第八十四話 別れ
「「「ヴおおおおおおォオ――ッ!」」」
地下のアンデッドたちの口から歓声が生まれる。
悲願とも言える地上へと出た瞬間、生き残った六体はまるで人間のように喜び、不死の体で飛び跳ねた。
……天気自体は薄曇りではある。
また出口は街から少し離れた『赫の大樹海』の中だったらしく、背の高い木々に遮られてはいるが……。
それでも視認できた太陽の光に、地下から脱出したアンデッドたちは涙を流すほど歓喜していた。
「長いような短いような……。いや、たかだが一月だけの俺たちにとっては短いか」
そんな喜ぶ彼らのそばで、ホッと一息を吐きながら。
この場で唯一の人間であるテンドウは、くるりと振り返って――そして見た。
樹海の木々の隙間からのぞく亡都ヤマトニアの外壁を。
ぐるっと一周、街の広さから考えれば途方もなく長い巨大建造物が、百数十メートルほど先にたしかに存在していた。
「外側からは初めて見た――っていうか、待て! 地上ってだけじゃなくて……これ街の外にも出られているじゃないか!?」
少し遅れて現在の状況に気づくテンドウ。
地下から脱出するために地上へと出た結果、もう何か月も待ち望んでいた亡都からの脱出に、人間ファミリーで一人だけ成功してしまっていた。
……じつはテンドウ、オオダケたちからは地上としか聞いていなかったのだ。
てっきり街のどこかに出ると勝手にカン違いしていたため……危うく引っくり返りそうなほど驚いてしまう。
「オイラも外は初めて出たぞ。何せ南はほかのファミリーどもが蠢いてやがるからな。……すごく新鮮な気持ちです」
「オホホホ! 私は転移できるから別に何の感慨もないわ。アレもただの殺風景な大きな壁ね。……ウメはどうかしら?」
「あたしも前に見たことあるよ。でも五十年ぶりだからすっごく懐かしいなあ」
街を守る高くてぶ厚い外壁を見ながら、それぞれが感想を言い合う。
壁の状態だけを見れば亡都ヤマトニア、というよりも人間が住んでいた頃の王都ヤマトニアと言ってもおかしくはない。
中の街並みと違って朽ちてはおらず、百年経った今でも崩壊しそうな雰囲気はなかった。
――とにもかくにも、とりあえず街の外に出られたのは分かった。
あとはもう一つ、きちんと確認すべき重要なことがある。
「なあウメ、ここがどの辺りか分かるか?」
「えーっとね、方角的には南東だよ。ほら、あっちに北のダイセツ山脈が見えるでしょ? だから間違いないよ」
「……なるほど、南東か。なら出口としては悪くないな」
テンドウは顎に手を当てて考えを巡らせながら、大きく頷く。
街への出入りをする門については、南以外の三つは通行不能となっている。
そのため南東ならば唯一、通れる南門に近いのだ。
「メビナという強敵を倒した甲斐があったな。……どうやらツキはあったようだぞ」
樹海の地面を踏み締めながら、テンドウはしみじみと言う。
そうして現在地を把握し、アンデッドたちの興奮も落ちついてきたところで――いざ行動再開である。
……ただ現在は連れの仲間たちがいるのだ。
彼らはすでに地上に出るという悲願を達成している。なのでこれからどうするかテンドウが聞いてみたところ、
「もうしばらくは地上で過ごしタい!」「久々の外気浴を楽しみたいぜ!」ということだったので――結局、一緒に南門を目指すことになった。
ルート的にはぐるっと南に回り込む形だ。
一旦、樹海を出て外壁との間にある緩衝地帯(?)の部分へ。
ここなら街中でも『赫の大樹海』の中でもないため、とくに道に迷う心配はない。
「でもアンデッド以外の魔物には要注意……と思ったんだけどな? ちょっと拍子抜けするレベルでいないぞ」
壁沿いに進めど進めど、街の外に魔物の姿はまったく見えない。
『赫の大樹海』の浅い場所にすら姿が見えないことを考えると、亡都ヤマトニアを恐れて周辺には近づかないと思われる。
「ただ樹海にはアンデッドの味を覚えた変食の魔物もいるにはいるわ。一応はそれに注意していくわよ」
「そ、そうなのか。……了解した」
モモヒメのその声を受けて、テンドウたちは警戒を解かずに南門を目指す。
それでもやはり魔物の姿は見えず、一度も戦闘は起きることなく――ついに一行は南門へ。
