第八十話 氷の女王
――『不死の三傑』。
それは百年前の大規模発生でハレルヤ王国が滅んだ後、居座る魔物の軍勢から王都ヤマトニアを解放すべく、先頭に立って戦った三体のアンデッドだ。
そのうちの一体であった元死魔道姫のメビナ。
骨人族ファミリーの頭の座を巡り、実の妹との激しい争いに敗れた末に、地下に封じられてしまった敗北者である。
……とはいえ、当時の強大な力は完全に取り戻しており――。
(ッぐ……! これが『三大ファミリー』の頭だった者の力か!)
戦闘が始まってわずか数分。すでに戦場である屋敷の中庭の状況は様変わりしていた。
屋敷を浸食するかのように存在する氷塊。
白い炎太刀で水蒸気に変えた分も含めれば、すでに大きな土造りの屋敷の質量すらも超えている。
その白い炎太刀は地下に落ちてからは一度も付与回数を積み重ねられていない。
もし百二十八回の過去の蓄えがなければ……初手で氷に飲み込まれて命を落としていただろう。
「【氷帝ノ逆鉾】」
そんな強敵メビナから放たれる重い単発攻撃に対して、テンドウは最高火力の【大文字斬り】で対抗する。
空中で衝突した正反対な属性攻撃。
それら二つは凄まじい衝撃波と水蒸気を生み、屋敷および纏わりついた氷塊を砕いていく。
「【氷霧凍域】」
「ったく、息をするように次々と――【流舞散華】ッ!」
続く全方位攻撃には『魔道無心流』の奥義で対処する。
直径八メートルの領域内で肌に纏わりつかんとする無数の氷を、超高速の鉄壁の斬撃ですべて払い落す。
テンドウが奥義を習得した理由はこの魔法を防ぐためだ。
撃ち漏らしが即致命傷となりかねないため、全身を守れる防御技はメビナ戦では必須だった。
……ただ一点、面倒なのが下馬しなければならないことだ。
超高速の斬撃で自分自身の体を守るだけで精一杯。
ゆえに迎撃する前に一度、巻き込まれないようにクロちゃんから素早く降りる必要があった。
駆けている状態なら範囲外に出られる一方、どうしても脚を止めて撃ち合っている場合、テンドウを乗せたままでは回避が間に合わないのだ。
「――つっても、基本的にクロちゃんに乗った方が戦いやすいからな。頼んだぞ相棒!」
「ブルルゥウッ!」
そのクロちゃんにすぐさま騎乗し直して、テンドウは馬上で白い炎太刀を構える。
と同時、またも襲い来る上位魔法級の氷魔法。
威力を考えれば普通はもっと時間がかかるはずが、まるで下位魔法のような発動速度で放ってくる。
今のメビナに新たな異名をつけるのなら――『氷の女王』か。
即死級ばかりの氷魔法や『弱体の呪い』の異能による極寒の寒さ。
そのどちらもヤマトニアどころか、世界中を見渡してもほかにいないだろう。
――加えて、広場の方からちょくちょく飛んできている魔力の残滓だ。
死んだ配下たちのそれを体に吸収する様は、まさに女王といった絵面である。
「……まったく勘弁してほしいな。ここにきてまだ強化されるとか笑えないぞ。そのうえポンポンとヤバイ上位魔法級の氷魔法を撃ちやがって……!」
「フン。それを小童が言うか。その暑苦しい燃える太刀――それも常に上位魔法を展開しているようなものだろう? しかもご丁寧に『退魔の武器』化までしていたとはな!」
極寒と灼熱が入り混じった戦場で両者が睨み合う。
大将戦に相応しい激しい攻撃の応酬は、テンドウの方がわずかに押され気味だ。
……分かってはいたが、いざ実際に戦ってみれば脅威でしかない。
地上に出たいという明確な事情でもない限り、まず挑む気すら失せそうなほどの圧倒的存在だ。
ヒノモト王国最強と謳われる『青龍騎士団』であっても、団長はじめ全戦力を投入してやっと勝てるくらいか。
そんな強大な相手を超えるために、テンドウは集中を切らさずに白い炎太刀を振るい続ける。
撃たれた氷魔法を迎撃して防ぎ、間髪入れずにまた防ぐ。
戦いの主導権はメビナが握っており、いまだテンドウは近づくことすら許されていない。
(そもそも白い炎太刀がなけりゃとっくに凍死しているぞこれ!? ――けどまあ、新兵時代にやった厳冬期の冬山行軍に比べれば……!)
