう! まあ、言われなくてもわかるよな? 500億用意してもらう」
王妃「む、無茶ですわ!」
ワン「わめくな。それくらいわかってるわ。お前らの国には、たいそうな骨董品や金がたんまりある。足りない分はそれで補え。それらを今から指定する場所で人質と交換だ。くれぐれも、持ち運びのしやすいものを選べよ」
ワンの一方的な条件に、国王は唇をかむ。王妃は目の前の現実が受け入れられないのか、気絶してしまっていた。
ワン「じゃあなお前ら。おい、ずらかるぞ」
その指示を聞き、ユッケはヤンの父親を気絶させる。
響生「ヘリは既に呼んであります。あと数分で到着の見込みです」
ワン「ご苦労。すぐに向かうぞ」
夏芽「行くなら一人で行ってなさい」
ワンが屋上へと続く階段に進もうと廊下に出た途端、不敵な女性の声が響いた。
ワン「なに!?」
思わず声の方向に視線を向ける。
そこには、動きやすい服装に着替えた夏芽が立っていた。
ワン「一般の客か……。おい響生、ちゃんと目撃者は消すか気絶させておけよ」
響生「……すいませんワンさん。どうやら非常階段から今さっき来たようです。まあ、すぐに無力化しますが」
若干の違和感は残るものの響生は夏芽に近寄っていく。
響生(……まあ、ホルダーの気配もないし偶然来た一般客でしょう。特に気にすることもない)
軽くひねってやろうと無造作に夏芽の懐に入る。
次の瞬間、夏芽の姿が消えた。
響生「……ッ!」
そして、顎に向かって強力な拳が叩きつけられる。
それを行ったのは、もちろん夏芽だ。
夏芽「私が一般人だからって油断したわね。ダメよ、そんな軽い気持ちでいたらホルダーでも死ぬわよ」
響生「……へぇ。そっか君もそっち側なんだ」
対する響生は少し驚きながらも、すこぶる冷静だった。
夏芽「いいのかしら? そんな安心していて」
響生「そっちこそ、下手な芝居はやめなよ。確かにそこそこ事情は知ってるらしいけど、君はまだクラウンゲームについてまったく知らない」
夏芽「………………?」
響生「さっきの拳、まったく威力がなかったよ。普通のホルダーの拳なら今頃僕は脳震盪で倒れてる。つまり君は、クラウンゲームを少しだけ知ってるただの一般人さ。違うかい?」
響生の冷静ぐあいに、夏芽は冷や汗を流す。
夏芽(確かに、クラウンゲームなんて単語は初めて聞いたし……なんならホルダーがこんなに固いのも初めて知ったわ)
今まで涼斗と何回か勝負したことはあったが、あいつはもう少し柔かったはずだ。
夏芽(……いや、そもそも殴り合いをしたのは4年くらい前で発達途中だったし、あいつは私の攻撃力なんていちいち言及してなかったな)
レギュレーションやルールによる判定勝ちみたいな勝負もけっこうあったし、涼斗との戦いはあまり参考にならないかもしれない。
ワン「おい、なに遊んでんだ響生。そんな女、とっとと片付けろ」
響生「すみませんワンさん。大丈夫ですよ、どうせすぐに終わります」
響生が夏芽に向けて拳を振るった。
それを夏芽は、手の甲を使い軌道を変えることでどうにか捌く。
響生「へぇ……」
響生は連打を選んだ。
とても常人には目で追えないスピードで拳を振るい続ける。だが、当たらない。その全ての攻撃が避けられ捌かれてしまう。
響生「君……なにか格闘技をやってた?」
怒涛のラッシュ攻撃を続けながら、響生は夏芽に問いかける。
夏芽「空手を1日だけ」
響生「見え見えの嘘だね。しかも、さっきから拳を受けないことを見るに君はホルダーと戦ったことが何回かあるね?」
夏芽(拳が顔の横を通り抜けるときの風圧で分かる。あれをまともに食らったら、一撃でゲームオーバー)
涼斗のスピードを日常的に見ていなかったら、確実にこのスピードに目が追いつかなかったろう。
だが、来るタイミングが頭の中で分かっていれば対処はしやすい。
夏芽(……ここ!)
響生の拳を受け流し、夏芽は懐に踏み込んだ。
響生「無駄ですよ。君の攻撃では、私にダメージを与えられない」
夏芽「分かってるわよ。でも、これなら話は違うんじゃない?」
夏芽は響生の腰元にある拳銃を抜き取り、その場を離脱する。
響生「……ふぅん、拳銃ね。確かにそれならいくらか通用するかもね」
すでに結果を知っている響生は薄ら笑いを浮かべながら自然体になる。
響生「撃ってみなよ」
響生(どうせ、僕には効かないけどね。そもそも弾が当たるのかすら怪しい)
ワン「なに拳銃盗まれてんだよ!」
夏芽が拳銃を持ち、さすがにワンとユッケが慎重になり始める。二人は自分たちの拳銃を手に持ち油断なく夏芽を観察する。
響生「どうせ当たりませんよ」
ワン「……なに?」
響生「考えても見てください。この国じゃ拳銃の所持は禁じられていません。にも関わらず、彼女は拳銃を携帯していなかった。だから僕のものを盗んだんでしょう」
ワン「つまり、彼女は銃は素人だと?」
響生「そう考えるのが妥当です」
実際、彼女は本当に素人だ。さっきセーフティも外していたが、手慣れた感じがなかった。むしろ、よく一発で安全装置の外し方が分かったものだ。
唯一気にすべきなのは暴発した弾がヤンちゃんのところに向かってしまうことくらい。
響生「さあ、いつでも撃ってみせてください」
夏芽「――なら遠慮なく」
夏芽は躊躇いなく引き金を引く。
『パァン』と銃声が鳴り響き――響生の左目に弾が撃ち込まれた。




