3-6【人魚との出会い】
初日の航海は何事も起こらず、順調に進んだ。魔王が船酔いになったり、フィーナがしょうもない事でムキになったりといったことはあったが、覚悟していたレヴィアタンは現れず、俺達は船室で眠りにつくことにした。
ちなみに操舵はウォルナックが夜を徹して行ってくれている。何でも二、三日の徹夜ならものともしないそうだ。それも海流に乗るまでの辛抱らしいが。
言葉に甘え眠らせてもらっていた訳だが、明け方ふと目が覚めた。魔王とティナはまだスヤスヤと眠っている。
起こさないよう静かに船室を出て甲板に向かう。出る際、クロがチラリとこちらを見たがすぐに興味を失ったのか丸くなる。最近どんどん猫化してないか……。
甲板に出ると日は登り始めた頃で、早朝の空気が心地よい。
誰もいない甲板で独り海を見ていると、船と並走している影に気が付いた。魚だと思ったが妙に大きい。
影はこちらに気が付いたのか、深く潜ったと思えばそのままぐんぐんと速度を上げ、バシャンという音とともに甲板まで飛び上がってきた。
「こんにちは、ニンゲンさん。良い朝ね」
飛び上がってきた影はぱっと見は人間の女に見える。ただ決定的に違うのはその下半身。腰から下は魚の様に鱗が着いた一体の脚。そしてその先にはヒラヒラとした尾。間違いなく、人魚と呼ばれる存在だった。
「あ、ああ……そうだな」
とっさの事に上手く反応が出来ない。シロウが人魚は居ると言っていたが、実際に会って話をするとは思ってもみなかった。
人魚は不思議そうな目で船を見ている。
「ところでどうして海に居るの? この時期にヒトに出会うのは珍しい事よ」
「……俺達はアストラの住人じゃ無いからな。しきたりを破ってスマンが」
さて、シロウの言うとおり海を見張っているのか、たまたまか出会ったのか。場合によっては人魚とも揉める事になるか、などと考えていたが、
「しきたり? 海に出るのは貴方達の自由よ。私達は何も制限なんてしてないわ」
おかしな事を言う。そんな風に告げてきた。
「そうなのか? 聞いた話だと、この時期に海に出た者は人魚に襲われるだの、怒りを買うだのといった話だったが……」
「なにそれ? 私達はそんな事しないわよ。失礼な話ね」
小首を傾げ、そんな乱暴な存在ではないと言ってくる人魚。
「じゃあレヴィアタンに襲われない為に見張っているって言うのは本当か?」
「それも知らないわ。海は誰のモノでもないし、何をするのも自由よ。襲われるとしたら運が悪かったんでしょうね。まぁ、いたずらに汚したり迷惑をかけるようなら、それなりの代償は払ってもらうケド」
はて、これはどういう事だ? 襲う訳でもなく、レヴィアタンからの被害を抑えるでもない。じゃあ何でヨークの住人はこの時期に海に出ないのか。
「随分聞いた話と違うな。一体何がどうなってるんだ」
「うーん、それって単純に、レヴィアタンが出るから海に出ないっていうお話じゃないの?」
そう返してくる人魚を見て、よくよく話を思い出した。ヨークの住人が海に出ない理由……そもそも全てシロウから聞いた話だ。住人は頑なに理由を言わなかった。ただ、海には出ないと。それは――。
「まぁ、レヴィアタンが出るなんて聞いたら国が複数動くものね。アレを狩れる戦力なら、そのままアストラにも攻めこむんじゃない?」
海の災厄と呼ばれるレヴィアタンだ。討伐となれば国が手を取り合って兵を上げる必要がある。かつての魔族との戦いのように。その場合、アストラはどう出る?
恐らく中立だろう。かつての時もそうだった。いや、場合によっては海を穢すと敵対するかも知れない。しかし他国がそれに良い感情を持つはずはない。今ですら危うい筈だ。
独自の資源を持ち、海洋流通、そして操舵や造船という力を持つアストラ。
他国と異なる発展と、何があろうと中立を保つ国柄。
いかに海洋戦に強いとはいえ、他国が協力すれば流石にアストラもただじゃ済まないと思う。
しかし何処か一国が攻めこもうとしても、他の国が邪魔をする筈。他国が一致団結しかねない理由――それがレヴィアタンだ。
ヨークの住人は、事実を隠し口を閉ざす事で、アストラを守っている様にも取れる。
ヨークはアストラと唯一関係を結ぶ港町だ。アストラという国の影響は大いに受けているだろう。
この時期にヨークの住人が海に入らない理由は、単純にレヴィアタンが出るから。住人が理由を口にしないのも、各国へ兵を挙げる大義名分を与えないため。
そしてシロウの言っていた、亜人族が自由に暮らせるという国柄。
「……つまり、そういう事か?」
パズルの欠片が埋まるように、答えが導き出されていく。
「何か納得出来たようね」
人魚はニコニコとこちら見ている。
「ああ、おかげさまでな。ついでに聞いていいか、人魚もアストラに行く事はあるのか?」
「ええ。あの国は良い国だもの、特にこの時期は良く遊びに行くわ。国を上げてのお祭りがあるのよ」
「へえ、祭りなんてあるのか」
「レヴィアタンが近くまで来るからね。アストラとレヴィアタンは、お互い特別な関係なのよ」
そうなると、シロウがわざわざレヴィアタンを退治しようとするのは何故だ? 何年も正体を隠して暮らしていたのに、あえてレヴィアタンの出る時期に出港する理由……アストラの祭りに合わせる必要があったという事か?
考えつくことはいくつかあるが、答えは出ない。これは本人に直接聞くしかないな。何かを企んでいるのだけは確かなんだが。少なくとも、迂闊にレヴィアタンと戦わない方が良いかもしれない……。
「おじさんもアストラに行くなら、私達が案内しましょうか? そうすればレヴィアタンに襲われる事もないわよ」
一人考えにふけっていると、気を許してくれたのか人魚生来の優しさか、そう提案してくる。
「それは願ったりだな。とはいえ船を動かしてるのは俺じゃないからな……操舵手を呼んでくれば良いか?」
「そんな事しなくても私達が海流を変えるわ。貴方達はただ浮かんでいればそれで良いわよ」
海流の操作……人魚はそんな事も出来るのか。それならウォルナックにも休んで貰えば良いか。目的はレヴィアタンじゃなくてアストラに着く事だからな。それでもレヴィアタン討伐と言うなら、理由を問いただせば良い。
「わかった、済まないが頼む。アストラに着いたら礼はしよう」
「あら? それは楽しみね。じゃあ、急いで着くよう頑張るわね」
そう言うと人魚は甲板からトポンという音と共に海へ帰っていく。最後に水面から頭だけを出し、
「じゃあまたね、おじさん。超特急で行くから船から落ちないようにね?」
そう言って再び海の中へと潜って行った。人魚の影が小さく海の底へ消えていったと思った矢先、海面の波が割れ、波一つ無い、道の様なものが姿を表す。
なるほど、海流を操作とはこういう事か……などと関心していると、みるみる船は加速して行く。風など不要と言わんばかりに、先程までの何倍もの速度で突き進む船。
「おっと、関心してないでウォルナックに伝えてやらないとな」
唐突に船が暴れだしたと、混乱してるかもしれないからな。そうして俺は揺れ一つ無い甲板を歩き、操舵室へ向かう事にした。
ここまでお読みいただきありがとうございますm(_ _)m




