101 最後の誤算
あなたは【翻訳者】のホルダーになりました。
称号取得条件
独自の言語を開発すること。
特殊能力
ありとあらゆる、全ての言語を理解することができます。
専用宝具
冥色の誓約書
響生「初めてだよ。ここまで癪に障る一般人に会うのは」
夏芽「……へぇ。それは残念ね。私は毎日のように会ってるわよ」
響生は左足を大きく振りかぶって夏芽に攻撃を仕掛ける。
対する夏芽は、近くに落ちていた手ごろな鉄パイプで受けた。
夏芽「……錆だらけね。あとで手を洗わないと」
響生の攻撃には技がない。ただただ持っている力を馬鹿みたいに振り回しているだけだ。
夏芽(だから捌けるし受け流せる。けど……)
夏芽は、だんだんと体に重りがついてくるような違和感を感じ始めていた。
これは、敵の攻撃ではない。私の――体力がなくなってきているのだ。
どんどん痛くなってくる肺をなんとか動かして攻撃を捌くが、次第にそれも追いつかなくなる。
夏芽「…………あぐッ!」
思ったよりも限界は早かった。
力の方向加減をミスった私は、鉄パイプを曲げられ響生に首根っこを掴まれた。
穂塚「夏芽さん……ッ!」
響生「……? 実力のわりに体力が乏しいですね。体術も相当のものですし、もっと動けるものかと」
夏芽(……そんなこと、百も分かってるわよ)
私は幼少の頃からなんでも一発で成功してきた。これまで出来なかったことなど片手の指だけで数えられるだろう。
そんな私は、なにか1つのことに対して努力をすることがなかった。
出来たらそれで満足し研鑽をしない。そのせいか、私の体力は同年代と比べても格段に下だった。
涼斗に負けてしまうのも、この体力のなさが原因。
夏芽(こんなことなら……ランニングでもしておけばよかったな)
今さら後悔しても遅い。
響生「すでに何十人もの警官が集まってますね。さすがに今の傷じゃ、あれらからヤンを取り戻すのは不可能……」
私を捕まえながら、響生は屋上から下の様子を観察する。すでに何台ものパトカーが停まり宿泊客の避難も始まっていた。
響生「なので今は見逃しましょう。ですが、君たちはそうもいかない。クラウンゲームに関する情報を得ているならば――この場で殺します」
響生は鉄柵をいともたやすく破壊し、私を空中にぶら下げる。
響生「さようなら。まあまあ楽しめましたよ。今度は生まれ変わってホルダーとして来てくださいね」
夏芽「残念。それはこっちのセリフ、だよ!」
夏芽さんは自分の首を掴んでいる響生の左腕に取りついた。
響生「……まだこんな力が」
夏芽「火事場のバカ力ってやつ?」
足を響生の首に伸ばし、窒息を狙う。
響生「ば、バカなことを……。力比べなら、こちらに分があること――!?」
夏芽「そんなの分かってるわよ」
夏芽さんは、体を上下に思い切り揺らし響生の重心を狂わせる。右足にけがを負った響生は思わずよろける。
それを見計らったのか偶然か、屋上に突風が吹いた。かなり強い風だ。
最後の風の影響もあり、響生たちの体は屋上から落ちた。
穂塚「…………くッそ」
響生(まさかの道ずれ!?)
屋上から落ちての刹那、響生と夏芽は時間が止まったかのように考えていた。
響生(さすがにこの状態では助からない、か)
突然の死を前に、響生は思わず夏芽の首から手を離す。しかし、夏芽はまた別のことを考えていた。
夏芽(……問題ない。響生の体を使い、空気抵抗を操作。できれば近くの川に落ちられれば、生存率は決して低くない。私はまだ穂塚君に言いたいこと、やりたいことがたくさんあるの。こんなところで死ねるわけないじゃない)
そんなことを考えていた。だからだろうか、それに気づくことができなかったのは。
穂塚「――夏芽さん!」
穂塚君が、屋上から身を乗り出し私の腕を掴んだ。
さすがは元野球部。骨折していたはずの穂塚君は、根性だけで来ていた。
だが、穂塚君の手に着いた血が助けることを許さない。一瞬だけ私の腕を掴むも血によって滑り、私は今度こそ空中に投げ出された。
穂塚「………………ぁ」
夏芽(ま、っずいね!)
一瞬だけとはいえ、私は穂塚君に掴まれたのだ。計算が狂う。
すでに響生は少し先を落下している。追いつくのは不可能。
夏芽(せめて、川に落ちられれば……)
暗い川はまるで亡者の巣くう三途の川のようだ。少しでも体勢を崩せば……いや、なにかとがった石があっただけで即死だろう。しかし、このまま地面に激突しても結果はさほど変わらないのだ。
夏芽(ここで私が死ねば、穂塚君にいらない苦しみを与える……。絶対に死ねない。生きて帰る!)
私は、なんとかぎりぎり足で届く範囲にいた響生の腹を踏み台に思いっきり川へと方向を転換した。
そして、大量の水しぶきとともに私の体は水の中へと投げ出される。
そしてやはりというべきいか、私の頭が岩に思い切り当たった。
夏芽(痛い……い、意識が飛びそう……)
なんとか川から這い出なければならないと分かっているのに、体がまったくいうことを聞かない。
そして私の体は、水面に揺蕩う水草のように下流に流されていくのだった。




