第八十六話 名誉のバッジ
「うーんやっぱり……我が家はいいですなあ」
カンナギ城に帰ってきてから三日ほど。
スズランの死という大きな悲しみを受けたテンドウだったが……いつまでも悲しんでいるわけにはいかない。
何よりスズラン本人にも怒られそうなので、仲間たちとともに前を向いて日々の生活を過ごしていた。
そんなテンドウは現在、休暇中である。
グランドピアノがある二階の一室にて、セイカが演奏する曲を聴きながら窓際に座り、庭園の方をボーッと眺めていた。
地下では激しい稽古の日々を過ごしていたので、休暇は五日ほどを予定している。
脱出決行日となる亡都の命日、年明けまではもう一月を切っているため、これが最後の休暇だ。
ただ当然、休暇だからといって何もやらないわけではない。
体が鈍らない程度には剣を振ったり走ったりはしている。
そしてもちろん、一月ぶりとなるセイカの【属性付与】も再開していた。
「おーっ。二人もこの一月でさらに成長したみたいだな」
テンドウが庭園から視線を移すと、城の敷地内を走っているガガクとカグラの姿が。
自ら伝授した王国軍式のトレーニングだ。
新兵なら音を上げるほどの過酷なそれを行っているが……脚が止まる気配はない。
以前よりも速度も上がっており、足腰や心肺機能が相当、鍛え上げられているようだ。
「テンドウが地下に落ちてからも、バクラ闘牛場で木乃伊族狩りを続けていたからな。あとロッポウとも実戦稽古をやるようになったぞ」
「……へえ、そうだったのか。どうりでたくましくなったと感じるわけだ」
ヨシくんからの報告に、テンドウは満足気に九歳児の双子兄妹を見る。
たゆまぬ努力の成果はもちろん、やはり大きい【不死族喰らい】の恩恵によって。
テンドウに次ぐ人間ファミリーの若き主戦力もまた、すくすくと成長していたのだ。
……だが、じつは鍛えているのは人間だけではない。
テンドウがまた庭園の奥の方に視線を向けると――そこには重戦士のヒュウガと実戦稽古をしている南瓜頭族ファミリーの姿があった。
「かなりやる気に満ちているな。どうやらいい刺激になったようだぞ」
――頭であるドンチンの兜化による、テンドウとの一体化。
それによって黄金の炎太刀に色を変え、大幅に魔力の出力が上昇。
また全身には不思議なオーラを纏うことで、いかなる状態異常にもかからない。
加えて、兜として頭に直接、被っているからか、両者の思考の共有という現象まで存在している。
改めて披露されたその目覚めた能力を見て、彼らは「俺も」「僕たちも!」と奮起していたのだ。
南瓜頭族の真価であるそれを会得するべく、まずは必須となる『種族進化』を目指すために頑張っていた。
さらにアンデッドでいえば、ウメら地下のアンデッドたちはすでに地下へと戻っている。
脱出した日とその翌日の昼まで地上で過ごした後、集落やそれぞれの家に帰っていた。
……ちなみにその際、使ったのは街の外にあるあの出入り口ではない。
地下に下りるだけ、つまり一方通行の穴はテンドウが落下した大穴以外にもあったらしい。
南エリアにはぽつぽつと存在するようで、ほかの小さめの穴から下りていっていた。
「……そういやネゾウ、腰の方は大丈夫か? スズランがいなくなって収穫も大変だろ?」
「うむ。気をつけてはおるし、ムウマもほぼ毎日、湯船を溜めてくれているが……なかなか良くはならんのう。歳も歳じゃし、上手く付き合っていくしかあるまい」
同じくセイカの演奏を聴いていたネゾウに聞くと、そんな答えが返ってきた。
脱出の際はクロちゃんに乗ってもらう予定のネゾウだが、その後には『赫の大樹海』の横断も待っているのだ。
かなりの長旅になることを考えると、体の不調は気になるところである。
(俺も今日は久しぶりに湯船に浸かるかな。んでその後は……こっちも久しぶりにヨシくんと盤上遊戯で勝負でもするか)
――とまあそんな感じで、仲間たちとまったりと過ごしたテンドウ。
農作業や城内の掃除も手伝うなど、普通の世界の普通の生活を過ごしていれば――あっという間に休養期間の五日が経過した。
