43 ボクと信矢
夏休みに入った。受験の天王山ともいわれるこの時期、私はいつも以上に机に向かっていた。
もちろん、絵里ねぇちゃんのお手伝いもいつも以上にやっている。この夏休み時期が一番観光客が多く来るのだ。
私は主に外国人向けのガイドや案内をしている。これでも英語は得意なのだ。
絵里「ありがとねぇ、大事な時期なのに」
深玖「全然いいよ。むしろ早起きの習慣ができたから絵里ねぇちゃんにはすっごい感謝してるし」
朝ごはんの準備を一緒にしながらそんな会話をする。
一見、忙しそうに見えるが、店番なら数学を観光案内なら社会を、人と話すときは国語と外国語を鍛えることができる。
どこにでも学びの種がある。
そして、昼休憩に入ったころ、私は不意にあの少年――シン君に会いに行こうと思った。
深玖(勉強と接待でかなり疲れたし、体ほぐしたいなー)
別に弱いものいじめをするわけではないのだ。ただ、シン君が来いというので行くだけである。
決して、ストレスを発散したいわけじゃない。
木の上を忍者のように飛んで移動しながら、目的の頂上に到着する。
そこでは相も変わらず、シン君が木刀を振っていた。
由基人『なあ、深玖。少しだけお父さんに代わってくれないか?』
結奈『なんでユキ君がいくの? 娘の交友関係くらい自由にさせればいいのに』
由基人『いーや、駄目だね。あの礼儀知らずには一発くらい大きいのぶちかまさないとと思ってたんだよな』
深玖(まあ、1回くらいならいいけど)
どうせシン君のことだ。何回も再戦させられるだろうし。
父に体の主導権を委ねる。私の意識は、暗闇に落ちるがそこでは外界の景色と音が聞こえる。
深玖「お父さんって強いの?」
結奈「けっこう強いよ。ホルダーのボクに1撃入れるくらいにはね」
深玖「へぇー、楽しみ!」
昨日みた達人の刀の振りを脳内に描きながら、俺は必死に木刀を振るう。
信矢(そろそろ、この木刀も替えるか。中に鉄の棒が入ってる特注品だが……仕方ない)
その時、人の気配を感じた。思わずそちらの方を見る。
信矢「来たなミ……」
信矢は手を顎に添え訝しげに深玖を見る。
信矢「誰だお前? あの女じゃないな」
歩き方の癖の、目線も……何もかもが違う。
由基人「へぇ、分かるんだね」
感心したように笑うと同時、由基人は一歩を踏み出し信矢に迫る。大段に構え、的確に信矢の脳天を狙う。
それを信矢は予期していたかのように左へと受け流す。
信矢「……なるほどな。あの時、俺に面を入れたのはお前か」
深玖『え。ちょっと待って、どゆこと?』
結奈『えーっとー……みっちゃんが初めて信矢君と戦った時にさ、顔に向かって枝を叩きつけたじゃん? 実はその時、ユキ君が勝手に腕だけ憑依して面に入れたんだよね。
このままじゃ、避けられる!
とかなんとか言って』
いや、勝手すぎるでしょ。
と、思いつつボクにはもう一つの疑問が浮かんでいた。
深玖(あのままだったら避けられてた……?)
由基人と信矢の戦いは一方的なものだった。
ひたすら信矢の防戦だ。
信矢(……袈裟斬りからの、突き。いや、それはフェイク!)
