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精霊殺しの学園生活  作者: はる
第4章 忍び寄る敵
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覚悟

 いつの間にか日は落ち、すでに夜となっていたイースト。


 「ちっ! ”ファイアブラスト”!」


 暗闇の中に交差する無数の赤と白の光。その光景は幻想的なもので心が奪われそうなものである。


 「……どうして当たらないの……?」


 そう、戦闘中でなければの話である。


 先程の閃光は赤が楓、白が祐斗が放った魔法である。あれだけの魔法を二人で放てば無傷は免れないはずなのだが、目の前の男――ザックは無傷で立っていた。


 「はぁ……”精霊殺し”がサクヤと同等にやり合っているから期待できると思っていたが、”炎帝”と”破壊神”はハズレだな」


 戦闘中にもかかわらず、退屈そうにザックはあくびをする。全く楓たちを警戒していない。まるで何をしても無駄だといわんばかりに。


 「……ハズレってどういうことよ?」


 楓の言葉には少しばかり怒りが含まれている。


 仮にも楓は”神無月”の人間であり、数々の任務をこなしている。”神無月”に入ってからは負けたことはない。楓はそのことに誇りを持ち、いつの間にか”神無月”としてのプライドも形成されていた。


 「そのままの意味だよ。お前たちは――弱いんだよ」


 ――弱い――その言葉を聞いたのは初めてだ。一度たりとも、そのようなことは言われたことがない。

 楓は自分の実力に自信を持っている。別に自分に甘いわけではなく、客観的に見て判断した結果だ。自分の得意不得意を調べ、対策も出来ている。それなのに――


 「確かに実力は本物だ。こればっかりは素直に認める。俺が戦ったことのある奴らでも、なかなかだ。だが、お前たちは弱い。どうしてだか、わかるか?」


 挑発するかのようにザックが問いかける。


 (わかるわけないじゃない。わかってたら今頃もっと攻められているわよ……)


 アリスと自分たちの違い……わからない。条件はアリスと変わらない。王級精霊の契約者。だが、何が足りないかがわからない。


 問いかけに対して反応がないので、理解できていないと察したザックはさらに深いため息をつく。


 「本気でわからないのか? だったら俺に勝てるはずがないよな。特別に教えてやるよ。“精霊殺し”なら俺を殺せるかもしれない。だが、お前たちは出来ない。なら、“精霊殺し”とお前たちの違いは何か? それはただ一つ――」


 相手に助言するなど常識では考えられない。だが相手はザック。殺しあいを望む人間だ。何よりも強い相手と殺しあうこと。そのためならば、相手に助言することをためらわない。すべては自分の望みのために――


 ザックが伝えた楓たちに足りないもの。それは――


 「――気持ちだ」


 「……気持ち?」


 一瞬、ザックが何を言っているかわからなかった。

 気持ちといえば相手に勝とうとすることか。それとも任務を達成しようとすることか。どちらにしろ、完璧にこなそうと思う気持ちは持っている。なら気持ちが足りていないとは、どういうことなのか。


 「不思議そうな顔をしてるな。なんだ? 『自分はすでに勝とうとする気持ちは持っている』とでも言いたいのか?」


 楓はザックに心が見透かされているように思え、目を見開いた。


 「はは、図星か。だがな、その時点でお前の負けなんだよ」


 先程までのふざけた態度を一変、射止めるような視線をザックは楓に向ける。


 「お前は言葉で誤魔化している。勝とうとしている? 本気で言っているのか? だったらお前は戦う資格がない。とっとと戦場から引け。中途半端な奴がいても邪魔になるだけだ」


 ――邪魔――その言葉は楓の心に深く突き刺さる。それに中途半端? 自分は常に本気で戦ってきたつもりだ。今もザックに勝とうと――


 「言葉で言ってもわからないか。だったらアレを見てみろよ。どれだけ自分が甘いかわかるだろ」


 呆れるザックの視線の先。それは――


 (アリス――ッ!)


 アリスとサクヤの戦いであった。しかし――

 

 (何……これ……?)


 思わず楓は目を疑ってしまう。


 周囲を気にせず魔法を放つ。するとどうなるか。周りはすでに荒れ地と化していた。


 (本当にアリスなの……?)


 感情のこもっていない瞳。その瞳をアリスはただサクヤだけを映している。他はどうでもいい。目の前の少女だけを殺すことしか考えていない。そのような瞳であった。

 

 しかし、楓が思ったことは周囲を破壊しているアリスについてではない。


 (――こんなのアリスじゃない――ッ)


 楓が否定しているのはアリスの瞳についてであった。


 アリスの瞳はあのような濁ったものではない。以前、自分に向ける人のことを思った瞳こそが本当のアリスの瞳だと。人を殺すことをなんとも思っていないような瞳を見せるはずがないと――


 「真実から目を背けるなよ。ちゃんと見ろ。あれが本当の戦いだ。二人とも、覚悟を持って戦っているんだ。それこそ、相手を殺す気でだ。それがお前らは俺を捕らえることに執着しすぎだ。男の方はともかくお前。お前は一度も殺す気できていなかったな?」


 「――えっ?」


 ザックの言葉に楓はハッとする。


 殺す気がない。それはないはずだ。だって自分はすでに何人もの人を殺めている。今更なんて――


 実際のところ、ザックの言っていることは正しかった。以前までの楓は感情の一部を失い、人を殺すことに関しても特に気にすることはなかった。

 しかし、アリスとの決闘でそれは変わった。アリスに敗北することで失っていた感情を再び思い出すことが出来たのだ。楓自身は気づいていないが、蘇った感情によって年相応の感情を手に入れていた。その感情の中には人を殺すことをためらうような感情も……


 (人を殺せない――?)


