第八十五話 弱者だった者たちは
百年の月日が経った今でもアンデッドが争いを続ける亡都ヤマトニア。
大きく四つに分かれたエリアが存在する街で、嵐の前の静けさに包まれている一角があった。
――場所は東と南エリアの境界線。
やや外壁寄りに位置するひらけた空間には、寂れた砂場や遊具などが置かれたまま。
かつて子供達の声が響いていたその公園を中心に――二つの陣営が睨み合っていた。
「……お前さんが例の魔道士風情か。ヒヒッ! やはり人間だったようだな!」
公園の東側で迎え撃つのは当然、東エリアをナワバリとする『三大ファミリー』の一つの骨人族ファミリーだ。
それを先頭で率いる個体は、首から上にあるはずの頭蓋骨が存在していない。
――否、あるにはあるがなぜか胸骨に埋まっているという、奇形も奇形な骨人族の姿をしている。
『蛮獣使い』トノグロ。
大物アンデッドであるファミリーの幹部は、自身の後ろに直属の配下を並べている……だけではない。
そこに加えて、頭の死魔道姫から預かった構成員、総勢百五十体を超える戦力を従えていた。
「…………、」
――対する公園の西側、異形の群れを率いるのは、フード付きの外套を纏った男。
ただ魔力遮断の効果を持つフードは被っていない。
胸元まであるウェーブがかった長い金髪も、整った堀りの深い顔も、左目の義眼も。
すべてを露わにさせた状態で――プリバトヤは笑っていた。
別名『穢れ魔道士』。
ここ亡都ヤマトニアから遥か西の国、マナラーン皇国を追放された男だ。
こんな辺境の地まで一人やってきた物好きな人間は、トノグロ同様、後ろにアンデッドたちを従えている。
……だが、別に配下でも仲間というわけでもない。
そもそも異形アンデッドたち自体が一つのファミリーというわけでもないのだ。
「あの敵将だけは私がやるから手は出さなくていい。下手に援護されて倒されるとむしろ困るからな。――諸君ら、その点だけを気をつけて……あとは好きに暴れてくれたまえ」
今すぐにでも殺し合いが始まりそうな張り詰めた空気の中、プリバトヤが後ろにいる異形アンデッドたちに伝える。
どうやら今回はプリバトヤ自身も戦うらしい。
ただ大将(?)のその声を受けた彼らの反応は様々である。
頷き答える個体もいれば、まったく無視して敵軍だけを見ている血の気の多い個体もいる状況だ。
急きょかき集めた南の連合軍――。数も敵よりは少ない四十数体ほどだ。
多くのファミリーが存在する亡都ヤマトニアの住人から見れば、寄せ集めのような印象を受けるだろう。
「ヒヒヒ! 噂通りの不自然な揺らぎのある魔力に、ブサイクなつぎはぎのような体――。せっかく西の腐れ肉どもと北の亡霊どもが潰しあっている中でよお……。ヒハハッ! 覚悟はできているんだろうな、ゴミども!」
そんな異形アンデッドの連合軍を前にした、トノグロの両脇。
軽く手を伸ばせば届く至近距離に、明らかに骨人族とは違う存在がいた。
この場でトノグロ以上の強烈な魔力を放つ二体の獣――いやケダモノである。
一体は体長三メートルはあろうかという虎だ。
幾何学模様の奇妙な柄のその虎は、特徴的な螺旋状の鋭利な牙と爪を剥き出しにして、酷く充血した目で標的を睨んでいる。
もう一体も同じく体長三メートルほどの大猿だ。
体毛の幾何学模様も虎と一緒で、こちらも充血した目で標的を睨み、口元からはヨダレを垂らしている。
「ヒハハハ! ヨギの堅物はしくじったようだが……俺はそうはいかねえぞ? それに今回はあの『炎の剣士』もいねえからな。異形ともども俺の蛮獣のエサとなれや!」
そしてトノグロが全身に魔力を込めると――両脇にいる蛮獣二体に変化が起きた。
ゴゴォオオ! と突然、燃え上がった三メートルの毛皮の体躯。
二体揃って火ダルマとなり、曇天の下の公園の東側だけが明るくなる。
