第八十三話 地上へ
勝敗は決した。
長年、地下を支配していたメビナの骨の体は、黄金の炎が消えると同時、そのすべてが灰となって散っていく。
さらに中庭――否、広場も含めた『第三地下街』にもすでに変化が起きている。
『弱体の呪い』による強烈な寒気が消え去り、少し暑いと錯覚するほどに地下空間の気温は本来の温度に戻っていた。
「……ふぅ」
「……やり遂げたな。……です」
そんな周囲の状況と同じく、テンドウたちもまた元の姿に戻っている。
ドンチンの兜化状態が解かれ、いつものマントを纏った胴体部分と手足がある体に。
またごうごうと燃える炎太刀の方も、刀身の炎が輝く黄金から見慣れた白へと戻っていた。
「にしても驚いたぞ。師匠が一緒に連れていけ、って言った意味がようやく分かったけど……。いったいどうやったんだ? ドンチン」
勝利を手にしてすぐ、テンドウは至極当然の疑問を口にした。
あのままでは敗北必至、貫かれるか氷漬けになるかの二択しかなかった状況――。
その崖っぷちから逆転できたのは、ほかでもないドンチンのおかげである。
「……うーん、とくに何かをやったってわけじゃねえんだ。本当に助けたい、力になりたいって願わねえとダメでな。……結局、どこかテンドウ頼みだったから今までできなかったんだよ。……つまり気持ちの問題です」
元に戻ったドンチンは腕組みをしながら、うんうんと納得するように頷く。
そして隣のテンドウの顔を見上げると、また一回、南瓜な頭で大きく頷いた。
「人間と共生する精霊の小守尾だったらしいオイラが、南瓜頭族っつう種族に生まれ変わった理由――。それはまた人間と力を合わせて生きていく、っつうことなんだと思うぞ。……と結論づけます」
「……なるほどな。そうだったのか。……とにかく本当に、相棒がいてくれて助かったぞ」
心からの感謝を伝えて、テンドウは小さな相棒の南瓜な頭を撫でる。
元『不死の三傑』という過去最大の強敵を越えて、二人とも心底ホッとしたような顔で安心するが……。
手放しで喜べないのは、こちら側にも犠牲が出てしまっているからだ。
地下空間での恩人とも言えるオオダケの死――。
なにも教わっていた剣術だけの話ではない。この一カ月、生活面でもお世話になった大切な人を、力及ばず死なせてしまった事実は変わらないのだ。
「「…………、」」
二人はそのオオダケの亡骸のもとへ。
すでに肉体は消えており、中庭には包帯人族の包帯だけが残っている。
その傍らにはペットだったアンデッドのカラスがいた。
集落で留守番をしていたはずだが……本能で何かを感じ取ったのだろう。
『第三地下街』まで飛んできたらしく、主人の死を悲しんでいるようにも見えた。
――もっと自分が強ければ。
――もっと自分が早く兜化できていれば。
テンドウもドンチンも己の非力を感じながら、まだ残っているオオダケの包帯を手に取る。
これは衣服ではなく包帯人族の体の一部だ。
ゆえに血の赤で汚れてしまっているそれも、いずれ時間経過とともに消えてしまうだろう。
(……ありがとう、師匠。あなたのおかげで俺たちの未来は繋がったぞ)
心の中で言って、テンドウは両目を閉じて手を合わせる。
……最初からウメを犠牲にメビナを道連れにしていれば、オオダケが死ぬことはなかったかもしれない。
だがそれはオオダケもほかの集落の者たちも、誰も本心からは望んでいない結末だ。
だからその部分に関しては後悔はない。
オオダケの死に悲しみはあれど、皆が可愛がり大切にしている子供を守れたことに、テンドウは心から安堵していた。
「皆の方も……どうやら終わったみたいだな」
屋敷の向こう、中心広場の方でも戦闘音や魔力の衝突は止まっている。
ただムウマのような魔力探知はできないため、どっちのファミリーが勝ったのかまでは分からない。
――はずなのだが、テンドウもドンチンも安心したような笑みを浮かべると、
「勝った……みたいだな」
「だな。……本当によかったです」
魔力ではなく何となくの空気感、とでも言えばいいか。
地下空間特有の陰鬱な感じこそあれど、『第三地下街』に入った時のような重苦しいものがないのだ。
そんなテンドウとドンチンの感覚は当たっていた。
メビナの魔法による氷が大量に残っている屋敷の中庭で、座り込んだまましばらく待っていると――続々と仲間たちが合流してくる。
「オホホホ。さすがねテンドウ、やるじゃない。あんなバケモノ女相手に……ドンチンもよく頑張ったわね」
まずは安全を確認したモモヒメがウメを連れて中庭に転移。
続いて青い氷壁に分断されていたクロちゃんと、広場での戦いで生き残った者たちが集まってくる。
……とはいえ、今回の抗争は事前の予想通りに大規模かつ厳しいものだ。
地上を求めて戦った代償は大きく、出陣の時には総勢四十七名いた味方陣営はというと、
ウメやドンチン、モモヒメを除けば……もう六体ほどのアンデッドしか残っていない。
その六体も無事ではなく満身創痍だ。
集落に住む『魔道無心流』の門弟も、それ以外の地下空間にいた無気力アンデッドたちも。
四肢こそくっついているものの、大量に出血したのか応急手当ての痛々しい姿となっている。
「待たせタな……。こっちは何とか全滅は免れタよ」
「テンドウ、アンタのおかげだヨ。『母喰らいの赤ん坊』を手懐けていなかったラ……間違いなく俺たちは負けていたゾ」
「……本当に、本当にギリギリの勝負だったぜ」
合流した者たちが疲労困憊な様子で口々に言う。
