第九十七話 百年の恋
「さすがに地獄の亡都に慣れちゃったからアレだけど……。そもそもこっちはこっちでヤバイ場所ではあるんだよな」
阿修羅地蔵に挑むという新たな計画を立てた後。
テンドウたちは集落から『第三地下街』に向かい、そこから唯一の出入り口である横穴を進んで地上へと出た。
そしてたどり着いたのは当然、『赫の大樹海』だ。
鬱蒼と茂る木々に周囲を囲まれ、独特なじっとりとした空気や嫌な獣臭に包まれている。
危険な魔物が数多く存在し、何の力も知識もない者が迂闊に踏み込めば……決して生きては帰れない場所だ。
それでもやはり、亡都ヤマトニアと比べてしまえば遥かにマシである。
「もう感覚が完全に麻痺しちまってるぜ。……んでロッポウ、例の場所ってのはどっちだ?」
「もっと奥の方だ。まーでも、こっからなら七、八分で着くんじゃねーか?」
ムウマからの問いにロッポウが樹海の奥の方を指差す。
現在地はヤマトニアから南東の位置だ。
ちょうど外壁の南門と東門の中間あたりで、そこからロッポウが指し示した方向――南の方へと樹海の中を歩いていく。
――今回、テンドウたち地上組が地上に出たのは一時的なものではない。
地下ではなく地上の方にしっかりとした拠点を構えるためだ。
「集落には寝床も食事も揃っているし、友好的なアンデッドたちもいるけど……。こっちは大所帯でもあるし、やはりずっと世話になるのは気が引けるからな」
「んだべ。結局、聖遺物も回収できていないから……余計にしっかりとした場所を見つけないとだべな」
……とはいえ、亡都の中はもうすべてが阿修羅地蔵のナワバリとなっているために。
必然的に新たな拠点は『赫の大樹海』の中になってしまう、というわけである。
その『赫の大樹海』については、魔物の危険はあれど自然豊かな場所だ。
森の恵みの宝庫と呼んでも過言ではないほど食料が存在し、また水源も豊富なため餓死する心配はまずない。
ゆえに足を踏み入れた者が帰らぬ人となる理由はただ一つ。危険な魔物に襲われて喰い殺されてしまうのが原因だ。
また範囲についても非常に広大であるため、ひたすら東に向かえば故郷のヒノモト王国にたどり着けるが……。
たとえ軍隊式の強行軍を行ったとしても、最低でも丸三日はかかるだろう。
「――っと、いきなりお出ましか。というか……何かもうスゴイ新鮮な相手だな」
先頭にいるテンドウが鞘から炎太刀を抜く。
その視線の先にいたのは、もはや見慣れた敵対的なアンデッド――ではない。
全身毛むくじゃらで鋭い牙を持った殺人狒狒だ。
『赫の大樹海』では定番中の定番の、被害も多い樹海の荒くれ者である。
――ちなみに、今の人間ファミリーは全員、『聖者の外套』を着用している。
パンドラの責任者のイマタイから譲り受けた、王族だけが着ていた立派な外套だ。
白地に朱色の糸で装飾されたそれは、着用した者の全身に聖属性の魔力を付与させている。
「うむ、問題ねえな。一瞬だけブルっとしたけど大丈夫だぞ。……まさに魔と聖の共存です」
その『聖者の外套』と同時に、テンドウのみ兜化したドンチンを装備していたが……どうやら問題はないようだ。
炎太刀も白から黄金に変わっており、全身には状態異常無効のオーラも纏えている。
聖属性とアンデッドである兜。本来であれば相反する両者は、今は装備という同じ分類のせいか、とくに反発し合ってはいないようだ。
「ギャホホホゥ――ッ!」
「……悪いな。今さら俺がそんな威嚇にビビるわけないだろう?」
そして、息をするように毛むくじゃらな体を一刀両断する。
アンデッド特攻の『退魔の武器』化の効果はなくとも、まるで問題はなし。
黄金の炎と纏う少しの聖属性によって、オーバーキルな一撃で仕留めることに成功した。
「討伐、完了」
「まあ、オイラたちにビビらず向かってきた気概だけは大したもんだ。……天晴れです」
そう勝ちを宣言して、何事もなかったかのようにまた前へ。
『赫の大樹海』といえどもさすがに『不死の三傑』クラスはいないため、今のテンドウに単体で脅威となる存在はいない。
