第八十九話 百年ぶりの地獄絵図
「……ははは……。アイツらが本気で潰し合うとこんな地獄絵図になるのか……」
五つある陸橋のすべてから生まれる轟音が亡都に響き渡る。
魔力の衝突一つとっても尋常ではない戦場を見て、双眼鏡で覗いているだけのテンドウは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
陰鬱な亡都ヤマトニア独特の空気は――もう完全に戦場のそれに変わっている。
安全圏のパンドラにいても本能が警鐘を鳴らすほどの激闘――。
とくに最もパンドラに近い第一陸橋の大将戦からは、空気が張り裂けんばかりの圧力が届いてきていた。
「……トンデモねえな。やはりこの街の主役は『三大ファミリー』……! 否が応でも思い知らされちまうぜ」
テンドウから双眼鏡を渡されたムウマも確認し、冷や汗をかきながら戦況を把握する。
ニゴマルと亡霊騎王の戦いは互角。
呪物で強化されたニゴマルは屍暴君を破っただけあって、同じ『不死の三傑』を相手にしても押されてはいない。
繰り出す掌底で大剣を弾き、巨体を武器に真正面から対抗している。
――さらにその隣、第二陸橋のジンロウタもまた評判通りの戦闘力だ。
『蛮獣使い』トノグロを吸収した腕長腐肉族を中心とした異形の群れ。
それらすべてを単独で相手取り、数の差など関係ないとばかりに互角以上に戦えている。
ほか下っ端構成員だけの第三から第五陸橋の方もまだ決着には程遠い。
質は異形となった腐肉族ファミリーが上回っているも、数では亡霊族ファミリーが圧倒している。
その二つが前衛から順に殺し殺され、戦線を押しては押し返されている状況だ。
(何つう戦場だよ……! もうほとんど大規模発生みたいなものだろコレ!?)
大国であっても一国の軍隊だけではまず殲滅できないほどのアンデッド軍団。
そんな規格外すぎる大抗争は……どこの戦場から崩れるのかを予測するのは困難だ。
まるで百年溜まった鬱憤を晴らすかのような殺し合い。
両ファミリーによる破壊と叫びを聞きながら、テンドウたちが固唾を飲んで観戦していた――その真っ只中で。
「「「「ッ!?」」」」
テンドウだけでなく、同じく櫓の上にいたムウマやミナクモ――そしてパンドラ内にいたすべてのアンデッドたちが。
突然、ぞわりと背筋に冷たいものが走ると同時、一斉にとある方向に振り返った。
地獄のような殺し合いが続く北西、ではなく東の方角。
亡都の歴史に刻まれるであろう大抗争とは別の方向に、まったく別の魔力を感じ取ったからだ。
――何かが接近してきている。
わざわざ索敵担当のムウマからの報告もいらないほどに、パンドラ内に届いてきた凄まじい魔力。
それを嫌でも感じ取った全員がその方向に視線を向けていると――すぐにその正体が見えてきた。
曇天の上空を飛ぶようにパンドラへと向かってくる人影。
おそらくは浮遊か飛行の魔法を行使しているのだろう。
一直線に距離を詰めてくるその者は、荒ぶる魔力からしても明確な意思を持って来ているとすぐに分かった。
「――おい待て、あれってもしかしなくても……! 死魔道姫じゃないのか!?」
ようやく肉眼でもハッキリと確認できる距離となって、テンドウが目をひん剥いて驚きの声を上げる。
ほかの者たちも同様に驚き、どよめきの声がパンドラ中を駆け巡った。
『不死の三傑』の一体にして、東の骨人族ファミリーの頭。
テンドウとしては亡霊騎王と同じく初めて実物を見るが……すでに似た者を間近で見ていたために確信していた。
亡都ヤマトニアの地下に支配者として君臨していたメビナ。
現死魔道姫との争いに負けたその実の姉と、魔力から姿から何から何まで似ていたのだ。
薄茶色の毛皮の外套とその下に着込んだ白のドレス。
こちらは色や模様こそ地味でも格好自体は同じだ。
また頭蓋骨に関しても、通常の骨人族の何倍もの厚みがあるという点もメビナと瓜二つである。
さらに耳障りな『啜り泣き』を伴う藍色の魔力もまったく同じ。
違いがあるとすれば掛けられた呪いの異能だけだ。
本人の周囲だけに降っている不自然すぎる雨を見れば――本物で間違いない。
その死魔道姫が向かっているのはパンドラではなく北西の戦場だ。
見る限り配下を一体も連れずに、たった一体で空から戦地に乗り込もうとしているらしい。
「――いやいや、アイツまで加わったらもう滅茶苦茶だろ!? 本当に戦場が更地になるぞ!?」
そんな人間、だけでなくパンドラにいる全アンデッドの心配などお構いなしに。
パンドラの上空を通り過ぎ、誰に邪魔されることもなく乱入者は飛行していき――。
この街の主役の一体、最後の『不死の三傑』である死魔道姫が――ついに戦場へと降り立った。