門の近くには凄まじい戦闘の痕跡が、それも真新しい傷こそあれど……相変わらず魔物自体の姿はない。
ならば今のうちにと門に接近。本来であれば中から出てくるはずだったその大きな南門を――外側からくぐって街へと入った。
「…………え?」
一月ぶりの亡都ヤマトニア、群雄割拠な南エリアに足を踏み入れてすぐ、テンドウはあることに気づいた。
……だいぶ荒れている、と。
オオダケのカラス伝いの手紙のやりとりで、南では異形が増えていることは把握していたが……。
「この一月でこっちもかなり変わった……のか? まあ、ここは初めて来たから正確には分からないけど……」
崩れた建物やまだ渇ききっていない血の匂いなど、荒れた様子の南エリア。
新たな頭となったニゴマル率いる西の腐肉族ファミリーと、北の亡霊族ファミリーで抗争が始まった一方で、
南の方は南の方で、残る『三大ファミリー』の一つ、東の骨人族ファミリーと争い始めたとは聞いている。
「かなり殺伐とした空気だな。何だか血の匂いも前より濃い感じもするし……。とにかくここからは慎重に進もうか」
いざ懐かしき南エリアの中へ。
だがその前に、テンドウはドンチンと視線を合わせると……互いに大きく頷いた。
現在の状況がどうとかは関係なく、貴族街の外はより危険なエリアなのだ。
しかも今は疲労が溜まっている状態なので、出し惜しみをしている余裕はない。
……ということで、
「よしオーケーだ。来いやテンドウ! ……です!」
――すなわち、ドンチンの兜化および装備である。
再び南瓜な頭だけとなったドンチンを被った瞬間、両者の魔力が一つに混ざり合い、手に持つ白い炎太刀も黄金色へとその色を変えた。
「ブルルゥウ……ッ!」
そこに加えて、もう一体の相棒もだ。
黒仮面馬族のクロちゃんに騎乗して騎士スタイルとなれば――今のテンドウの最大戦闘力となる。
そんなテンドウを先頭に慎重に進む一行。
ムウマの索敵はないため周囲を警戒しながら、脱出時のルート確認も兼ねて逆走する形で街の中心を目指す。
「――っと。いきなり異形のおでましか!」
まず現れたのは朽木族……らしきアンデッドだ。
一本の樹木の巨体からは複数の種族の身体的特徴が枝のように生えており、極めて歪な見た目となっている。
相変わらずのちぐはぐ感はあるが、間違いなく強化はされている。
独特な変な魔力の揺らぎも、その不気味さや脅威度を増幅させていた。
「あら嫌だ。久しぶりに見ても気味が悪すぎるわね……。テンドウ、焼却をよろしく」
「おう。任された」
……とはいえ、戦力的にはメビナを倒した今のテンドウの敵ではない。
また疲労状態であっても、ほか六体の地下アンデッドたちがいるのだ。
さすがに人間ファミリーの戦闘班よりは落ちるも、街中を進む戦力的には揃っている。
「――討伐完了、っと!」
ゆえに何の問題もなくその異形アンデッドを処理。
出力が上がった黄金の炎太刀の一振りで息の根を止め、赤子の手を捻るかのように討伐に成功した。
ただ一つだけ想定外だったとすれば――南エリアの敵の数か。
局所的に南門付近が多いのかは分からない。
だが多くのアンデッドが一体に集束する異形化が行われてなお、それなりに多い数がいるのを見ると……元の数が凄まじく多かったのだと理解できる。
「ったく、次から次へと……!」
遭遇してしまった敵たちを片っ端から討伐していく。
逃げる方が逆に脚を使ってしまい、皆の疲労が蓄積してしまうからだ。
精神的には逃げる方が楽ではあるも、テンドウたちはやむなく連戦に次ぐ連戦をこなしていくことになり――。
「……うん。これはもう……無理は禁物だぞ」
「だな。……焦らず亀のように、です」
結局、今日中のカンナギ城への帰還は早々に諦めることに。
目的地を貴族街の外にある第三拠点、廃病院の待合室に変更。
無理のないペースで脱出ルートを北上し、皆で協力しながら敵を倒して進む。
(索敵、戦力……そして運もか。分かってはいたつもりだけど、こりゃセイカたちを守りながら脱出するのは骨が折れそうだな……)
厳しい現実を目の当たりにしながら、テンドウは先頭に立って道を切り開く。
