90 その前のあれこれ
俺と由美が中学生になったころ、いや、正確に言えば由美がホルダーになったころか。
俺は村近くの山に変な気配を感じていた。
政明(この感じは結奈に似てるな。ホルダーか)
俺は当時から、一年に一回、結奈の墓参りをしていた。だから、その存在に気づけたのは奇跡だったろう。
その年の墓参りの帰りに、俺は一人のホルダーを感知していた。
驚くべきは、その気配が地面から感じたことだろう。少し尾行してみれば、そいつはボディビルダーのような肉体を持って、地面から出てきた。
俊介「……おん、なるほどな! つまり、タイミングが来たら、あの娘をさらって来いってことやな」
なぜか空に向かって独り言を喋るそいつに、俺は寒気を感じた。
俊介「……ん? あ、そうか、こっちからの声は聞こえへんのやったな。えっと……五日後の夜に薫が来るから、そん時に一緒に【聖女】を綾都に誘拐せぇへんとあかんわけか。ちゃんとメモっとかな」
パンツからメモ帳を取り出し、俊介はペンを走らせる。
政明(……なんだあいつ? 聖女……由美のことか。しかも攫うって)
俊介「分かっとりますよ。聖女がいれば、継続的にホルダーが確保できるから失敗するなってことでしょ?」
政明(よく知らねぇが、なんであいつは由美のことを知ってんだ? あっちが感知してるってことは、由美もあいつのことを感知してるはず……)
j『ここで豆知識だよ。個人差はあるけど、ホルダーの気配感知には気づけない場合があるんだ。まあ、今回の場合は彼女の寝込みを狙われたんだろうね。寝ているときは、意外と気配には気づけないもんさ』
政明(ご解説どーも。つまり、由美が攫われるまで、あと五日ってことか)
それだけ分かれば、今は十分だ。
j『どうするんだい? まさか、あいつと戦うのかい?』
それも少しは考えたが、今の俺では無理だろう。まず、俺には戦闘の心得もないし、人と戦ったこともない。
宝具はあるが、使い方も分からない。
政明 (……それなら)
俺は、少し前から連絡を取り始めたレリウス王国のことが頭に浮かんだ。一緒にクラウンゲームを攻略できないか考えて、連絡を取っていた。
政明(確か、最近就任したばっかの広瀬って元帥はかなりの人格者だったな)
少し連絡を取っただけだが、人としての理性や道徳、そして軍人としての手腕、かなりの高い評価を俺はつけていた。
あの国に保護を頼めば、いくらあのホルダーでも手は出せないだろう。
政明(ホントは一緒にクラウンゲームを攻略したかったんだがな……)
残念ながら俺には、由美を守るために戦うことも、一緒に逃げる覚悟もない。
まあ、迷っていても仕方がない。すぐに聖女の詳細な情報を送って保護を呼びかけよう。
結果的に、由美はレリウス王国に保護された。まあ、あれは保護というよりも誘拐に近いだろう。
だが、俺はそこまで心配はしていなかった。なぜなら、小島らが国章をつけた車で迎えに来たからだ。
つまり由美という聖女を自国に迎えることは国全体での決定、ということ。多少の乱暴さはあったが、これで由美は、少なくとも数年の安全は保たれる。
政明(少数精鋭が夜中にこっそり来たら、さすがに考えものだったが)
綾都に行けば、すぐに孕み袋にされた可能性を考えれば、まだマシな選択だ。
正直、苦手な女ではあったが嫌いではなかった。
―――
サイ「――というのが経緯だ。つまり、こいつは由美を守るためにレリウスに売った。しかも、変に恩を売らないために悪役になろうとしていた。で、間違いないな?」
政明「…………」
俺は何も言えなかった。
静香「……そうか、あの時の相手は君だったか。確かに、あの時はかなり世話になったな」
事情を知る静香が納得したように口を挟む。
由美「……そうなの? 政明」
サイ「やめときな由美。こいつ、意外とシャイだからな。手に入れた身代金5億に一切手を付けないレベルだ。どうせなにも答えねぇよ」
だが、由美は諦められないのか、必死に俺の顔を覗き込む。
由美「このまま黙ってても肯定とみなすよ?」
どこか確信を得たような顔をする彼女の前に、俺は大きく息を吐いた。
政明「……そうだよ。サイが言ったことは概ね正しい。俺は弱いからな。お前を守るためにはああするのがベストだと勝手に判断して、勝手に行動に移した。……すまん」
