36 世界一平等な男
美女の叫び声を聞き、何人もの人が涼斗に襲い掛かる。それをほくそ笑みながら見て、私はその場から撤退するのだった。
朱美(結局、目当ての宝具は持ってなさそうだし、捕まえるのも面倒だから放置でいいかな)
思考を回しながら、朱美は涼斗の鳩尾を蹴った右足を見る。
そこには、自分のものではない骨が深く刺さっていた。
朱美(あの一瞬で、私にダメージを与えるんだ。すごいね彼)
おそらく鳩尾に当たると同時に胸骨、肋骨を変形し私を捕らえようとした。あと数コンマ遅れていたら、私は右足を諦めていただろう。
驚異的な適応能力だ。呑み込みが早いとは彼のことを言うのだろう。
朱美「え~、なんで繋がらないの勇~」
仲間の携帯に電話を掛けるが、なぜか出てこない。
朱美(まさかやられた? いや、一応宝具を持ってるし、襲撃を受ければ逃げるはず……。全く、何度ベッドの上で愛してあげたと思ってるの?)
ついつい愚痴をこぼすが、その時上空にホルダーの気配を感知した。
涼斗「ようやく見つけたぞ」
朱美「意外と早くバレたね」
変態の力を存分に発揮するためか、彼は上裸でやってきた。
勇の【漆黒の布】で逃げようと思っていたのに。
数分ぶりに見た彼女は、面倒そうに俺を見た。どうあっても俺を見下しているらしい。
彼女は着ていた服を再度脱ぐと、豊満なおっぱいを揺らしながら俺に迫ってきた。
俺は、全身に注意を払いつつ骨の刃で交戦する。俺もようやく慣れてきたので、複数の腕を生やしつつ、目をいたるところに配置し朱美の攻撃を受ける。
朱美「へぇ……やるね。しかも、この称号の裏技に気づいたんだ」
それは、心臓周りの筋肉を動かし、無理やり心拍数を上げるドーピングのこと。心臓は変形できないが、圧力をかけるのは自在だ。
2人はもはや、ホルダーの運動量を超えた動きで戦いを繰り広げる。
そしてそれは、涼斗が彼女の腕を切断したところで、戦いの均衡は崩れた。
朱美「おっとと。おいおい、腕が千切れるのなんて、【盗賊】以来なんだけど」
少し楽しそうに、朱美は笑う。
朱美「ねぇ涼斗君。君はさ、なんで女の子のおっぱいは揺れると思う?」
涼斗「んなもん。弾力性のある脂肪からできてるからだろ。まあ、俺は興味ないが」
朱美「そう! 本来、男は女の胸に視線を向けてしまう生き物なんだよ。本能レベルでね。だから、私は基本戦闘中はおっぱいを晒してるし、その視線誘導で勝ちを拾った戦いがいくつもある」
時には、乳首を隠しつつ重要な場面で晒すことで何人もの男を殺してきた。
朱美「だけど君は違うね。性別は男だけど、君が人を見る目はいつでも一緒だ。『軽蔑』。その一言に尽きる」
本来人とは、多かれ少なかれ見た目で判断をする生き物だ。美しい容姿ならば視線で追ってしまうし、醜い容姿ならば蔑む。
涼斗「ああ、そうだな。俺は全ての人類を見下している。ガキも、老人も、両親も、ホルダーも全員だ。この世で唯一、『人』足りえるのは俺だけだ。俺が生まれつき抱いた感情を教えてやろうか? 優越感だよ」
だから彼はこの世で唯一、人という種を平等に扱う。
涼斗「平等に、不平等に扱う。それが俺だ」
朱美「――イカれてる……」
朱美(彼の言葉に嘘はない。私の顔や体には1ミリも反応しない……か)
想定外だ。
朱美はしばし逡巡する。そして覚悟を決めたように笑うと、おもむろに涼斗に近づく。
涼斗「わざわざ殴られにきたか」
もちろん、彼の全力の拳が私の体に直撃する。だが、私が倒れることはなく、代わりに涼斗が地面に倒れた。
涼斗「……な、これは!?」
朱美「残念だけど、【変態】の攻撃は汚いものなんです。ホントは使いたくなかったんだけど……」
朱美の全身には、粘性のある液体が付着していた。それは、地面にも漏れ出ており、軽い水たまりを作っていた。
涼斗(摩擦が低くなったことで俺は倒れたのか……)
朱美「ただの鼻水ですよ」
そう、彼女が使ったのは花粉症の時お世話になるでおなじみの鼻水。この粘性により、摩擦係数が減り、涼斗の拳は意味をなさなかった。
朱美「これ、あんまり使いたくなかったんすですけどね~。ほら、鼻水って汚いイメージあるし、三叉神経終末とかムチンの説明もめんどくさいしなにより――上裸でヌメヌメの液体って完全にアレじゃん? (小説家になろうの)利用規約に引っかからないか心配になるんだよ」
涼斗(最後の説明はよくわからなかったが、これはヤバい)
なんとか鼻水を落とそうとするが、それよりも前に上からドバドバと朱美の鼻水が降ってくる。
ここにきて、服を脱いだことが裏目に出た。
朱美「じゃあ、死んでくださいね。さすがにあなたを生け捕りにするのはリスクが高いですし」
この粘液でも刃は通る。
朱美(【変態】をコピーされても脳か心臓を破壊すれば死ぬ。少し時間がかかりますね)
試しに刃で涼斗の頭を切断する。手ごたえはない。
朱美「あちゃー外れか……。次は――おっとと!? ……へえ、すごいね動けるんだ」
腹部を切ろうとしたあたりで、涼斗は鼻水の水たまりを脱出した。
涼斗「ああ、骨を地面との接地面にぶっ刺して、無理やり移動した」
俺は靴を脱ぎ、足裏をトレッキングシューズのように変形させ地面に立つ。
朱美「ホントにすごいね涼斗くん。でも、そろそろ限界でしょ?」
涼斗「いや? そうとも限らないぞ。なにせたった今、お前を殺す算段は付いたからな」




