欠席
5.欠席
酷暑が過ぎ残暑に照らされる頃。入院施設を見渡すと有機的な物が多く、精神病棟とは言っても、それなりの配慮がしてある様だった。
親に任せたが予約を済ませ、その後身長や体重、症状やそれに伴って行った自傷行為などもカルテには書き込まれていた。
「本当に頑張ったね、良くやったよ。今入院する判断をしたのは、とても良いことだと思うよ」涙を見せる母の横で、方言交じりの看護師の言葉には、大学に合格した事を褒めてくれた言葉だと言うのは何とか理解できた。入院したいなど一言も言ってないのだが。
入院するにあたって、持ち込める物の制限があるらしく、鞄の中をチェックされた。
飴やガムなどを食べた後の袋なんかが底に溜まっていたのが少し恥ずかしかったように思った。何よりまずいと、思ったのはリストカットに使っていた刃渡5センチ程の多用途ナイフと、同じ目的で所持していた割れたコップの破片、自殺の際用いる予定だった致死量2/3程の薬が見つかった事だった。看護師は流石に何も言葉にしなかったが、親には何でこんな物を持っているんだと責められた。「自殺以外に何がある」と頭の中で返事をした。
自殺の仕方は単純だが、うつ病に罹ってからはその解を用意するのは容易だった。脳が今までにない程の速度で手順を計算した通りの道具を用意し、作戦の詳細を決めた。
まず考えたのは電車を遅延させる事。これは一応、死後家族に金銭面で迷惑をかける為ボツにした。
次は飛び降り。高い建物が近くに無く、飛び降りる度胸が無かったのでこれも不採用。
実際計画していたものは、リストカットし風呂桶に手首をつける、浸透圧を利用した出血多量死を狙った。これは時間がかかる為人気の無い川の橋の下を選んだ。
まずアルコールと一緒に薬を飲み、酔いで平衡感覚を無くす。痛覚もある程度鈍くなる事にも期待しつつ、両手首に切り込みを入れる。余裕があれば大動脈も切る予定だ。そして川に足をつける。夏場なので仮に見られた場合でも自殺する様に見られないだろう。そして眠る様に川に落ちる。
出血とオーバードーズとアルコールの過反応と溺死。
水死体はあまり見栄えの良いものでは無いだろうし、あまり綺麗な死に方では無いだろうが、美を保ったまま死ぬ方法を選ぶ余裕は無かった。まあどっか海に流れ着くか、別に沈んでも良いか。
その危険な気配を感じ取られたのか分からないが、入院する際、隔離病室には、ベッドとカーテンの閉じたまま強化ガラスで覆った窓。外の光を取り入れる事のみ可能だった。あとはペーパーの無いトイレ。ついでにマイクと防犯カメラ。持ち込める物は無し。これは辛かったが仕方ない事であった。
ストレスを感じると紙を食べる癖があった為、トイレットペーパーを飲み込み自傷すると思われたのだろう。歯応えが無いから、トイレットペーパーは食べないんだけど。
治療法は、「傷ついた脳をリセットし、普通の人間の生活を取り戻す事。」
入院生活初日。部屋に時計がない事に気づく。電子機器などの情報も脳を動かしてしまう原因になる為、極力脳を動かす事を避ける為に意識させないようにしているそうだ。食事と排泄以外の全てを禁じられた生活は、余りにも退屈で気が狂いかけた。本当になにもする事がない。
そこで時間を早く過ごす為、何も考えない訓練をした。脳内で常に言葉や数字が飛び交う、その全てを止める絶対零度の時間。
脳科学的に見て止まっているかは分からないが、何も考えない様に、可能な限り何も意識をしない。目を閉じ身体の力を抜き、息は止めず、と言うより意識せず、何の音もない部屋と一体になる様にする。
瞑想といってもいいかも知れない。既に病気によって物欲などない上にこの特殊な部屋は、スタジオ並に音のしない空間であった為、あまり困難なことでは無かった。
うつ病とは、ネガティブな思考が脳裏をよぎり続けて体力を浪費するらしいから、「何も考えない」という事は有効らしく思えた。早く回復したい。と言うより早くここから出たい。その一心で時間の経過と心身の回復を祈った。
早く出る為にはどうすれば良いか、それについて考える時間も取った。恐らく、早く回復する事だけに集中すべきなのだろう。
これだけの事を考えて、やっと「1時間程度」だろうか、、見廻りの看護師が何かの用事で見張っていなければ、扉の窓を覗くと安っぽい壁時計を見られる事に気付いた。時計を見られる事はかなり有利になると思ったが、時間が経っていない事を証明するだけの針を見てがっかりしては布団に戻る事を繰り返した。外が見える窓から日の角度を見る方がまだマシであった。