正直、あの時の判断を後悔することがたまにあった。戦うべきだったとか、なにも関与すべきでなかったとか……。
由美「そっか。……そっか! それは本当によかったよ。本当に……」
涙を流しながら、由美は俺に抱き着いてきた。
由美「私も謝らないといけないことがあってさ。実は薄々だけど気づいてたんだよね。政明が私のことそんなに好きじゃないって。必死に思い込もうとしてたけど、なんだか違和感あるなって」
政明「……そうかよ」
由美「最後に質問いい?」
いったん距離を取り、由美は真っすぐに俺と視線を合わせてから声をあげる。
政明「なんだ?」
由美「私のこと、好き?」
政明「……全く好きじゃない」
由美「……っ!!」
改めて声に出されて、由美は少しだけ泣く。
政明「けど、嫌いでもない。お前には良いところもたくさんある。特に、仲間想いなところとかな」
由美「なら、まだ私にもチャンスがあるね」
涙を拭きながら、由美は誓いを新たに立てる。
由美「これから、政明を振り向かせられるような女になってみせるよ」
政明「そうかよ……」
今までと同じ関係――というわけにはいかないだろうが、こっちの方がまだ健全だ。
由美「ところでさ、政明って子供は何人ほしいとか希望ある? ただの雑談だけど」
政明「………………」
訂正。結局、今までとそこまで変わりそうもない。
涼斗「話は終わったかお前ら。じゃあとっととこいつの処遇も決めるぞ」
話をぶった切って、涼斗は赤ん坊を見せつけながら、話題を変える。
サイ「相変わらずだなお前」
涼斗「どうするかくらい、決めているのだろう政明君」
政明「……まあな。とりあえずは、戸籍登録して俺が育てるつもりだ。育児フェスティバルとか始めてだからな。当然、お前らを頼りにさせてもらう」
由美「……!? ちょっと待って政明。この子を育てるってことは、政明がお父さんになるってこと?」
政明「そりゃそうだろ。そうしなけりゃ、手続きもまともに出来やしない」
由美「つまり、政明が主だって子育てするってことだよね?」
政明「なんでそんな確認をすんだ?」
由美はなにかいいことを思いついたかのように笑顔を作る。
由美「政明、冷静に考えてほしい。将来この子が大きくなった時に、親が血のつながってないパパ一人だけだったら、かなり辛いと思うの」
政明「……あ? まあ、そうかもしれんな」
由美「だから、せめてお母さんみたいな存在がいると思うんだよ」
その辺りで、周りの面々が察し始める。
由美「私がママとして、この子の育児に協力する!」
政明「却下だ」
そんなこと認められるわけがない。ただでさえ厄介な由美が四六時中側にいるなど。
由美「なんで!?」
サイ「いやそもそも、お前が父親をやるってのがまずおかしいだろ。高校生のくせに、そんなこと考えてんじゃねぇよ」
正論で殴ってきたサイは新たな案を提案する。
サイ「アタシが育てる。なんでも一人で抱え込むな」
政明「いや、任されたのは俺だ。せめて最後まで責任は持つ」
やいのやいのと口論になり始め、収拾がつかなくなったとき、鶴の一声が上がった。
静香「その子に決めて貰えばいいだろう」
皆がどういうことかと静香に目を向ける。
静香「これから何十年、その子の親になるのだ。それならば、その子に一番懐かれたものが育てればいい。もちろん、誰が選ばれても、我々レリウスが全面的にバックアップしよう」
由美「でもそれじゃ、結局片親になっちゃうんじゃ?」
静香「そうでもない。幸い、ここには3組の男女がいるのだ。『私・タクト王子』、『由美・政明』、『サイ・涼斗』でペアになり、一番なつかれたペアが育てればいい」
その発言を聞き、全員に衝撃が走った。
タクトなんて、真っ先に静香を凝視している。
涼斗「いいじゃないか。どうせ俺に懐いているだろうし、結果は見えているが、それが一番効果的だ」
サイ「……なんで、アタシがお前とペアなんだよ」
数分後、たくさんの阿鼻叫喚とともに、赤ん坊――【日海 渚】の両親が決まったのだった。
【日海 渚】という名前は、深玖が帝王切開の直前に伝えた名前です。
自分の目で会うことも叶わない身なので、せめて名前だけでも、という理由で命名されました。




