63 【違反者】
今日もいつもと変わらないと思っていた。
冬に入って間もないこの季節。寒さで筋肉が収縮してしまうので、いつもより念入りにストレッチをしながら道着に着替える。
数年前はまともに歩けなかったが、今では古山達、分隊長と互角に戦える程度の実力は身についた。
タクト(昨日は3人がかりで辛勝だったし……今日は5人でいってみっか!)
木剣を持ちながら、自室の隣に新設された道場に向かう。これは、静香が気を利かせて作ってくれたものだ。
大きさは30畳ほどしかないが、当時まともに動けなかった俺にとって、隣に道場があるのは画期的だった。
早速、古山達を呼び出そうと内線電話をしようとした時、部屋の扉が開いた。
政明「ようタクト、元気だったか?」
相も変わらず、敬語のなっていない少年がそこには立っていた。
タクト「おっ、珍しいな。政明が扉から入ってくるなんて」
いつもはベランダから不法侵入かのように入ってくるので、驚きながら俺は友人を迎え入れる。
政明「偶然、ここにくる用事があってな。とりまこれ見てくれ」
政明は【賭博師】からの手紙を渡す。
政明「実は今、かくかくしかじかで――」
タクト「なるほどな! 今から政明は、その勇って奴に会いに行くんだな!」
政明「……なんで、てめぇが外出の準備なんかしてんだ?」
政明は、俺が目の前で着替えを始めることに疑問を投げかける。
タクト「……? 決まってるだろ。俺も一緒に戦うからだよ」
政明「【違反者】のお前に何ができんだよ。お前には別で超重要ミッションがあるから、そっちにアサインだ」
常人の中でまあまあ強いだけで、ホルダーの戦いについてこれるものじゃない。
タクト「そうなのか……。まあ、助けてほしかったらいつでも言えよ」
政明「そりゃ言いまくるに決まってんだろ。だが、今はそれじゃねぇ。
お前の意見が聞きたい。【賭博師】はどんな罠を用意してると考える?」
タクトは少し考え込む。
タクト「……そうだな、俺なら絶対に複数のホルダーが来た場合の対策をするぜ。一人で来いって言ってるけど、そんな保険はどこにもないし、そもそもこいつは【エンド】にも狙われる身なんだろ?
なら、対ホルダーに絶対の対策を用意してると思うぜ」
政明「概ね同意見だな。だが、どういう対策をする?
正直、宝具をいくつ集めても【エンド】や【道化師】は強敵だ。確実性がない」
タクト「うーん……、称号の力を無効化したりとかが真っ先に思いつくな。それも、一人じゃなく複数人の」
『そんな罠、できるわけないけどな』と、笑いながら俺は別の案を考える。
が、政明はなにかハッとしたように俺を見る。
政明「いや……案外そういう感じかもな。無効化とはいかなくても称号の力を狂わせる……辺りか」
そこまでの結論に至った政明は、期待のこもった眼で俺を見る。
そして、軽く胸に拳を当ててきた。
政明「もし敵が、なんらかの能力で称号を無効化した場合――この世で一番頼りにしてるぞ」
出会った時から何も変わらない、こんな俺にずっと期待を寄せる友人は、微塵も揺るがない視線を俺に送る。
タクト「―――ああ、任せておけ!」
政明が王城を出ていくのを見送った後、俺は自室に戻ろうと歩みを進める。
そこで、珍しい組み合わせのトリオに出会った。
静香「……む、これはタクト王子。この時間に外出とは珍しいですね。なにかありましたか?」
公務の最中である静香と、その補佐をする【解析者】、黒沢 サイ。そして、将来の妻(元)である【聖女】の三人だ。
タクト「ちょっとな。それより珍しい組み合わせだな。なんかあったか?」
確かに3人は不仲というわけではない。むしろ、仲は良いほうだろう。だが、昼間のこの時間にいるというのは少し疑問が残る。
由美「政明が、一応【女帝】の近くにいろって。あと……」
サイ「アタシに、いつでも連絡できるように準備しろとさ。あのガキ、数年経っても何も変わりゃしねぇ」
それが美点だがな、とサイは苦笑する。
静香「そういうことです。どうですタクト王子? 久しぶりにご一緒に仕事をしませんか? タクト王子がいると、予算計算が手早く終わるのですが……」
由美「そんなこと言って~。ホントは一緒にいたいだけ――」
サイ「ガキが口出しするもんじゃないよ」
サイは由美の口を抑えた。
少し赤くなった顔を紙束で隠す静香は、早足で執務室に歩みを進める。
静香「さ、さあ行きましょう!」
タクト「そうだな。ほれ少し持つぞ」
慣れた様子で、静香から書類を受け取るとタクトは数字を覚えながら静香の隣を歩く。
タクト「……なんか、小島の申請予算がちょい高いな。医者でも雇ってんのか?」
静香「本当ですね。確かに最近、怪しい動きが散見されますが……ひと段落したら調べてみましょう」
由美「……なんか、仕事してると熟年夫婦って感じで、様になってますよね」
サイ「ああ、正直ちょっと分かる」




