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不死ノ国XX記  作者: 三月坊主
最終章 崩壊の亡都編
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第九十八話 生き残り

「――まず、いきなり近づかないこと。そして気安く触らないこと。あと声が無駄にデカイから気をつけなさい。……いいわね?」

「もちろんだナツ……いやセイカ嬢! 惚れた女が嫌がることはしないでござるよ!」

「うむゥ。その顔で言われちゃ仕方ないでい!」


 亡都ヤマトニアの外側、『(あか)の大樹海』で戦っていた二体の怒髪天族(アンガーマン)

 一人の女を巡る百年続いたその争いは――思わぬ形で終結することとなった。


 結論から言うと、ゴザエモンとギュウベエの両者は……セイカの用心棒となった。


 百年前に恋したナツという女性と、現代に生きるセイカ。

 両者いわく違いは髪の色くらいで、何と声も含めてほぼすべてが瓜二つらしい。


「ほらアンタたち、あそこの魔物をよろしく頼んだわよ」

「もちろん! セイカ嬢の仰せのままにでござるよ!」

「あんなザコなど朝飯前でい!」


 ……そしてお聞きの通り、そのナツという女性に似ているセイカはすでに二体を完全に従えている。

 百年レベルで惚れた弱み、と言ったところか。

 あれだけ本気で殺し合っていた巨漢アンデッドたちが、忠実な犬かと思うほどにセイカに従順な存在となっているのだ。


 ――結果、思わぬ形で同盟の強化に成功していた。

『三大ファミリー』の幹部クラスが二体も加われば、戦力的には大補強も大補強である。


「……んで、ここか。たしかに拠点としては良さそうだな」


 そんなゴザエモンとギュウベエを加えて、テンドウたちがたどり着いたのは――当初の目的である拠点の小屋だ。

 ただ当然、これから拠点にするわけなので……危険な樹海の中にポツン、とある野ざらしの小屋などではない。


 まずあるのは反り立つような土の壁だ。

 全方位をぐるっと囲むようにある、明らかに土魔法で造られたであろう五、六メートル級の人工物。

 その土の壁に大人一人が通れるくらいの亀裂があり、そこを通っていった先の空間に、目的の小屋は存在している。


「俺様もたまーに使ってるから安全性は保証済みだ。親の墓参りの時は必ずここで寝泊まりしてるぜ」

「墓参り? ……何だ、意外とちゃんとしているじゃないか。んじゃいつかの野暮用って墓参りのことだったのか」

「そのとーり。まー年一だからそのくらいはやらねーとな」


 過酷な環境の樹海の中に残されていた小屋。

 ただ小屋と呼ぶには少々大きく、使われている木材も縦縞模様が特徴的なあまり見ない高級なものだ。

 玄関前にはウッドデッキも付いているなど、割と立派な造りとなっている。


 さすがに年季は入っており全体的に古びた感じではあるも、外観だけで判断するなら思いのほか朽ちてはいない。

 また心配していた魔物の足跡やふんも見当たらず、何かが出入りしている様子はなさそうだ。


「それじゃ、アンタたちは大きくて入れないから外で待ってなさい」

「了解でござる!」

「もちろんでい!」


 そのセイカの声をきっかけに、ゴザエモンとギュウベエ、あとはクロちゃんを残して皆でゾロゾロと中へ。

 内部はところどころ蜘蛛の巣が張っており、やはり人の出入りはなさそうだ。

 また歩けば舞い上がりそうな大量の埃など、長期間放置された印象はあるが……問題があるとすれば床が少し軋んでいるくらいだ。


 これならきちんと掃除をするだけで充分、人が住める環境である。

 元より井戸や下水といった設備面は期待していないため、とくにガッカリする要素はない。


「……けど、聖遺物の守りはないからな。というかあったとしても、アンデッド以外の魔物には効かないから……念のために夜は見張りを置いとかないとだぞ」

「だな。俺もさすがに【種族感知(モンスター・サーチ)】を常に使い続けるのはしんどいぜ」

「カンナギ城にいた時よりも皆で協力を、だべな」

「まあでも、ちょうどいい人材も現れたしね。ゴザエモンとギュウベエに交代でやらせておけばいいんじゃない?」

「いやそれは……ちょっと厳しすぎないかセイカ? おっさんは少し同情してしまうぞ……」


 ――とまあ、夜間の警備については後で決めるとして。

 まず最初に行ったのは、窓という窓を開け放っての小屋の換気だ。

 幸い風のある日だったため、喫緊の問題であった埃っぽさはすぐに解消できた。


 これでひとまず重要な拠点の方は手に入れたとして、だ。

 やはり気になるのは――樹海の中にまでその存在を伝えてくる阿修羅地蔵である。


(いやいや、この距離でも完全には逃れられないのかよ……)


