第七十九話 悪童三羽烏
メビナの影響下で凍える中心広場。
だがその寒さを感じさせないほどに、地上を巡る戦いは白熱していた。
一体、また一体と倒れても誰も止まらない。
覚悟を決めたアンデッドたちは、二度目の死をも恐れずに戦い続けている。
「数でも劣るうえに、免許皆伝レベルの使い手もそっちはオオダケの爺さんただ一人! 勝てるわけがねえんだからよお……! クソ素直に諦めたらどうだ!?」
「ほざけ! こっちはお前らとは背負っているものが違うのさ!」
そんな広場の一角で、ぶつかり合うのは吸血鬼族のナラクと包帯人族の弟子だ。
ほか二体の仲間の魔法の援護を受ける形で、『悪童三羽烏』の一体にして、メビナの主要配下でもあるナラクを止めている。
……だが正直、誰が見てもギリギリの戦いだった。
弟子の方も『魔道無心流』の実力者ではあるも、一度は免許皆伝を受けたナラクとは力の差が大きい。
加えて、吸血鬼族という種族だ。
サブウェポンとして漆黒の魔力の蝙蝠が生み出されることで、より戦闘が難しくなっている。
どこかのプータローと比べれば練度は低くとも、それ自体も充分に脅威なのだ。
――そしてさらに、
「俺らにゃ呪物もある。ユカイの出涸らしみてえなモンだが……! かつて何百回とクソ稽古したなら違いは分かるはずだぜ?」
呪物の取り込みにより、特徴的な直刀を持つ右前腕に見える鱗の紋様。
腕全体に紋様が刻まれているユカイほどではないにしろ、ナラクもまた魔力が確実に増幅している。
「無気力の抜け殻どもも今さら立ち上がるとハ……。そのまま永遠に止まっていればいいものヲ!」
――それと同じく押されている戦いがもう一つ。
残る一体の『悪童三羽烏』、血塊族のチギリを相手にする者たちだ。
ユカイ、ナラクと同じく免許皆伝を受けた、凝固した血の塊からできたアンデッド。
この二刀流の剣士もまた二体を同時に相手取ってなお、戦いを有利に進めている。
そのチギリも元の種族の能力に加えて、少しの呪物の恩恵が。
基本となる剣の技量も上回っているため、二対一の数的不利でも主導権を握っていた。
「くッ! こりゃテンドウとの本気の稽古がなけりゃヤバかったな……!」
「だな。最高の弟弟子がいてくれて助かったぞ!」
それでも喰らいつく包帯人族と腐肉族の弟子二体。
テンドウという新たな刺激を受けて、またそのテンドウと連日連夜の稽古をしたことで、彼らの技は磨かれていた。
「……ハッ、多少は腕を上げたようだナ。だがお前らは一度たりとモ! このチギリ様に稽古で勝てなかったよなア!?」
同じ流派の剣が幾度となく交差し、その度に激しい火花が散る。
ただ押されても決定的な一撃を許さないのは、技だけでなく彼らの覚悟や気迫も大いに関係しているだろう。
――そんな主要配下たちとの戦い以外の、大勢が入り乱れる周囲の戦いでは新たな動きが。
魔法や剣で打ち合う個体ではない。
すでに討ち取られたメビナ側のアンデッドの死体に――とある変化が起きていた。
「あれ!? コイツらいったい何が……!?」
もう動かない、本当の意味で屍となった体から出てきたのは――魔力の残滓だ。
この場には【不死族喰らい】の『特異体質』持ちはいない。
にもかかわらず、なぜか死体から大量に抜け出たそれらが、引き寄せられるように離れた屋敷の方へと飛んでいく。
その向かう先にいるのは当然、敵軍の大将であることを考えれば――。
「なっ!? まさかメビナの強化か!」
「その通りダ。だから諦めロ。お前らはあのちょんまげ風の男に希望を見出したんだろうガ……。噂のデタラメな炎太刀があったとしてモ、人間ごときがメビナ様相手に勝てるわけがないだろウ!」
殺し合いの最中でもチギリは笑う。
絶大なる信頼を寄せる己の主のもとへと向かう魔力の残滓は、死してなお貢献しようとする魂の献上品だ。
「くそッ! 何か準備はしているとは思ったが……!」
「そういうものだとは予想外だったぞ!」
