第八十一話 勝つために
すべてを凍らせる氷魔法と、すべてを焼き尽くす火魔法――のごとき白い炎太刀。
触れるものすべての息の根を止める上位魔法級の攻撃が、連発されては互いが互いを打ち消し合う。
「【氷鋭斬二枚刃】」
「【大文字斬り】」
一方は底なしの魔力で、もう一方はそもそも魔力消費をしないために。
本来ならあり得ない手数で行われる強力な攻撃の撃ち合い。
屋敷の中庭は地獄絵図の様相となるも、どちらか一方が押し込む状況とはなっていない。
だが、それでもやはり差が出てきてしまうのは――体力の部分だ。
(くそッ、気合いを入れ直したはいいけど……! 本当に休むヒマがないな!)
馬上で白い炎太刀を振るうテンドウの額には滝のような汗が。
脱力が基本の『魔道無心流』の剣に加えて、よりエネルギーが必要な回避行動をクロちゃんに任せていたとしても。
一瞬の気の緩みすら許されない激しすぎる戦闘では、心身の消耗を避けることはできない。
腕は多少、疲れから重くなっているがまだ問題はない。
同じく心肺機能の方もまだ息切れするほどではないが、寒気も相まって負荷がかかっているのは事実だ。
「――ぐぬォオオお……!?」
たまに共闘しているドンチンが割って入って受けてくれるも……毎回は頼ることはできない。
体が軽くてどうしても吹き飛ばされてしまうため、戦線復帰する時間が必要となるからだ。
「――【寒裸風】!」
「ッ! 同じ手は食うか!」
そんな忙しいテンドウに向けて、ここでメビナが攻め手を変えてくる。
ほかの即死級の魔法とは違い、また氷魔法というよりも風魔法に近いそれは――一度、落馬寸前になった厄介な攻撃だ。
対して、テンドウは【大文字斬り】を前方の地面に放って相殺。
足元を吹き抜ける凍てつく突風を打ち消したことで、体勢を崩されることを阻止した。
「――鬼上官の心得その四十。同じ手を食らうのは末代までの恥と思え!」
厄介で嫌らしい崩し技を防ぎ、間髪入れずにテンドウはまた大の字の炎を描いて放つ。
いつもならトドメの一撃となる、中・遠距離技にして最大火力でもある切り札の一つ。
それが今回の戦いでは連発必須の基準となってしまっている。
「ならこっちはどうだ? 【氷霧凍域】!」
「だからそれには――【流舞散華】!」
次にメビナから放たれたのは、これまた厄介な全方位攻撃だ。
【大文字斬り】では漏れが出てしまうため、テンドウは再びクロちゃんから飛び下りて剣の奥義で対抗する。
そして前回同様、舞い踊るような超高速の斬撃の壁によって。
全身に纏わりつかんとする無数の小さな氷を、一つ残らずすべて破壊してみせた。
「――降りたな小童。その馬から」
その攻防を見届け終える前に、メビナが骸骨な顔に不敵な笑みを浮かべる。
さらに両手で印を結ぶと、その手に『啜り泣き』を伴う藍色の魔力を注ぎ込み――。
「【魔青氷土壁】!」
直後、中庭の地面からせり上がるように現れた巨大な氷壁。
立派な屋敷すら超える高さのそれは、一瞬にして地下空間の天井付近まで伸びていく。
「な!?」
派手で広範囲な一方、攻撃性のない予想外なその魔法を見て。
テンドウは背後にそびえ立った目の覚めるような青色の氷壁に驚愕するが――すぐに事態の変化に気づく。
氷壁を見上げているテンドウとドンチンの二人と、黒仮面馬族のクロちゃん。
その三者の間を別つように、青の巨大氷壁が存在していたのだ。
――つまりは分断されている。
このぶ厚くて高くて真っ青な氷壁を破壊しない限り、テンドウは機動力に優れる騎士スタイルには戻れないということだ。
「しまった、これが狙いだったか……!」
……気づいたとしても時すでに遅し。
白い炎太刀があれば破壊して穴を開けることは充分、可能だろうが……。
やたら青すぎる氷の色と含まれた膨大な魔力量を見ても、一、二発では足りないだろう。
何より、悠長に破壊している時間など目の前の強敵は与えてくれないはずだ。
「あの馬さえ使えなければ……小童よ、貴様が取れる行動は迎撃することだけだ」