 亡都の外壁からは一キロ以上、さらに街の中心の方にいた場合なら、もっと離れているはずなのに、

まるで遮るものがない風のごとく、普通にここまで魔力が届いてきているのだ。


 ……もはや冷静に考えれば考えるほど現実感がない。

 異世界から呼び出されたあんな巨大怪物を退治したいなど、とても正気の沙汰とは思えないが……。


(――鬼上官の心得その四十四。どんな強大な相手であろうと無敵の存在などいない。血眼になって弱点を探し出せ――だな)


 それでも予定に変更はない。

 弱点および対抗策を探して、どうしても見つからなかったその時に諦めればいいだけだ。


 そう改めて決意しつつ、いざテンドウも掃除に取りかかる。

 自慢の炎太刀ではなく置いてあったほうきを手に取り、床に溜まったほこりや蜘蛛の巣と格闘していく。


 ――そうして皆で仕事に取り掛かり、小屋の掃除をすべて終えたその日の午後。

 ちょっと遅めの昼食として、集落の皆から渡されていた弁当(蒸かし芋と豆のスパイス煮)を食べた後。


 ゆっくりと腰を下ろして一息ついていた頃に――想定外の事態が起きた。



  ◆



「……ん? 何か外が騒々しいな……?」


 テンドウが小屋の中で休んでいたところ、静かな樹海が一転して騒がしくなった。


 その原因は魔物の咆哮……ではなく仲間たちの声だ。

 ガガクやカグラ、南瓜頭族(パンプキン)たちが小屋のある土壁の内側で何やら騒いでいるのだ。


「ったく、ここはカンナギ城じゃないんだぞ? あまりうるさくすると魔物が寄ってくるからな」


 床に転がって昼寝しているヨシくんやドンチンを跨ぎ、テンドウは小屋の外へ。

 大人としてきちんと注意すべく、チビたちに向けて口を開こうとした瞬間――先に開かれたのはその目だった。


「――は!?」


 驚愕するテンドウの目に映ったのは……想定していなかった魔物の姿だ。

 だがそれは『赫の大樹海』に生息する魔物などではなくて――。


「まさかこんな場所で会うとは思わなかったぜ。まーとにかく、おーい! モモヒメはいるか!?」

「つうか何で俺まで……。そのまま放っておきゃいいものを……普通に怖えから勘弁してほしいぜロッポウ?」


 ついさっき食料(ケモノ)を狩りに出たはずが、早くも帰ってきたロッポウとムウマ。

 その二人の間、肩を貸す形で支えられていた存在は――とある一体のアンデッドだった。


 灰色の半霊体な体に羽織袴を纏った気品ある姿。

 細く釣り上がった目とオールバックな髪型のその者は、『黄金弓(おうごんきゅう)』の異名で恐れられる超大物アンデッドだ。


「だから何で……ジンロウタがっ!?」

「北の亡霊族(ゴースト)ファミリーの大幹部でしょこの人!?」


 そのまさかの存在にガガクとカグラが悲鳴のような声を上げる。

 どうやら二人や南瓜頭族(パンプキン)たちが騒いでいたのは、このジンロウタが理由だったようだ。


 それを理解した瞬間、テンドウを含めてほとんどの者が身構えた。

 ゴザエモンとギュウベエの二体だけはジンロウタのことを知らないのか、キョトンとしたまま突っ立っている。


「…………、」


 一方、騒ぎの元凶であるジンロウタ本人はというと。

 中立域パンドラにて、間近で感じた時は凄まじかった魔力が……今はウソのように萎んでしまっている。

 体の傷自体はそこまで目立ったものはない。それでも萎んでいる魔力を見れば、どういう状態であるかは誰にでも分かった。


 瀕死の重傷である、と。

 自力ではもう歩行すら困難なようで、かなりぐったりとしてしまっている。

 明らかに普通ではない魔力の萎みは……やはり魔力切れとは別物なのは間違いなさそうだ。


「というか生きてたの!? 『不死の三傑』同様、生贄にされて死んだって聞いたけど……!」

「んだべ。いったい何がどうなっているべよ!?」


 さらにテンドウに続き、騒ぎを聞いて外に出てきたセイカとヒュウガも驚きの声を上げる。

 まさかジンロウタが現れるとは、そもそも生きているとは夢にも思わなかったからだ。


「――あ、それは私が答えるね。だってだってジンロウタ様は今、弱り切っちゃってるから」


 と、騒然とする小屋の周りで。

 今度はまったく聞き覚えのない、小さな女の子のような声が生まれた。


 皆がその声がした方向を見てみると、ジンロウタを両脇から支えているロッポウとムウマの後方。