そうして小休憩を挟みつつも、一歩一歩確実に進んでいけば――地下へと落ちる原因となった公衆浴場まで到達。
いまだ塞がれていない大穴を横目に進み、目的の廃病院にたどり着いたのは日が傾き始めた頃だった。
「……お疲れさん。とりあえず今日は休もう。聖杯の影響で安全地帯になっているから安心して――って、人間は俺だけだったな」
「おう。んじゃまた明日だな。オイラは二階の手術室で寝るとするか。……おやすみなさい」
「私はちょっとこの中を探索してから休もうっと!」
テンドウはアンデッド不可侵領域となっている安全な一階待合室で。
ほかは当然、アンデッドなので入れないため、それぞれが適当な部屋で休むこととなった。
――――――――………………。
――そして無事に夜が明けた。
地下のアンデッドたちが待ち望んだ陽の光が、雲の合間から微かにまた亡都を照らし始めた中。
逸る気持ちで朝早くから出発し、昨日のうちから見えていたカンナギ城に向かってテンドウたちは突き進む。
「ったく朝っぱらから……! お前らが規則正しい生活なんてするなっての!」
そしてもちろん、昨日と同じく異形アンデッドとの戦闘をこなしながらだ。
石垣の塀を突き破って奇襲してきた個体に肝を冷やされつつも、テンドウを中心に邪魔する者を薙ぎ払い、もはや見慣れた貴族街壁の内側へ。
そこをさらに北上していけば――今や人間ファミリーのナワバリとも呼べる庭園に入った。
ここまで来ればもう安心である。
一転してほぼ安全圏な庭園の中を、地下で出会った仲間たちとともに戦闘もなく進んでいけば――。
「……やっと帰ってきたぞ。久しぶりの我が家に」
正面に立つ白亜の城、カンナギ城の姿を見てテンドウはしみじみと呟く。
クロちゃんに騎乗したまま常歩でゆっくり近づいていくと……到着する前に城の扉が開き、城内から一人、誰かが出てきた。
片足が義足になっている丸坊主の男――ムウマだ。
『特異体質』の【種族感知】でいち早くテンドウたちを感知したのだろう。
飛び出すように城から出てくると、城門も抜けてテンドウたちのもとへと走ってくる。
「テンドウ、やっと戻ってきたか!」
見慣れた顔とその声にテンドウは心の底から安堵する。
地上に上がった時やカンナギ城の姿を見た時もそうだったが、やはり仲間の姿こそが一番、安心できた。
「……おう。何とか無事に戻れたぞ。ほかの皆も一緒だ」
駆け寄ってくるムウマの声に両手を上げて答える。
――が、そこでテンドウはふと違和感を覚えた。
なぜならムウマの表情が、仲間の帰還に安心したような顔である一方で、どこか暗い雰囲気を纏っていたからだ。
その理由はムウマの口から出た言葉ですぐに分かった。
久しぶりの再会を果たして喜び合ったのも束の間、ほんの少しの沈黙の末に――。
「……テンドウ、落ちついて聞け。スズランが――――死んじまった」
◆
一月ぶりの城に戻り、皆と再会した喜びはほんの一瞬で崩れ去った。
青ざめた顔になったテンドウが皆に案内されて向かったのは、豊富な作物が実っている畑がある城の裏庭だ。
――人間ファミリーの肝っ玉母ちゃんこと、スズランの死。
転移事故の被害者として最古参の一人であるスズランはもういない。
城に残っていた者たちの中で別れを済ませた後、その亡骸はすでに埋葬されたことで、テンドウが再び顔を合わせることはできなかった。
「……つい三日前の朝だったわ。朝になっても起きてこないから、ガガクとカグラが部屋に見に行ったら……もう冷たくなっていたのよ」
「そう……だったのか」
いつもとは違う、亡都の淀んだ空気がすべて入り込んだかのような裏庭の中で。
皆が作ったスズランが眠る墓の前まで来たテンドウは、気の抜けてしまったような顔で両膝をつく。
城に戻れたら楽しみにしていたスズランの料理はもう二度と食べることはできない。
だが、今はもうそんなことはどうでもいい。
それよりも何カ月もともに過ごしてきた仲間の顔を見られないことの方が、遥かに受け入れがたくて辛いことだった。
「最後まで私たちを、とくにテンドウが無事に帰ってこられるか心配してたわ。……そして帰ってきた日には、豪華な食事でビックリさせてあげよう、って」
