95 露天風呂での災難
穂塚「……ふぅ……疲れた」
夏芽「お疲れ様穂塚君。大変だったね」
ホテルにチェックインした俺は、荷物を部屋に置き一息ついた。
あの後ヤンの両親に会い、めちゃくちゃ感謝された後、見たこともないような大金を押し付けられそうになったので、半ば逃げるようにホテルに直行したのだ。
正直、海外の人からもらう大金などリスクしかない。もしかしたら偽札かもしれないし、気づかずに運び屋的なことをさせられていたかもしれない。
だから、とっととその場を去ったのだが……。
夏芽「まさか、あの人たちも同じホテルだったなんてね。しかも最上階のスイートルーム取ってたし」
そう、夏芽さんの言う通り、俺たちは予期せぬ再会を果たしていた。
まさか、あの人たちがそこまでのVIPだったとは。これなら、あの大金も貰っておくべきだったか。
―――というか
穂塚「……なんで夏芽さんがこの部屋にいるの?」
ちゃんと部屋を二つ取っておいたのだが、なぜだか彼女は俺の部屋に押しかけていた。
夏芽「だって、このあと最上階でディナーでしょ? そんなに準備することもないし…………一緒にいたいなって」
少し顔を赤らめながら、夏芽さんはさらに俺に近づいてくる。
穂塚「そっかそっか。でも、今のうちに荷物の整理しといた方がいいかもだよ」
遠回しに自分の部屋に行けと訴えるが、彼女はなにを勘違いしたのか、俺の部屋でバッグの中を整理し始める。
思わずため息が出そうになるが、なんとか押しとどめる。
穂塚「まだ時間はあるし、先に風呂に入ってきたらどう? なんでも、ここは露天風呂があるらしくて、景色がすごい良いらしいよ」
夏芽「……そうだね~。じゃあ、お言葉に甘えて先に入ろうかな」
だが、ここで夏芽さんの動きが少し鈍くなった。そこで、すかさず俺は二の句を継ぐ。
穂塚「じゃあ、俺は今すぐ露天風呂に行ってくるから7時に部屋の前に集合ってことでいいかな?」
夏芽「――うん! オッケー」
俺は予め用意していた風呂用のセットを持って部屋を後にする。
女性である夏芽さんなら、ふろ上がりのすっぴん状態を見られたくないだろうし、ここまでは予想通りだ。あとは、色々と理由をつけて煙に巻けばいい。
露天風呂のある2階に行こうと俺は階段を降りる。本当はエレベーターもあったのだが、あまりにも人が多く時間がかかりそうだったので徒歩だ。
まあ、5階なのでそこまで負担にはならないのだが。
更衣室に入り、衣類をロッカーにしまった俺はいざ露天風呂へと赴く。
ストレスだらけのこの旅行だが、唯一このイベントだけは地味に楽しみだったりする。
誰もいない自分一人だけの空間。ここには、変な女も迷子の子供も雑念も入る余地はない。
穂塚(……ふぅ、やっぱり何も考えずにゆっくりできるのは最高だな)
サウナもあるし、一時間くらい飽きせず楽しめそうだ。
体を洗い、早速適当な場所に入浴する。最高!
