3-4【語られる事実】
人魚……俺も直接見た事はないが、半身半魚の生物だった筈だ。上半身が人で下半身は魚だという。
「人魚が出るのと海に出ないのはどう繋がるんだ?」
この広い海原で、人魚が出るとはいえ誰も海に出ないというのもおかしな話だ。それともそんなに人魚は凶暴なのか?
「別に人魚が凶暴って訳じゃないさ。言葉も通じるしな。ただ、この町の住人は人魚を神聖視しててな。曰く、海は人魚の世界。人はそこを使わせて貰ってるだけだと。人魚が出ている間は彼女らを邪魔してはならないと」
「神聖視……?」
「この町はそもそも、人魚によって作られたという謂れがあってな。自分たちはその子孫なんだと」
シロウは話を進める。まとめると、こういう事だった。
この町は人魚の中でも、海を捨て陸で生活する事を望んだ者たちによって作られた町だそうだ。
とはいえ完全に捨て切ることは出来ず、その子孫は海と繋がりを持つために漁や渡しなんかを続けている。
人魚が出るという事は、この町の住人を見張りに来た事だと信じられているらしい。海を捨てた者が海に帰って来ないようにと。
だからこの時期に海に入るというのは、人魚の怒りを買うという事。
随分と荒唐無稽な話だが、古くからの言い伝えがそのまま信仰となり、町に根付いたんだろう。
今となっては真偽は分からない。だが、この町でわざわざそれを確かめようという住人もいないだろう。仮に海に出て無事帰ってこれても、しきたりを破ったと村八分にされれば生きてはいけない。もしかしたら本当に死ぬかもしれない。
ならば時期が去るまでじっと待てば良い。そういう考えなんだろう。
「その話が真実かはさておき、海に人魚が出るっていうのは事実だ。そして本当の問題は人魚じゃないのさ」
「人魚じゃない?」
「ああ、人魚が見張ってる事自体は間違いじゃない。ただ、奴等は人を見張ってる訳じゃないのさ……いや、被害を抑えるという点では人も見張ってるのかもしれないがな」
ヨークの住人が海に入らないよう見張っているのは間違いではないというシロウ。しかしメインは住人では無いと言う。じゃあ何を見張ってるんだ?
「人魚が見張っているのはな、とある魔物だよ。それもとびきりのな」
「魔物……? 何が居るんだよ」
「勇者サマなら聞いた事は無いか? 大海を統べる海の魔王とも言うべき存在――レヴィアタンさ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
海に起こっている問題を告げた後、ちょっと休憩だとシロウは出て行ってしまった。
話が真実なら、確かに住人が海に出ないよう人魚が見張るのも無理はない。
レヴィアタン――リヴァイアサンとも呼ばれる魔物。空を統べるのがドラゴンであるとすれば、こちらはまさに海を統べる災厄だ。しかしドラゴンと決定的に違うのはただ一点。
ドラゴンが複数の個体であるのに対し、レヴィアタンは単体で海を統べる。すなわち単純な戦力として見るならば、圧倒的にレヴィアタンの方が上だ。
「さて……どうしたものかな」
町の中に起こる問題程度なら最悪どうにでも出来た気もするが、ここに来てレヴィアタンだ。おまけに当然、陸上を主な活動圏とするヒトには不利な、海が戦場となる。
人手が足りないといった話もうなずける。
「そう言えば、ウォルナックは戦えるのか?」
こちらの戦力が確定しない事には作戦も立てられない。そう思い聞いてみたんだが……。
「レヴィアタン相手では小魚と変わらんだろう」
そう言って首を横に振る。まぁ、戦えるならそもそも俺達に協力を持ちかけてないか。
「ちょっと! なんでウォルナックだけに聞くのよ! ワタシにも聞きなさいよ!」
自分に聞かれなかったことに腹を立てたのか、フィーナが突っかかってくる。
「戦えるのか?」
「それはっ……無理だけど! でも除け者にするのは良くないわ! このデリカシー無し!」
そんな事だろうと思ったよ。だから聞かなかったんだけどな……。
「でも、アレウスさんはドラゴンも倒してましたし……」
ティナが推し量る様に聞いてくるが、足場の不安定な海上だ。勝ち目は薄いだろうな。
「海に落ちでもしたらそこで終わりだからな……」
手段が無いこともないんだが、困ったからとすぐにその手を使うのもな……などと考えていると、魔王がやれやれといった呆れ顔で俺を見ていた。
「お主は変な所で強情じゃのう……なんじゃ? まだ手伝わんと言ったことを根に持っとるのか?」
そんなつもりはないんだが、心のどこかで魔王に頼るのを避けているのかもしれないな。自分に出来ない事を何でも任せてしまいそうで……。
「手伝ってくれるのか?」
