44 軽くなった足でスキップを
激動の夏休みが終わり、季節はもう冬だ。
仕事の後、少し肌寒さを感じながら、ボクは暖かいコンポタの缶を持ってあの山へと向かう。
そこでは、いつも通りシン君が木刀を振っていた。
雪は降っていないが、ここも十分に寒い。彼の周りからは蒸気のような白い煙が立ち上っていた。
深玖「お疲れー」
信矢「ああ」
深玖「これ差し入れね。といっても、参拝客からのもらい物だけど」
カバンの近くに保温バッグとともにコンポタを入れる
信矢「感謝する」
それだけ言って、彼はまた素振りに戻ってしまう。
まあ、いつものことなので私も問題集を開いて勉強を始める。
寒いかと思うかもしれないが、ホルダーにとってはそこまで苦にもならない温度だ。
結奈『つまりー、別にここに来る必要もないのに、彼のために来てるってわけだよね?』
深玖(ち、違うし! シン君の打ち込み稽古の音が聞き心地良いだけだし)
勉強に集中するためだと言い訳をしながら、母に数学の問題を見せる。
結奈『あー。こういう問題は、いったんグラフを描くと分かりやすいね。2つの線が交わるところが1番値段が安くなるから――』
生前は意外と勉強が得意だったと語る母の個別指導を受けながら、私はペンを走らせる。
由基人『こんなことしなくても、試験中に結奈に答えを聞きゃいいのによ』
まあ確かに、母の性格を考えれば教えてはくれるだろう。
深玖『……無理だよ。近くでこんなに頑張ってる人がいるのにそんなことできるわけないじゃん』
一心不乱に木刀を振るシン君を見ながら、ボクも頑張ろうとペンを持つ。
10時くらいになりそろそろ、帰り支度を始めようと問題集を閉じた時、珍しくシン君が話しかけてきた。
湯気が出ているコンポタを飲みながら、彼は口を開く。
信矢「おい深玖。お前はどこの高校に行くつもりだ?」
深玖「おっ、珍しいねぇ~。シン君から聞いてくるなんて。ボクは刀時高校だよ。レリウス国の王都にある、めっちゃ頭いいところ」
シン君の眉がピクリと動く。
信矢「奇遇だな。俺もそこだ。スポーツ推薦だがな」
深玖「えッ、そうなの!? よかった~、学校じゃ刀時高校志願者がいなくて心細かったんだよね~」
警察官としてキャリアアップするには、大学に行くのが手っ取り早い。そのために、進学校に進む。
深玖「……でもあれだよね。確か刀時高校のスポーツ推薦って実技がなかったっけ?」
信矢「ああ、中学在学時に一定の実績を収めた奴が初めて推薦試験を受けられる」
彼は中1で全中で表彰されているので、受けるには問題ないだろう。
深玖「どんな試験なんです?」
彼は少し鼻息を荒くしながら、試験要項を見せてきた。
深玖「なになに、レリウス王国特別指南役の【佐藤 極】による試合形式の試験。試験監督であるキワミさんを納得させれば合格、ですか……。あれ? この名前どこかで見たことありますね」
待ってましたと言わんばかりに、シン君が動画を見せてくる。それは、ボクとシン君が初めて会った時に見た老女と不審者の動画だった。どうチューバ―の名前を見てみれば【佐藤の極みチャンネル】と表示されている。
信矢「試験監督は、このババアだ。つまり、試験に受かれば必然的にこの不審者にも会える」
未だに、この犯罪者を目標にしているのはすごいとしか言いようがないが、それよりも私は昨年の合格者の数に目を奪われていた。
深玖「合格者数0!? なんですかこの試験は!?」
過去数年の資料を読み漁るが、3年前に一人の合格者を出したきり、誰も受かってはいなかった。
受験者自体は100人を超えているため、倍率は100倍を超えている。
深玖「そんなに難しいんですか、この試験は」
信矢「というより、難しくなったが正解だ。噂じゃ3年前に受かった奴があまりにも強すぎてババアの審美眼が厳しくなったらしい。しかも、そいつ推薦だけじゃなく一般でも受かっている」
どこの世界にも化け物はいるらしい。私は改めて刀時高校の難易度の高さを思い知らされる。
深玖「あれ? これよく見ると、推薦試験と一般試験は日付が違いますね」
信矢「そうなのか?」
深玖「筆記の翌日に推薦の試験。……見学に行っていいですか?」
信矢「……好きにしろ。コンポタごちそうさま」
空き缶を自分のバッグに仕舞うと、彼はまた木剣を振り始める。
私は軽くなった足でスキップをしながら帰路につくのだった。




