65 【漆黒の布】
【漆黒の布】についての補足
漆黒の布を展開すると、風呂敷に入っていた全ての物が消失します。
なので使う際は、残しておきたい者をあらかじめ出しておかなければいけません。
今回の場合は取り出す余裕がなかったため、風呂敷内の兵器は全て消えます。
しかし、宝具だけはどうやっても消えないので【虹のルーレット】、【黄金の粘土】は近くに排出されています。
本文で触れられなかったので、こちらで解説させて頂きました。
俺を中心として、半径500メートルに巨大な漆黒のカーテンが下りた。
ここでは、ホルダーの気配も、音も匂いも視力も何もかもが意味をなさない。
使用者である俺以外は。
勇(速く政明を捕獲して、離脱する。さすがにあの王子も500メートル離れれば――いや、追いつかれるか……)
ならば仕方がない。シャッフル残り時間の5:49、この暗闇で隠れつつ、時間がきたら即撤退だ。
この暗闇なら、政明を捕獲・気絶させることも十分に可能。
早速、タクトの背後に回り政明に手を伸ばす。
この暗闇では、さすがのジョーカーも心配なのか無駄な動きをせず、その場に鎮座していた。
勇(よし……あとはカーテンの端っこに隠れれば問題な――)
タクト「お前、そこで何してんだ」
俺の右肩に、タクトの手が置かれた。
考えるよりも先に、体が反応した。
一瞬でタクトから距離を取り、息を切らしながらタクトを見返す。
追ってくる気配はなかった。
勇(……何だ? バレてなかったのか?)
いや、俺に触れて声を発した時点で、俺の存在には確実に気づいていたはず。
現に今、政明に触れながら周囲を警戒しているのが証拠。
勇(……そうか【適応者】か!? あの称号はあらゆる環境での適応能力。このカーテンの中で生き残るために能力が発動した。だから、宝具の効果が意味をなしていないのか)
それならば、いまこうして視界に映る距離にいること自体がまずい。
勇(……いや待て、なにか変だ)
この説には違和感がある。
もし、見えているなら、さっき肩に触れた時点で攻撃に移ったはずだ。
勇(つまり、【適応者】の能力を持ってしても、確実な視野は得られない。おそらく、少し輪郭が見える程度。だから俺に触れたときに攻撃しなかった。政明だったかもしれないから……)
それならば、いくらでもやりようはある。
タクト(……ん? なんか周りに変な動きがあるな)
しっかりとは見えないが、俺と政明を中心として勇が無作為に辺りを走り回っている。音も匂いも聞こえないが、ぼんやりと視界だけは確保できているので怪しい行動はすぐに見つけられる。
目の悪い人が夜中に起きたらこんな感じなのだろうと、少し納得しながら政明に耳打ちした。
タクト「どうする、勇が急に……つっても聞こえないのか」
とにかく移動しようと思ったが、こんな視界じゃ下手に動く方が危険だ。
しかし、勇の行動を指をくわえて見ているだけになるのも危険……。
思わず思考の海に落ちそうになった時、顔面に強い衝撃が入った。
鼻血が垂れ、少し脳が揺れる。
タクト「暗闇で、ヒットアンドアウェーに徹するのかよ……」
確かに勇の動きはぼんやりと見えるが、それだけで防げるほど甘くない。
そんなことを考えた辺りで、また攻撃が行われる。今度は右肩だ。
触れた瞬間に勘で適当に腕を振り回すがあたる気配はない。
足の健、胸、喉、鳩尾――全ての急所を狙いながら、勇は俺を追い詰めてくる。
今の俺にできるのは、それが政明に届かないように、身を挺して庇うことだけだ。
暗闇で、政明が何か口を動かしているがなにも聞こえない。
この戦いの勝利方法はシンプル。
シャッフルの時間である10分を耐え切れば俺の勝ち。
シャッフル時間内に二人を制圧できれば勇の勝ち。
なのだが……
タクト(ヤバい……このままじゃ、シャッフル時間内にやられる)
微かな焦りを覚えながら、タクトは膝をついた。
足をやられた……。これで、政明を担いで無作為に数分走り回る策も使えなくなったか。
勇(――頼むから、そろそろ倒れてくれよ。何回本気のパンチをしてると思ってる)
残り時間3分を切り、勇はさらに攻撃を加えていく。
タクトはすでに、全身ぼろぼろだ。殴ったところは紫に変色し、口からは血が垂れている。
どう考えても勝負はついているはずだ。だが倒れない。
勇(固すぎて刃物は通らない……。なら――頸椎を破壊する)
首辺りにある神経系の束、それを破壊する。
だいぶ称号にも慣れてきた。加えて、タクトはかなりのダメージを負っている。俺の全力の蹴りで殺れるはずだ。
十分に距離を取り、助走距離を確保した俺は一直線にタクトの首元に飛び込む。
タクトは政明を守るように立つだけで、俺の接近に気づけていない。
勇(とった……!)
俺の蹴撃がタクトの首に接近する。
だが、そこには俺の目を疑う光景があった。
政明がタクトを庇うように俺の蹴りの前に飛び出たのだ。
勇(まずいッ!!)
急いで威力を殺そうとするが、【決闘者】の力で十分に加速した俺の足はかなりの威力を保持したまま政明に直撃した。
彼らには聞こえないだろうが、俺の耳には、骨が何本も折れた嫌な音が届いた。
いやな感触が俺の足にまとわりつく。
政明はタクトのもとから吹き飛ばされ、微動だにしない。
タクト「…………政明イィィぃ!」
タクトは急いで政明のもとへと走り出すが、俺は動けなかった。
人を本気で蹴ったのは初めてではない。だが、人を死に至らしめる蹴りは初めてだ。
色々と妙なテンションになっていて忘れていたが、俺はまだ人を殺したことはない。
頸椎への蹴りだって、もっと早く実行できたはずなのに俺はいつまでも躊躇っていた。
俺は呆然とタクトと政明を見る。
政明は両腕が千切れかけ、骨が肺に到達しているのか上手く呼吸できていなかった。
タクト「すまん政明。聞こえてないかもだけど、俺が不甲斐ないせいで……」
涙を流しながら政明を抱きおこすが、政明は首を振りながら必死に勇の方を顎で示す。
政明(とっとと行け。今ならあいつの場所が分かんだろが)
なにも聞こえないが、政明の力強い目視線を受け、タクトはハッとする。
タクト「ッ……! ああ、そうだな!」
タクトは意図を察した。
ボヤボヤとだが、勇の位置は見えている。なぜだか分からないが、あの場から動いていない。
仲間が作ってくれた好機。
これを逃せば、それこそ不甲斐ない。
タクトは、まだ動く左足を思い切り地面に叩きつけたのだった。




