第九十話 招かれざる者
――時は少し遡り、テンドウとムウマがパンドラに向けて出発したすぐ後。
亡都の中心に立つ白亜のカンナギ城では、いつも通りの穏やかな時間が流れていた。
「…………、はあ」
その城内で一人、ピアノがある二階の一室でため息をついたのはセイカである。
いつもなら楽しくピアノを弾いている時間なのだが……今日は違う。
椅子を窓際まで移動させて、庭園で特訓している南瓜頭族たちの姿をぼんやりと眺めていた。
「一向に……変化が起きないわね本当に」
そうため息混じりに言うも、その言葉が向けられたのは南瓜頭族ではなく自分自身に、だ。
自他共に認める整った可愛い顔には、一目で悩みが張りついているのだと分かる。
……皆の肝っ玉母ちゃんだったスズランの死は辛くても、皆で乗り越えた。
ではなぜセイカが悩み、酷く落ち込んでいるのかというと――。
「全っ然、いつまで経っても私だけ発現しないじゃない……」
神様からの贈り物とも呼ばれる『特異体質』。
本来なら千人に一人の割合でしか現れない稀少なそれは、なぜか人間ファミリー内では続出している。
すでに最初から発現していたテンドウ、ヒュウガのヒノモト王国軍二人組をはじめ、
ガガクとカグラ、ムウマ、ヨシくん、ネゾウ、スズランと順々に『特異体質』が判明したのだ。
一方、残るセイカだけは……今だ何の音沙汰もなし。
もう年明けまで一月を切り、脱出決行日が迫っている今となっても、ただ一人だけ『特異体質』持ちとはなっていない。
「まさか本当に一人だけ? 『特異体質』祭りは……ただ奇跡的に偶然が重なっただけってこと?」
またため息まじりに、俯いたままのセイカが力なく呟く。
そして神様に抗議するかのごとく、一転して天を見上げるように視線を上げた。
その瞬間。
「――落ち込んでいるな。ただ君も『特異体質』自体は持っているぞ」
「…………え?」
直後、セイカの体が固まってしまう。
なぜなら今、城の二階にいるのは自分だけのはずであり――そして何よりも。
約八カ月にも及ぶ亡都生活で、一度も聞いたことのない声が城の中で返ってきたからだ。
(ッ――!?)
セイカは恐る恐る部屋の入口の方を振り返る。
するとその目に映ったのは、声と同じで一度も見たことがない姿だった。
フードを目深に被って顔半分を隠している――怪し気な一人のローブの男だ。
……どこの誰だ? いや知っている。
完全に魔力が遮断されているローブの男の正体を、いつも城にいる非戦闘組のセイカもテンドウたちから聞いていたのだから。
「君に会うのは初めてだな。私はプリバトヤ、世界の深淵を探求し続けている者だ」
そう名乗り、プリバトヤが一歩前へ。
と同時に警戒するセイカが一歩後ずさり、窓際へと背中を預ける。
「何でアンタがここに? ……いったいどういうつもりかしら?」
「フッ、そう警戒しなくてもいいだろう? 私も君と同じく血の通った人間なのだから」
ここでプリバトヤがフードを外し、ウェーブがかった長い金髪と青い右目、さらに左目の義眼が露わになる。
……たしかにどこからどう見ても人間ではある。
また敵意や殺意も感じないが……正体が正体なだけにセイカはまだ警戒を解かない。
ただの一般人ではなく、恐ろしい異形アンデッドを生み出している『穢れ魔道士』。
そんな物騒な異名と国を追放された事実を持つ者など、アンデッドを前にした時と同じくらい安心できるものではない。
「――ッ……」
その人物が一つしかない扉の前にいるため……もしセイカが脱出するなら窓から飛び降りるしか道はない。
そして流れる沈黙の時間。
いつもは軽やかなピアノの音が鳴り響く部屋で、しばらく無音が続いた中――その沈黙を破ったのはプリバトヤだった。
「……まあとにかく、だ。聞き逃したようだからもう一度、言おうか。……君も例外なく『特異体質』は持っているぞ」
◆
「――は? アンタ何を言って……」
またすぐに訪れた無言の静寂の後。
それを終わらせたのはセイカの口から漏れた驚きの声だった。
……今、プリバトヤは何と言ったのか?