そして翌日。スズランのエプロンを引き継いだ、セイカが作ってくれた朝食をしっかりと食べた後。
同じくセイカに百三十五回目となる付与をしてもらって――テンドウは久しぶりに城の外へと出る。
今回の目的地は貴族街の北西、中立域パンドラだ。
そこで大切な所用があるため、久しぶりに向かうことになっていた。
「ちょうどいい。テンドウ、道中で面白えものを見せてやるよ」
「うん? 面白いもの……とな?」
と、出発直前にムウマが悪戯っぽく笑いながら言う。
その言葉と表情にキョトンとするも、とりあえずテンドウはクロちゃんに騎乗し、ムウマと二人で向かうことに。
ほぼ安全圏な庭園を抜けて、貴族街の中を進んでいると当然のごとくアンデッドと遭遇。
貴族街の外ではないからか、現れたのは異形ではない通常の腐船族だ。
単独でいたその個体に対し、テンドウが離れた距離から技を放とうとする――その前に。
それを手で制したムウマが、魔法袋から何やらぶ厚い本のようなものを取り出した。
「――不浄なる者よ。穢れたその心と体を私は拒絶する。生と死。陰と陽。決して互いが交わらぬように」
……そんなセリフを口にした瞬間、腐船族が嫌がるように距離を取った。
さらにもう一度、ムウマが同じセリフを復唱したところ……完全に背を向けてテンドウたちから逃げていく。
「!? んな……今、何をしたんだムウマ?」
「フッ、ただ聖典の言葉を一言一句、正確に読んだだけだぜ」
「聖典? ……なるほど、じゃあ手紙にあった『開かずの扉』の先、第二の宝物庫に眠っていた掘り出し物ってそれのことだったのか」
「そうだ。だがアンデッド全員に効くわけじゃねえぜ。『はぐれ』や異形の強個体は一瞬、怯むだけで逃げてはくれねえな」
ぶ厚い本、改め聖典をパタンと閉じるムウマ。
テンドウが地下にいた時に『開かずの扉』が開いたことを考えると……第二王子の関係だろうか?
当の本人がいないので真実のほどは分からないが、とにかく対アンデッドで役立つものを手に入れたのは確かなようだ。
「つうわけで雑魚は任せろ。強敵の方だけ焼いてくれりゃいいぜ」
「おう、了解した」
その聖典の力も借りて、そこらのアンデッドはムウマの言葉で撃退し、異形に関してはテンドウが処理をする。
そうやって貴族と庶民を隔てる街壁に向かって進んでいけば――ほどなくして中立域パンドラへと到着したのだった。
◆
「――おお、テンドウか。話はムウマから聞いていたからね。無事に地上へと戻れたようでよかったよ」
「久しぶりだな。今回の件は本当に心配をかけたぞ」
パンドラの中に入ってすぐ、テンドウが真っ先に向かったのは責任者の骨人族、唐草模様の外套を纏ったイマタイのもとだった。
東西南北各エリアが騒がしくなっても、やはりここだけは変わっていない。
何度もお世話になり、人間を贔屓にしてくれるアンデッドたちが作り出す安全地帯。
この場所に流れる空気だけは、相変わらず穏やかなものとなっている。
「……スズランのことは本当に残念だったね。きっと彼女もまた、テンドウの元気な顔を見たかったはずだよ」
「ああ、ありがとう。死に目には会えなかったけど……すぐそばで眠っているから見守ってもらえている気分だぞ」
久しぶりに顔を合わせた二人が握手を交わす。
テンドウにとっては苦労や心労が続いたせいもあるだろう。以前にも増してイマタイが友好的に接してくれている印象を受けた。
「それで今日は何用かな? 必要なものは色々と揃っているよ」
「いや、今日は買い物じゃないんだ。じつは地下でだな……」
そこでテンドウが防具の下から何かを取り出した。
キレイな布に包まれていたそれは――バッジだ。
星型の中心に三つ葉菊の家紋が刻まれた、金色に輝く掌サイズのバッジである。
これはメビナ戦の前、もしもの時のためにとオオダケに託されていたものだ。
だがテンドウを守ったことで命を落として、結局、返せずじまいに。
そのためテンドウがずっと大切に保管していたままだった。
「これは……。ずいぶんと懐かしいものだな」
「オオダケっていう包帯人族のアンデッド……地下で世話になった剣の師匠から預かったものだ」
言って、テンドウはそれをイマタイに返そうとする。