思いっきり体を伸ばし、湯を体に浸透させる。
その時、俺の近くに3人ほどの団体客が来た。
言い忘れていたのだが、この風呂はかなり広くところどころに岩や柵が設けられており、場所によっては人にまったく見られない箇所がいくつかある。
それに加えて、湯けむりもすごいため、静かに入浴している俺は恐らく認知されていない。
3人の客は静かに肩まで浸かると、話を始める。
客1「いや~、これはナカナカ良い湯ダネ」
客2「イエスボス」
客3「そうでしょう。なにせこの観光地でも有数の温泉地ですから」
どうやら、海外のお客さん二人と案内人らしき現地人のトリオのようだ。
勝手に他人の会話を聞くのも憚られるため、少し場所をずらそうと体に力を入れようとする。
客3「ここでは誰に会話が聞かれているか分かりません。【嘘零語】で話しましょう」
※ 表現上、日本語で書きますが、ここからは他言語で話してるという設定でお願いします。ペコリ(o_ _)o))
王(客1)「そうだな~。なんせ今から我々3人でこのホテルを占拠して、王族を人質に身代金を要求するんだからよ」
ユッケ(客2)「イエス。血肉が沸き踊ります」
響生(客3)「既に迎えのヘリの配置は完了していますよ」
ワン「分かっていると思うが、最優先はヤン皇女だ。まったく、お忍びだかなんだか知らないが、ろくに護衛もつけないなんて随分と頭がゆるいな!」
ユッケ「イエス。子供だろうが早く、殺りたいです」
ユッケと呼ばれる大柄な黒人男性は、腕をゴキリと鳴らしながら笑みを浮かべる。
響生「ちょっとちょっと、殺すのは最後の手段ですからね?」
優男、という言葉がぴったりと似合う響生はユッケをなだめる。
ワン「大丈夫さ。そいつの手綱は俺がちゃんと握っておくからよぉ」
全身に入れ墨をいれピアスをつけたワンは、豪快に笑いながら響生の肩を叩いた。
穂塚「………………」
えっと……。あれ?
なんだろう、俺の分かる言語で話さないでもらっていいですか?
移動しようと思って動かしていた自分の体を湯船に戻し、息を殺しながら思考を巡らせる。
知りたくもない情報の数々が出てきた。
特に知り合いを誘拐するなんていう話、とてもじゃないが俺の手には余る。
穂塚(……いやちょっと待て! もしかしたら、冗談かもしれない)
そうだ! わざわざ、こんなところで大事な話なんてするわけがない。
俺も昔、わざと人がいるところで『大麻が足りねぇな』みたいな呟きをしてたし、そういう感じだろう。
まったく、困った人たちもいたもんだ。
ワン「確認しておくぞぉ。彼女らがいるのは、最上階の4002号室。部屋の大きさは200㎡。防犯カメラは通路だけで138箇所。警備員の深夜の見回りは30分に一度だ」
響生「国に兵士は連れてないそうですし、楽な仕事ですね」
穂塚 (……いやこれガチのやつだわ)
ヤンが王族というのは初耳だったが、彼女が4002号室ということや、護衛らしき人がいないのも事実。
あとはまあ――声がガチっぽいし。
もしこれが全て演技なら、俺は彼らにアカデミー賞を送っていただろう。
穂塚(………………ヤバくね?)
なんだこの詰みまくってる状況は。
あ、一応言っておくがヤバいのは俺だ。話が見えた辺りから、俺は自分のことしか考えていない。
もし、彼らが気まぐれに場所を移動して俺のことを発見したらと思うと……うん、考えたくもない。
既に30分は入っているため、本来ならのぼせている頃だろう。なぜ、こんなにも震える羽目になっているのか。
響生「それでワンさん。ヤン皇女の身代金を頂いたら、そのあと彼女はどうするつもりで?」
ワン「特に考えてねぇな。まあ、金さえありゃいいし、適当なところに捨てておけばいい」
響生「でしたら、彼女の後始末は僕に任せてください」
ワン「……なんだぁお前。ロリコンだったのかよ」
響生「はい! 彼女のことをめちゃくちゃに出来ると思うだけで……涎が止まりませんよ」
恍惚な笑みを浮かべ、色っぽい声で興奮する響生に対し、ワンは興味なさそうに鼻を鳴らす。
ワン「好きにしろや」
響生「ありがとうございますぅ~」
おぉっと?
なんだか雲行きが怪しくなってきたな。最悪金さえあれば、ヤンも帰れるかと思ったら。
一応、俺も人間だ。それなりに倫理はあるし、世の中効率だけで済ませて良い問題なんてあるわけがないことも重々承知している。
そんな効率廚の俺でも、さすがにこの状況では心が揺れた。
仲良くなった幼女を見殺しにするほど、俺は心を失ってはいない。
長風呂のせいか心理的にか、俺は早くなっていく心臓の動悸を感じながら、とにかくひっそりとその場で待機するのだった。