と、劣勢な戦いの中でもテンドウが気合いを入れ直した時だった。
逆に余裕を持って戦闘を進めていたメビナが、疲労も魔力切れの兆候もまったくないにもかかわらず――なぜか一息つくように攻撃の手を止めたのだ。
「なるほどな。ここまで殺り合ってだいたい分かった。……どうやらワタクシに二度目の敗北はないようだ」
「……へえ、そうかい。わざわざ手を止めてまで……よほど自信満々なようだな!」
遠回しなその勝利宣言に対して、今度はテンドウから仕掛ける。
離れた距離から撃つのはもちろん――最大火力の【大文字斬り】だ。
連射力に優れる【火線突き】では威力不足のため、メビナ相手に関しては牽制程度にも使えない。
「その大の字の炎も問題ないな。それが火力の上限ならばワタクシには届かんぞ!」
まだ戦闘中であるというのに、メビナは勝者のごとくケタケタと笑う。
そしてまた即死級の氷魔法を発動し、唸りを上げる大の字の白い炎を完全に相殺する。
直後、メビナは豹柄の毛皮の外套と漆黒のドレスを纏った両腕を前に突き出した。
さらに骨の掌に藍色の『啜り泣き』を伴う魔力を集束させて――。
「【寒裸風】」
瞬間、初めて見る印を結んだメビナの手から氷魔法が放たれた。
これまで通り極寒の魔法ではあるも――生み出された氷は一つもない。
ほとんど風魔法のような強烈な寒風が、氷漬けとなった中庭を一瞬で通り抜けた。
(!? まず……!)
その予想外な攻撃にテンドウの顔が歪む。
肝心のダメージはまったくない。だがクロちゃんのバランス力をもってしても、強烈な寒風の影響は大きかった。
テンドウの頭の位置が大きく動き、体の軸もブレてしまい――落馬寸前の体勢にまで崩されてしまう。
「【氷鋭斬】」
そして立て続けに放たれた第二矢の氷魔法。
笑みを浮かべたメビナから放たれた極悪な氷魔法が、体勢を戻す途中のテンドウとクロちゃんに襲いかからんとする。
「――やい氷のガイコツ女! オイラの存在を忘れるなよ! ……と抗議します」
が、その攻撃がテンドウに届くことはなかった。
小さな何かが氷塊の陰から突如として出現。
殺し合う両者の間に割って入ると、この戦いで何度も放たれている氷の斬撃と衝突した。
――防いだのはほかでもないドンチンだ。
頑丈すぎる南瓜な頭でメビナの氷魔法を正面から受けたことで、その軽い体は弓矢のような速度で吹っ飛ばされてしまう。
ただ肝心の氷の斬撃は砕け散ったことで――馬上で体勢を整えたテンドウには届いていない。
「おい大丈夫か!? ヤバすぎる相手だってのに何でついてきて……! でも本気で助かったぞ、ドンチン!」
そんな仲間に助けられた形のテンドウは、感謝すると同時に心配してしまう。
なぜかオオダケの進言もあってメビナ戦に同行を許したが……正直、今回は相手が悪すぎる。
今のピンチこそ役に立ってくれたものの、やはりそう何度も盾になってもらい続けることはできないのだ。
「……南瓜頭族、いや南瓜頭王族か。硬いだけの弱者に邪魔されるとは腹立たしいな」
一方、攻撃を防がれたメビナは初めて苛立った表情を見せた。
だが大した敵ではないと判断したのだろう。氷塊に突っ込んだドンチンではなく、すでにテンドウに視線も体も向けている。
そのぶ厚い頭蓋骨に貼りついた顔色や雰囲気を見ても……追い詰められていないのは一目瞭然だ。
体力自体はまだ一割も削れていない状況だと思われる。
かたやテンドウはというと、回避はすべてクロちゃんに任せていても、剣を振り続けているため消耗は小さくない。
(……このままだとジリ貧か。一発でも入れば形勢逆転できるとしても……その一発が近くて遠いな)
魔力消費が一切ないので魔力面での心配はない。だが体力の方は有限なのだ。
腕力に頼らない脱力が基本の、高い継戦能力を誇る『魔道無心流』。
その高等剣術をもってしても、今のペースで白い炎太刀を振り続ければ、いずれ動かなくなるだろう。
隙らしい隙もメビナには一度も生まれていない。……だから何かを変えなければいけない。
とはいえ被弾覚悟で強引に突っ込めば何とかなる相手ではないのだ。
ただ命を危険に晒すだけで、氷漬けにされるか体を貫かれるのがオチである。
(厄介な崩しの魔法もあるし……。ただの高火力が自慢の脳筋じゃないとなると……!)
ここからどう戦闘を進めるべきか? テンドウは白い吐息を吐きながら、頭をフル回転させて敵の氷魔法を必死に迎撃し続ける。
白い炎太刀の熱でだいぶマシになってはいるも……絶え間なく続く凄まじい寒気。
それによって少しづつではあるが、肺の方にも負荷が掛かってきている。
「――テンドウちゃん、ありがとう! もう大丈夫、あたしと交代だよ!」
「…………、え?」
その時だった。
突然、後方から届いてきた聞き慣れた声と魔力の気配。
それを受けてテンドウは馬上で上体を捻り、その声の主の姿を確認した。
……なぜこっちの戦場に?