「目的はレヴィアタンでは無かろう? 海蛇如き、さっさと退治してアストラに向かうのじゃ」
魔王にかかればレヴィアタンも海蛇扱いか。全く頼もしい事だな。
「すまん、頼りにさせてもらう」
そう言うと魔王は、ニッと笑いその小さな胸を張る。魔王の事を知らない二人は困惑しているようだが。
「ん? 何か対策を思いついたのか?」
タイミングを見計らったように、シロウが帰ってくる。
「ああ、実際に合ってみないとわからんが、なんとかなると思う。後は色々準備がいるだろうがな」
いつだって予想外の事は起きるからな。今回は相手が分かっている分、準備もしやすいほうだ。
「そうか、じゃあ明日にでも出発するか。こっちもそれまでに準備を終わらせておく」
◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、ルートや時間など細かい事をシロウから聞き、俺達は一度戻り準備を進めることにした。
「しかしお主……良かったのか?」
道すがら魔王が聞いてくる。
「ん? 何がだ?」
「あ奴らに協力する事じゃ。気付いていない訳では無かろう?」
「ああ……その事か」
「気付いて……? 何かあの人達におかしな所でも?」
ティナは基本他人を疑わないからな、気付いて無いのも無理はないか。しかし俺と魔王はそうではない。疑いから入るのは歳のせいかもしれんが。
「シロウが言ってただろう? 住人は人魚に見張られてるから海に出ないと。神聖視される程昔から続いている風習なら、何でシロウはその本当の理由について知ることが出来たんだ?」
「あ……えーと、人魚に聞いた……とか?」
「いや、わざわざ人魚がシロウに伝えるのも変な話だろう? 住人には真実を話さずに、シロウにだけ話す理由はあるか? となると考えられるのは、シロウは人魚と深く繋がっているか、この件に関与しているのか……あるいは全くの嘘で俺達への罠か。こんなところだろう」
もちろん俺の考えが及ばない理由もあるかもしれんが。ただ全てを信じるほど俺は素直じゃない。何処までがアリシア達の手の内かもわからないしな。
「まぁ、どちらにせよアストラには向かう必要があるんだ。珍しく魔王がやる気を出しているし、誘いに乗るのも悪くないだろう」
そう言い切ったが、まだティナには何か思うところがあるのか、その表情は晴れない。
「どうしたのじゃ? まだ何か言いたそうじゃのう」
「いえ……その……」
「ふむ……おおかた珍しく会った同じ亜人族じゃ、悪く思いたくはない。そんなとこかの?」
魔王の言葉にティナがビクリと反応する。確かにそのとおりだろう。謂れもない迫害を受けて来た亜人族だ。同じ苦しみを知る者として、信じたい気持ちが強いんだろう。
「人間だってお互い裏切ったり傷つけたりもするからな。そこはきっと同じだろう。まぁ、少なくともフィーナは信じても良いんじゃないか? あいつはそこまで深いことを考えてないだろうし……」
「あはは……そうですね。でもフィーナちゃんが聞いてたらきっと怒りますよ」
どうせまた『なによなによ!』ってうるさいんだろうな。アレすらも演技なら末恐ろしいものがあるが。
「ま、ワシが動くのじゃ。少々の企みなぞ纏めて海の藻屑にしてくれるわ」
「せいぜい足元をすくわれないようにな。海に落ちても助けてやらんぞ」
「たわけ。お主こそ今から泳ぐ練習でもしておいたらどうじゃ。犬のようにもがくのでは勇者として格好がつくまいよ」
元気になったら減らず口の絶えない魔王である。こんなことなら二日酔いになってるほうが静かで良かったか……。
「あっ!」
魔王とくだらない言い争いをしていると突然ティナがびっくりしたような、何かを思い出したような声を上げる。
「どうした? 何かあったか?」
「いえ……その……あのですね……」
ティナが言い難そうにこちらをチラチラ伺っている。何だ?なにか忘れていることでもあるか……?
「その……実は私……泳げません……」
突然のティナの告白に、思わず魔王と顔を合わせ確認してしまう。
「念の為に聞くがティナ、泳げないってどれくらいの話だ?」
「いえ……まったく泳げません。その……顔を水につけるのが怖くて……」
若干涙目になっているティナだが、あいにく気の利いた言葉は浮かんでこなかった。結局俺が口にしたのは、
「あー、うん……そうだな…………落ちないよう、気をつけるしか無いな」
なんて、なんの慰めにもならない言葉だった。
ティナが落ちないよう考える必要がある……そう思い、俺は準備するものにティナ対策を追加するのであった。
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