第九十六話 集落にて
亡都ヤマトニアで起きた歴史的大事件。――その翌日。
地下へと逃げ込んだテンドウたちは、安全のためにとある場所に移っていた。
「はーい、皆! ご飯の時間だから集まってね!」
段々畑のような場所に十数軒の家が立ち並んだ地下空間にて、元気で明るい声が響く。
少女人形な怪人形のウメのその声を受けて、ガガクやカグラ、南瓜頭族たちが真っ先に反応すると、中央の広場にある食事会場へと向かっていく。
――現在、テンドウたちがいるのは地下の集落だ。
地上に現れた阿修羅地蔵の動きとはちょうど逆方向であり、より地下深くにあって安全性も高いということで、
テンドウ、ドンチン、モモヒメ、クロちゃんに関しては一週間ぶりとなる、もはや住み慣れた場所へと戻ってきていた。
……そこで一泊してからの朝である。
集落の皆は以前と何も変わることなく、テンドウたち以外の面々も快く迎え入れてくれたのだ。
また昨晩はネゾウの死をともに悼んでくれ、一緒に献杯も行ってくれていた。
「……ふむ。マジでテンドウの手紙にあった通りじゃねえか」
「ああ、まさに中立域パンドラの地下版といった感じだな。実際に自分の目で見てみると……おっさんは驚きを禁じえないぞ」
「むしろ子供の声もあるから……よりアットホームな雰囲気だべよ」
そんな友好的なアンデッドたちと一緒に、昨晩の夕食に続いて朝食をともにしながら。
ムウマ、ヨシくん、ヒュウガの三人は改めて地下集落での景色に驚いていた。
最初の自己紹介からしても、人間性しか感じなかった集落の住人たち。
城の食堂とほぼ同じ光景を見れば見るほど……もはや両者の違いは種族による見た目の違いしかない。
――ちなみに、当然ながら集落の皆には阿修羅地蔵の件はすでに伝えてある。
それを聞かされた彼らにとっても、初めて知る存在だったようだ。
百年以上の時を生きていても、正体を知っていたのは結局、元魔法陣の設計士であるゲッコウ一人だけだった。
「本当にトンデモない怪物が現れちゃったね……。あたしの道連れでもやっぱりどうにもならないのかな?」
「ああ、まず間違いない。見るからにあの地蔵の体内には、犠牲となった大量の魂が蠢いている感じがあったからな。……もし仮にウメが魂同志を繋げたとして、数千分の一の魂だけを道連れにするだけに終わるはずだ」
人形ゆえに食事を取れないので、皆の食事を見ながらのウメの質問に、隣のゲッコウが答えた。
テンドウたちとしてはメビナ戦の時と同じく、ウメを犠牲にするつもりなど毛頭ないが……。
そのウメの奥の手をもってしても、今回の阿修羅地蔵は止められないようだ。
「まあ、とにかくだ。何があるか分からないし、しっかり腹を満たしておこう。……あ、メシも美味いけど地下特産のこの葉隠茶も結構、イケるぞ?」
言って、テンドウは今ではお気に入りのドス黒いお茶を仲間に進める。
色と違ってクセはなく、味もまろやかで非常に飲みやすい。
また健康面にも良いらしく、整腸作用もあって毎日、快便になるお茶だ。
「本当だ。ご飯の邪魔にもならないし美味しいなっ!」
「パンドラにはないものだけど……うん、私も好きかも!」
「でしょ? テンドウちゃんなんか毎日、二リットルは飲んでたしね。ガガクちゃんとカグラちゃんもたくさん飲んでいいよ!」
――とまあそんな感じで、緊急事態下でもワイワイガヤガヤ、と。
皆それぞれが仲良くアンデッドたちと交流しながら、朝食を食べて栄養をつけた後――。
「――テンドウ。ちょっといい?」
「うん? 何だセイカ、改まった感じで……」
地面に寝転んでお腹を休めていたところで……何やら神妙な顔のセイカに声をかけられたので。
テンドウはセイカに連れられるように、仲間のその背中についていくのだった。
◆
「……私が原因でネゾウは死んだ。……そうでしょう?」
地下集落の入口付近にて。
遠くでまだ皆の声が聞こえる中、背中を向けたままのセイカがそう言った。
……やはりネゾウの死に責任を感じていたようだ。
昨晩の夕食の時は皆も顔が暗かったが、その中でもとくにセイカが暗かった理由は……どう考えてもネゾウのことしかない。
「いや、決してそんなことは……。皆が何度も言っていたけど、悪いのはプリバトヤのヤツであって……!」
対して、テンドウは条件反射のように否定するも、結局はそう言うだけで精一杯だ。