今度こそはっきりと聞き取れてはいても、セイカの頭の中は混乱してしまっている。
「だから同じだと言ったのだ。仲間たちと同じく、君も『特異体質』持ちであると」
一方のプリバトヤは至って冷静そのものだ。
突然、カンナギ城を訪れた得体の知れない男は、まるですべてお見通しだといわんばかりの態度でその言葉を口にした。
「…………、」
対するセイカは全身を緊張させたままだ。
まさかの発言に動揺が収まらない中、少しの間を置いてから……眉をひそめてプリバトヤを見る。
「もし仮に……私にも『特異体質』があるとしてもよ。……何でそれをアンタが分かるっていうの?」
そして至極当然の疑問を口にする。
正直、あまり話などしたくない相手ではあるが……話題が話題なので無視はできなかった。
『特異体質』があるかないかなど、誰にも分かるはずがない。
ムウマの【種族感知】でさえ、そこまで判別することはできないのだ。
【属性付与】しか使えない魔法に疎いセイカでも、それくらいのことは知っていた。
「その通りだ。普通はそんなことなど分かるはずもない。……だが、この眼があれば造作もないことだ」
言って、プリバトヤがとある箇所を指差した。
それは自身の自然な青い右目とは正反対の、不自然な義眼が埋め込まれた左目だ。
青とは真逆の赤い虹彩の瞳には、プリバトヤの魔力とは独立した別の魔力が宿っている。
「――『天通眼』。魔道具の一種だ。対象の魔力量や使用可能な魔法属性、そして『特異体質』まで。魔力関係のものならすべて丸裸にできる代物さ」
渦巻くような魔力が宿った義眼、『天通眼』の瞳の中にセイカの全身が怪しく映る。
もしプリバトヤの言うことが真実ならば、その視界では今もセイカの魔力量、火の属性、さらにはまだ本人も知覚していない『特異体質』が視えているのだろう。
そんなプリバトヤは躊躇うことなく指を突っ込み、一度、『天通眼』を外してから、
掌の上にそれを乗せたまま、片目状態で不気味な笑みを浮かべる。
「あれは祖国から追放される前夜だったか。苦労はしたが国庫から盗み出せたのは運がよかったな。……さすがに国宝級の魔道具となると警備が厳重でね」
「……丁寧なご説明をどうも。それなら納得したわ。じゃあついでにもう一つ聞くけど……アンタ何しにここに来たのよ? まさか今さら仲間に入れてほしい、ってワケじゃないわよね?」
「フッ、当り前だろう。私は昔から群れることは嫌いなんでな」
セイカの問いを受けて、プリバトヤは鼻で笑って否定する。
そして『天通眼』を左目に戻すと、おもむろにセイカの顔を指差した。
「君に用があったんでな。だからわざわざ中央のこの城まで足を運んだというわけだ」
「……は? 私に用ですって?」
その言動にセイカの警戒心がさらに跳ね上がった。
だがプリバトヤは彼女の反応などお構いなしに、窓の外を眺めながらさらに話を続ける。
「……ついこの間、裏庭にいた君を外から見た時は驚いたぞ。まさかこんな絵に描いたような幸運が転がっていたとはな」
掌で顔を覆うほどにプリバトヤが笑う。
その指にもただの指輪とは思えない、魔力を帯びた魔道具らしきものが確認できた。
「神も望んでいる? せっせと集めて対価に合成などしてやらんでも……最初から君一人で事足りたとは皮肉なものだ」
「な、何をワケの分からないことを……。とにかくアンタには一刻も早くお帰りいただきたいんだけど?」
セイカが厳しい口調で言うも、プリバトヤが素直に帰る様子はない。
それどころかまた一歩、窓際に追い込まれているセイカに近づいてくる。
安心安全な城の中だからこそ……仲間たちが来る気配はない。
そもそもパンドラに向かったテンドウとムウマ以外の者たちも現在、城の中にはいないのだ。
ガガクとカグラはロッポウと一緒にまた闘牛場の木乃伊族狩りに。
ヒュウガとヨシくんの二人は庭園で南瓜頭族ファミリーの特訓に付き合っている。
残る非戦闘組であるネゾウに関しても、今は裏庭の畑で作業中だ。
つまり侵入者としては絶好のチャンス――。そこをプリバトヤが狙ってきたのは明白だった。
「では急ぐとしようか。そう早くには決着はつかないだろうが……。腐った肉と亡霊どもが集まる千載一遇のチャンスを逃したくはないんでな」
「ッ!?」
と、ここでプリバトヤが腰の魔法袋らしきものから何かを取り出した。
それが水晶であることはすぐに分かった。
色は水晶にしては珍しい鶯色だが……気になる点はそちらではない。
まるで難解な計算式のような、あまりに膨大かつ複雑な魔力が絡み合うように宿った水晶は――おそらくこれも魔道具だと思われる。
……相変わらずプリバトヤには敵意や殺意といったものは微塵もない。
ただ明らかにセイカに対して、何かをしようという意思はひしひしと伝ってきた。
そして取り出した水晶が暴れ出し、部屋が魔力の奔流に支配され始めた中で――。
「人――炉。それこそ――、――だ」
「え――?」
暴風にも似た魔力の奔流によって、重たいピアノが引きずられるように動く。
だがそれはウソのようにすぐに収まり、急に数秒間の静寂が訪れた瞬間。
「――感謝するがいい。私が君の中の蓋を外してあげるのだから」
直後。目が眩むような激しい光が生まれ、部屋の中を隅々まで照らす。
時間にしてわずか二秒。
その強烈な光が完全に消え去った時――部屋の中には倒れたセイカと、立ったままのプリバトヤの姿があった。
「……だが、私もまた感謝しよう。君という存在のおかげで、我が宿願が叶うのだから」
最後にそう明るい声色で伝えてから。
足元に転移陣を展開したプリバトヤは、姿をくらますようにカンナギ城を後にしたのだった。