「ちょっとテンドウ、そこの垂れ下がった枝が危ないからもっと離しなさいよ」
「……おっとっと。こりゃ失敬」
……ただし、火事だけは怖いので魔物よりも近くの草木を気にしながら、だ。
セイカから注意を受けたテンドウは、黄金の炎太刀を抜刀したまま、なるべく草木が少ない道を選んで進む。
「――【鎌鼬】っ!」
「あとこっちも念のためにね。【鎌鼬】!」
どうしても避けられない草木がある時は、ガガクとカグラに切り拓いてもらいつつ。
一行がさらに南に向かっていくと――何やら進行方向から戦闘音が聞こえてきた。
「……オイ、ちょっと待て。ここは樹海の中だぜ? 何でアンデッドが……つうか二体で何やってんだコイツら?」
ここで索敵担当のムウマから戸惑いの声が。
……どうやら亡都の外でアンデッド同士が戦っているらしい。
アンデッドの中にはロッポウのように街に縛られていない個体も稀にいるので、その点についてはそこまで驚くことではない。
が、離れていても届いてくる魔力で分かる。
どちらも明らかにそこら辺の下っ端構成員ではなく、お世辞抜きで大物アンデッドと呼べるレベルの存在だと。
「あーそうか。そーいやアイツらのことは言ってなかったな。まーなんつーか……とりあえず大丈夫は大丈夫だ」
そんな未知の存在を認識してすぐ、ロッポウがため息混じりに言う。
さらに「ったくまたかよ。よくやるよなー」と、珍しく小言のようにブツブツ言い始めた吸血鬼族の後ろについていくと――。
「「「「!?」」」」
鬱蒼と茂った木々を抜けた先。戦いの余波で禿げ上がったのだろう森の空間に。
互いに叫びながら殺し合う――二体のアンデッドの姿があった。
◆
「ここで会ったが二日ぶり! 今日こそ決着をつけてやるでござるよ、クソヤロウ!」
「何だとゥ!? それはこっちのセリフでい、バカヤロウ!」
『赫の大樹海』に二体のアンデッドの怒声が響く。
彼らは本気の殺意をぶつけながら、目の前の相手を討ち取るべく殺し合っていた。
……のだが、
「な、何か……友達同士でケンカしているみたいな感じだな?」
互いに本気であるはずなのに、テンドウはどこか違和感を覚えてしまう。
拳に魔力を纏わせたシンプルな殴り合い。
両者ともに当たればただでは済まない一撃を放ってはいる。
にもかかわらず、なぜかじゃれ合い……は言いすぎだとしても、殺し合い未満のケンカのような印象を受けたのだ。
「……ほう、鋭いなテンドウ。まー何つーか、ありゃ一人の女を巡って百年間、ずーっと二人で争ってんだよ」
「ひゃ、百年!? このケンカみたいな殺し合いをか!?」
「そーだ。百年間ずーっとだ。取り合った女は大規模発生でとっくに死んでるっつーのにだぜ?」
ロッポウの言葉にテンドウが目をひん剥いて驚く。
同じくほかの皆もどよめき、奇妙キテレツな生物を見るような目で殺し合う二体のアンデッドを見る。
「お前のようなクソヤロウに! 倒されるワケがないでござるよ……!」
「黙れバカヤロウ! 勝ちを掴み取るのは俺の方でい……!」
――ロッポウによると、この二体の名はゴザエモンとギュウベエというらしい。
どちらも種族的には同じ怒髪天族だ。
赤ら顔にすべての髪が逆立っており、同種族にしては大きい三メートルという体躯もほぼ同じ。
彼らは南門付近やここら一帯で日々、戦っているらしい。
亡都では一体も見なかったその珍しいアンデッド二体が、周囲の自然を破壊しながら暴れ回っていた。
「……なるほど。忘れられぬ恋ってわけか。おっさんも若い頃はあったなあ」
「そうなのかヨシくん? 何かよく分かんないけど……とにかくアイツら仲が悪いんだなっ」
「大人って色々あるみたいだね」
その殺し合いを見ながら、そうのん気に言うヨシくんとガガクとカグラ。
実際、それほどに不思議と緊迫感のない戦いなのだ。
わざとやっているのかと疑ってしまうくらいに、威力も手数も距離感までも、完全な互角の勝負となっている。