今、セイカに向けてどんな言葉をかけるべきか? テンドウには分からない。
こういう時はスズランがいれば違ったのだろうが……ネゾウと同じく、皆の肝っ玉母ちゃんももういないのだ。
そうテンドウが悩んでいると、ここでセイカがくるりと振り向いた。
自他ともに認める整った可愛い顔も、今は沈んだ暗い目をして――はいなかった。
むしろ真逆だ。
テンドウを真っすぐ見据える目には、燃えるような強さがあったのだ。
「――あの後、皆が寝静まった後に一人で試してみたのよ。【人間魔力炉】が発現した今――感覚的にはこれまでとは違うからね」
「……うん? せ、セイカ……?」
次に自身の両手を見ながらセイカが静かに言う。
そしてまたテンドウに視線を戻すと、相変わらずの見たことのない力強い目のまま、
「テンドウ。いつもみたいに炎太刀を抜いてみて」
その気迫(?)にテンドウは思わずたじろいでしまう。
とはいえセイカから感じる怒りにも似た感情は、テンドウではなくセイカ自身に向けられているのは何となく分かった。
「お、おう……。それじゃ少し離れていてくれ」
言われるがまま、テンドウが紅蓮の鞘から太刀を抜く。
と同時、刀身から勢いよく火を吹いた白い炎太刀が露わとなり、凄まじい熱によって周囲の気温が一気に上がる。
「【属性付与】」
すると早速、セイカが魔法を発動して付与を始めた。
毎日の日課であるその作業により、百三十六回目となる火種が燃える刀身に加わる――その直前。
「!?」
セイカの指先から生まれた火種を見た瞬間、テンドウの目が大きく見開かれた。
――なぜなら、これまでの見慣れていた火種とは明らかに違ったからだ。
火種というより、火の玉。
本来なら下位魔法の【火球】一発分にも満たないそれが、見違えるほどの火力と魔力で生まれたのだ。
「限界突破の【属性付与】――とでも呼べばいいかしら? ……転んでもただで起きてたまるもんですか。勝手に悪用されたのは腹が立つけど、私は私のやり方で有効利用させてもらうわ」
怒りのままに、唸るようにセイカが言う。
体感で七、八回分の火力と魔力が宿った付与が白い炎太刀に加わると、いつもより激しく刀身の炎が揺らめいた。
「……ま、まさに超強化って感じだな。膨大な魔力を持つからこそ、同じ魔法でも自然と出力が上がった……ってわけか」
「その通りよ。まあ【属性付与】自体は初歩的な魔法だからね。私でもすぐに感覚は掴めたわ」
いつもの日課を終えて、セイカがふう、と息を吐く。
自身の秘めた力を上手く利用できたからか、一転して安心したような表情だ。
「…………、」
そんなセイカと、一気に七、八回分の成長を遂げた白い炎太刀を見ながら。
数秒間の沈黙の末に、テンドウはゆっくりと一回、小さく頷いた。
「……なあ、セイカ。皆にはまだ言っていないけど……一つ考えていることがあるんだ」
まるで独り言のようにぽつりぽつりと言う。
そしてセイカでも白い炎太刀でもなく、テンドウは地上の方に視線を上げてから、
「あの怪物――阿修羅地蔵を倒したいんだ」
「え!?」
その突然の言葉にセイカが絶句する。
想像もしていなかったまさかの内容に、驚きすぎて大きく口が開いたまま固まってしまっていた。
……それも当然の反応だろう。
阿修羅地蔵の恐ろしさや規格外さは、あの時、意識を失っていたセイカであっても、今なら地下にいても分かるのだから。
ぶ厚い岩盤を貫いて届いてくるほどの圧倒的な魔力。
不気味な瘴気や鼓動を抜きにしても、その一点だけでヤバイと誰もが理解できる。
「師匠からの最期の言葉もそうだけど……。地下から初めて亡都の外に出られたあの時、国に帰れることが現実味を帯びた時に――思ったんだ」
一呼吸置いて、テンドウはさらに続ける。
「このまま俺は本当に帰っていいのか? って。この街に呼ばれた意味があるんじゃないか――って」
ごうごうと燃える白い炎太刀を鞘に収めて、またセイカに視線を戻す。
死んでしまったスズランやネゾウの顔も思い浮かべながら、テンドウはまた小さく一回、頷いた。
「……ずっと不思議には思っていたんだ。俺やセイカ、両親がいないガガクとカグラは分からないままだけど……。ほかの皆は先祖にハレルヤ王国の民もいたわけだしな」
「…………、」
そのテンドウの話をセイカは黙って聞いていた。