由基人の足払いを紙一重で回避する。だが、一瞬だけ重心がズレ体のバランスが崩れる。
それを待っていたかのように由基人は信矢に木の枝を振るう。
見事に信矢の頭頂部に直撃した。
だが、それと同時に由基人の首にも少しの痛みが走った。
由基人(いつの間に……。こいつ俺の上段攻撃を読んでたのか。俺の視界が自分の腕で遮られる刹那の一瞬で反撃に転じたのか)
結果は相打ち。だが、経験の差と、ホルダーであることを考えればとてもそんな結果通りではない。
由基人「おい、起きろ」
俺は見事な剣技を見せた少年を起こす。
少年は軽い脳震盪を起こしているようで目の焦点があっていない。
だが、すぐに飛び上がった。
信矢「俺は……負けたのか?」
由基人「いや、そうじゃない。……まあ引き分けだ」
信矢(何が悪かった? やはり、防戦一方なのがよくなかった。次は先手を取り、戦いの主導権を――)
ぶつぶつと敗因を呟く信矢を目にし、由基人は呆れたように笑う。
由基人「おい君。君は俺のことをどのように見てたんだい?」
信矢「……そうだな、特に腰を見ていた。すべての行動の軸になるからな。お前のようにでたらめな力を持つ相手なら予測技能は必須だ」
由基人「それだけじゃないだろ。君は俺の足払いを避けた時、あえてバランスを崩し油断を誘った。それに、俺の視界をジャックしてんのかと思うくらい、君の人を見る目は超人的だ」
結奈『ユキ君が人を褒めるのなんて珍しいね』
深玖『そうなんですか?』
結奈『あれでけっこうプライド高いからねぇ~。結婚した当初は素直に謝ることもできなかったよ』
由基人(余計な事言ってんじゃないよ!)
少し咳払いをし、由基人は信矢を見る。
由基人「まあ、なんだ。……君は強くなれる」
信矢「そんな慰めはいらん。早く構えろ」
どこまでもストイックな信矢はすぐに木刀を構える。
娘に『一戦だけ』と約束されている由基人は、少し躊躇う。
由基人「……悪いけど、この体はあいつから借りてるんでな。そろそろ交代しないといけないんだよね」
妻のお叱りに震えながら、由基人は申し出を断る。
信矢は少し考えたのち、口を開く。
信矢「なぜ、あんな奴と戦わねばならん。邪魔だろう。いいから早く構えろ」
その発言に、いの一番に切れたのはやはり深玖だった。
深玖『ちょっとお父さん。体返して』
【巫女】本人である深玖は自由に憑依を解くことができる。
信矢「む……帰ってきたか」
体の微妙な差異から、信矢はすぐにボクに変わったことを見抜いた。
深玖「あのね! ボクと君は友達ってわけでもないの。なのになんでそういう悪口ばっかりでてくるの!? 少しは人の気持ちも考えて!」
思わず怒声を発してしまうが、それでもボクはやめない。
深玖「これでもボクはシン君のことを尊敬してたんだよ。耳をすませば、いつでもここから木刀の音がしたし、少しでも強くなろうと色んな努力をしてたのも知った。さっきの人から、シン君はすごい努力家だって教えて貰って、すごいって思ってたのに……なんでそんなこと言えるの!」
頬を紅潮させ、息を切らせながらシン君を睨む。
信矢「…………そうか。すまなかった」
深玖「ッ………………!」
まさか素直に謝罪してくるとは思わず二の句が継げなくなる。
信矢「俺が邪魔だと言ったのは、お前にとって俺が邪魔、という意味だ。
その右手、絆創膏で隠しているがペンダコを潰しているだろう。中指と人差し指だ。マメができて、それを潰すくらいペンを握っている。
それに、お前のズボン。しわがついているな。ずっと正座をしている奴の特徴だ。おおかた、店番でもしていたのだろう。お前みたいな奴がこの大事な時期にそんなことをしている場合――まあ大抵は人の為だろう。
それらを鑑みて、貴様は俺なんかに関わらない方がいいと判断した。
先日は無理に鍛錬に誘い、誠に申し訳ない」
信矢は淡々と一気にそんなことを言う。そして、深々と下げる頭を見て、甘い味の涙が思わず零れた。
身内や友人から言われる誉め言葉ではない。なんの関係もない、どこまでも努力家で尊敬する彼からの言葉がなぜか心に沁みた。
真っすぐと私を見てくるシン君の視線を受けて、ボクは何とか言葉を発そうと無理やり口を開く。
深玖「……あははッ。……もう……口下手すぎでしょ」




