第九十五話 魔道士は笑う
――百年続いた景色は一変した。
人間が統べる王都ヤマトニアが大規模発生で滅び、その後に奪還したアンデッドたちによる支配が始まったあの時のように。
今度はそのアンデッドたちの手から離れて――亡都ヤマトニアは現在、たった一体の強大な存在のナワバリとなっている。
「さすがは混沌の世界の王――。ハッハッハ! その名に恥じぬ姿と存在感だな!」
修羅の顔に地蔵のような体。
ついに顕現したその異形で巨大な阿修羅地蔵を見て……笑う者がただ一人。
この世界に呼び出した張本人であるプリバトヤだ。
悪名高い『穢れ魔道士』の異名を持つ男がいるのは、寝床として利用していたオンボロの元ゼロ星宿屋の屋上である。
そこで一人、優雅に椅子に腰かけながら、阿修羅地蔵および南エリアで蹂躙されているアンデッドたちの姿を見ていた。
「世界で初めてとなる完全体での召喚――。だがしかし、まだのようだな」
およそ千年前に一度、召喚されたとされる混沌の世界の王。
当時と比べれば確実にスケールアップしているだろう姿に、プリバトヤは何とも楽しそうな顔をしているが……まったく満足はしていない。
その理由は懸念していた通り、阿修羅地蔵の動きを見ればすぐに分かる。
凄まじいまでの魔力と瘴気をまき散らし、ドクンドクンと大きな鼓動も鳴らしながら、地面を削るようにすり足で歩く巨体。
亡都ヤマトニアを破壊し自由に動いてはいるが……あくまで亡都の中だけだ。
外壁近くまで来たあたりでそれ以上は接近せず、なぜか壁に沿って進むだけ。
自身と比べれば低くて脆いはずなのに、破壊する素振りはまったく見せていない。
つまり外には出ない。――否、出られない。
首謀者であり、魔法陣も含めた様々な分野で膨大な知識を有するプリバトヤの読み通りだ。
すべての生贄が亡都のアンデッドたちゆえに、召喚された存在もまた、この呪われた地に縛られているのである。
『――、――――、――』
――と、少なからずその不自由さを本人も感じていたのだろうか?
次に阿修羅地蔵が狙ったのは、足元で逃げ惑うアンデッドのファミリーではなく頭上の方だった。
「キェエエエエアアアア――!」
三十メートル級の体躯よりもさらに上にいる存在。
街の中心に立つカンナギ城の上部を消し飛ばした今、阿修羅地蔵の顔よりも高い位置にいるのは――この空の支配者だけ。
怪鳥である。
奇声を上げて飛び回る色鮮やかな大型の鳥は、ある意味、亡都の名物とも呼べる強個体の『はぐれ』だ。
長い年月もの間、一秒たりとも飛ぶことをやめなかった異質な存在。
強さ以上に常に空にいたことで、『三大ファミリー』の支配や恐怖からも逃れていた唯一のアンデッドである。
『――――、』
そんな相手に対して、ここでついに阿修羅地蔵が狙いを定めた。
ずっと目障りではあったためか、体の向きを変えて修羅のような視線を向けたのだ。
……とはいえ、見た目通りの動きならば攻撃はまず当たらないだろう。
錆色の皮膚に血管のような白い筋が入った地蔵体型では、その短い腕で飛び回る怪鳥を捕まえることなどできない。
カンナギ城の上部を消し飛ばした大口からの魔力砲も同じだ。
攻撃範囲は広いといえど、空の支配者に当てることは至難の業である。
『――、――』
だから怪鳥への有効な攻撃手段はない――と思われていたが。
直後、阿修羅地蔵の体から何かが二つ、飛び出した。
漆黒に染まった腕らしきものが、羽のように背中から生えて曇天の空へと伸びていく。
「……アレが獄縄触手か。完全体だからか想定よりも長いな」
そう冷静に感想を言いながら、見届けているプリバトヤの視線の先。
亡都ヤマトニアの南エリアの上空では、怪鳥の飛行速度に追いついたそれが――いとも簡単に捕らえてしまう。
触手の先は人間と同じく五本指だ。
左右で計十本の長い指と大きな掌に怪鳥を収め、どれだけ暴れられようともガッチリと掴んで離さない。
そんな獄縄触手は伸びる速度も速ければ……縮む速度もまた速かった。
軽く五百メートルは伸びていた漆黒の両腕は、ものの数秒で縮んでいき――阿修羅地蔵の元まで戻ってくる。
『――――、――――――』
そして次の瞬間、バキバキィ! と。
大口を開けて待っていた阿修羅地蔵の口に放り込まれるや否や、獲物となった怪鳥が顎の力だけで噛み砕かれてしまう。
どこからどう見ても捕食行動だ。……だが別に異形化のように力として取り込むというこではない。
――ただ貪るように喰らっただけ。それ以上でもそれ以下でもない。
「……ただの捕食行動ですら迫力があるな。そして炎喰鳥族……おそらく『炎の剣士』の炎太刀を虎視眈々と狙っていたのだろうが……。強化が速すぎて喰い損ねたアホが逆に喰われるとは皮肉なものだ」
いつも上空でうるさかった怪鳥の死。
それを見届けたプリバトヤは、すぐに捕食された者から捕食した者へと意識を向ける。
「まあそれはさておき……解決策はあるのだ。いずれ時間の問題だな」
プリバトヤはまた笑う。
今の所はすべて計画通りに進んでいる。呼び出した阿修羅地蔵が亡都の外に出られずとも、堀りの深い整った顔には焦りの色はまったくない。
そんなプリバトヤに想定外があったとすれば――視界に映ったとある一団だ。
阿修羅地蔵がいるにもかかわらず大声を上げて南エリアの大通りを走り、しかもその阿修羅地蔵に向かって近づいてきている。
「(おーら! どっこいどっこい!)」
「「「(どっこいどっこい!)」」」
……ほかでもない山車ファミリーだ。
あまりに元気な声であるため、阿修羅地蔵の足音や鼓動の音に混じっていても、プリバトヤのところまで微かに聞こえてきている。
満月の日のみ何者にも干渉されない無敵の存在――。
その彼らは提灯や旗といった派手な装飾が施された立派な山車を曳いている。
これは亡都ヤマトニアの月に一度の恒例行事(?)だ。ゆえにプリバトヤもこれまで何度か見たことはあった。
相変わらず彼らは武器の一つも持っていない。
亡都の様相が変わろうが冬の冷たい風が吹こうが、その行動自体も何ら変わっていない。
山車に乗った頭もそれを曳いている配下たちも、ただひたすらに熱い掛け声だけを放っている。
「……やれやれ、こんな時までやるとは筋金入りの祭り好きだな。ヤツらはまあ……どうでもいいか」
ため息混じりに言って、プリバトヤはすぐに阿修羅地蔵へと視線を戻す。
亡都の空気を我がもの一色としている巨大生物は、彷徨うように足元の建物を破壊しながら動いている。
「焦らずにじっくりといこうか。……世界は逃げるものではないのだからな」
そう不敵に笑ったプリバトヤの視線が、また別の方向に動く。
その先にあるは殺風景で見飽きた亡都ヤマトニアではない。
亡都と外界とを隔てる『赫の大樹海』――その遥か向こうに向けられていた。




