86 勇者
涼斗「ふぃ~、さすがに少し欠伸が出るよ」
久の剣を避けながら、涼斗はタクトとスイッチする。
君主の動きに慣れた涼斗は、習慣のように刀を避けながら軽口を口にした。
久「そうでもないじゃろ。ぬしか王子、どちらかが死ねばこの膠着状態は崩れる。確かにわしはある程度ダメージを負ってはいるが、負ける気はせんのう」
深いえくぼを作り狂気を感じる笑顔で、久はタクトの攻撃を顔面に受けた。
タクト「……なに?」
拳を顔面にヒットさせたタクトは思わず距離を取る。
涼斗「今の攻撃は……」
タクト「ああ。あいつ、わざと受けやがった……」
生死を分けるこの戦場で、ありえない選択を行った久に不気味さを覚えた二人は、注意深く久を見る。
久「そんなに、距離を取らんでもよかろう……それとも、まさか恐れているのか?」
鼻血を垂れ流し、顔面の骨格が変わった久は、覚束ない足取りをしつつもゆっくりと涼斗の方へと向かう。
涼斗「――ハハ、面白いことを言うね久君。俺は、恐れをs――」
最後まで言い切る前に涼斗の頭部だけが久の手に握られていた。そう、頭部だけが。
タクト(――なんだ!? なにも見えなかった……)
久はその場に留まったまま、動いていない。にも関わらず、いつの間にかその手には涼斗の頭部がある。
音を立てて倒れる涼斗の胴を一瞥しながら、タクトは口を開く。
タクト「……なにをしたんだ?」
久「……さあ、なんじゃろう?」
軽く笑みを返すと、久はサイの方を向く。
久「お主は分かっておるんじゃないか?」
サイ「……【勇者】の称号だろ」
あなたは【勇者】のホルダーになりました。
称号取得条件
勇者の家計の男児であること。
特殊能力
自身へのダメージが甚大であるほど身体能力が向上します。
専用宝具
深紅の剣
久「さっきの顔面パンチに、これまで蓄積された戦闘ダメージ。十分に因果は揃った。さて、と……終わらせるか」
タクト「やってみろよ」
静香とサイを守るようにタクトは久の前に立つ。
久「やめてほしいのぅ、まるでわしがヴィランのようじゃないか」
タクト「実際そうだろ」
久「……こっちからすれば、お前らがヴィランじゃよ」
―――
勇者の力を発揮した久は倒れるレリウス王国の兵士たちを見て、ルーレットを解除する。
久「……さすがに、少しハッスルしすぎたわい」
信矢「そうだな、自傷でもいいからとっととダメージをつければ、もっと早く戦闘は終わった」
湊「……ダメですよ。【勇者】の称号は敵からのダメージじゃないと発動しませんから」
合成がとけた4人は、とりあえずの戦況を確認しながら、王城へと足を進める。
理香「……ダメですね。私たちもそうですが、久様へのダメージが宝具とホルダーに等分されています」
7つの素材を合成した弊害か、宝具を解除した途端、全員が傷だらけだった。
理香「すみませんが、今すぐの飛行は無理です」
湊「宝具の損耗率も激しいですね。【純白の杯】があれば話も違うのでしょうが」
信矢「ないもんはしょうがない。それよりも、早くいくぞ」
信矢は王城を睨みつけながら足を進める。
久「こいつらは殺さなくていいのか?」
信矢「……無理、というよりもやるだけ無駄だ」
信矢は、道端に転がったレリウス王国のホルダーを見ていた。
そこには、立ったまま気絶したタクトと、その後ろに気を失った静香たちが倒れていた。
湊「まさか、あの状態で我々の攻撃から仲間を守るとは……大した王子ですよ。妻が負けたのも納得の人材です」
ぼろぼろの状態のタクトだが、今にも動き出しそうなほど、その立ち姿は勇ましさを持っていた。
信矢「気絶してくれたのは幸運だ。こういった奴は少しでも敵意を向けられただけで目を覚ます。このままやり過ごすのが賢明だ」
手負いの獣はなにをするか分からない。今戦えば、勝つのは確実だが、エンドの誰かがやられるのもまた確実だ。
久「【道化師】の方も殺しておきたかったが……しょうがないのう」
仕方なく、エンドはその場を後にするのだった。