狙い通りの状況となり、メビナがまた不敵な笑みを浮かべる。
削がれてしまったテンドウの機動力――。両者の規格外な威力の攻撃を考えれば、もうお互いが回避なしで攻撃をぶつけ合うしかない。
「さあ、たった一人で防いでみろ――【異点氷結楔】!」
そして放たれようとするメビナの氷魔法。
口にした魔法の名も指先に集束していく魔力を見ても……事前の情報にはなかったものだ。
そんな未知の魔法が指先から撃ち出された。
それ自体はこれまでの氷の槍や斬撃とは違って極めて小さなものだ。
だが周囲の空間が歪むほどに、藍色の魔力がその数センチの氷の欠片には宿っている。
「ッ――【居合炎月】!」
第六感が警鐘を鳴らしたテンドウは即座に行動に移す。
燃え盛る白い炎太刀を鞘に収めると、半身になって居合の構えを取り――もう一つの切り札を使った。
瞬間、これまでで最大の衝撃波が中庭に生まれる。
少し離れた位置にいたドンチンは小石のごとく吹き飛ばされ、枯れ木に纏った氷塊は幹ごと折れる。
さらに中庭を分断している背後の青い氷壁には、一瞬にして放射状の大きな亀裂が入った。
「――この五十年、薄汚い地下でただ漫然と過ごしていたわけがないだろう? 忌々しい封印を解き、地上に出たら妹を殺すために使うつもりだったが……試し撃ちには最適だったな」
生み出された衝撃波が中庭を越え、中心広場を越えて、ようやく『第三地下街』の端まで到達した頃。
どこか満足気な様子のメビナは、滑らかな口調で言って正面を見据える。
その視線の先にいるのは一人の男。
世界でただ一つの業火の太刀を持つ、地上から来た人間の剣士だ。
アンデッドたちを率いる形で、恐れを知らずにファミリーに挑んできたその最大戦力はというと――。
「……参ったな。わずかに威力が……足りなかったか」
テンドウは立っていた。
おそらくメビナの切り札であろう最も強力な魔法を、白い炎太刀による渾身の居合斬りで迎撃してみせたのだ。
……だが、
半身で構えていたため、前に位置していたテンドウの右半身。
『魔砂護胴具足』を纏ったその脚も胴体部分も、灼熱の白い炎太刀を持つ右腕さえも――白く染まった薄い氷が纏わりついていた。
凍結の状態異常。
程度としては軽い状態ではあるが……剣を振るうのに影響が出ることは避けられない。
(これが元『不死の三傑』……か。くっそ、ウメに格好つけたってのにこのザマか……!)
完全には防ぎきれず、初めてダメージらしいダメージを負ってしまう。
柄を握り直そうとした右手の感覚はあまりなく、パキパキィ、と表面の氷が割れる音が響く。
……ただ当然、この程度で諦めるはずなどない。
人間であるテンドウもまた、地上への思いはそんなヤワなものではないのだ。
――それでも、クロちゃんと分断されたことも考えれば……状況的にはかなり厳しいと言わざるを得ない。
「見事だ、小童。人間ごときでワタクシの切り札を耐え切るとは正直、驚いたぞ」
素直な感情なのかただの煽りか、メビナが骨の両手で拍手する。
硬い骨同士がぶつかり合う甲高い音が生まれ、極寒の中庭に不気味なその音と『啜り泣き』の魔力の声だけが響く。
「……だが、ここまでだ。妹に遅れを取りはしたが、人間に負けるほど落ちぶれた覚えはない!」
と、一転して叫んだメビナがまた魔力を練り上げる。
凍結の状態異常を受けたテンドウを仕留めるべく、どれも強力かつ即死級の氷魔法を立て続けに連発し始めた。
「ぐッ、く……ッ!」
対するテンドウは必死の形相で迎撃を行う。
白い炎太刀の超火力に支えられて何とかなっているも……やはり凍結の状態異常の影響は大きい。
剣の振りが明らかに鈍くなってしまっているのだ。
魔力で道を作り、その上を走らせるという高等剣術。
『魔道無心流』の剣だからこそ凌げているが、通常の剣術であれば何発も被弾している状況だ。
また気管もわずかに凍っているのか、激しく動くと少し息苦しさも覚えてしまう。
