3-5【航海初日】
準備を終え、いよいよ出発となった翌日、俺達は再び岬灯台に来ていた。
シロウの話が真実なら、相手はレヴィアタン。しかし今回は魔王が手伝ってくれるという事もあり、ドラゴン戦のような孤独感は無い。
ちなみに泳げないと衝撃の告白をしたティナはアレから一日、桶の中に顔をつける練習をしていた。が、やはりその日でどうにかなる物でもなく、落ちない事を第一に考えるという事で落ち着いてしまった。
「さて、そろそろ出発の時間だが……シロウはどこに行ったんだ?」
岬灯台にはフィーナとウォルナックしかいない。その二人も行方はわからないと、困惑している。こうも独自行動が多いと色々疑ってしまうな。
「知らないわよ! 来たら準備が終わるまで待ってろって書き置きだけよ!」
荒れるフィーナを横目に、時間だけが過ぎていく。いい加減待ちくたびれた頃、何食わぬ顔でシロウは帰ってきた。
「悪い悪い、ちょっと準備に手間取った」
「おっそいわよ! 待ちくたびれたわ!」
フィーナが食って掛かるが、サラリと流して準備が終わったと伝えてくるシロウ。どうやら人目がつかない場所に船を用意したらしいが。
「て事で出発しようぜ。長旅という程でもないが、しばらくよろしくな勇者サマ達?」
「ああ、そうだな」
さて、俺も初めての船旅だが、どうなる事やら。少なくとも順風満帆な旅で無いことは確かだろうしな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
シロウが用意した船、それは予想していたよりは大きく、それなりに立派な船だった。いわゆる小型帆船というやつだろう。
しかしこちらは完全な素人の集まりだ。さすがに俺も船の動かし方なんてまるでわからない。秘密裏に出港する以上、追加で船乗りを雇ったりは出来ないと思うが……。
「そのあたりは大丈夫だ。一応俺達は港町暮らしだぜ? 一通りの知識はあるさ」
そう告げてくるシロウ。ならばまぁ、ここは任せておくのが正解だろう。フィーナとウォルナックもそれぞれ自分の仕事に取り掛かっている。
空は快晴、海も穏やかだ。出発するには持って来いだと思う。俺達も船に乗り込み、今は遠くの海を眺めている。
「凄いですね……こんなに広いと少し不安になります……」
海に出るのは初めての事だ。今はまだ陸が見えるが、その内、四方一面海しか見えなくなるだろう。泳げないティナは心中穏やかだではない様子で、落下防止の手すりを力いっぱい握っている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だろう。戦闘中はともかく、なにもない時は落ちたって助けてやれるさ」
「あはは、ありがとうございます。でも、出来れば落ちる前に助けてほしいなぁ、なんて……」
それもそうだな。なるべくティナから目を離さないようにしよう。
「そろそろ出発するぞ」
一通りの準備を終えたのか、シロウが伝えてくる。
「道中は頼む。その代わりレヴィアタンが出たら任せてくれ」
「頼りにしてるぜ勇者サマ。んじゃ出港だ!」
船は俺達を乗せ、ゆっくりと海原へと旅立つ。鬼が出るか蛇が出るか……いや、出るのは蛇だったな。そんなくだらない事を考えながら、アストラへ向かうのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
出発してから半日程経つが船は順調に進んでいる。今のところレヴィアタンも出る気配はなく、このまま行けば後一日程度でアストラにつくだろう。
「ふむ……このまま何事もなく着いたりしてな」
そんな事を独り、海を見ながら呟いていると近づいてくる足音に気が付いた。
「何事もなけりゃ良いんだがな。まぁ、そう甘くもないだろ。じゃなきゃヨークの連中も馬鹿みたいにしきたりを守ってないさ」
飲み物を両手にやってきたのはシロウだ。一つ差し出してきたので遠慮なく受け取る。
「お前はヨークの住人なのにしきたりを守らないんだな」
「皮肉か? まぁ、所詮俺達は亜人族だからな。連中とは違うさ」
どこか遠くを見ながらそう呟くシロウ。諦めの混じったその声は、過去に受けた何かを想像させた。
「すまん、そんなつもりで言ったわけじゃなかったんだが」
「気にすんな。お前が他の連中と違うってのはあの娘らを見てるとわかるさ」
「……いや、俺もティナに会うまでは同じだったさ」
「ふぅん? まぁ、お互い色々あるわな。そんな事より、あのちびっ子は大丈夫なのか?」
ちびっ子……魔王は今、初めての船旅で完全に船酔いにかかった。少し前までは胃が飛び出るんじゃないかという位、甲板で吐いてたんだが、今は船室で休んでいるはずだ。
幸いティナは平気そうだったので、つきっきりで看病してくれている。
しかし……この町に来てから魔王は酔ってばかりだな。酒にも船にも弱く、朝にも弱い。意外と弱点だらけな魔王様だな。こんな事でレヴィアタンが出た時、大丈夫なんだろうか。
「ああ、ティナが見てくれてるしな。呼びにこないって事は大丈夫なんだろう」
「なら良いけどな。それはそうと、気になってたんだが……なんでアストラに行きたいんだ? わざわざこの時期に行くんだ、何かあるんだろう?」
さらりと聞いてくるが本当の事を言うのも気が引けたので、適当に誤魔化しておく事にした。
「ん、ああ。時期については完全に初耳だったからな、たまたまだ。行く理由は……内緒だが実は王命でちょっとな……誰にも言うなよ?」
「はっ、勇者サマは魔王が居なくなっても大忙しだねぇ」
どこまで俺のことを知っているのか、軽く皮肉を返してくるシロウ。それにまぁ、大枠では間違ってないから王命でも良いだろう。こういう時に詳細を秘密にできるから便利だな、王命。
「そういうお前達はなんでこの時期なんだ?」
「俺も聞いた話だがな? アストラは、亜人族が人目を憚る事無く、伸び伸びと生活出来るそうだ。信じられるか?」
「亜人族が……? にわかには信じられない話だが……」
とはいえ大陸とは異なる島国だ。もしかしたらそういう風に何か変わったのかもしれない。今のシュヴァーメントのように。
「ま、それで居ても立ってもいられなくてな。俺やウォルナックはともかく、フィーナは女の子だしな」
「……そうだな」
亜人族だから何をやっても許される。そんな空気があるのもまた事実だ。それにあの性格だし、コソコソ隠れて暮らすのも性に合わないだろう。
その後も俺とシロウは取り留めのないやり取りをし、航海一日目は何事もなく過ぎていった。
そして二日目、俺達を待ち構えるかのように、そいつは姿を見せるのであった――。
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