3-7【襲撃!レヴィアタン】
操舵室に行くと、案の定ウォルナックは舵の効かなくなった船を前に、精一杯操舵していた。とはいえもともと寡黙な男である。慌てふためく様なことはなく、表情もあまり変わらない。
「む……どうした」
「いや、船についてちょっと伝えにな。思うように動かないのは人魚のお陰だ。何でも浮かんでいたらそれで良いらしいぞ」
随分端折った言葉に、ウォルナックの険しい顔がより一層険しくなる。
「……説明してくれ」
「ああ、スマンスマン。さっき人魚に会ってな。アストラに行くなら協力してくれると言うから、言葉に甘えたんだ。甲板に出て見るといい。壮観な眺めだぞ」
確認する為、甲板に出たウォルナックを追い、俺も外に出る。そこには目を見開いて海を見るウォルナックがいた。この男の表情が変わるのを見れたのもまた珍しい。
「海が割れているだと……」
「レヴィアタンに会わないで済むよう、人魚が道を作ってくれたよ。おまけに超特急でアストラまで連れて行ってくれるんだと」
さて、シロウが何かを企んでいるのは確かだが、ウォルナックはどうかな? 仲間だというならレヴィアタンに会わないことに何か一言あるかもしれんが……。
「そうか、会わないで済むならそれに越したことはない。ふむ……俺も人魚とやらに会ってみたかったな」
そう言い残して船室へと向かうウォルナック。どうやらシロウの独断か?
船は今、何の障害もなくアストラへ向かっている。人魚の言うとおりならレヴィアタンに会うこともなく着くだろう。俺はもう一眠りでもするかと、船室へ帰る事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
異変に気付いたのは、遠くにアストラの大地が微かに見え出した頃だった。
アレから二度寝をして、起きてからは甲板で皆に事情を説明した。ティナやフィーナは人魚に会った事をズルいと言いながらも、特に反論もなく納得したようだ。
シロウは何か言いたげな顔をしていたが、着くならそれで良いと船室へ帰って行った。何かしでかすかと思ったがそんな事もなかった。もしかしたら俺の思い過ごしかもしれないな。
魔王? 起きるはずないだろう。
「もうすぐ着くな。さすが人魚、言ってたとおり随分と早い」
「会ってお話してみたかったんですけど、残念です。でも、何事も無くて良かったです」
船にも多少慣れたのか、風を受け髪をはためかせながら前を見ているティナ。
と、不意にその髪が動きを止める。風がやんだ? いや、船が止まっているのか。
「あれ……どうしたんでしょう」
「わからん……アストラが見えたから後は自分達で行けという事か?」
ウォルナックとフィーナも不思議に思ったのか、何事かと集まってくる。
「どうしたのよ! 船、止まっちゃったじゃない!」
「さぁな……人魚に何かあったか?」
海面を見ると近付いてくる影が見える。どうやら人魚が来るようだ。
初めてあった時と同じ様に、ザバンと音をたて甲板に飛び上がる人魚。その顔は会った事の余裕など無く、想定外の事に焦りを浮かべている様だった。
「どうした? 何かあったのか」
「おかしいわ! 貴方達、海に何かしたの!?」
お互いに質問をぶつけあってしまう。どうやら俺達が何かしたと思われているようだが……。
「いや……特に何かした覚えはないんだが。何があったか教えてくれ」
俺の言葉に人魚は俯くと、何かを決意した様な表情で一言、こう告げてきた。
「……レヴィアタンがくるわ」
会わないよう海流を変えていたはずの海で、レヴィアタンが迫ってくると言う。人魚の慌て方を見るに、本当に想定外の事なんだろう。
「ティナ、魔王を起こしてきてくれ! その後は船室から出るんじゃないぞ!」
「は、はい!」
駆け足で船室へと戻るティナ。見るとウォルナックもフィーナに同じような事を指示していた。
「フィーナ、シロウを呼んでこい。後は船室だ」
「わかってるわよ!」
その間に人魚にもう少し詳しく聞いてみる事にする。
「なあ、どうしてレヴィアタンが来るんだ? 何か心当たりは無いのか」
「ないわ……でもおかしいの。進路が重なったとかじゃないのよ。一直線にこの船に向かって来てるわ!」
これがヨークの住人が船を出さない理由か? いや、人魚の言葉からすると、別に海に出た者をいちいち狙って沈める訳でもないんだろう。だが、レヴィアタンはわざわざ俺達を狙って来ているらしい。となると何かがレヴィアタンの琴線に触れたか……。
「なんじゃ、レヴィアタンとは人魚のことだったのか?」
魔王が甲板にやって来るなり、つまらない事を口にする。
「そんな訳ないだろう。この娘は人魚だよ人魚」
「ただの冗談じゃ。レヴィアタンが出たからと言って余裕を無くしてるじゃろうからの、ちょっとした空気替えじゃよ」
やれやれといった様子でそう呟く魔王。そうこうしている内に、海面を突き進む巨大な影が見え始める。
「まずいな、このままぶつかると転覆するぞ」
「お主よ、ぼさっとしてないで船全体に障壁を貼るのじゃ。ほれ、はようせい」
魔王に言われるまでもなく、俺は全力で障壁を展開する。透明な膜が船を包み込む。
次いでやって来るのは、激しい衝撃。船は大きく揺れはしたものの、転覆することも無く浮かんでいる。
レヴィアタンは何処に行った……?
「見ろ、あそこだ」
ウォルナックが指を指す先、船から少し離れた海面から、その鎌首をもたげ、レヴィアタンが姿を表した。
その大きさは頭だけでもこの船を有に超え、海面から見える胴体はちょっとした島のようだ。
魔王は海蛇如きなんて言っていたが、あれはもはや海の竜と言った方が正しい。海そのものを体現したような、蒼く光る鱗が全身を覆い、全長は想像もつかない。
頭部には怒りを表すように四本の角らしきものが天を突き、その真紅の瞳は己以外全て敵だと、そう言っているようにも見える。
「おかしいです……あのレヴィアタンは、正常な状態ではありません」
レヴィアタンを見た人魚がそう告げてくる。正常じゃない?
「どういう事だ?」
「私達人魚は、海の生き物達とコミュニケーションを取ることが出来ます。それはレヴィアタン相手でも同じです。思念の様なものですが……」
「それが今のレヴィアタンには通じないと?」
「ええ。こちらの言葉が聞こえていないような……いえ、まるでこれは獣に成り下がったような」
レヴィアタンが有無を言わさず突っ込んできた理由はそれか。人魚の言う通りなら、本来それなりに知性があるんだろう。何らかの原因でそれが失われた……。いや、考えるのは無駄だな。直接聞けばいい。
「――何をしたんだ、シロウ」
俺は振り向き、遅れてやって来たシロウにそう尋ねる。
つられ、皆の目線がシロウへと集中する。それを受けてなおシロウは、
「お膳立てさ。さぁ、勇者サマ。カッコイイところを見せてくれよ?」
まるでいつぞやのアリシアのように、悪びれもなくそう言い放つのであった――。
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