これまでの鍔迫り合いのような戦いから一転、かなり押し込まれてしまっていた。
「――させるかあ! です!」
そこへ助太刀に入ったのはドンチンだ。
大技の衝撃波で吹き飛ばされていたところから戦線復帰し、南瓜な頭でメビナの氷魔法を真正面から受ける。
が、いくら硬くてもその軽さはどうにもならない。
またも一撃で弾き飛ばされて、背後の青い氷壁に頭から激突してしまう。
「――ドンチン……ッ!」
……もう誰も止めることはできない。
軽い凍結状態さえも命取りとなり、傾いた戦局はさらにメビナの方へと傾いていく。
万全の状態でなければ元『不死の三傑』と渡り合うことは不可能。
それを理解させられてもなお、テンドウは一歩も引かずに攻防を止めないが――。
「――【氷帝ノ逆鉾】」
溜まった疲労か凍結状態か、あるいはその両方か。
迎撃の大文字を描く最後の三振り目の直前、太刀筋がブレたことで放たれるはずの技は放たれなかった。
(しまっ――、)
もう迎撃は間に合わない。回避は最初からできない。
それを悟ったテンドウには、苦し紛れのガードをするしか手は残されていない。
――まさに絶対絶命。
たとえ百二十八回の付与が施された強力な武器であろうと、ただガードするだけでは防ぎきれるはずがない。
もし運よく命を落とさなかったとしても、今度こそ動けないほどの重度の凍結状態となるだろう。
そんな勝負を決する一撃が迫りくる中で――ガシャアン! と。
氷の槍が炎の太刀を押し潰す前に、どこかの誰かが氷の地面を踏み砕く音が響いた。
直後、テンドウとメビナの間に別の人影が割って入り――二つの魔力が交錯した。
◆
……その登場人物が誰かはすぐに分かった。
体の大きさからしてもドンチンではない。もちろん魔力的にも違う。
全身包帯姿で猫背気味な、この一月でテンドウが最も浴びたその魔力を持つ者の正体は――。
「ほっほっホ。氷壁のせいデ回り込む格好になったガ……何とか間に合っタようじゃのウ」
「し、師匠!?」
オオダケだ。
テンドウに新たな剣を教えた師匠は、中心広場での主要配下たちとの戦いを制した後、弟子のピンチに駆け付けてくれたのだ。
魔力の波動や戦闘音を聞く限り、まだ広場の戦い自体は終結していない。
それでも一人で中庭まで来たのは、より脅威であるメビナを止めるためだろう。
……が、しかし――。
「とはいえやはリ……技だけデはどうにもなラん火力じゃったのウ」
助太刀に入ったオオダケの左半身。
包帯に包まれているはずの肉体は、肩口から腰にかけてばっくりと抉られて下の肉が露わになっていた。
ところどころ凍りついてはいるが……おびただしい量の血が傷口から流れ出している。
その影響で残っている包帯部分は、すでに真っ赤に染まっていた。
「し、師匠!? 何でこっちに……!」
「……すまんかったのウ、テンドウ。おぬシだけに本当ノ作戦を隠しておいテ」
そんな致命傷を負った状態でも、オオダケはしっかりと立ったまま。
背中を向けた状態で、後方で守られた弟子のテンドウに声をかけた。
「じゃガ、やはり思っテいた通りジャ。仲間の犠牲を拒ミ……己が戦うことを選んデくれたのじゃナ」
オオダケの声と魔力が徐々に萎んでいく。
ただでさえ元弟子との戦いで浅くない傷を負っていたのだ。
不死の老体に致命傷を負ったことで、立っていることすらままならないというのに……気力一つでまだ倒れない。
――まだ伝えることが、言い残すことがある。
実際、オオダケはゆっくりと首を動かすと、ドンチンの方にも視線を向けた。
さらにこの一月で何度も見てきた、祖父のような優しい笑みも浮かべている。
「……ドンチンよ。自分を信じるのジャ。おそらクは実戦でしか花開くこトはないじゃろうガ……。種族進化しテいるおぬしなラ……必ズ、できるはずじゃのウ」
「……っ!」
そして、もはや意識が朦朧としながらも。
流れ出る血ごと最後の力を振り絞るように、師匠であり友人でもあるオオダケは言う。