もちろん、昼寝をする事も試みた。しかし、何を考えない様にしてもどうしても、騒がしくて眠る事は出来なかった。何が騒がしいか…「自分の頭」だ。
ジョン・ケージと言う前衛的な音楽家の「3分44秒」と言う曲がある。演奏する楽器はなんでも良い。何故なら、楽譜に音がないから。
ジョン・ケージは「無」の音を聴こうと高性能のスタジオに入った。空調を落とし、動かずに物音を立てずに無音を聞く。しかし無音ではなかった。何故か、原因は脳にある様だった。「生理的耳鳴り」若しくは「オイフォン」と呼ばれ、脳の血流や呼吸などが体内から聞こえてしまう現象が起こる為、「生きている」限り不可能だと言う結果になった。
ならば「4分33秒」は何なのか、今では演奏者が楽器を置き、鳥の声や足音、自然音に耳を傾ける、と言う嗜好の曲に変わった。今では4分33秒楽器を演奏しなかった場合、この曲を演奏した事になるケースもあるそうだ。
自分の頭は、ジョン・ケージのものとは違う。コンピュータに例えれば制御を失いオーバーヒートしている状態である。
普段から不眠に悩まされてきた。ただの不眠でなく、どうやって寝るかはとうに忘れ、今では処方された睡眠薬を飲む事が寝る事である。
次の食事まで時間があり過ぎる。暇つぶしの方法は考えれば考えるほど無くなっていく感じがする。長い。一秒。一秒。テンポ120を手で叩く。いつもなら音楽が湧いてくる筈だが何も出てこない。
なんでこんな牢屋の中にいなければならないのだろうか。これが治療?普通じゃない。牢獄だ。何もできやしない。苦痛が身体を貫き、頭を枕に打ち付ける。そうだ、何も考えるな。考えるな。考えるな。考えるなという事も考えるな。うるさい、黙ってくれ、静かにしてくれ!
部屋の中で音もなく。衝撃を吸収する壁と床、殴っても蹴っても音にならず、声にならない叫びは心に留まる。どんどん心の荷物が増えていく。そうか、これがうつ病なのか。こんなに苦しいとは思わなかった。やはり死んだ方が楽だった。それは間違っていなかったと思った。
逆立った神経が部屋の扉が不意に開くのに気付き、飛び上がるように驚いた。何かに怯え震える。ただの病院食が運ばれてきただけだった。
椅子もない部屋で、ベッドに腰掛け夕食をとる。好きなもの嫌いなもの、何にも頭になかった。やっと動く事ができる。神経を使わないため、必死に箸を動かし噛み飲み込む。
余りに急いで食事をしたから、10分となかっただろう。すぐに皿は片付けられ、また苦痛と向き合う時間になった。
自分を責め続ける精神、怯え逃げ続ける。何処にも逃場はない、部屋には何もない。扉があった。ここから外を見よう。重苦しい空気を入れ替えたりでも出来るだろうか。重く分厚い頑丈な扉を殴る。何度も、自分の苦しみを吐き出すように殴った。
看護師が来た。当たり前だ。扉を叩けば用があると看護師を呼ぶのは。何も考えてなかったので、とりあえず、落ち着く薬を頼んだ。が帰ってきた言葉は、薬に頼っちゃいけない。
扉は閉まった。鍵もかかった。その音は鐘をたたくように延び、頭に残った。絶望感を伴って。
逃げることは許されない、つまり死ぬことは許されない。これ以上の罰は無い。辛すぎる。訴えることも許されない。布団の中で身体の震えを止めようとした手さえ震えている。
…しばらくして22時。就寝時間が来た。看護師が睡眠薬と水を持って来た。これで楽になれる。乾ききった喉を潤す様に一気に睡眠薬を流し込んだ。一滴の水も残さず。
息が切れる。やっと眠れる。一時的だが楽になれる。
布団についてしばらく、いつも通りに過ごしたが、眠気すら催さない。
扉を叩いて追加の睡眠薬を要求したが、30分も経っていなかった、追加の睡眠薬を飲むだけ身体の負担になると言われたがどうでも良いから薬をくれ。
しばらくしてまた戸を叩く。やっと追加をもらえた。何だかふらついてきて頭の中の言葉が途切れ途切れになってきた。これなら眠れる。。。
、、、、ケテ、、ケテ、、、スケテ、、、タスケテ、、
ばっ、と身体を起こす。窓から直射日光が顔に当たっていた。気持ちの悪い夢を見ていた様な気がする。覚えていないが。でもそれ以上の悪夢の1日がまた始まった。
何時間眠っただろうか。時計を見る。看護師がどくのを待つ。夜勤も大変だろうな。患者は僕だけじゃ無いだろうに。見えた。
5時半だった。最悪だ。健康な睡眠時間だが出来るのならずっと眠っていたかった。
朝から気持ち悪いが昨日より気分は悪くない。これは何だろうか。入院二日目。




