100 才能解放
響生「……は?」
突如赤くなっていく自分の左の視界に、随分と間の抜けた声が出た。
夏芽「穂塚君! 今!」
響生が完全に硬直しているのを横目に、夏芽さんは俺の名前を呼ぶ。
それを受けて、非常階段で待機してた俺と警備員数名がワンとユッケの方に駆け出す。
ワン「なにやってんだよ!」
ワンの怒声が響き渡りユッケが拳銃を構える。しかし、二人の銃を持つ手に弾が撃ち込まれた。
夏芽さんだ。
夏芽「意外と拳銃って簡単ね」
絶対にそんなことはないはずだが、今はつっこんでいる場合ではない。
いくら強かろうと所詮は一般人の域を出ない二人は、簡単に警備員たちに取り押さえられた。
俺は、この中で唯一【嘘零語】が分かるのでヤンの介抱に向かう。
穂塚「大丈夫! お兄さんたちが助けに来たから」
ヤン「お兄ちゃん!」
とりあえず外傷はないようで安心だ。ヤンの両親も気絶しているだけのようだし、ワンとユッケの二人も完全に拘束されている。
穂塚(俺が警備員を集めるまで時間稼ぎするって言ってたけど、まさか本当に成功するなんて……)
ホルダーの強さは俺にはよく分からないが、この事実は見る人がみれば快挙なのではないだろうか?
あいにく、俺にはよく分からないが後で夏芽さんにお礼と称賛を送ろう。
そう思い、夏芽さんの方を振り返る。
穂塚「夏芽さん! ヤンたちは無事だ。早くその【ホルダー?】も拘束してもらおう」
だが、振り返った先にいたのは左目から血を流しながらもこちらに迫ってくる響生の姿だった。響生を挟んで後ろ数メートルにいる夏芽が驚愕の表情をする
夏芽「こいつ……まだッ。逃げて穂塚君!」
響生「その幼女は僕のものだ」
遠近感が掴めないながらも、響生は走りながら俺に近づく。
夏芽「私の穂塚君に近寄るな!」
夏芽さんは右足の関節に向けて発砲する。彼女にとっては響生は後ろ向きなので、関節を狙うのは容易なのだろう。
いつ彼女のものになったのかはさておき、俺はヤンを抱きかかえて後ろに後退する。
穂塚「警備員の皆さんは、はやくここから撤退してください! そして、早くここに警察を呼んでください!」
響生から並々ならぬ気配を感じたであろう警備員はすぐにその場を離れる。
関節を撃たれた響生は、それでもかなりの速さで迫ってきた。
俺は、近くにあった屋上への階段まで走り出す。
響生「ヤンを置いてから逃げろよ!」
響生も俺に続いて階段を駆け上る。
そして、屋上まで登った辺りで俺は自分の状況を客観的に理解する。
穂塚「…………俺死んだか?」
ヤン「お、お兄ちゃん!?」
屋上には奴らが呼んだであろうヘリコプターが上空を旋回していた。それは別にいい。
奴らは3人組だし、ヘリコプターも金で雇っただけ。自分の身が危うくなればヘリはすぐに撤退するだろう。
問題は、屋上からの逃げ道がないことだ。
上流階級の方々も使うだけあってそれなりの広さのある屋上だが、降りるための非常階段への扉が閉まっていた。
ホルダーさんなら無理やり開けられるのだろうが、あいにく俺にはそんな力はない。
響生「こんなに見晴らしがいい屋上じゃ、隠れる場所もないですね」
既に血は止まった響生が俺たちににじり寄ってくる。
強く冷たい風が屋上に吹いてるせいか、あまりにも寒い。正直、すぐに全部捨てて逃げ出したいくらいだ。
響生「……ヤンを置いていきなさい。それならこれ以上深追いはしない」
穂塚「そんなこと、するわけないでしょ」
抱えていたヤンをおろし、俺は覚悟を決める。
穂塚(さっきと逆だな)
今度は俺が、夏芽さんのアレが終わるまで時間を稼ぐ。
俺はヤンに最低限のことだけを耳打ちした。
ヤン「……え、それって……」
ヤンは少し考え込んでから口を開く。
ヤン「お兄ちゃんはどうするの?」
穂塚「無駄なこと聞かないでよ」
作戦があるとはいえ、今俺はこんな非合理なことをしているのだ。これ以上、余計なことはしたくない。
けど、夏芽との共闘は少し楽しかったな。
穂塚「――柄にもないこと言ったな」
俺は響生に向かって丸腰で駆けだした。
響生「無駄なことをしてるのは君だよ」
響生は俺を羽虫を払うかのように吹き飛ばした。
軽く足で蹴っただけのはずだが、俺は横に思い切り蹴り飛ばされた。
体が何度もバウンドし鉄柵に激突して体が止まる。
穂塚(痛ってぇ……クソがッ!)
背中と右腕に鈍い痛みが走る。今にも意識が飛びそうなほど熱くて痛い。
だが、身を挺して稼いだ数秒は無駄ではない。
なぜなら――
夏芽「こっちに来て! 早くこれに」
闇に乗じた夏芽さんがヤンの手を引いていたから。
響生「……そうか。近くにでかい滝があったせいで、隠密には最適だったと」
ケンショーホテルには、ホテルの近くに巨大な滝があり川が流れている。秋には紅葉が咲き乱れ素晴らしい景観を誇っているのだ。
響生「ですが非常階段は閉まっていますし、唯一の出入り口は僕が確保しています。どうやって避難するつも――」
響生はそれ以上、言葉を続けることができなかった。
夏芽「救助袋(脱出袋)、火事などの緊急事態があった場合安全に下まで降りられる代物。私が穂塚君の援護に行けなかったのはこれを用意するため」
ヤン「お、お姉ちゃん? もしかしてこれで降りるの?」
夏芽「……ごめんね。私にはヤンちゃんの言ってることが分からないの。でも、穂塚君を信じてるなら入ってほしい」
パッと見救助袋は垂直に落下するものに見えるからだろう。ヤンちゃんはとても怯えていた。しかし、意を決して降りていく。
夏芽「さっすが~」
下には何人かの警官がいたため、すぐにヤンちゃんは保護される。
響生「……チッ」
夏芽「行かせないよ。というか、来たくても来れないでしょ。君はこの拳銃を恐れている。本当にヤンちゃんを取る気なら、右目も失う覚悟で来るべきだった」
響生「馬鹿なことを。目を失ったら、幼女の姿が見えなくなるでしょう」
夏芽「……キモッ」
響生「しかし無駄なことを。それには6発しか弾が入っていない。もう油断はしません。そこに転がっている青年を人質にして君を殺し、救助袋を使ってヤンを手に入れます」
響生は満身創痍の俺を見て笑みを浮かべる。
夏芽「そっか。その言葉を聞いて安心したわ」
すると夏芽さんは、拳銃に残った2発の弾をおしげもなく救助袋の留め具に発砲した。
これで救助袋は使えなくなったわけだ。
夏芽「さっきの発言からして、君は救助袋を使うことを視野に入れていた」
響生「……それが?」
夏芽「つまり、いくら頑丈なホルダーでも40階もの高さから自由落下するのは危険ってこと。しかも、落ちて受け身を取ろうにも左目が使えなくて遠近感が掴めない」
響生「…………」
夏芽「じゃ、逃げ場もなくなったことだし――最後の戦いを始めましょうか」




