84 第四の選択を
第4の選択と聞いて、政明はこめかみがピクリと動いた。
政明「冗談言ってる暇はねぇ。早く決めろ」
深玖「冗談じゃないです。ボクは、さっきの選択じゃ満足できないから、新しい選択を選びます」
その決意に満ちた深玖の目を見て、政明は何も言えなくなる。
政明「……詳細を言え」
深玖「帝王切開で、この子だけ助けてほしいの」
政明「…………はぁ?」
政明は、訳が分からないとでも言いたげに首をひねる。
深玖「今は妊娠23週目で安定期に入ってるし、帝王切開なら、爆弾摘出よりも簡単でしょ?」
政明「待て、何を言ってんだ。それはお前――自分が助かる道を放棄するってことか?」
深玖「いや、それは嫌だよ。でも、今のままじゃボクもこの子も死んじゃう可能性が高い。だから、この子だけでも助けてほしいの」
母としての本能なのか、深玖は固い決意を宿した瞳で政明を見た。
政明「だが――」
深玖「ボクはどうなってもいい! だからお願い、この子を助けて!」
政明には、その発言をする深玖の姿が、数年前自分を助けようと【盗賊】に立ち向かった結奈と被る。
政明「……少し待て」
政明は奥からいくつかの手術道具を持ってきた。
政明「ここはネットに繋がんねぇ。昔、戯れで医療も学んだから大体は分かる」
手術道具を消毒しながら、政明は唯一の外界との連絡手段である内線電話に手をかける。
この電話は、王城内の各部屋に連絡が可能だ。電話の相手は――
由美『……もしもし』
いつもの活発さとは打って変わって、死にかけの病人みたいな声で由美が電話に出た。
政明「俺だ。深玖を見つけた」
由美『ま、政明!? どうしたの?』
俺の声に驚いたのか、少し声のトーンが上がるが、由美は心配をかけまいと高いテンションで話を続ける。
由美『深玖が見つかったってホント?』
政明「ああ、あとで代わる。それよりも、今スマホ持ってるか? サイか静香辺りに電話してくれ」
由美『わ、分かった』
由美はスマホを操作し、静香に電話をかける。
静香『もしもし? どうした由美、今、忙しい』
政明「俺だ。一回で聞け、戦況はどうなってる?」
静香『君か……。現在、タクト王子が久を抑え込んでいるが長くは持たないだろう。それに、涼斗殿はまともなコピーもとがなく、【不死】で死にながら戦線を維持してる状況だ』
政明「そうか。なら二人に聞け。あと10分粘れるかどうか」
静香「たった今、政明から連絡があった。10分粘れるかどうか、とのことだ」
タクト・涼斗「「余裕!」」
久の刀を回避しながら、二人は同時に答える。
静香「とのことだ」
政明『ありがとな』
それだけを言って、電話は切れた。
静香「一体、彼は何をしている?」
一瞬疑問が浮かぶが、今はそれどころではないと、意識を変える。
静香(そういえば、先ほどから小島総司令の姿が見えないな)
【鈍色の鍵】の効果を考えれば見当たらないのも当然なのだが、せめてどこにいるくらいは共有してほしい。この戦いは、タクト王子が鍵なのだから。
政明「よし、次だ」
政明は鉄格子を壊し、手術用の台や照明を用意する。
政明「この部屋から出れば爆発するんだったな?」
深玖「そうです……」
政明「なら、この牢の中で手術を行う。とっとと準備しろ」
深玖は用意されたベッドに横になる。
政明「……そうじゃねぇわ。準備しろっつったんだぞ」
深玖「え……だから横になれってことじゃ?」
政明「んなわけねぇだろ。お前、胎児を摘出した後、どうやってそいつを保護するつもりだ」
深玖は何も言えなくなる。
政明「NICUがいる。それに、最低限の輸血用血液だ」
深玖「そんなのあるんですか!?」
政明「あるわけねぇだろ。だから、今から作る」
政明は、懐から【黄金の粘土】を取り出す。
そして、それをこね始めた。
政明「この宝具は、使用者の脳内に描いた道具や装置を完璧に再現してくれる。一応の仕組みは覚えてる」
【黄金の粘土】
効果 生物以外のすべての物を再現。
専用効果 宝具の再現。
そしてみるみるうちに、胎児を保護する箱が完成した。
深玖「べ、便利ですね!」
政明「なわけねぇだろ。当然、相応の代償がいる」
政明(……が、今話すことじゃない)
だが、どれだけ探しても輸血用の血液はなかった。こればっかりは、黄金の粘土でも再現できない。
一応麻酔薬はあったが、これだけでは手術に踏み切れない。
政明「……しゃあねぇ。これを使うか」
虎の子の【純白の杯】を取り出す。
深玖「えっと……なにそれ?」
政明「いいか深玖。今から俺はお前を切る。当然麻酔はするが、俺は素人だ。胎児の場所や切るべき手順は分かっても確実に医療ミスをする」
深玖「だめじゃん!!」
深玖(……でも、それ以外に手はないし……)
深玖は、苦悩する。
政明「だからこの杯を使う」
策――ともいえないものだが。
俺は今から腹部を切る。
しかし、確実にミスるだろう。まあそれがホルダーである深玖ならばそこまで問題はない。
ホルダーの体は丈夫なので、誤って他の臓器を傷つけても勝手にメスは止まるし止血もされる。
問題なのは胎児の方だ。こちらは何らかのはずみで簡単に死んでしまうほど脆い。
政明(周期から考えて700g前後……超低出生体重児か)
自分の手のひらよりも小さな命を前に、政明は思わず身をすくませる。
だが、患者の手前、気丈に振舞う。
政明「いいか? 俺は今からお前の腹を掻っ捌く。努力はするがほぼ確実に胎児にダメージは残るだろうし、この糞ほど悪い衛生環境のせいで感染もするだろう。だから、これを使う」
それなりに中身の残った杯を政明は握りしめる。
深玖「……宝具ですか?」
政明「ああ、由美に感謝しておけ。これを使って、胎児の傷や感染症を対策する」
胎児の大きさを考えれば、そこまで杯は消費しないだろう。深玖の腹を縫合してちょうど使い切るくらいだ。
政明「問題はそれだけじゃない。いいか? 帝王切開によって取り上げられた胎児の生存率は高くねぇ。正直、ホントに心配しなきゃいけないのはこっちだ」
合併症のリスクや病気へのかかりやすさ。しかも幼少期だけでなく成人しても何かしらの後遺症が残るだろう。
単純な怪我ならば治すことは可能だ。だが、精神的な傷や、病気へのかかりやすさ、肥満などの身体的特徴は【純白の杯】でも対応しきれない。
深玖「………………………」
提案したのはボクだ。当然、どんなリスクがあるかも分かっている。
もしかしたら、産むよりもここで一緒に死んだ方がマシだと思えるような人生を送るかもしれない。
深玖「……それでもボクはこの子を助けたいの」
もし、この子が何か愚痴を言うようになってボクが死んでいたら、その時はボクが頭の中で聞いてあげよう。それが、母親としてのボクができるせめてもの責務だ。
お腹をさすりながら、ボクは政明さんを見る。
政明「……そうか。じゃあ、始めるぞ」
医療用カーテンを降ろし、政明は手袋を嵌めた。
【黄金の粘土】
使用条件 作ろうと思っている物の価値に応じて、使用者の寿命が縮む。
例
ガスマスク、3日分。
NICU、10年。
宝具、残りの寿命の半分。