「ハッ、そりゃどうモ。だが、そっちだってあの人形のチビを使う気だロ? 今は姿が見えないようだガ……嫌だねえ大人ってのハ!」
「「…………、」」
言葉を交わし、再び刃と刃がせめぎ合う。
弟子二体には傷が増えていく一方で、まだチギリには数えるほどの浅い傷しか与えられていない。
凝固した血の塊の体は硬く、正確に斬らねば大したダメージは与えられないのだ。
同じく吸血鬼族のナラクも小さな傷が一つ二つあるだけ。
オオダケと交戦中のリーダー格のユカイを除けば、『悪童三羽烏』の相手は格下であるため、戦前の予想通りとなってしまっている。
「退くなよ、お前ら! 意地でも押し返すぞ……!」
「当たり前だ。この腕と脚が動く限りは……ッ!」
――一方で、主要配下たち以外の戦いに目を移してみると、
ある程度は討ち取れているものの、それ以上に反乱軍側に犠牲となっている者が多い。
門弟を中心に無気力アンデッドたちが立ち向かうも、わずかに劣勢。
戦場全体が押され気味の様相となり、元々あった数の差がさらに開き始めた――――その時だった。
「オギャアアアアアア――ッ!」
突然、『第三地下街』の中心広場に響き渡った奇妙な泣き声。
それは明らかに赤ん坊の泣き声ではあるが……可愛らしさなど微塵もない。
聞いた者の背筋を凍りつかせるほどの、まるで血に飢えた獣のような咆哮だ。
「何!? このクソみてえな声と魔力はまさか……!?」
「……ようやく来たか。今日はぐっすり寝ていたようで!」
ナラクが驚きに目を見開いて反応し、相対する弟子の方はホッとしたような笑顔を見せる。
その正反対な反応を生んだ原因は、『第三地下街』に繋がる通路からやってきた。
中心に流れる水路もお構いなしに、バシャバシャと激しい水飛沫を上げながら。
地べたを這うように進み、そのまま奇矯エテ橋も渡って――広場へと向かってくる。
『母喰らいの赤ん坊』。
ヤマトニアの地下空間に存在する不明種の一体。
体長は六メートル級で、うち半分が巨大な頭という赤ん坊に相応しい二等身の体だ。
その顔には大きな火傷跡があり、また側頭部には小さな角らしきものが確認できる。
ほとんど謎に包まれた個体であるため推測となるが……おそらくは人間ではなく、アンデッド化した鬼族もしくは悪魔族の赤ん坊だろう。
「――不明種だからといって完全に敵対的とは限らない。小一時間ほど殺し合いしてやれば、晴れて仲間になってくれるのさ。……まあ、全部テンドウ任せだったけどな!」
「ッ! ……なるほどな。お前らが本気だってことはクソ分かったぜ……!」
ここでまさかの援軍が登場。
味方に取っては心強く、敵にとっては予想外で脅威的な存在であることは、戦場に立つ者たちの顔を見れば明らかだ。
魔力の強さだけを見ても、メビナとテンドウの白い炎太刀に次ぐ強個体。
たった一体だけであっても、戦局を引っくり返しうる強力な存在である。
凍てつく中心広場での五十年越しの戦いの行方は――どちらに転ぶかまだ分からない。
◆
「ハハハハハ! またドえらいヤツを呼び寄せやがったな。陽を浴びるためなら何でもアリってか!」
「勝つタめならバ、なりふり構っテられんのじゃヨ。……おぬシらの方こソ、死をも利用してメビナに尽くすとハ……さすがに驚いたのウ」
何度となく打ち合い、自然と離れた間合いの中で両者が睨み合う。
オオダケとユカイ。
包帯人族と邪戯道化族。
元師匠と元弟子。
互いに性格までよく知る実力者同士の戦いは、見た目には当時と何ら変わってはいない。
「……本当に変わらんのウ。殺し合いで感情が高ぶリ、笑ってしまうのはおぬシの悪い癖じゃゾ」
「ハハッ! 俺から言わせりゃ仏頂面の方がおかしいって話だぜ!」
真剣な顔つきで振るうオオダケの刀には氷属性が付与されている。
かたや笑みが止まらないユカイの振るう刀には、バチバチィ! と帯電する雷属性が付与されている。
中心広場において最もハイレベルな戦いは、まだどちらも決定的な一撃を入れられていない。