……だが悲鳴の類は一切、聞こえない。
全身を焼くはずの激しい炎は、むしろ纏う魔力のように蛮獣二体を強化していた。
――『日光の呪い』。それがトノグロにかけられた呪いだ。
その内容は直射日光を浴びれば死に至るという重大なもの。
一方で授かる異能については、強力な炎の【属性付与】を肉体そのものに与えるというものだ。
「……やれやれ、どこが呪いなんだか。晴れる日が少ないうえに、霧も出るこの街では大したデメリットにはならない……か。やはりお前も実質的な加護となっているようだな」
眉をしかめて炎上する蛮獣二体を見るプリバトヤ。
ただその顔に焦りの色はまったくない。
すでに情報として知っていただけでなく、どこか既視感のある炎の付与自体も、あの男の太刀と比べればまだ可愛いレベルだからだ。
「ヒャッハハァ! ――さあ、楽しいパーティーの始まりだ!」
直後、昂るトノグロが右手を上げて――まず動いたのは虎だった。
凶悪さ丸出しでも主人に忠実なる炎の虎が、凄まじい速度で地面を駆けて先頭に立つプリバトヤに迫る。
「――【鉄槌黄雷】」
対するプリバトヤが放ったのは雷属性の上位魔法だ。
わずか十一歳の時に習得した高質量を有する雷を放ち、炎の虎の蛮獣が放った爪の一撃を相殺する。
その荒々しい攻防を合図に、両軍が一斉に前進を開始。
地鳴りのような唸り声が何十にも重なり、境界線にある公園を中心に南と東の抗争がついに始まった。
どちらかが全滅するまで決して終わらない戦い――。
東と南、決して相まみえることのなかった強者と弱者が、殺戮衝動のままに暴れ狂う。
「ヒハハッ! 感謝しな人間! 幹部様が直々に相手してやるんだからよお!」
「それは助かる。私も雑魚の掃除など御免なのでな」
そんな苛烈な戦場、早くも激しい土埃が舞う中で……両軍の将であるトノグロとプリバトヤが対峙する。
炎の虎は戦場で暴れ回る一方で、炎の大猿の方は主人を守るようにそばに控えたままだ。
トノグロの魔法で召喚された存在は、凶悪かつ獰猛ではあるも、完全に支配下にはあるらしい。
「……まったく、気味の悪い魔力だ。呪いや姿形などよりもよっぽど不快で耳障りだな」
目の前にいるトノグロを見て、プリバトヤがまた眉をしかめる。
戦場の怒号に混じって聞こえるのは『うなり声』だ。
トノグロから発される灰色の魔力には、こちらも情報通りに複数の男の低い『うなり声』が伴っていた。
「……それで結局、頭が出てこなくていいのか? お前の仲間だった『八本指』の時とは違うぞ。この一月ほどの時間で、コイツらは異形の体が馴染んでいるからな」
「ヒヒハ! 余計なお世話だ。元の素材が弱小中堅のゴミなら――できあがったモノもまたゴミに変わらねえよ!」
「……なるほどな。その慢心が敗北の原因となるわけだ」
互いに殺気の乗った会話を交わし、今度はプリバトヤから攻撃を仕掛ける。
放たれた雷魔法がトノグロに到達する直前、主人を守るように炎の大猿の拳がぶつかり合い、弾かれた雷と炎が周囲に飛び散っていく。
……今も昔も、トノグロが自らの手を汚すことはほとんどない。
様々な権謀術数を巡らせて裏世界を生き抜いてきたキレ者。
同じ首謀者タイプであったとしても、プリバトヤとはまた少し違う大悪党だ。
「ここは閉ざされた不死の国――。人間なんぞがしゃしゃり出る幕はもうねえんだよ!」
そんな大将同士を中心に、魔法や物理攻撃の衝突が絶え間なく繰り広げられていく。
舞台は公園。だが誰一人として遊び感覚の者などいない本気の殺し合いだ。
――この日、多くのアンデッドの命が亡都の東と南エリアから消えた。
小競り合いでは済まない大きな抗争は、日没を迎えるまで続いたという。
そして築かれた屍の山の中にも、それが消え去った後の公園の中にも――人間の姿は確認されなかったのだった。