驚きすぎて動きが止まったテンドウの目に映ったのは、この場に似つかわしくない小さな存在だ。
集落の皆に愛される少女の怪人形――ウメの姿だった。
◆
戦闘中に突然、ウメが現れた。
小さな彼女の隣にはモモヒメが立っているため、彼女が一緒につれてきたようだ。
「まさか一緒に転移を? 自分以外は飛ばせないはずじゃ……?」
「何かウメだけは大丈夫だったのよ。多分、体が人形だからじゃないかしら?」
と、無意識に呟いたテンドウの声にモモヒメが答えた。
便利な個人転移において生物ではなく物質判定だったのか、怪人形であるウメだけは一緒に飛べたらしい。
……だが、問題はそこではない。
たしかにウメはウズシオ号に乗って同行していたが、なぜ最も危険なメビナとの戦場に来たのか?
同じチビッ子組でもドンチンはまだ頑丈な頭があるから分かるが……ウメにそういった強みはない。
だからこそ、あまりに危険すぎる状況だ。
魔力そのものも小さすぎて、メビナの藍色の『啜り泣き』を伴う魔力や、テンドウの白い炎太刀の魔力に完全に塗り潰されてしまっている。
それでもウメはとてとてと人形の体を揺らして前へ。
驚いて固まっているテンドウをも通りすぎ、戦場の最前線へと出てしまう。
「……やはり来たか、人形の小童め。元よりそれが狙いであったか!」
その場違いすぎるウメを見て、テンドウと同じくメビナも大きく反応した。
だが冷静に考えればおかしすぎる。
白い炎太刀から繰り出される斬撃にも動じていなかった強者に、なぜか少しの動揺が見えていたからだ。
「……ごめんね、テンドウちゃん、ずっと黙ってて。でもこれはあたしたちの戦い――あたしたちが責任持って決着をつけないと」
「な、何を言っているんだウメ? ……ちょいモモヒメ、これはいったいどういう!?」
ウメの行動とその言葉にテンドウはさらに戸惑ってしまう。
死と隣合わせの戦場でも平然としているウメを見て、同行していた保護者の方に問いかけた。
「……別に騙すつもりはなかったわ。けどテンドウだけには皆、黙っていたのよ」
何やら事情を知っていたらしいモモヒメが少し気まずそうに言う。
テンドウからすれば何が何やらではあるが……とりあえず分かっていることが一つだけある。
それはウメが目の前の強大な敵に対して、何かをしようとしているということだ。
「この人は……メビナはあたしが道連れにするから」
「……は? み……道連れだと?」
ここでウメがくるり、と振り返ってテンドウを見た。
相変わらずメビナはウメが現れてから手出ししてこないため、戦場は一時的に休戦状態の様相となっている。
――そして、一呼吸分の沈黙の後に、
「自分と対象の魂を繋げる――それがあたしの能力だよ。あの車椅子のお婆ちゃんと似てるけど、あたしの方は完全に魂を終わらせるから……。より重くて、たった一度きりのものなの」
ウメはメビナも視界に捉えたまま伝える。
その声と表情からも、覚悟が決まっているのはテンドウにもハッキリと分かった。
「でも相手が万全の状態だと繋げられないからね。……だからテンドウちゃんにまず相手をお願いしたの」
「なっ……じゃあ最初からそのつもりで!? メビナと心中を――というか待てウメ、まだ全然だぞ!? ほとんどアイツは万全の状態で……!」
「ううん、そんなことないよ。あまり削れてるようには見えないでしょ? でも大丈夫。体力と魔力は満ち満ちていても、テンドウちゃんを相手にしてたんだからね。……肝心の魂はかなりすり減ってるよ」
言って、「そうでしょう?」とウメがメビナに問いかける。
対するメビナは凄まじい魔力を放って威圧してきてはいるも、図星なのかとくに言葉を返してくる様子はない。
「本当なら全部、自分たちで解決しなきゃいけない問題だったけど……メビナの魂を削れるのはテンドウちゃんだけだからね。直撃すれば死は免れない、超火力のメラメラ攻撃があってこそ、だよ」
ウメはまた一歩、小さな歩幅で対象のメビナに近づく。
人形ゆえに顔色に変化はなくとも、何となく微笑んでいる感じは伝わってきた。
――自分の命を犠牲にしてメビナを葬る。
それこそが地上を目指す、五十年越しに実行される本当の作戦だったようだ。
本来なら怪人形にはない能力だと考えれば、ウメは不明種……とまでは言わずとも、極めて珍しい『特殊個体』だったらしい。
戦闘力が低いのに特別に同行を許された理由は、どうやらそこにあったようだ。