両軍が入り乱れる広場の戦いの鍵を握るのは、この剣豪二体の勝敗と言っても過言ではないのだ。
――一方、抗争全体で見れば当然、大将戦の結果次第で勝敗が決まると言っていい。
屋敷の向こうからは広場とは比較にならない、凄まじい魔力の衝突が届いてきている。
屋敷の一部を覆う巨大な氷塊や、超火力によって生まれた大量の水蒸気など。
地下空間の天井に一発でも当たれば崩落必至の規格外な戦闘が、離れた位置からでも窺い知ることができる。
「……ふゥ、」
正直、オオダケとしてはすぐに決着をつけて弟子の援護に向かいたいところだ。
それでも焦らず慎重に、元弟子をその手で確実に葬るべく。
攻め急ぐことなく間合いもミリ単位で調整し、自慢の剣技で隙を狙って仕掛けていく。
「――【楽命遊魔死曲】!」
と、ここでユカイが動いた。
刀と刀による斬り合いの中で、剣技とは異なる魔力操作を行ったのだ。
その魔力の高まりの直後、ユカイの周囲に生まれた魔力の短剣――その数、百八本。
連撃を得意とする『魔道無心流』の剣であってもさすがに防ぎきれない数だ。
その圧倒的な物量攻撃に対して――オオダケは瞬間的に魔力の出力を上げた。
「【流舞散華】」
そして放つは『魔道無心流』の極致。
魔力の道を複数同時に作り、その上を寸分の狂いなく刃を走らせる。
ほぼ視認不可な剣速による鉄壁の迎撃――。もはやそれは斬るというより舞い踊るかのようだ。
この世界で五人しか使えない奥義をもって、四方八方から襲い来る魔力の短剣を一本残らず斬り払った。
「……剣技ではなく種族ノ能力を使ったのウ? もう打ち合ウことは諦めたのカ?」
「ハッ、バカ言え。ただ単に変わり映えがなくてつまらねえだけだ。アンタのもとを離れた時と同じ理由ってわけさ!」
互いに大技を打ち合い、またシンプルな斬撃を繰り出す。
ユカイが引き続き邪戯道化族の固有魔法を織り交ぜる中でも、オオダケに包帯人族の能力を使う様子はまったくない。
……そもそもとして、アンデッドとなって百年、一度も使ったことはないのだ。
人間時代から鍛え続けた剣技と、氷属性の【属性付与】のみ。
それこそが『魔道無心流』の創始者にして、王宮の剣術指南役を務めた男の矜持である。
「本当にくだらねえな。……そのこだわりがアンタの命を落とすことになるぜ?」
対するユカイはアンデッドとして、持てる手札はすべて使う。
何せ相手は『剣鬼』と恐れられた達人だ。
たとえ呪物による強化があっても安心などできない。
世界最高の腕を持つこの剣士相手に勝ちきるには、剣技以外の能力も惜しみなく使わなければならないのだ。
「――オイ、何だ。邪魔だぞテメェ……!」
そんな油断などできない激闘の最中、思いもよらない横やりが入る。
周囲にはほかの個体はいないが、予想外な飛来物が真っすぐに飛んできたのだ。
戦場で猛威を振るう『母喰らいの赤ん坊』――その汗だ。
金属をも溶かす強酸性の汗が、大粒の流れ弾となってユカイの方まで飛んでくる。
「【流舞散華】!」
だが、黙って直撃するはずもなく。
回避行動を取らないユカイもまた、習得している奥義を放ち――危険極まりない大粒の汗を斬り飛ばした。
「……ほウ。五十年経ってモまだ使えたとは驚いたのウ」
「当たり前だ。相変わらずつまらねえ作業だが、必要最低限の稽古はしてるんでな」
師弟関係は解消されても受け継がれていた剣技。
技のキレも美しさも当時のままなのは、指導していたオオダケにはすぐに分かった。
だが特別、嬉しさなどはない。……ただほんの少しだけ、同じ剣士として見直す点があったくらいだ。
「じゃが所詮、現状維持じゃナ。ワシを倒したいのなラ、理性を失うほどノ強化でもすべきたったのウ!」
「ほざけ! 衰えたジジイ相手なら今の力で充分だ!」
叫び、氷と雷を纏った二つの刃がぶつかり合う。
互いのその美しい剣閃が何度、宙を走ろうとも、殺し合いの中では誰も見惚れる者などいない。
彼らを中心とした、不明種も加わった広場での戦いの結末は――やはりまだ誰にも分からない。