「…………そう、か」
セイカからの言葉にテンドウはうつむきながら答える。
そして名前が書かれた墓標に触れて、今日まで過ごした日々のことを思い出す。
「……すまんのう。テンドウには大きな戦いが控えておったから、あえて知らせなかったのじゃよ」
「いやネゾウ、謝る必要はないさ。もし知ってしまっていたら……絶対に動揺していただろうからな」
受け入れがたい現実をテンドウは直視する。
そのテンドウにとっては、恩人であり師匠でもあるオオダケに続いて二人目だ。
大切な仲間を立て続けに失ってしまったことで……地上に戻れた喜びはもう完全に消え去ってしまっている。
――こういう時、いつも明るく元気づけてくれるのが肝っ玉母ちゃんのスズランだった。
どんなに気持ちが沈んでいたとしても、彼女がいれば大丈夫。
力強い声と笑顔で、さらに温かくて美味しい料理で皆を支えてくれていたが……その人はもういないのだ。
「どうやら心臓に持病があったみたいでな。最近また体調を崩していたんだよ」
「部屋には空になった薬の袋が残っていたべな。……スズランはずっと、誰にも心配をかけないようにしていたようだべ」
ヨシくんとヒュウガが沈んだ声でスズランのことを伝える。
今日まで誰一人として気づけなかったことを後悔するも、それがスズランの強さであり優しさであることもまた理解していた。
……もし持病のことを聞いていたら、脱出作戦は大幅に前倒しになっていただろう。
たとえスズラン本人が難色を示しても、皆で説得してリスクを負ってでも決行したのは容易に想像できる。
「…………、」
そのことを聞いたテンドウは両手を合わせて無言のままに頷いた。
そして目を閉じると、食事面だけでなく精神面でもお世話になったことを感謝しながら――大きな存在であった仲間を弔う。
「埋葬するならここしかないかな、って。中庭よりも畑がある裏庭の方がスズランは好きだったしね。……それに聖遺物に守られたここなら、少しは安らかに眠れるかと思って」
「……ああ、それでいいと思う。さすがにアンデッドがいる外に眠らせるわけにはいかないしな」
本音を言えば、一緒に連れて帰りたいところだが……街からの脱出やその先の『赫の大樹海』のことを考えればかなり厳しい。
何より、大切な仲間の亡骸を腐肉族のように腐敗させるなど、絶対にできないことだ。
だから体は埋葬するしかなかった。
その代わりといっては何だが、スズランの私物は一緒に持ち帰るつもりだ。
いつも身に着けていた髪留めや指輪は、すべて魔法袋の中に大切に保管されている。
「「…………、」」
そんなテンドウとセイカのやりとりの後ろでは、ガガクとカグラの年少組がしょんぼりとしている。
テンドウが帰ってきた時は飛び跳ねて喜んでいたが……改めてスズランの死を意識してしまったのだろう。
亡都で生き抜いてきた強い戦士、といえどもまだ九歳児の子供である。
とくに二人は親がいない孤児なのだ。本当の母親のようだったスズランの死は、この場の誰よりも心に傷を負ってしまったはずだ。
「……こうなったら絶対に、スズランのためにも皆で脱出しないとだな」
立ち上がり、そんな二人を抱きしめながらテンドウは改めて決意する。
これでもう誰一人欠けることなく亡都を脱出する、という当初の目標は叶わなくなってしまった。
だとしても諦めることなどできない。
何よりスズランの性格を考えれば、皆が生きて帰ることを天国から願ってくれているはずだ。
「……ムウマ。今の南エリアの状況を詳しく聞かせてもらえるか?」
「当然だ。お前が地下で修行していた間、俺たちも足で色々と情報は稼いだからな」
後ろにいるムウマに問いかけると、そんな力強い答えが返ってくる。
――必要なこと、できることは何一つ残さずにやらなければならない。
それは地上へと出るために過ごしたこの一月と同じだ。
神経質なくらいに万全の準備を整えなければ、血の涙を見ることになるのだから。
「……見ていてくれ、スズラン。もう誰一人犠牲にはさせないから」
すべては残された全員で一緒に国に帰るために。
決意に満ちた顔となったテンドウは、力強くスズランの墓前で誓うのだった。




