第八十七話 贈りもの
――渡したいものがある。
責任者イマタイがそう言うので、彼についていくテンドウとムウマ。
中立域パンドラの中心から奥の方まで歩き、案内されたのは一番端にある露店(魔石屋)――のすぐ隣にある地下へと続く階段だった。
「この中だね。薄暗いから足元には気をつけてくれ」
そう言って先頭のイマタイが階段を下りていく。
クロちゃんには地上で待機してもらい、テンドウとムウマがその後に続いていく。
位置的にはちょうど貴族街壁の下に潜り込むような場所だ。
一応、光の魔石は設置してあるが薄暗い階段を進み、どんどん地下深くへと入っていく。
「さすがにアンデッドでもずっと雨風に晒されるのは堪えるからね。だから我々もオオダケたちと同じで地下の住人でもあるのさ」
そうして進むこと地下二階分ほど。
階段の先に広がっていのは、いくつかの扉がある大広間のような場所だった。
円形の広間の中心に円卓が置かれ、複数のソファには雑然と衣類が掛けられている。
どこか生活感があるところを見るに、イマタイが言うようにここは彼らの家のようだ。
「散らかっていてすまない。――さあ、こっちだよ」
そのリビングとも言える大広間の扉の一つを、イマタイが開けて奥の部屋に入った瞬間。
招かれた客人であるテンドウとムウマを待っていたのは――。
「こ、これは……。何か知っているのと似たような感じだな?」
「まさかくれるってのは……聖遺物じゃねえだろうな?」
「ハハハ。さすがにそんな代物は持っていないよ。……けど惜しい、似ているようなものではあるね」
テンドウたちが二度、経験している独特な聖なる空気。
自然と背筋がピンと伸びるようなそれが、十畳ほどの地下室の中に充満していたのだ。
その空気の発生源は――一目で高価なものと分かる桐の衣装箱だ。
三人揃ってその衣装箱の前に立つと、イマタイが桐の蓋を開けて――中に収納されているものが露わになる。
白地に朱色の糸での装飾が施され、首元のボタンが金色に輝く何とも上等そうな衣装。
それがキレイに畳まれて重ねられた状態で、まったく同じものが何着も収納されていた。
「――『聖者の外套』。百年前に魔物の軍勢に襲われたあの日、我々王族たちが着用していたものさ。戦闘の時だけでなく公式の場でも割と着用していたね」
懐かしそうに言って、イマタイは一枚を手に取ってまずテンドウに渡した。
実際に触って確認した厚みや肌触りからしても……とてつもなく高価なものだとすぐに分かる。
「おお、こりゃ何ともまた……」
だが派手さやゴツさはない。洗練された美とでも言えばいいか。
居城であるカンナギ城と同じように、一見、豪華ではあるも決して嫌味な感じはない。
おそらくこれが今は亡きハレルヤ王国の美的感覚なのだろう。
街並みこそ西方の文化を取り入れているも、東方特有の控えめの美というものもまた存在している。
「……んで、やっぱり聖属性が付与されているな。なるほどたしかに、これなら戦いの時も装備として使えるか」
「その通り。この外套を纏えば全身に聖属性が付与されるって寸法さ。これだけだと防御面では心もとないが、対魔物……とくにアンデッドへの攻撃面ではかなり有効になるね」
イマタイからの説明を受けながら、試しに王国軍の外套の上から『聖者の外套』を纏ったテンドウ。
すると着用した瞬間に加わった、清廉潔白のごとき独特な聖属性の魔力――。
それがテンドウ自身の魔力の上に、ピタリと重なったような感覚があった。
ゆえに兜化したドンチンを被った時の、あの強化状態とは少し違う。
こちらは魔力が一つに混ざりあってはいないため、装備感は残っている感じだ。
(ともあれ王族が戦闘でも使っていた通り、こっちも優秀な装備なのは間違いなさそうだぞ)
纏う聖属性に守られる感覚を覚えながら、テンドウはふむふむと頷く。
……ただ唯一、心配なのはドンチン(アンデッド)を被った状態で装備しても大丈夫なのかという点だ。
さすがに強化の度合いでは兜化による一体化の方に軍配が上がる。
もし反発し合うようなら同時に運用はできないが……まあそこは後で検証すればいいだろう。
「でもいいのか? さっきのバッジはアンデッド討伐に貢献した、ってことで受け取ったけど……。これはそもそも王族以外が手にできるようなものじゃないだろ」
「構わないさ。我々はもう王族でもなければ人間ですらないからね。それに聖属性が付与されているから、無理に着用すると具合が悪くなるだけさ」
イマタイは骸骨な顔でケタケタと笑う。
……ちなみにそのイマタイだが、元王族としての王位継承順位は第八位だ。
決して高くはないものの、パンドラの住人の中では最も上位であったため、泣く泣く(?)責任者という立場についている。
「テンドウとムウマ、あとガガクとカグラに……ヨシくんとヒュウガ。そして城にいるセイカとネゾウだね」
そんな役職がすっかり板についているイマタイは、人間ファミリー分の計八着の『聖者の外套』を衣装箱から取り出す。
それを一着一着丁寧に、当時のことを思い出しながらテンドウとムウマに手渡した。
「――ただじつは外套だけじゃないんだ。……ちょっとここで待っていてくれ」
と、イマタイはそう言ってすぐに部屋から出ていった。