◆
「どういう風の吹き回しだ? 最も自分のナワバリから出てこないあの女が……こんな場所まで来るとはな」
「マサカ東ノ冷暗所カラ、ココデ登場スルトハ……」
三つ目の巨大勢力である東の骨人族ファミリー、その頭である死魔道姫が現れた。
降り立った場所は第二陸橋。
その隣の第一陸橋で殺し合っていた亡霊騎王とニゴマルは、自身らに並ぶ強大な魔力と姿を確認して、戦いの手を止めて想定外の登場人物に驚いている。
「私の可愛い配下をよくも異形の一部に……。覚悟はできているんでしょうねえ?」
自身の呪いによる雨に打たれながら、死魔道姫がゆっくりと口を開いた。
口調こそ冷静でも放つ魔力は凶悪そのものだ。
『啜り泣き』を伴う藍色の魔力の揺らめきは、明らかに腹の底からの怒りによって起きている。
「……ならどうする? 人間の魔道士と手を組んだ西のコイツらを潰すか。それともお前の配下の成れの果てと戦うこの俺を狙うか?」
と、急に現れた死魔道姫に対して、同じく冷静な口調でジンロウタが問う。
圧力そのものともいえる魔力を全身に浴びても、顔色一つ変わっていない。
腕長腐肉族と死魔道姫、どちらにも対応できる立ち位置で両者に睨みを利かせている。
「フハハハァ! まさか頭が配下も連れずに一人で乗り込んでくるとはなァ! すべての頭が一堂に揃うとは夢にも思わなかったぜ!」
続いて、腕長腐肉族が二体とは対照的な笑い声を上げた。
原因となった左肩に吸収されたトノグロの頭蓋を撫でながら、今の状況を楽しむかのように笑っている。
百年前の大規模発生の後、魔物の軍勢から街を奪い返した時以来となる、『三大ファミリー』の頭が揃い踏み。
当時とは面子こそ違えど、強力なアンデッドであることに違いはない。
むしろ百年前のあの時と比べても、魔力の総量は増しているくらいだ。
「いいねえ、この地獄絵図は! せっかく役者が揃ってんならよォ……! 今日でさっさと亡都の王者を決めちまおうぜ! テメェもそう思うだろ骨の女王!?」
腕長腐肉族がまた楽しそうに叫ぶ。
その狂ったような声に対して、怒れる死魔道姫の返答には――凄まじい魔力が込められていた。
「――【氷帝ノ逆鉾】」
地下の戦いでメビナがテンドウに放った、上位魔法級の強力な氷魔法。
それを二つ同時に展開すると、それぞれの氷の鉾をジンロウタと腕長腐肉族の両者目がけて撃ち込んだ。
「【閃律強射】」
「【閉門吐泥】」
瞬間、対抗した黄金の魔力と受けに回ったヘドロの魔力が氷の鉾と衝突した。
攻撃と防御、種類こそ違えどどちらも上位魔法級で威力は劣っていない。
その結果、防がれて砕けた無数の氷の欠片は、周囲に飛散して橋の下へと落ちていく。
――使う属性も魔力の色も、魔力に伴う『啜り泣き』の声も姉のメビナとまったく同じ。
異なるのはやはり掛けられた呪いの違いによる異能だけだ。
本人を中心に半径五メートル圏内に降り続ける、触れた瞬間から凍っていく氷結の雨。
だがこれも極寒と氷結の雨という類似性があるために、同じファミリーや地下のアンデッドたち以外に、彼女が姉妹だったことを知る者がいないのも納得だ。
そんな強大な骨人族は魔法を防がれたことを気にもしていない。
殺人的な上位魔法級のそれはただの挨拶代わり。
まるで何事もなかったかのように、死魔道姫はジンロウタの方へと視線を向けた。
「『黄金弓』。あなたさっき私にどうするかと聞いたわね。……答えは簡単よ。敵対する者はすべて滅ぼすのみ。――百年前のあの時と同じようにね」
「……だろうな。そう言うと思ったぞ」
軽く言葉を交わすと、死魔道姫とジンロウタ、さらに腕長腐肉族もまた魔力を込める。
だがそれはほかも同じだ。
魔力同士が衝突して混じり合わない戦場など、ここには一つとして存在しない。
――第一陸橋は亡霊騎王とニゴマルが。
――第二陸橋は死魔道姫とジンロウタと腕長腐肉族とその配下たちが。
――第三から第五陸橋は北と西の下っ端構成員たちが。
全員がアンデッドだからか、人間のように恐れを抱いている個体は一体もいない。
命ほど軽いものはない種族とこの街では、思う存分に殺し合うだけだ。
「「「「(ヴォオオオオオ――!)」」」」
そこに加えて聞こえてきたのが――東から迫る骨人族の軍勢の足音と魔力だ。
大集団が一つの生きた塊となり、ヤマトニアの北西部を目指して一直線に向かってきている。
怒りのままに先走ったであろう頭を追ってきたのは明白だ。
彼ら骨人族ファミリーもあと数分のうちに合流し、三つ巴の戦いとなる運命はもう避けられない。
冬の亡都に訪れた混沌。この大抗争の結末を知る者など――見捨てた神さえ分からない。