「――二人デ、必ず勝つのジャ。そしてテンドウよ、地上デ待つ仲間たちとともニ、無事に街を脱出するのじゃゾ。……まア、気が向いたラこの悲劇の街ヲ……アンデッドどもかラ解放しても構わんのウ? ほっほっホ!」
そう笑って、オオダケはゆっくりと背中から倒れていく。
と同時にその肉体から完全に消え去った魔力。
最後の最後まで握っていた愛刀も、その手から離れて地面の上に落ちてしまう。
剣士としても師範としても並ぶ者などいなかった傑物は――今度こそ本当に死を迎えたのだった。
「師匠ッ!」
「オオダケ!」
力尽きたオオダケに二人から動揺した声が生まれる。
だが残されたテンドウもドンチンも、今すぐ亡骸に駆け寄ることは叶わない。
なぜなら、倒さなければならない敵はまだ自分たちの目の前に立っているのだから。
「……フン、やっと逝ったか。ワタクシの配下を倒したようだが呆気なかったな。これが『剣鬼』と恐れられた男の最期か」
一方、メビナの口調は滑らかなものだった。
標的こそ変わったものの、テンドウに次ぐ実力者であるオオダケを葬ったからだろう。
大きな戦果を出したことで、種族的には表情などないはずなのに、骸骨な顔には嫌らしい笑みが張りついている。
――さらに加えて、いまだ止まらない広場からの魔力の残滓である。
死して届けられてくるメビナの配下たちの魂の献上品。それらが少しづつでも確実に主君を強化していた。
「次は貴様らだ、小童ども。仲良く師匠のもとへと送ってやろう!」
「くッ……!」
対するテンドウたちとしては、オオダケの死を決して無駄にすることはできない。
ただ残念ながら状況的には何も変わっていないのだ。
テンドウを守る形で身代わりに、主戦力の一人であるオオダケが命を落としてしまっただけ。
このまま無策に戦い続ければ――テンドウもドンチンも死を待つのみだ。
(くそっ! なら最初からウメを犠牲にすればよかったのか!? ――いや違うだろ!)
死を悲しむことも弔うことも許されず、すぐさま再開されたメビナとの戦い。
テンドウの気合いは有り余るほどに充分――。ただ逆に言えばそれだけだ。
今の戦況を覆すのに、軽度とはいえ凍結の状態異常ではかなり厳しい。
鈍った太刀筋から技を放ち、一気に押し切られないように耐えるだけが精一杯だ。
青い巨大氷壁も依然として砕け落ちる気配はない。
分断されたクロちゃんとの騎士スタイルには戻れず、あくまで個人の力だけで打ち勝たなければならない。
「ッ――く!」
……やはり元とはいえ『不死の三傑』に挑むなど無謀だったのか?
何か別の手を打たない限り、もう勝敗は見えてしまっている。
即死級の氷魔法をギリギリの対処をしながら、テンドウの脳裏に敗北の二文字が色濃くよぎってしまう。
近づくどころか押し返されて、気づけば巨大氷壁に背中がつくまで追い込まれてしまっていた。
――もはや詰みか。燃え盛る太刀や感情とは裏腹に――そんな窮地に陥った時だった。
「ど、ドンチン……?」
炎と氷に支配された世界で突然、何の前触れもなく生まれた変化。
メビナと白い炎太刀の凄まじい魔力に埋もれていても、近くにいたテンドウにはすぐに分かった。
「……何?」
同じく、その異変を感じ取ったメビナの攻撃の手も止まっている。
この二人と比べれば矮小であるはずのドンチンの存在が、このタイミングで中庭の戦闘を一時中断させたのだ。
再開された戦闘では一度も前に出て盾とならず、後方に待機していたドンチン。
オオダケから意味深な言葉をかけられていた南瓜頭王族は、種族を越えた同盟相手の窮地を前にして――。
「テンドウ――オイラを使え!」
振り返ると同時、そんな怒鳴り声にも似たドンチンの叫びが聞こえてきた。
そしてテンドウの目に映ったのは、見慣れたはずのドンチンであって、けれどドンチンではない姿だ。
纏うマントも半霊体な手足もどこかへと消失。
それはまるで凍りついた地面にポツンと置き忘れられた、あまりに不自然すぎる飾り物かのように、
代名詞である南瓜な頭だけとなった――小さな仲間の姿だった。