 ちょうど亀裂の入口のところに、桜色の亡霊な体をしたアンデッドが一体、存在していた。


「! お前はたしか……! 第二陸橋でジンロウタの近くにいたヤツか?」

「サラサだよ。ジンロウタ様の直属の妹だからよろしくね!」

「ちょ、直属の妹……?」


 おそらく……ではなく間違いなく直属の配下であろう、サラサと名乗ったアンデッド。

 見た目は十歳にも満たない小さな女の子だ。

 そんな暴力とは無縁そうな可愛らしい亡霊族(ゴースト)は、ガガクやカグラよりも少し年下に見える。


 また肝心の魔力的については、そこらの下っ端構成員と大差はない。

 だがどこか感じる異質な感じや、ジンロウタが唯一、連れていた個体であることからしても、何かしらの能力があると考えるのが妥当だろう。


「へえへえ。ここが人間さんたちの新たな拠点なんだね」


 そんなサラサは小屋のすぐ前まで来ると、テンドウたちに向かってペコリ、と頭を下げた。

 子供ということに加えて礼儀正しさもあったため、彼女の方への警戒感はあまり生まれなかった。


「……で、サラサとやら。何でジンロウタは無事……ではないけど生きているんだ? それにお前だってあの戦場にいたんだ。生贄になっていないのはおかしいだろ」


 テンドウはたしかに双眼鏡越しに見ていたのだ。

 どう足掻いても足元から離れない、生贄召喚のための特殊な魔法陣。

 それによって『三大ファミリー』のアンデッドたちが、成す術なく魔力の残滓にされていった光景を。


 それは亡霊騎王(ぼうれいきおう)死魔道姫(しまどうひ)も例外ではないのだ。

 一粒の魔力も発さない『暗殺怪人』ニゴマルを除き、すべてのアンデッドが生贄になったと思われたのだが……。


「私は私の『よろしく魔法』で大丈夫だったの。でもでも、ジンロウタ様は腐肉族(グール)たちと本気の戦いをするために使えなかったからね。……だからあの魔法陣から逃れるには、自爆特攻するしかなかったんだよ」

「よ、『よろしく魔法』? と自爆特攻……だと?」

「まあそれは後で教えてあげるよ。とにかくとにかく、まずはジンロウタ様を助けてもらえる? ここには堕天使族(ルシファー)の看護婦さんがいるって聞いたんだけど……」


 サラサの声色自体は明るくても、その表情は少し暗くなっている。

 放置すればまずジンロウタが助からないことは、小さなサラサでも分かっているのだろう。


「――聞こえているわ。……いいでしょう。けど私の回復を受けるということは、契約関係になるってことよ。つまり『黄金弓』、いざという時はあなたも私を守るってことだけどいいかしら?」

「うんうん。大丈夫だよ。だからお願い」


 と、ロッポウの呼びかけに小屋から出てきたモモヒメが聞き、付き添いであるサラサが代わりに答える。

 そのやりとりを聞いていたテンドウたちはというと……揃って何とも微妙な顔をしていた。


 それはそうである。相手は思いきり敵対的な存在なのだ。

 しかも『不死の三傑』に次ぐ実力者であった超大物アンデッドとなれば、契約するモモヒメは大丈夫だとしても、ほかのテンドウたちは回復させた後にどうなるか保証はできない。


「……安心しろ。戦う、気はない。……今はな」

「いや今は、かい」


 そのテンドウたちの心配を察したのだろう。

 弱弱しい声でジンロウタが答え、すかさずテンドウがツッコんだ。


 ……とはいえ、もし戦闘になったとしても心配はしていない。

 初対面でこそ完全に気圧されたが、今は違う。

 あの時よりも遥かに成長したテンドウからすれば、負ける気などサラサラないのだから。


「では早急に処置させてもらうわ。――【輪廻ノ柩(りんねのひつぎ)】」


 人間や南瓜頭族(パンプキン)たちが複雑な胸中となる中、地面に横たわったジンロウタに向けてモモヒメの回復魔法が発動する。


 使ったのは彼女の奥義とも呼べるアンデッド専用の魔法だ。

 宙に集結した闇属性の魔力の粒子によって、船型の柩が形作られていき……あっという間にジンロウタの全身をすっぽりと納めてしまう。


 もう二度と出会うことはない、出会いたくはないと思っていた超大物アンデッドの一体。


『黄金弓』ジンロウタはモモヒメの回復魔法によって――何とか一命を取り留めたのだった。

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