聞けば不明種である『母喰らいの赤ん坊』の存在がかなり大きかったらしい。
最後は討ち取られてしまうも、テンドウが殺し合いという名の遊びで仲よくなった仲間は、『悪童三羽烏』の主要配下を大きく削ることに貢献してくれたようだ。
そんな彼らはテンドウと言葉を交わすと、すぐにオオダケのもとへ。
すでにいたウメを囲むように地面に膝をつくと、唯一まだ残っている血に汚れた包帯を手に取った。
「……師匠……ッ」
「……本当に、今日までお世話に、なりました……!」
中でも門弟たちはとくに悲しんでいる様子だ。
人間時代から数えれば百年以上の関係性がある彼らは、感謝の言葉を呟きながら両手を合わせて師匠を弔っている。
たった一人で新たな剣術を編み出し、最強の業を持つ剣士にして最高の師範――。
稀代の傑物だった彼に並ぶ者など、剣の道においてはもう二度と生まれることはないだろう。
「――テンドウちゃん、ドンチンちゃん」
と、先にオオダケを弔い終えたウメがここで声をかけてきた。
少女人形な体でとてとてと歩き、テンドウたちのもとまでやってくる。
「……すまない、ウメ。俺たちだけじゃダメだった。オオダケが割って入らなかったら……俺たちは負けて死んでいたぞ」
「オイラの兜化が遅すぎたんだ。……ごめんなさい」
「もう二人とも、謝らないでよ。別に怒ってなんかないしね。……それに多分だけど、こうなることが……メビナ相手に犠牲が出るなら、自分一人で済むことが一番理想的だとオオダケは思ってたと思うから」
オオダケが死んだことに自責の念を持つ二人に向けて、そうウメが優しい言葉をかける。
そして人形な小さな体で、ポンポン、と。
テンドウの脚とドンチンの頭を優しく叩いて労ってくれる。
……多くの犠牲は出てしまった。それでも成すべきことは成せたのだ。
力不足と達成感という相反する感情を持ちながら、テンドウは生き残った者達の姿を見る。
(……よかった。本当によかった。これで皆の死が、無駄になることはないんだ……)
その心の呟きとともに、テンドウは重たい肩の荷を下ろす。
とにかくこれで、メビナ率いる地下ファミリーは壊滅させたのだ。
もうテンドウたち一行を邪魔する者はおらず、いつでも地上へと出られる状況となっている。
だから正直、満身創痍な体を休めてから脱出してもいい状況だ。
皆一様に小さくない疲労や傷を負っている。そのため一度、集落に戻り、地上に出るのはまた後日――となってもまったく問題はない。
――それでも――。
「五十年……だからな。俺は早く外に出タいぞ」
「だナ。ここまで来たなら一気に行こうカ」
「ああ、賛成だぜ。歩くくらいならまだできるしな」
アンデッドたちは皆、地上への想いは強かった。
疲労も傷も関係ないとばかりに、このまま進む気満々である。
「……ははっ、何だ。皆もかよ?」
一方、それは人間であるテンドウも同じだった。
元『不死の三傑』という強敵と戦って、気力体力ともに大きく消費はしている。
それでもエネルギーは残っており、まだ目にも力強さは残っていた。
「よし、なら決まりだな」
「オイラもまだ全然、余裕で動けるぞ。……というのは少しだけ盛ってます」
「うん。それじゃまた出発! だね」
テンドウ、ドンチン、ウメも同意し、大きな戦いの直後ではあるが行動継続を選択。
残されていたオオダケの包帯が消失するのを見届けてから、一行は地上を目指そうとする。
……ただし、これからまた別のアンデッドと遭遇しないとも限らないので――。
「オホホホ! じゃあその前に一旦、あなたたち一列に並びなさいな」
ここで堕天使族のモモヒメから指示が。
生き残った全員が回復担当のモモヒメから最低限の回復魔法を受けてから、地上を目指すこととなった。
「【救急暗掌】――。……はい、次は隣のあなたよ」
まずは先にアンデッドたちを回復させて、傷口だけは完全に塞ぐ。
魔力を宿した手で次々と患部に触れる流れ作業で、あっという間に処置を終えていく。
「それじゃテンドウ、あなただけは――【脱黒白転】」
「うーむ……。やっぱり何度受けても奇妙な感覚だな、それ」
そして最後に、テンドウへの人間専用の回復魔法(強めの抱擁)を行使し終えてから。
アンデッド九体と人間一人、生き残った地下の住人たちは――いざ出発し始める。
「――フゥ……ッ!」
いまだそびえ立つ青い巨大氷壁の一部を白い炎太刀で破壊。奥に進むように中庭を抜けて、また屋敷の中へ。
そこから真っすぐ進み、裏口の方から屋敷の外へと出る。
すると視線の先、百メートルほど離れた場所に、ほかと同じような横穴の通路が存在していた。
「……あそこだな。それじゃ行こうか」
『第三地下街』の壁際まで向かい、テンドウたちは地上へと繋がっている通路内へ。
メビナが完全に支配していただけあってほかのアンデッドの気配はない。
緩やかな傾斜が続く道をひたすら進み、一歩一歩に逸る気持ちを乗せながら上っていく。
「「「「…………、」」」」
――そうして、距離にしておよそ一キロ弱。
十分ほど歩いた末に、足元や壁に埋め込まれた光の魔石とは違う光が――一行の正面に現れた。
「「「「!」」」」
テンドウ、ドンチン、モモヒメ、クロちゃんは一月ぶりに。
地下のアンデッドたちにとっては、その比ではない五十年ぶりに。
さらに一歩一歩前へと進み、儚くもたしかな陽の光が差し込む出口から――――彼らはついに地上へと帰るのだった。