「ちょ、ちょっと待てウメ! オオダケたちは……集落の皆はそれを本当に承諾したのか!?」
「もちろん。色んな意見はあったけど、最後は皆が納得してくれたよ。……だってまだ生きている、人間であるテンドウちゃんにすべてを任せるのは無責任すぎるからね」
中身が小さな子供とは思えないほど、今のウメはいつもとは印象が違う。
遊びの時も食事の時も、一緒に過ごしてきた中では一度も見なかったものだ。
……それほどの重い覚悟の表れか。
人形な体から溢れる魔力も、少量ながらもいつもとは違う感じのものが出てきていた。
「…………、」
そんなウメや、オオダケら集落の者たちの考えを知って。
今ここですべてを理解したテンドウは――馬上にて目を閉じ、そしてゆっくりとまた開いた。
「……そういうことだったのか。……なら分かった」
小さな声で言って、脚でポンとクロちゃんに指示を出す。
するとクロちゃんは動き出して――決死の覚悟を示していたウメの前へと出る。
「――え?」
それを見てウメがキョトン、とする。
そんな彼女の反応もお構いなしに、テンドウを乗せたクロちゃんはさらに一歩前へ。
「ウメたちの気持ちは分かった。……けどな、やっぱりチビッ子を危険に晒すわけにはいかないんだよ」
白い炎太刀を構えて、改めてメビナと対峙するテンドウ。
そのテンドウを乗せるクロちゃんもまた、鼻息荒く気合い充分な様子だ。
「別に俺任せでも全然、無責任なんかじゃないぞ。俺だって皆が待っている地上に何としても帰らなきゃならないからな」
「で、でもテンドウちゃん! あたしが犠牲になるだけで――」
「――そもそも、俺がコイツを倒せば済むっていう単純な話だ。まあ万が一、力及ばず負けてしまった時は……その時は悪いけど頼んだ」
テンドウは笑みを浮かべたまま、深く息を吸って呼吸を整える。
そしてチラリと、ウメに同行しているモモヒメの方に視線を送った。
「……オホホホ。まあ、どうせあなたならそう言うと思っていたわ。――ほらウメ、一旦、私たちは下がるわよ」
「え、あ、モモヒメちゃん!?」
テンドウの行動を受けて、すぐさま転移したモモヒメがウメの隣へ。
そして人形な体をひょいと抱き上げると、間髪入れずにまたすぐに転移していく。
その判断の早さからしても……おそらくモモヒメも思うところはあったのだろう。
あっという間に消失した二つの魔力と姿――。仲間たちが安全圏に出たのを確認してから、改めてテンドウはごうごうと燃える白い炎太刀を構え直す。
「へっ、なら付き合うぞ。オイラもどうせテンドウならこうすると思ってたからな。いざ第二ラウンド開始といこうか! ……とオイラもキメてみます」
「……何だドンチン、戻ってきたのか。さっきの一発で失神されていなかったようだな」
「当たり前だ! あの程度の氷の斬撃なんか屁でもねえな! ……ではここからはお供します」
さらに戦線復帰したドンチンがテンドウの隣に並ぶ。
南瓜な頭に傷はあれど、元『不死の三傑』の攻撃を受けてなお、呆れるほどの頑丈さでピンピンしている。
「……ナメられたものだな。あの人形の小童の秘術に頼らず、正面からワタクシを倒そうとするとは」
一方、ここまでずっと大人しくしていたメビナが再び動き出す。
豹柄の毛皮の外套と漆黒のドレスを纏った体から、藍色の『啜り泣き』を伴う魔力に、『弱体の呪い』が乗った極寒のそれが噴き出した。
すでに屋敷の中庭は氷塊だらけな超低温の氷の世界だ。
そこだけ見ても、やはりウメのような子供がいるべき場所ではないのが分かる。
「……別にお前をナメちゃいないさ。ただ最高の結末を手にするのなら、これ以外の方法はないってだけだ」
気合いを入れて、テンドウは己の魔力と白い炎太刀の魔力でメビナの魔力を押し返す。
集落の皆が納得したとはいえ、本心からウメの犠牲を望んでいる者など誰一人いない。
それにウメだけではないのだ。集落の大人たちが子供たちを我が子のように可愛がっているのは、この一月ずっと一緒にいたから分かっている。
だから道連れになどさせられるわけがない。
倒せる可能性が残っているのなら、自分の身を危険に晒してでもやり遂げるだけだ。
「いくぞ『氷の女王』。閉ざした道を開けてもらおうか!」
――仲間の犠牲を拒否し、仕切り直しで戦闘の続行を。
『第三地下街』で最も激しい炎と氷の戦場は――どちらかが倒れるまで決して終わることはない。