そして何とか咀嚼して自分の考えを述べるべく、口を開こうとした時――。
「ったく、何をコソコソしてやがると思ったら……」
「またどえらいことを言ったもんだべな」
「おっさんの目が飛び出るかと思ったぞ」
と、ここで。
二人がいる地下集落の入口に、ムウマとヒュウガ、ヨシくんの三人が現れた。
……どうやらテンドウの話を密かに聞いていたらしい。
三人とも少し苦笑いを浮かべたような表情で、テンドウとセイカのもとまでやってくる。
「――だがたしかに、俺も思ってたんだよな。もう地下から街の外まで出れると分かった時……これでいいのかよ? って」
「え、ムウマもだべか? いやこれは合わせているとかじゃなくて……僕もまったく同じことを感じたべよ」
「……おいおい、ちょっと待て。ウソだろ? ……おっさんも右に同じくだぞ。何か放置はできないというか、このままだと気持ち悪いというか……?」
話を聞かれていたので、テンドウはてっきり猛反対される……と思いきや。
ムウマもヒュウガもヨシくんも、誰の口からも反対の声は上がらなかった。
それどころか揃って共感される形となり、逆にテンドウの方が戸惑ってしまう。
――阿修羅地蔵を倒したい。つまりはこの街を解放したい。
テンドウ自身もトンデモないことを言っているのは重々、理解している。
何せ相手はあの未知なる巨大怪物なのだ。
それこそ『三大ファミリー』単体ではなく、連合軍を同時に相手するようなものなのだが……。
「おーおー。先祖や『特異体質』だけじゃねーのかよ? 街に対して同じ感覚を持ったって……なーそれ、もう偶然じゃなくて必然じゃねーか?」
「どう考えてもそうでしょうね。明らかに何かあるわよ、あなたたち?」
――と、さらにここでまた新たな登場人物が。
これまた密かに話を聞いていたらしいロッポウとモモヒメも、集落の入口までやってきていた。
「……たしかにな。皆も同じことを思ったとなると……やっぱり何か意味はあるよな」
テンドウは顎に手を当てて考える。
現代ではほぼあり得ない転移事故――。その被害にあった時はただの不運だと片づけていたが……やはり何かが影響し、自分たちには何か関係があると思われる。
だからこのまま亡都ヤマトニアを放っておくことはできない、と感じてしまった。
それはおそらくガガクとカグラも同じだと思われる。
ウメら集落の子供たちと一緒に遊んでいるこの赤毛の兄妹も、もちろんまだ断定はできないが……同じことを思った可能性は高いだろう。
「……セイカはどうだ? 街に対して何か思ったか?」
「うーん、私は……。自分とあの男への怒りでそれどころじゃなかったけど……言われてみれば何か引っかかる感じがするのはたしかね」
テンドウの問いにセイカが腕組みをして答える。
彼女の性格上、異なる意見を持っていれば周りに合わせることはない。
それは長く一緒に過ごしているからこそ分かっているので……どうやらセイカも同じ感覚を持っていたようだ。
「……なるほど、な。俺一人じゃなかったのか。皆もそういう感じなら……」
――となれば、今後の方針は決まったようなものだ。
だがもし本当に阿修羅地蔵から街を奪い返すとなれば、それは途方もなく困難な任務でしかない。
正攻法で倒すのなら、それこそ複数の国が連合を組んで挑むしかない災厄級の相手なのだから。
「色々と可能性は探ってみるつもりだ。もし何か策があるのなら――その時は勝負するとしよう」
言って、一人一人の顔を見るテンドウ。
とくに異論が出てくることはなく、少なくとも人間ファミリーの大人たちは皆、納得している様子だ。
どう足掻いても無理な場合は諦めるしかない。策がないのに挑むほど人の命は軽くない。
またスズランやネゾウが死んだ今、もう絶対に一人も欠けることなく、皆で国に帰らなければならない。
――それでも、あの怪物を何とかできる可能性が少しでも生まれた時は……それに賭ける価値はあるはずだ。
(混沌の世界の王か何だか知らないけど……。必ず方法はあるはずだ)
暗躍するプリバトヤの野望を打ち砕く、というよりも純粋に街を解放したいだけ。
現時点では完全なる白紙。無謀に近いただの願望であったとしても。
状況的にはいつでも国に帰れるテンドウたちは――最後にして最大の大仕事を決意するのだった。