 気づいたときには遅かった。戦闘中は違和感がなかった。戦うことに対しても思うことがなかった。だから気づかなかった。人を殺せなくなっていたなんて――


 「あぁ……」


 重大なことに気づき、楓は足を震わせる。緊張しているからではない。もう自分が戦えないとわかった恐怖からだ。


 そして、ついには立っていられなくなり、楓はその場に座り込んでしまった。


 「……ッ! 楓ッ!」


 普段、任務中では名前で呼ばない祐斗。それほど今の楓の状態は危険なものであった。


 (あぁ、どうしよう……もう戦えないや……)


 楓の目から涙が溢れる。今まで人を殺せていたのは自分の意思ではない。自分が創り出した仮初めの意思によってだったのだと。それがなかったら何も出来ないということ気づいてしまった。


 (はは……本当の私って何も出来ないんだなぁ……)


 ろくに戦うことは出来ない。もう体がいうことを聞かないのだ。


 完全に戦意を喪失した楓を見て――


 「あーあ。やっぱ壊れちまったか」


 もしかするとと思っていたが楓が立ち直ることはなかった。仕方なくザックは右手を楓に向けて魔力をこめる。


 「また戦えると思ったが無理だったな。実力がある分、勿体ないが仕留めてやるよ。安心しろ。痛みが感じないように殺して――ッ!?」


 ザックの手から魔法が放たれることはなかった。理由はアリスがザックに向かって魔法を放ったからだ。


 「全く、サクヤと戦っておきながら、なんて精度の魔法を撃ってくるんだ」


 正直、今の攻撃はザックも冷や汗をかいた。アリスが放った魔法”ライトニングスピア”は正確にザックの頭を狙っていた。いくらザックが止まっていたとしても戦闘相手を前にして他の人間に攻撃する暇はない。それも正確にだ。もはや、少年のわざとは思えなかった。もっとも、アリスの方を見ず、魔力を感知しただけで攻撃を避けたザックも大概だが。


 一瞬、周囲が眩しくなったかと思うと、楓とザックの間に入り込むようにアリスがジャンプで移動してきた。


 「やれやれ、こっちも忙しそうだな」


 楓に向けるアリスの瞳は先程の無機質なものではなくなり、いつもの感情がこもったものに戻っていた。


 「……逃げるだなんて卑怯」


 サクヤが目をこすりながらザックの隣まで歩いてくる。眩しかった光はサクヤの視界を奪うためにアリスが放った魔法であった。


 「ほう、感情に飲まれたわけではなかったのか。てっきり殺意にまかせて……だと思っていたが、違ったようだな」


 「生憎、今の俺には優秀な相棒たちがいるんでな。自分を忘れるようなことはないさ」


 優秀な相棒たち――いわずともクロノスたちのことである。彼女たちがいる限り、アリスが感情のままに行動を起こすことはない。街の破壊? 不可抗力だ。それでもしないとサクヤと渡り合うことが出来なかった。それほどの相手だったのだ。


 「どうやら、お前を相手すべきだったようだな。おかげでこっちは壊滅状態だ。何をしたかはわからないが、精霊の力を使っていないことだけはわかった。お前は一体、何者だ?」


 アリスは鋭い視線をザックに向ける。しかしザックはアリスの視線をものともしない。


 「俺が何者か……ねぇ。正直、俺もわからない。魔法しか使えなくても精霊使いと対等に戦える。そのような力を持っている。あえていうなら”化け物”が正しいのかもな」


 自分を卑下するのようにザックは答える。ザック自身もわからない。自身に宿る圧倒的な力を――


 そこでザックが何かに気づいたかのような表情をする。


 「ん? あぁ、やっとか……おい、サクヤ。任務終了だ。引く準備をしろ……アリス! 悪いが俺たちの勝ちだ!」


 「……なんだと?」


 ザックの言葉にアリスは眉を寄せる。祠はまだ壊されていない。奴らの目的は祠の破壊では――


 「悪いが、俺たちの目的は祠の破壊ではない。まぁ、祠は関係あるんだがな。つまりだ。俺が先に祠にたどり着いた時点で俺たちの勝ちだったんだよ」


 ザックが勝利を確信したかのように告げる。


 (……つまりは任務失敗か)


 アリスは察する。ザックたちの目的は祠の破壊ではなく別にあったと。自分たちはただ踊らされていただけだと――


 「だが、今まで相手をしていたということは時間が必要だったのだろう。そうでなければ、俺たちが来る前に逃げればいい。だが、そうはしなかった。それはつまり、封印を解除していたのだろ?」


 「……勘もいいのか。全く、これだから“精霊殺し”は嫌いなんだよ」


 ザックがふてくされたかのような態度をとる。つまりはアリスの言っていることが正しいといっているようなものだった。


 「お前の言っていることは正しい。今回の任務。それは二つの封印を解くことだった」

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