2-2【出発】
オルデンから情報を貰って三日後、随分早くに目が覚めた。確認してみるとまだ外は暗く、静まり返っている。
緊張しているのだろうか。かつて旅を始めた時も、最初はこうやって夜中に起きだしていたのを思い出す。歳は取ったものの、こういう所はどうやら変わらないらしい。
皆を起こさないよう、静かに外に出る。とは言え、魔王とティナは寝室で寝ているし、そもそも魔王は一度寝るとなかなか起きない。それでも静かに抜け出してしまうのは何故だろうか。
「エドラスか……」
今回の目的地エドラス。以前訪れた際には各地が戦火に包まれ、無残な姿を晒していた。侵攻の酷いところでは、人の姿すら見る事が出来なかった。
十五年の間に随分復興したと聞くが、果たしてどんな国になっているのか。急な発展を遂げた国はその分、毒も多く含む事になる。この国ですら例外では無かった。ましてや復興という、毒が潜り込むには格好のチャンスである。治安もこの国より悪い事は覚悟する必要があるだろう。
「ティナは、置いて行ったほうが良いのかもしれないが……」
安全を考えればティナは置いて行くのが正解だろう。俺や魔王と違って戦闘力はない。いくら猫豹族とは言え、普通の女の子だ。場合によっては猫豹族という事だけで巻き込まれる恐れもある。もちろん俺も魔王も、ティナを守る気ではいる。だが、いつも一緒とは限らない。一緒に居ても攫われたこともある。
しかし――
「置いて行かれる辛さは、俺が一番良く知ってるしな」
俺とは事情が異なるかもしれないが、それでも一緒に行けないというのは辛いものだ。本人が行きたがっているならなおさら。
さて、どうしたものかと考えていると、不意に足元に何かがまとわりついた。夜と同化して見え難いが、どうやらクロがついて来ていたらしい。今は人型ではなく、元のスライムのままだ。
「すまん、起こしたか」
返事が帰ってくるわけではないが、クロはこちらの言葉を理解している。単に会話が出来ないだけだ。
せっかく寝てたのを起こされた事に不満なのか、体の一部を伸ばし、ペチペチと頭を叩いてくる。
「悪かったって。気にせず寝ててくれて良いさ」
しかしクロは叩くのをやめない。それどころか、二本に腕を増やし一層激しく叩いてくる。
「いてて、何だよ! 起こしたことじゃ無いのか?」
体全体を使って頷いているような仕草を見せる。というか、人型になってくれれば分かりやすいんだが……。
「あー、もしかしてあれか? 自分が居るからティナは大丈夫だと? 守ってくれるのか?」
クロは魔王の生み出した混沌スライムだ。曰く戦力なら並の兵士よりよっぽど高いとの事。確かにクロがティナを守ってくれるなら連れて行っても安心なんだが。
見るとクロは腕を体に当て、任せろと言わんばかりに自分を叩いていた。これで人型なら、腰に手を当て胸を叩いているんだろうが、スライム型だとちょっと間抜けだな。
「そうか、わかった。頼りにしてるよクロ」
そう伝えるとクロは俺の肩をポンポンと叩き、そのまま家に入っていった。多分もう一度寝るんだろう。
やれやれ……まるで俺が世話を焼かれてるみたいだな。そう思いながら、俺も寝直そうと、家に入ることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「いつまで寝ておるんじゃこのアホウ!」
突然浴びせられる怒声。次いでやって来たのは衝撃。
目を開けると足を上げた格好のまま、魔王が睨んでいた。普段散々寝てるくせに、なんで人がちょっと寝過ごしたら怒るんだよ……。
「あー……すまん。寝過ごしたか。というか起きてたんだなお前」
「ワシとていつもいつも寝ている訳ではないわ。ほれ、城からの使いが来ておる。さっさと相手せんか」
急いで着替え、玄関に向かうと城からの使いである兵士が、苦笑いをしながら待っていた。どうやら家の中でのやり取りを聞かれていたらしい。
「すまん、待たせてしまったか」
「いえ、大丈夫ですよ。アレウス殿こそ大丈夫ですか? 随分大きな音がしていましたが……」
「いつまで寝てるんだと、蹴り落とされたよ。まったく、乱暴でいかん……」
「ははは、どこの家庭でも同じですな。長く居るとどんどん扱いが悪くなる」
この兵士も家では妻に蹴られたりしてるんだろうか。まぁ、俺は家庭を持った訳でも、あいつが妻な訳でも無いが。
「それで、城からは何と?」
「おっと、そうでしたな。国王からのお言葉をお伝えします。出発の準備は整った。こちらはいつでも良いから城まで来てくれ、との事ことです」
旅費や足を用意してくれるという話だったが、準備が整ったようだ。こっちの準備はすでに終わっている。
「わかった、ありがとう。すぐにでも向かわせてもらう」
「かしこまりました。ではその旨伝えさせて頂きます。では失礼を」
そう言って城に戻る兵士。待たせて悪い事したな。さて、あいつらに伝えてくるか。
「準備が終わったらしい。後はこっち待ちだ」
「クフフ、新しい街かえ。色々楽しみじゃのう」
お前は主に飯関係で楽しみなだけだろうよ。そろそろ金も稼がなきゃならんかもな……。
「ティナはもしかしたら嫌な思いをするかもしれないが、俺達で守るからな」
「大丈夫ですよ! 皆一緒なら平気です!」
ティナが健気に答えてくる。腕に抱かれたクロも任せろと言わんばかりに震えている。
「じゃあ、行くか。名残惜しいがこの街ともしばらくお別れだ」
住んでいた街を離れるのは少し寂しい。こいつらと出会って、色々あって、そう素直に思えるようになっていた。
全てに決着がついたらもう一度帰ってこよう。それまで少しの辛抱だ。
そうして俺達は、四人で城へ向かった。
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