残されたテンドウとムウマがしばらく待っていると――何やらガチャガチャン、という重そうな音が聞こえてくる。
そして部屋に戻ってきたのはイマタイと、顔なじみでもある彼の補佐役の骨人族だ。
その骸骨二人がかりで荷台に乗せて運んできたのは、何とも重そうな立派な全身鎧である。
「ちょ、イマタイ……この鎧はいったい?」
「ああ、『深冥岩の鎧』だよ。そして見ての通り、ヒュウガ専用の超重量級の防具だね」
さっきの『聖者の外套』とは正反対とも言える全身鎧。
少し赤みのある鈍い黒色で、ほとんど凹凸のないのっぺりとしたその鎧は、兜から脚甲までかなりぶ厚い造りとなっている。
また素材が金属ではなく岩石ではあるも、表面がキレイに研磨されているため光沢は存在していた。
「『特異体質』の【重量無視】――。それを聞いてから調達班に素材を探させていたけど……ようやく手に入れたのさ。本当はもっと細かく加工したかったけど、脱出の日のギリギリになってしまいそうだったからね。結局、面白くはない仕上がりにはなってしまったよ」
ズシリと重い鎧の各部位を、テンドウとムウマがそれぞれ受け取る。
兜だけでも軽く五十キロはあるそれは、その重さだけで頑丈だと分かるほどだ。
「う、うおぅ……」
深冥岩の特性についてはテンドウも知っている。
魔力を込めれば込めた分だけ吸収し、硬度、耐久力、重量が上がるというかなり珍しい岩石だ。
もちろん限界はあるが非常に多くの魔力を吸収できるため、重量さえ気にしなければ真銀をも超える頑丈さになる代物である。
ヒノモト王国では主要街道の橋の橋脚に使われるなど、素材としての信頼性は折り紙つきだ。
「なるほどな。もうすでに相当、魔力も込められているようだし……そりゃヒュウガしか装備できないか」
「だろう? 唯一の欠点となる重量が彼の場合は無効になる、どころかむしろ強みになるからね」
現在、ヒュウガが纏っている特注の鉄の鎧も重くて頑丈ではある。
たださすがに『深冥岩の鎧』と比べれば月とスッポンだ。
性能面でも重量面でも価値の部分でも、すべてにおいてこちらの方が勝っている。
「じゃあこの鎧も……本当にいいのか?」
「タダで貰っちゃパンドラは大損じゃねえか」
「ハハハ、大丈夫さ。ただの好意でウチが作っただけだからね。ぜひ受け取ってくれ」
……と、責任者であるイマタイがそう言うので。
テンドウもムウマも恐縮しつつも、いただけるものは素直にいただくことに。
仲間の新たな強力な装備を受け取ると、『聖者の外套』に続いてすぐに魔法袋の中に収納した。
「心から感謝するぞ。とくに鎧は命に直結する大事なものだからな」
「これで大きく戦力アップだぜ。本当にありがとうな、イマタイ」
そうして改めて二人揃って礼を言い、深く頭を下げてから。
これで用件も済んだので、皆で地上へと戻ろうとした時。
「――おっとそうだ。……最後に一つだけ」
イマタイが足を止めて振り返り、テンドウの方――というよりも腰のあたりに視線を落とした。
「そういえばずっと教えていなかったね。二代目となったその炎太刀の名を」
「え、太刀? ……あ、そっか。そういやコイツも城で手に入れたものだしな」
ここで話題に上がったのはまさかの炎太刀である。
兵士時代から使っていた刀が軍宿舎の戦いで折れた後、セイカが二階の倉庫から見つけて持ってきたものだ。
先端にのみ梅菊花模様の蒔絵が入った、紅蓮色の鞘に収まる刀身一メートルほどの大太刀。
今日までヒビすら入ることなく数々の強敵たちを斬り伏せて、今では対アンデッド特攻の『退魔の武器』化までしている名刀だ。
「――名は『天照』。かなり昔から王家に存在していた武器の一つだよ。ただ打った鍛冶師も使われた素材も一切不明で……なぜか分かっているのはその名だけなのさ」
以前と同じく、どこか懐かしそうな目でイマタイが言う。
話によるとその刀身の長さゆえに扱いづらく、城内に使い手は誰もいなかったようだ。
そして結局、最期となった大規模発生の時も含めて、一度も出番が来ることはなかったらしい。
「『天照』……。そうか、お前の名はそういう名だったのか」
名も知らずに振り続けてきた、炎と退魔を纏いし大太刀。
改めて相棒の名前を知ったテンドウは、感謝とともに「これからもよろしく」と心の中で語りかけた。
――とにかくこれで、イマタイの要件もすべて終わったようだ。
おそらくパンドラを訪れるのもあと一回ほどか。
亡都脱出の決行日の前に、その先にある『赫の大樹海』の横断に備えて色々と備品を買うくらいだろう。
「では上に戻ろうか。テンドウはもう地下はお腹一杯だろう?」
「ははは、だな。とにかく装備のことは本当に感謝するぞ」
「もう何度も同じようなセリフしか言ってねえが……色々と助かるぜ」
そうまた最後にイマタイに感謝を伝えてから。
テンドウとムウマは再び彼の背中についていくように、薄暗い地下の階段を上り始める。
――その一歩を踏み出した時だった。
「「「!?」」」
地上に戻ろうとした矢先、何の前触れもなく、ズズゥウウン――! と。
地下にいるテンドウたちの足元も空気も揺らす、身の危険を感じるほどの凄まじい轟音が――どこからともなく響いてきた。