なぜならこのバッジとイマタイ――だけでなく、パンドラの住人たちとは関係があるからだ。
『東星褒章』。
科学、魔法、芸術、武芸など、分野を問わず国に貢献した者が王族から授与される、今は亡きハレルヤ王国における由緒正しい章だ。
そんな誉れ高き章を授章した者に贈られるのが、この黄金のバッジというわけである。
「……オオダケか。久しぶりにその名を聞いたね。五十年以上も顔を見せなかったから……もう遥か昔に死んだものかと思っていたよ」
テンドウから手渡されたバッジを見て、元王族であるイマタイが懐かしそうに微笑む。
どうやらイマタイはオオダケを知っていたらしい。
聞けば五十年前までは普通に地上を行き来し、ここ中立域パンドラにもたまに顔を出していたようだ。
「……まずは何から話そうか。俺が地下に落ちて最初に出会ったのが……師匠となるオオダケだったんだ」
つい一月前のことを思い出しながら、テンドウはイマタイに語り出す。
当時の地下の状況やメビナの存在、それによって五十年間も地上に出られなかったこと。
そして先の地上を巡る戦いで、オオダケたち多くの地下のアンデッドたちが命を落としてしまったことを。
「…………、」
それをイマタイは驚きながらも黙って聞いていた。
途中からは露天の店主たち、改め元王族にして『魔道無心流』を習っていた者も集まり出して、テンドウがする懐かしい面々の話に興味深そうに耳を傾けている。
「――というわけだ。だからこのバッジを王族であるイマタイたちに返そうと思ってな」
「……なるほど、そういうことだったのか。――ならそれはテンドウが持っていてくれ。オオダケもそう思って渡したはずだからね」
「え? いやでもこれ……。そんな簡単に貰うようなものでもないし……」
「構わないさ。それにこのバッジは国に貢献した者に贈られるもの。国に蔓延るアンデッドを、荒くれ者たちを討伐してくれているテンドウには相応しいものさ」
そのイマタイの声に、周囲の元王族の店主たちも同意するように頷く。
何度も利用している武器防具屋も魔石屋も雑貨屋も、ほか利用したことのない店の店主たちまで全員、納得しているようだ。
「う、うぅむ……」
対して、予想外だった彼らの反応にテンドウは少し戸惑ってしまう。
ただ元王族……というよりも、色々とお世話になっている者たちだからか。
パンドラの住人たちの申し出を断ることはできずに、テンドウは結局、バッジをまた受け取ることに。
「――そういやテンドウ、地下といえばゲッコウのやつは元気だったッスか?」
と、今度はチューリップハットに甚平姿の亡霊族、亡都新聞の記者ミナクモが話しかけてきた。
パンドラの中では異彩を放っている男ではあるも……一応、彼も歴とした元王族である。
そのミナクモの問いを受けて一瞬、ゲッコウって誰だっけ? と思ったテンドウだったが……。
すぐに白い首巻を巻いた木乃伊族の姿を思い出した。
「ああ、あの人か。同じ集落でもそんなに接点はなかったけど、まあ元気ではあるかな。ただ基本的には無気力な感じだったぞ」
「ははは、やっぱり相変わらずッスね。……けど、アレでも一流の魔法陣の設計士だったんスよ」
「え、そうだったのか? 人は見かけによらない……まあアンデッドだけど」
「ちなみに、ここパンドラが戦闘不可の安全地帯なのもアイツのおかげッスよ。まだ地上にいたころに、設計から設置まで一人でやってくれたんスから」
「――は!? ウソだろ? こんなヒノモト王国にもない完璧なものをたった一人で!?」
そんなまさかの新情報にテンドウが驚き――お喋りなミナクモの話がさらに続きそうになったところで。
隣にいた責任者のイマタイがオホン! とせき払いを一回。
ミナクモを手で制して後ろに下げさせると、テンドウやムウマの方に向き直った。
「――では二人とも、こちらへ来てくれ。ぜひ君たちに渡したいものがあるんでね」
「……ん? 渡したいものとな?」
「別に注文してたもんはねえはずだが……?」
そう言ったイマタイに案内されるがまま、テンドウとムウマはとある場所へと連れていかれるのだった。