どちらも格闘技術が洗練されているのを見るに、五年、十年どころの経験者ではないと分かる。
なのでロッポウの言った百年というのは……本当に誇張ではなく真実なのだろう。
「実力的には『三大ファミリー』の幹部クラスはありそうだな。確実にベニムラサキよりは上だぞ」
「まーさすがにあのヒステリック女よりはな。強えーは強えーが、本気の俺様よりは一段、落ちるっつー感じだな」
少し離れた木陰から、互角の殺し合いを見るテンドウたち。
二体はかなり集中しているのか、まだこちらに全然、気づく気配はない。
「おーい、ゴザエモンにギュウベエ! ちょっと紹介してーヤツらがいるから一旦、止まれって!」
そうロッポウが叫ぶも、全力の殴り合いはまったく止まらない。
両者ともやっとテンドウたちの存在に気づくも、チラリと目線を軽く向けるだけに終わってしまう。
少し離れた亡都からは阿修羅地蔵の魔力が、そして近くにはテンドウの持つ凄まじい黄金の炎太刀の魔力もあるのだが……彼らにとってそれらは大したことではないらしい。
「……もう、二人は何のために戦ってるのかな? 百年も争う男子を好きになる女子なんていないのに」
「恋敵同士っていったって……さすがにいい加減にしなさいよバカバカしい」
「モテないのをこじらせたら最終的にああなるのかしら? ……見苦しいわねえ」
と、カグラとセイカとモモヒメの女子トリオから辛辣な声が。
あまりに無意味かつむさ苦しすぎる争いは、やはり人間から見てもアンデッドから見ても大不評のようだ。
だがそんな反応などお構いなしに、アンデッドとなった男同士は殴り合いをやめない――と思っていたところ、
――ピタリ、と。
今の今までの激しい戦いがウソのように、突然、両者ともにその手を止めたのだ。
「ん? 急にどうしたんだ……?」
まさか止まると思わなかったのでテンドウは驚いてしまう。
しかも何の前触れもなく、突然の休戦状態となった二体は……何やら一点を見つめて固まっていた。
その視線をたどっていくと――先にいたのは知り合いのロッポウでも南瓜の兜を被った変人でもない。
「……え? 何よ?」
――セイカである。
なぜかゴザエモンもギュウベエもセイカの顔を見て固まり、全身をわなわなと震わせ始めて……?
「「な、ななな――ナツ!?」」
そして、驚愕の表情となった二体の声が重なった瞬間。
赤ら顔で逆立った髪の三メートルの巨漢アンデッドが――何を思ったのかセイカの方にドスンドスンと走ってくる。
「ぎ、ぎゃああああああ!?」
当然、いきなり自分に接近してくる彼らを見てセイカが悲鳴を上げた。
と同時にテンドウら人間ファミリーや南瓜頭族たちが動く。
慌てて三者の間に入り、それ以上の接近を許すまいと全員で壁になる。
「おいどけ、お前ら! 俺はナツに用があるんでござるよ!」
「右に同じくゥ! 邪魔をするんでねえ!」
ゴザエモンとギュウベエが興奮気味に叫ぶ。
……その様はまるでエサを前にした野良犬のようだ。
ただテンドウたちを威圧するように魔力や怒鳴り声を浴びせてくるも、力ずくでどかすほど敵対的ではないのか、攻撃まではしてこない。
「……は? ナツ? っつーことはまさかセイカが……?」
一方、ロッポウが首を傾げてぽつりと呟く。
どうやらその名を知っているようで、興奮する二体と怯えるセイカの顔を交互に見ている。
「生きていたのか!? いや違う! 背格好は同じでも髪色が明るいでござるな!?」
「まさか生まれ変わったんでい!? また俺と出会うためとは泣けるゥ!」
とどまることを知らないゴザエモンとギュウベエの興奮。
すでに目はバキバキで鼻息も荒く、種族的に元から逆立っている髪も、昂った感情のせいでより天高く逆立っていると錯覚するほどだ。
「え、えーっと……?」
そんな彼らの言動に、テンドウたちとしては何が何やらで困惑してしまうが……一つだけ分かったことがある。
ゴザエモンとギュウベエ、この二体が取り合っていたナツという女性に――どうやらセイカは似ていたらしい。




